3-2「青の派閥」

PGO本部内の青のオフィスで、川副かわぞえ沙蘭さらんが一人バッグに荷物を詰めていた。



「さらーーん!何やってんの!早く行くよ!」



扉の陰からはら奏海かなみが顔を覗かせた。



「はい!」


「今日から合同捜査なんだから、遅れたら一条にどんな嫌味言われるか、げー……」


「あっはは……」



原と川副はこれからの合同任務に想像を巡らせながら、会議室へと向かった。



「よりにもよって赤と協力なんて、へっ……」



原は不満な態度を隠さなかった。



「ちょうど奏海さんも私も一つ任務が終わったところでしたからね。それに松本さんのところに新しく入った人もいるらしいじゃないですか?」


「あー、そういえばそうだったわね。タフな人だといいけど……」



原は最後の言葉だけ、深刻そうに呟いた。

同じころ、その一階下の廊下で同じように佑心、一条、心が話していた。



「青と赤って仲悪いのか?」



佑心の質問に、一条は少し答えにくそうにした。



「いや、別に仲悪いって訳じゃ……ただ、青の派閥も赤の派閥も所属人数が同じくらいだから、張り合ってる節はあるかもね。」


「仲の悪さで言ったら、守霊教は相容れないって感じだけど。」



心の口から飛び出た守霊教という言葉に、佑心は飛びついた。



「そうそう、守霊教とPGOって何か関係あるのか?PGOの建物は大聖堂の地下にあるし、本部にも守霊教の人結構いるし……」


「関係大ありだよ!PGOには守霊教のパージャーも所属してるし、教皇はPGOでも絶大な発言権がある。もちろん、PGOのことを一切知らない一般教徒も沢山いるけどね。」


「そもそも守霊教って色んな宗教からパージャーが集まってできたらしいし。歴史の話だけど。」


「ふーーん……」



そこで皆立ち止まって、会議室に足を踏み入れた。一条が扉を開けると、中には情報局の人間が一人いて、机に資料を配っているところだった。



「お疲れ様です。全員揃い次第会議を始めますので。」


「分かりました。……情報局の人よ。」



席につきながら、一条は佑心に囁いた。ガチャリと扉が再び開き、原と川副が入って来た。



「お疲れ様です。」


「お疲れ様です。」



応えながら、原と川副は三人の向かいに立った。一条が立ち上がったのを見て、佑心と心も慌てて立ち上がった。



「お久しぶりです、一条希和です。こちら同じく執行部の、心舜と新田佑心です。沙蘭は二人と同期だから、仲良くね。」


「原奏海です。」


「川副沙蘭です。」


「よろしくお願いします。」


「よろしくお願いします。」



心と佑心が揃って頭を下げた。



(この人が、新人さん……)



川副は佑心を物珍しそうに見つめていた。






ホワイトボードの前に女性職員が立って概要を説明し始めた。職員の右に三人、左に二人が座った。



「今回皆さんに追ってもらうのは、ここ三ヶ月間都内で連続殺人を起こしている犯人です。被害者は六人で、それぞれの被害者に共通点は見られず、警察は無差別だと考えています。」



五人全員が真剣に耳を傾けた。



「捜査が難航している原因の一つは、犯人が一度も現場付近の防犯カメラに映っていないことです。」


「目撃情報は?」



原が聞いた。



「残念ながら、ありません。周囲の目を盗んで、周到な計画のもと行われた犯行と思われます。」


「なるほどな……」


「でも妙ね。いくら計画的だったとはいえ、住宅街での犯行なのに誰にも見られないなんて可能なの?」



佑心は頷いたが、一条が疑問を示した。



「こちらが犯行前後の被害者宅の映像です。」



職員が机上に差し出したタブレットには、薄暗い普通の住宅街の一角が映し出されていた。全員がそれを囲むように覗き込んだ。佑心は川副が見づらそうに映像を覗き込んでいるのが目に入った。そして自分のいたところからするりと抜け出した。



「川副、こっち。」


「え?あ……」



沙蘭は驚きつつも、手招かれるままに前に進んでタブレットを覗いた。その後ろから佑心は余裕の身長でタブレットを見下ろした。沙蘭は驚きつつも頬を染めた。タブレットの映像が早送りされて流れるが、暗い住宅街以外何も映らない。左上の時間表示だけがぐるぐると進んでいく。ふとある時、一度だけ被害者宅の扉が開き、誰も出てこないままそのまま閉まった。佑心はこのシーンが映った時、顔をしかめた。一条はそれに気づいていた。



「佑心、どうしたの?」


「いや、何でもない……」



何かを隠す佑心に、一条は意味ありげな視線を送った。






五人は合同捜査の手はじめとして、世田谷区の住宅街に赴いていた。全員暑くて青いジャケットを脱いでいる。



「情報局の情報だと、ここ世田谷区にゴーストがいるって話よ。」



原がスマホの地図を片手に、辺りを見回した。



「でも世田谷区って言ったって、かなり広いし……」



心がそう言うと、一条がある提案をした。



「じゃあ、二組に分かれて捜索しましょう。奏海さんと沙蘭のペア、私は佑心と舜と一緒に。」



原が顔を引きつらせた。



「私だって今、分かれて探そうって言おうとしてたし……」


「奏海さん、そんな張り合わなくても……」



川副が隣で苦笑した。



「はあ!私が?一条と?張り合ってる?あっはっは!」



そして急に真顔になると、



「さ、早く行くわよ。」



くるりと回れ右して、原は三人から離れた。川副は走ってついていった。二人の後ろ姿を見届けて、一条たちも反対側に向かった。



「私たちも行こ。まずは犯行現場付近をあたってみましょう。」



一条が資料を見ながら先導する。



「なあ、原さんと一条って因縁でもあるのか?さっきすごい睨まれてたけど?」


「さあ、歴としては同期だからじゃない?」


「え、同期って、一条……」


「ええ、私、十三からPGOにいるから。」


「……」



なんでもなように言う一条だったが、佑心には強いショックをもたらした。急に今までと違うように見える一条の背姿を追った。しかし、それは隣の心の呟きに遮られた。



「……おつぼね。」


「おつぼね言うなー!」



心と一条の微笑ましいやり取りを笑って見ていた佑心だが、突然真剣な表情に変わり、周囲を警戒し始めた。



「っ!」


「佑心?」



佑心は無言のまま路地に入っていく。



「ちょっと!」



一条が呼び止めるも、佑心は構わず足を進めた。



「こっちだ。」


「何が?」


「ゴーストだよ!」



尋ねた一条に、佑心は半ばイラつきながら答えた。


「え?」



心と一条が顔を見合わせた。



「感じるんだよ!こっちにいるって……」



遠くを見つめるような佑心に、二人は困惑気味だった。しかし佑心はだっと走り出し、いくつか角を曲がった。ただ気配を追い求めて走っていく。すると大通りに出た。もう気配もない。佑心は焦ってあたりを見回すが、人人人で探していたものは見当たらなかった。そこへはあはあと息を切らしながら、心と一条が合流した。



「佑心!急に走らないでよ!」


「っ……」(消えた……?)


「あんた、大丈夫?」


「あ、ああ。ごめん。」



一条たちから見て、どう見ても佑心は「大丈夫」ではなかった。心と一条はまた顔を見合わせた。






一通り捜査を終えて、佑心、一条、心、そして原と川副は大通りのファミレスに入っていた。三人対二人でテーブルについた。



「こっちも収穫なーし。最初の事件現場近くで聞き込みしたけど、やっぱり皆何も分からないって。警察署には追い払われたし。」



原がだらりと椅子に背を預けて面倒そうに言った。



「それは奏海さんがすごい勢いで警察に怒鳴り込んだからでしょう?」


「だってー!」


「とにかく、手がかりがいるわ。」




一条は顎に手を当てた。



「じゃあ、一番最近の事件現場に行ってみよう。警察が見つけてないことでも、パージャーには何か分かるかも。」


「そうだね。確かここから近かったし。」



佑心の提案に心も同意した。






普通の一軒家である事件現場を前にして警察から話を聞くことになり、警察は立ち入りを許可する文書をまじまじと眺めていた。



「確かに許可は出てるね……でも君たち、中は事件当時のままになってるから。トラウマになった警官もいたし、気をつけて。」



原と川副がどきりとして、川副に至っては目をつむってびくついていた。佑心は玄関の扉に手をかけて振り返った。



「俺と舜だけで行くから、待ってろ。行くぞ、舜。」



佑心が心を見ると、小動物のように震えていた。佑心は半分呆れて肩を落とした。



「お前もかよ……頑張れ舜。行くぞー。」



心の首根っこを掴んで引っ張るように進んでいく。しかし住宅に入る直前で、一条が割り込んだ。



「私、平気だから。」



それを聞いて、原は後ろでキーっと頭に血を昇らせていた。



「くーっ、一条……わ、私も入る!」


「あっ、う……」



川副は家に入っていく原を止めようとしたが、伸ばされかけた手を引っ込んだ。恐怖からついていくこともできず、そこに立ち尽くし、握る手に力が入った。一条、原、心が現場の住宅に続々入っていく。一番後に入った佑心には、扉の隙間から悔しそうな川副が見えていた。

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