2. 嫉妬
妹と一緒に過ごす時間が好き。
大好きな人と一日中──おはようからおやすみまで一緒にいて、そして私の全てを肯定してくれて、慰めてくれて。
もう私にとっては麻薬のようなものだった。
もっと一緒にいたい。もっと私を見て欲しい。もっと甘えたい。キスもしたい。身体だって重ね合いたい。
それほど妹に心酔していた。
「ぅん……」
「……眠たいの?」
私と妹がベッドで一緒になって寝ていた時、妹がうとうとし始めた。
「うん……寝ちゃったらごめん……」
「……やだ」
ギュッと妹の服を小さく掴んで、胸の中で小さく震える。
「私が眠るまで起きててよ……」
酷いわがままだと思う。
でも妹が寝てしまったら、私を守ってくれる人が誰もいなくなってしまう。また一人ぼっちになってしまう。そんな不安と恐怖に蹂躙され、ただ妹に迷惑をかける日々。
なにより、もっと妹と時間を共にしたかった。
「うん、頑張って起きてるから」
よしよし、と妹は頭を撫でてくれる。
こうやって私の要望に応えてくれて、私の欲しいものをくれる。
「うん……」
私はそんな妹に依存しないと、やっていけないんだ。
自分でも、この依存をなんとかしないとって思ってる。でも依存する快楽を知ってしまって、二度と戻りたくなかった。このまま、地の底まで堕ちていきたい。そんな思考が、私を更にダメにしていく。
だからこそ、辛いこともある。妹への気持ちが、強すぎるあまり。
『あはは、それでね~』
ある時、隣にある妹の部屋から楽しげな話し声が聞こえてきた。誰かと通話をしている妹の声を。
耳を塞ぎたくなった。
だって妹は、私といる時よりも楽しそうに話してたから。私ではない、誰かと。
嫉妬で気が狂いそうだった。
妹が、その誰かに取られた気がしたから。
私の方が妹と長く──生まれた時からずっと一緒だったのに。どうしてぽっと出の誰かに、私の妹を取られなきゃならないのだろう。
妹は、私だけのものなのに……。
「お兄ちゃんお待たせ!」
だからこうしてニコニコと私の部屋に入ってくる妹なんて、見たくなかった。
その笑顔は、私以外の誰かによって作られたものだったから。それがどうしても嫌だった。耐えられなかった。
「どうかしたの……?」
「別に」
ぷいっ、と顔を逸らして、妹の注意を引こうとする。
「……そう? 何かあったら言ってね」
でも妹は、そう軽々しく言ってスマホに視線をやるだけだった。私にではなく、スマホの向こう側の誰かに。
「…………」
今は私との時間のはずなのに、どうして妹は私以外の人を見てるんだろう。私がすぐそこにいるのに、どうして目を向けてくれないんだろう。
私と一緒にいても、つまらないから?
私のことが、嫌いになったから?
私と一緒にいてもつまらないから、こうやって他の人に目移りするんだ。私のことが嫌いだから、こうやって冷たいんだ。
どうすれば、妹は私を見てくれる? どうすれば、私のことを好きでいてくれる?
「……ぐすっ」
気がつけば、私の頬には涙が伝っていた。
妹に嫌われた。私のことなんてどうでもいいんだ。どうした私を見てくれないの。妹が話している誰かが羨ましい。
情緒がぐちゃぐちゃになって、心臓が締め付けられて、とても苦しかった。
でもそれを妹に知られたくなくて、顔を俯きひたすら隠す。
嗚咽を押し殺して、溢れ出る涙を無理矢理押さえ込んで。どうせ妹はスマホに夢中で、私のことなんか気にかけていないから、きっと気づかれずに──。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
やっと、私を見てくれた。
「な、泣いてるの……? なにかあった……?」
心配して声を掛けてくれて嬉しかった。私を見てくれて嬉しかった。私を気にかけてくれて嬉しかった。
「……なっ、なにも……ない」
でもどうして、意地を張ってるんだろう。素直に寂しかった、甘えたかったって言えばいいのに。
「あるから泣いてるんでしょ? どうしたの、なにか嫌なことでもあった?」
ぎゅっと、私をその腕で包み込んでくれた。私が求めていたものを、妹はくれた。
「や、やめてよ……! 今更優しくしないでよっ……!」
でも私は拒否して、妹を突き放した。自分のよく分からない意地のせいで。
「えっ……」
流石に想定していなかったのか、妹は驚きと困惑の表情を浮かべていた。
「あっ、いや……ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
自分でもよく分からなかった。私は一体何がしたいんだろうって。
嫉妬に支配され、構って欲しいのに意地を張って、抱きしめてくれたら突き放して。
本当に自分が嫌いになる。
「大丈夫、大丈夫だから。お兄ちゃんは悪くない」
でもそんな私を、妹は再び抱きしめくれる。
「ひぐっ、うぁぁ……」
「ごめんね、寂しい思いさせて」
ゆっくり、ゆっくりと背中を擦りながら、慰撫してくれた。
それが気持ちよくて、落ち着けて、そして暖かかった。
「私はお兄ちゃんのこと、誰よりも好きだよ。絶対嫌いになんてならないから。それだけは、分かってほしいな……」
私の嫉妬に気づいていたのか、妹の掛ける言葉は私が欲しかったものだった。とても嬉しくて、安心して、ただひたすらに妹の腕の中で泣いた。
今まで幾度となく流してきた涙。妹だけは、それを受け入れてくれる。
私の存在でさえも。
「よしよし、辛かったね」
あぁ、もう私は妹がいないとダメなんだ。
もういっそのこと、妹と一緒にドロドロに溶けていきたい。
「んっ……」
顔を上げて瞳を閉じる。わずか数秒後、唇に柔らかい感触が伝わった。何度も重ねてきた、妹の唇が。
今はただ、妹が欲しい。私だけの、妹が。
なにも考えずに、ただひたすら愛し合いたい。求め合いたい。
「はぁ……ちゅぅぅ」
あわよくばこれからもずっと、永遠に──。
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