いつかまたあの時のように

1. いかないで


「ねぇ、私のこと好き……?」

「うん、好きだよ」


 私がそう答えると、お兄ちゃんは私の腕の中で安堵した。


「そっか……えへへ」


 このお兄ちゃんに対しての気持ちに、嘘偽りはない。もっと依存させて、私なしでは生きられなくしてやりたいと思っている。


 でも、頭の片隅にお兄ちゃんの未来が浮かび上がる度に、それで本当にいいのかなって思ってしまう。

 お兄ちゃんのことは大好き。ずっと一緒にいたい、私しか考えないで欲しい、私をもっと頼ってほしい。


 それでも最後に理性が邪魔をして、お兄ちゃんに対する劣情とぶつかり合う。

 その葛藤が、私にはどうしても苦しかった。

 そうして分かったんだ。


「ねぇ……」

「んー? どうしたのお兄ちゃん」


 私も、お兄ちゃんに依存しているということに。


「キスしてほしい……」


 でも、お兄ちゃんに求められた時だけなら、別にいいよね。

 もう二度と、お兄ちゃんを悲しませたくない。それに、私だってお兄ちゃんを求めている。


「うん、いいよ」


 だから、少しくらいなら――。



 ―――



 私には、妹がいる。

 どんなに苦しくても、どんなに辛くても、妹は私を助けてくれる。傍にいてくれる。私を必要としてくれる。愛してくれる。

 私が求めれば、妹は応えてくれる。

 妹に依存すれば自分の全てを正当化できる。自分の心に空いた穴は、妹にしか塞げない。


「……? どこ、いくの……?」


 だからこそ、妹が近くにいないと不安と恐怖に押しつぶされてしまうんだ。


「あ、起こしちゃった……? ごめんね?」


 申し訳なさそうにこちらを見る妹。でもなにやらいつもとは違う。

 黒いスカート、白いシャツ、青いスカーフ。いつもとは違う服装――学制服をみにまとった妹の姿。


「……行っちゃうの?」

「学校だから、流石に休めなくて……ごめんね」


 昨日で妹の長期休みは終了。それはつまり、妹が学校へ赴いている間、私は独りになるということ。またあの時と同じように。


「……やだ。いかないで」


 だから、縋るような気持ちで妹の制服を掴む。それがどんなに迷惑で、我儘な行為だと分かっていながら。


「お兄ちゃん……」


 妹だって中学生だ。当然学校はあるし、行かなくちゃいけない。それが学生である妹の義務。

 妹は、全てを投げ出した私とは違うんだから。


「いやだよ……一人にしないで」


 分かってたはずなのに。いつかこの日が来るってことを。それなのに、私はまた妹に迷惑をかける。

 それで妹に嫌われたらどうしよう。

 行かなくちゃいけない学校を無理やり休ませて、妹の自由時間すら奪ってしまって、果たして私のことを好きなままでいてくれるだろうか。


 そのうち、あっさりと嫌われてしまうかもしれない。いつか妹から「嫌い」と吐かれて――。


「ご、こめんなさいっ……迷惑だよね……ほんと、ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」


 とても耐えられる気がしなかった。想像しただけで、この有様なのだから。


「大丈夫、大丈夫だよお兄ちゃん。迷惑だなんて思ってないから、泣かなくてもいいんだよ。……今日もずっと一緒にいてあげるから」


 そして妹は私を優しく抱きしめて、私の一番欲しい言葉をくれる。

 一体何度目だろうか。何度同じ過ちを繰り返すつもりだろうか。


「……ほんとに?」

「うん。お兄ちゃんがそう願うなら、いつまでも」


 あぁ、これだ。

 妹が私に時間を割いてくれる、この瞬間がとても気持ちいい。妹を独占できる優越感、支配欲、まるで心の傷を癒す薬みたいだった。

 妹は、私のもの。誰にも、渡さない。渡したくない。そんなドロドロな気持ちが私をおかしくさせて、冷静な思考と判断力を失ってしまう。そうしてまた、同じ過ちを繰り返す。


「絶対離れないで……」

「うん、離れない」


 よしよし、とかつて小さかった妹の手が私の頭を這う。頭と手が優しく擦られる感覚も、その後に抱きしめられる感覚も、今の私にとっては快楽そのものだった。


 この時間が、永遠に続けばいいのに……。

 そうすれば、妹ともっと愛し合えるのに……。


 今の私は、ただ妹によって与えられる快楽に溺れたい、それだけしか考えられなかった。



 ―――



 ……私は果たして、この子の兄として相応しい人間だろうか。


 冷静になって考えて見れば、こんなみっともない姿になって、依存して、すぐに泣きわめいて、迷惑かけて、時間を奪っている私が、兄として相応しい人間な筈がない。私は妹に数え切れないほど迷惑と苦労をかけている。だからこそ、思う。


 ――今の私に、お兄ちゃんって呼ばれる資格があるのかな……。


 モヤモヤとした感情が私を襲う。それと同時に、その私にだけしか見られない妹の寝顔を見て、葛藤する。


「すぅ……すぅ……」

「…………」


 独りが怖い。ずっと依存していたい。妹と一緒にダメになってしまいたい。

 でも、この子のお兄ちゃんとして生きなきゃダメだ。頑張って自立して、妹を学校に行かせなきゃダメだ。

 でも、それで妹が誰かに取られたら? それで私の傍から離れたら? 嫌だ。妹は私のもの。誰にも、やりたくない。


 私は――。


「――お兄ちゃん?」

「…………」

「……どうしたの? なにかあった?」


 どうしたらいいか、分からない。

 それ故なのか、私の中のモヤモヤは止まるどころか加速する。


「……ごめん」

「……え? わっ……!?」


 だから、この行き先のない感情を妹にぶつけた。それでしか、解消されないと思ったから。


「ど、どうしたの……?」


 起き上がった妹を押し倒す。妹は私のものなんだって、私の所有物で、なくてはならない存在なんだって、妹に分からせるために。


「お、おにいっ……んんっ……!」


 自分から唇と唇を交じり合わせて、感情的になって貪る。その唾液も、微かに漏れる喘ぎ声も、高鳴る鼓動も、唇も、顔も、髪も、身体も、全部全部私のもの。


「はぁ……んっ、ちゅぅ」


 私がこんな積極的に求めていることに、妹は動揺を隠せないでいた。でも、抵抗はしないでくれた。ただ私に流されるように、私のことを受け入れてくれた。

 それが本当に嬉しくて、私の気持ちはどんどん昂っていく。


「好き……好きっ……愛してるっ!」


 やがて妹に対する感情が抑えられなくなる。


 ――彼女と一緒にいられるなら、例えこの世界がどうなってしまっても構わない。


 そう思いながら、私は彼女の首にそっと口付けをした。



 ―――



「やっ……そこ、ダメっ……!」


 らしくもなくお兄ちゃんに攻められて、頭がふわふわする。いつも私が攻めているからなのか、新鮮さによって興奮が高まっていく。


「はぁ……んっ」


 執拗に私の首筋にキスをして、ペロペロと舌を這わせる。その感触がどこかもどかしくて、とてもくすぐったかった。


「ねぇ、私のこと好き……?」


 顔を上げ、その妖艶な瞳は私を捉えていた。

 いつもと違うお兄ちゃんの姿に、私は少し困惑していた。


「それはもちろん、好きだけどっ……」

「なら、いいよね……?」


 お兄ちゃんは私の耳元でゆっくりと囁く。可愛くて、どこか魅惑的な、お兄ちゃんの声で。


「な、なにが――いっ……!」


 直後、私の首筋に痛みが走った。それと同時に感じる、生暖かい感触と小さな吐息。

 お兄ちゃんが、私の首筋を甘く噛んでいる。ゆっくりと、甘く、でも深く。私に自分の痕を残すかのように、くっきりと歯を立てていた。


「おにい、ちゃ……んっ……!」


 痛い。でも、私は今お兄ちゃんに痕を付けられてるんだって、お兄ちゃんによって痛みを与えられているんだって考えると、不思議とその痛みは快楽へと変わる。


「だ、ダメだよっ……! そんな目立つとこ……!」


 恥ずかしかった。他人の視線が届きやすい所に痕を付けられるのが。でもだからといって、無闇にお兄ちゃんを引き離したりはしない。


「んっ、んっ……」


 だって、私の声はもうお兄ちゃんに届いてないから。ただひたすらに私の首筋に歯を立てて、自分の歯跡を私に刻み込んでいくだけ。

 でも夢中になって私を貪るお兄ちゃんの姿は、とっても愛おしく思えた。


「はぁ……はぁ……」


 満足したのか、お兄ちゃんは口を離して私の瞳を直視する。それはつい見惚れてしまうほど、綺麗な瞳だった。

 だけどその瞳は、私を逃してはくれない。


「んっ……」


 口の中へ強引に舌をねじ込まれ、頭が真っ白になる。ぐちゅぐちゅと口内をかき乱される。気持ちいい。何も考えられない。ただお兄ちゃんにされるがまま、貪られていく。


「んんっ……!?」


 その行為は次第にエスカレートし、遂にはお兄ちゃんの手が私の下腹部辺りまで届いていた。その指はゆっくりと私の性器を下着越しに這い、身体がビクリと反応する。

 でも、お兄ちゃんはキスを止めない。思うように声も息も吐き出せなかった。その苦しさと気持ちよさ、あまりの快楽に意識が飛びそうだった。


 かつて私がお兄ちゃんにしてきたこと。これが、お兄ちゃんが味わってきた快楽。


「おにい、ちゃ…………」


 次第に呂律も回らなくなり、ただなだれ込む快楽に身を委ねるだけ。


「んっ、んっ……」


 また、私の首筋にキスをする。何度も何度も、執拗にキスをしては優しく噛み付く。その度に、実感する。

 私は、お兄ちゃんのものなんだって。


 だからこうして、私に自分の痕を残しているのだろう。他の誰にも、私を取られないために。

 そう思うと、身体中がゾクゾクして壊れてしまいそうだった。


「ねぇ、お願い。どこにも――」


 快楽によって朦朧とする意識の中、お兄ちゃんが私に声を掛けた。でも今の私に、その声は届いていなかった。


「いかないで」


 それから先のことは、あまりよく覚えていない。

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