4. 拒絶


「ねぇ、今日はしたい……」

「ごめんお兄ちゃん! 今日も無理そうかも……」


 近頃、妹があまり構ってくれなくなった。私が妹を求めても、妹は理由をつけて躱す。段々と、私との関係も疎かになっていた。


「学校の課題を終わらせないといけなくて……」


 最近妹が忙しいのは知っている。だからこそ、妹個人の時間もできる限り大切にしていた。

 でももう無理だった。今はとにかく妹に構ってもらいたい。傍にいてほしい。甘えたい。そしてなにより、この寂しさを妹の愛で埋めたかった。


「そんなの、後ででいいじゃん……!」


 だから今日ぐらいは許してほしかった。


「でも……」


 でも妹は、頑なに承諾してくれなかった。


「な、なんで……!」

「ごめんね、また落ち着いた後で──」

「あっ……ま、待って!」


 私から離れていこうとする妹に後ろから抱きついて、無理矢理引き止める。


「待ってよ、置いてかないで……ひとりにしないで……」


 これ以上寂しい思いをしたくない。一人になりたくない。そんな縋るような気持ちで、どうにか妹を繋ぎ止めようとする。


「お兄ちゃん、ダメだよ」


 でもダメだった。どんなに我儘を言っても、妹は許してくれなかった。

 妹は私の手にそっと手を添えて、私の拘束から逃れようと腕をほどく。


「えっ……」


 そしていとも簡単に私から離れてしまった。


「ごめんね、また今度にして」


 呆気にとられた私を他所に、妹はこちらを見向きもせずにこの場を去ろうとした。

 妹が、どこか遠くへ行こうとしていた。


「……ごめんなさい」


 これ以上なにをしても無駄だと悟った。それと同時に、これ以上わがままを言えば嫌われるかもしれないと、そう感じた。

 今の私にできることは、せいぜい妹が私の傍から離れていく様子を眺めることだけ。


 妹の姿は次第に見えなくなっていき、取り残された私。


 一人ぼっちの、哀れな私。

 何も出来ず、ただ立ち尽くすことしか出来ない私。


「………………」


 どうして妹は、私を拒絶したんだろう。

 どうして妹は、私から離れていったんだろう。


 私のことが嫌いになったから?


「……嫌だ」


 何がダメだったんだろう。

 うざかった? 鬱陶しかった? 分からない。分かりたくない。考えたくない。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!」


 離れたくない。嫌われたくない。ずっと好きでいてほしい。私だけを見てほしい。私だけを考えてほしい。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……!」


 これで妹との関係も、もう終わっちゃうのかな……。


「ぐすっ……あぁぁ……」


 そう考えた途端、抑えきれない程の涙が頬を伝った。

 哀しい。苦しい。辛い。そういった負の感情が私を支配した。


「私は……どうすれば良かったの……?」


 泣いて、泣いて、でも嗚咽は殺して。そうしてただ時間だけを浪費して、どれくらい経ったのだろう。もうとっくに私の涙は枯れていた。

 ただ真っ暗な部屋で、虚無を過ごすだけ。


 私はどうして生きているのだろう。どうして存在しているのだろう。どうして生まれてきてしまったのだろう。


「…………」


 もう考えるのも疲れてきた。なにも考えたくない。


 今はとにかく、楽になりたかった。

 負の感情に支配され続けて、私の心は常に締め付けられていた。それが痛くて痛くて、耐えられなかった。


 なんでもいい。私をこの黒い悲しみと苦しみから救いだしてくれるもの。


「……っ!」


 ふと思いついてしまった。

 あるじゃないか。すぐに楽になれる方法。


「……さようなら」


 今の私には「死」という名の救済に縋るしかなかった。

 だって私には、もう何も残っていないんだから。

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