PURGER

7-1「忘れ形見」

　十月に入ると外はめっきり寒くなっていたが、地下に埋まるＰＧＯ本部には何の変化もなかった。いつものように本部のロビーにはスーツの職員とクリーム色の装束を着た守霊教のパージャーが多く行きかっている。佑心は手に分厚い白いファイルを抱えて赤のオフィスに入ってきた。デスクの衝立には煤けた写真が貼ってあった。部室のロッカーに張っていたものと同じ、姉優稀のサッカー大会の時の写真であった。デスクに広げられたファイルには、ある男の写真付きの警察調書が見えた。隣の机にいつもいる心はちょうど任務に出払っており一条もいなかった。佑心はその調書を黙読した。

　(犯人はもう捕まってるのか……この男は恋人を一人殺害してる。その時生まれたゴーストをパージしろってことだな。場所は、新宿……そういえばあの時……何で俺だけ犯人の気配が分かったんだろう……)

　佑心は前回の任務でゴーストの気配と犯人の気配を察知したことを思い出した。

　(昔から霊感とかは強かったけど、関係あるのか……？)

　佑心は椅子に背を預けて、考えても無駄なようなことをしばらく関g萎え続けた。すると、顔面にクリップ止めされた数枚の資料が投げつけられ、佑心は思わず大声を上げた。

　「いてっ！あぁ……？」

　資料は机の上にはらりと落ちた。佑心が顔を上げると一条が見下ろしていた。

　「なんだよ！」

　佑心は反抗的な目を向けた。

　「それ」

　なぜ投げつける必要があったのか不満なまま、机の資料を拾い上げた。その資料を見た瞬間、顔色が変わった。

　「こ、これって……！」

　「そ、情報局保管庫の入室許可証。佑心が申請するより、Ｃ級の私がやった方が早いから」

　佑心の手元にある紙には、「情報局保管庫　入室許可証　　署名：一条希和」と書かれていた。

　(これで、母さんと優稀のことが……)

　佑心は緊張に唾をのんだ。

＊─＊─＊─＊

　情報局保管庫はＰＧＯ本部の六階にあった。佑心は許可証をしっかと握り、エレベーターで６Ｆまで向かった。廊下の先には重厚な扉がそびえ、そこを抜けると優しそうな高齢男性が手を差し出した。一条は佑心を肘でつついた。

　「ああ……」

　佑心は慌てて許可証を差し出した。高齢男性はそれを一目見ると、「行っていいよ」と手を仰いだ。一条と佑心は両端のターンスタイルゲートを通って進んだ。佑心はどんどん進んでいったが、一条は入り口で歩みを止めた。

「え？」

「私はここで待ってるから。ゆっくり探してきな」

　「あ、おう……」

ほの暗い保管庫を奥に進む。棚に貼られた西暦のラベルはどんどん古くなっていった。

　(二〇一一年……二〇一〇年……二〇〇九年…………)

　佑心は棚のファイルの背表紙をなぞりながら、急ぎ足で見ていった。

　(二〇〇九年……二〇〇九年……にせん、はち年……

二〇〇八年、八月、八月、八月……あった……)

　おそるおそる「二〇〇八年八月　月次任務報告書　　〇〇雅樹（まさき）」の背表紙に手を伸ばした。人名らしい雅樹の上の苗字はラベルがちぎれて見えなくなっていた。それを取り出すと、佑心はふーっと埃を吹き飛ばした。震える手で表紙をめくっていく。しばらくその作業を続けると、

　「っ……」

　佑心の手が止まり、代わりに震える唇がきつく噛まれた。そして、すっと一筋涙がこぼれた。