6. 独占


 ここに座り込んで、どのくらい経ったんだろう。身体中が痛くて、心身共に限界を迎えていた。


 ずっと考えていた。昔の──大きかった頃のお兄ちゃんなら、どのように行動をとったのだろうって。


「私は、どうすればいいの……? ねぇ、お兄ちゃん…………」


 ──ガチャ。


 それが誰によって開かれたのかは瞬時に理解できた。


「……っ!?」


 目の前の扉から、私の大好きな人の姿。

 とてもびっくりした。だって、もう二度と会えないとすら思っていたから。またお兄ちゃんの姿が見られて、嬉しかったから。


「お、おに……ちゃん……」


 今の私は、こうして惨めに座り込み、目尻に涙が残っている。お兄ちゃんには、見られたくなかったんだけどな。


 歓喜、動揺、困惑。とても複雑な気分だった。


「…………」

「…………」


 お互いの間に流れる、長い沈黙。

 なんて声を掛けたらいいのか、そしてどうすればいいのか分からなかった。

 お兄ちゃんのことを直視できない。だからお兄ちゃんが今、どんな顔をしているのかすらも分からない。


「……な、さい」


 最初に沈黙を破ったのは、お兄ちゃんの方だった。


「ごめん、なさい……」


 その声は、とても震えていた。

 弱々しくて、今にも散ってしまいそうな程、悲しみに満ちていた。


 そこで初めて、お兄ちゃんの顔を見上げた。


「……えっ?」


 目が赤く腫れ上がっていて、頬も僅かに朱に染まっている。今にも泣き出してしまいそうな程、弱々しくて苦しそうな表情。


「ごめんなさい……ごめんなさいっ…………!」


 お兄ちゃんのその可愛いらしい顔には、とても似つかない表情。


「うざくて、ごめんなさいっ……! 鬱陶しくてごめんなさいっ……! 嫌いなとこがあったなら全部直すから! もう我儘も言わないから……」


 制御の効かなくなった涙をポロポロと流し、お兄ちゃんの顔は歪んでしまった。


「だからお願い……私のこと捨てないで……嫌いにならないで…………!」


 でも私の身勝手な行動が、そんな表情にさせてしまったんだ。

 私が、お兄ちゃんを壊したんだ。


「…………」


 なんて言葉を掛けてたらいいのか分からない。今の私に、そんな権利があるのだろうか。

 そもそも私は、謝る立場なのに。どうしてお兄ちゃんが先に謝っているんだろう。


「……違う」


 私は本当に、出来の悪い妹だ。


「お兄ちゃんは悪くない……」


 今にも崩れ落ちてしまいそうな足に力を入れて、立ち上がる。

 お兄ちゃんはなにも悪くないって、伝えるために。なにより、私も謝らなきゃいけないから。


「悪いのは、全部私だよ……。お兄ちゃんをこんな風にさせたのは、出来の悪い妹の私……だ、だからっ……お兄ちゃんは、悪くないっ……!」


 不思議と、私の目からは涙が溢れていた。

 罪悪感、後悔、自己否定。ありとあらゆる負の感情が私を襲った。


 でも、言葉は止めない。止めちゃいけない。


「だから……だからぁっ……!」


 潤んだ瞳でお兄ちゃんを見る。視界が歪んではっきりとは視認できないけれど、お兄ちゃんは困惑と動揺の表情を浮かべていた。

 今はただ、ぐちゃぐちゃになった情緒を抑えて言葉を紡ぐことしかできない。


「……っ!?」


 でも何故か、その先の「ごめんなさい」という一言が出なかった。

 いや、正確には声が正常に出せなくなっていた。


 息が苦しい、胸が痛い、視界が揺れる、動悸がする。とても正常な状態でないことはすぐに分かった。


「はぁっ、はぁっ……!」


 胸を抑えて、ただ耐える。

 目の前には、お兄ちゃんがいるのに。大事な時なのに。どうして私はいつも……。


 苦しい。辛い。

 助けて……お兄ちゃんっ……。


「……っ!」


 突然、私の身体に何かが包まれた。それは小さくて、暖かくて、とても安心した。


 お兄ちゃんが、そっと抱きしめてくれた。

 ぎゅっと力強く、離さないように強く。以前私が、お兄ちゃんにしてあげた様に。


「はーっ……はぁぁっ……」


 お兄ちゃんの温もりに安心して、なんとか呼吸を整える。

 今だけは、お兄ちゃんが昔のお兄ちゃんのように感じた。大きくて、頼もしくて、心強かった頃の。


「…………」


 お兄ちゃんは終始無言だった。

 でも涙を流すみっともない私に、背中を擦ってくれた。お兄ちゃんも、辛いはずなのに。


「ごめんなさい……」


 辛いのは、私だけじゃないのに……。


「ごめんなさいっ……! お兄ちゃんは何も悪くないのにっ……ただわたしが、ダメな妹だからっ!」


 言いたいことは山ほどある。でも思考の整理が追いつかなくて、発言がぐちゃぐちゃになる。それでも精一杯私の気持ちをお兄ちゃんにぶつけた。


「──だからぁっ、ごめんなさいっ……!」


 自分が今何を発言したのかすら分からない程に。


「…………私のこと、嫌いじゃない……?」


 耳に入り込んできたのは、とても震えた声だった。きっと、その答えを聞くのが怖かったんだと思う。でもお兄ちゃんは、勇気を出した。勇気を出して、私に聞いた。

 だから、言わなきゃ。私の気持ち、私の想いを。


「嫌いじゃないっ……! 大好きだよ……! これからもずっと、なにがあっても、嫌いになんかならない! 好きっ、好き、大好きっ……!」


 子供のように泣きながら、昔とは違う小さなお兄ちゃんを抱き返す。


「──よかった……」


 その直後、お兄ちゃんはなんとも腑抜けた声色で呟いた。そして、みっともなく泣き叫ぶ私をギュッとまた強く抱きしめた。

 強く、強く。苦しかったけど、その苦しさが気持ちよかった。お兄ちゃんに苦しみを与えられてるって考えるだけで、幸せだった。


「お兄ちゃん……」


 そこで初めて、お互いの顔をよく見合った。

 いつも見てきた顔。可愛くて、可憐で、涙目で頬を赤らめて。その顔を拝めるのは、私だけ。妹である私だけが許された特権。


「…………」

「…………」


 見る度に私は魅了されてしまう。魅力的すぎるその顔立ちは、私の理性を崩させる。

 だからだろうか。こうしてお互いの顔の距離が近づいていくのは。


「んっ」


 その赤く妖艶な唇に、私の唇を重ねる。

 柔らかい感触、生暖かい体温、伝わる鼓動。ありとあらゆる煩悩が私を支配する。


 舌を絡め、深く求め合う。その舌が絡み合う度に欲求が加速し、お互いの想いは止まらなくなる。

 唾液が口から溢れ出ても、どちらかが息苦しくなっても、私たちは止まらなかった。


 いやらしい音、小さな喘ぎ声。私たちがキスをする度に興奮が加速する。


 もっと欲しい。もっとしたい。その先のことも。今はただ、お兄ちゃんのことだけを考えていたい。独り占めしたい。お兄ちゃんは、私だけのものだから。


「はぁ……はぁ……」


 唇を離せば、私とお兄ちゃんの間には銀色の透明な糸で繋がれていた。


 頬を赤らめ、息を荒くしているお兄ちゃん。可愛くて、魅惑的で、妖艶で、私を変な気持ちにさせてくれる。


 そしてお兄ちゃんは、口元を手で隠しながら小さく呟いた。


「ベッド……いこ……?」


 その蠱惑的な瞳を、私に向けながら。



 ───



「んっ、ちゅぅっ……」


 ベッドの上で、妹に激しく口の中を犯される。


 舌を容赦なくねじ込まれ、息をする間もなく私たちは求め合った。

 苦しかった。でも、私は今妹に苦しめられてるんだって考えたら、不思議とそれは快楽へと変わっていった。


 苦しいのが、とても気持ちよかった。


「も、もっと……!」


 だから、私は更なる快楽を得るために懇願した。妹に求められる快楽。妹を独占できる快楽。妹と身体を重ねる快楽。

 妹という名の薬に、私は完全に堕ちてしまっていた。


「お兄ちゃん……お兄ちゃんっ……!」


 私を呼ぶ妹のかわいい声。

 たまらなく興奮した。妹が私を求めてくれてる。私を思いながら、私を犯してくれている。


 嬉しかった。

 だって私には妹しかいないから。妹しか信じられないから。妹しか、私のことを見てくれないから。

 妹だけが、私の存在意義だから。


 このままずっと、地の底まで堕ちていきたい。妹と一緒に、どこまでも。いけるとこまでいきたい。


 歓喜と快楽。その両方が私をおかしくする。もう既に、まともな思考は出来なくなっていた。



 ───



 私はお兄ちゃんのことが好き。家族としても、異性としても。


 だからずっと、お兄ちゃんに異性として好かれたい、見られたいと思っていた。お兄ちゃんと付き合って、恋人関係になって、えっちなことも、結婚すらもしたかった。お兄ちゃんを独り占めしたかった。お兄ちゃんの全てが欲しかつた。


 でも、妹が兄に対して邪な感情を抱くことは許されない。だからこそ、この気持ちを必死に抑えていた。お兄ちゃんに嫌われないために、私たちがこれからも仲のいい兄妹でいるために。


 私たちは血の繋がった『兄妹』で、決して超えてはならない境界線がある。

 何度も何度も考えたことがある。

 私たちが兄妹としてではなく、全くの赤の他人として生まれていたら……。


「もっと……もっとしたいっ……!」


 だからこうやって、お兄ちゃんから私を求めてくれることが本当に嬉しかった。お兄ちゃんも、私のこと好きなんだって、そう思えたから。


 そうして、禁断の関係に踏み込んでしまった。


 大好きなお兄ちゃんと一線を越えてしまった。決して実るはずのなかった恋が叶ってしまった。それもこれも、お兄ちゃんがTS化したおかげだった。

 もういっそのこと、この状態が続けばいいとさえ思っていた。

 お兄ちゃんなんか自立できなくていい。私だけを求めて欲しい。私だけを頼って欲しい。私だけを見て欲しい。


 このままお兄ちゃんは元に戻らずに、私だけに依存していて欲しい。


 そうすれば、私はもっとお兄ちゃんと深く繋がれるから。大好きなお兄ちゃんと、もっと深く愛し合えるから。


 私の……私だけの、お兄ちゃんと──。


「あっ……そこ、ダメっ……!」


 お兄ちゃんのかわいい喘ぎ声を聞く度に、私の理性は飛んでいく。


 もっとその顔を歪めたい。もっと犯してやりたい。もっと快楽を刻み込みたい。

 私なしでは、生きていけなくなる身体にしてやりたい。


「はぁっ……まってぇ……イッちゃうっ……!」

「うん、いいよ……たくさん気持ちよくなって」


 私が指を愛撫する度に、お兄ちゃんの口から卑猥な喘ぎ声が発せられる。


「ねぇっ……私のこと呼んで……!」


 快楽によって歪まされた顔。涙目になりながら訴えるお兄ちゃんの姿は、とても興奮した。


「お兄ちゃん、好きだよ。大好き……お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……」


 耳元で甘く囁くだけで、お兄ちゃんの秘口がより収縮する。


「あっ……やばぃ………ひぁっ!?」


 お兄ちゃんの耳を、舌で優しく掻き乱す。耳たぶから全体に掛けて甘噛みして、甘く囁いて、弱く息を吹きかけて。ゆっくりと、優しく。


「お兄ちゃん、かわいい……。ほら、イッちゃっえ……」

「あ、あぁっ……イッちゃっ……いくっ……!」


 お兄ちゃんの身体が、一段とビクッと反応した。


 痙攣する身体。収縮を繰り返す秘部。弱々しく喘ぐ声。快楽によって歪まされた顔。

 全てが愛おしく思えた。かわいい。ずっと見ていたい。もっと犯したい。こんなお兄ちゃんの姿を見られるのは私だけ。お兄ちゃんとこんな関係になれるのは、私だけ。


「んっ、ちゅぅぅ……」


 その蕩けきった表情がたまらなくて、お兄ちゃんの唇に私の唇を重ね合わせる。お兄ちゃんの溢れ出る声を塞ぎ込むように。

 力が入らないのか、私の舌が容赦なくお兄ちゃんの口内を掻き乱しても、お兄ちゃんはされるがまま。


「んっ……んぅ…………」


 お兄ちゃんは、私だけのもの。誰にも渡さない。絶対に離れない。もう一人になんてさせない。


 お兄ちゃんなんて、私に依存しきってダメな人間になってしまえばいい。お兄ちゃんに私以外の人なんていらない。


「気持ちよかった……?」

「……うん」


 だってお兄ちゃんには、私がいるんだもん。


「……ごめんね。もう、絶対一人にさせないから」

「……うん!」


 だからお兄ちゃん。


「これからも、ずっと一緒にいようね、お兄ちゃん。愛してる……」


 ずっと私だけを、見ててね。

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