また




「社長」

「ぜんぶ終わった」


 『花音かのん』店の地下一階の宿泊施設内の一室にて。


 寝台に寝かされていた善嗣よしじは、傍らの椅子に座って自分を見下ろしていた日埜恵ひのえへと顔を動かして見た。

 どうしてか、身体の上に岩が乗せられたかのように身動きがあまりとれなかったのである。


「おまえを狙っていた暗殺者の周空ちからも、周空ちからに依頼した人間も。警察に引き渡した」

「あの。やはり、母ペガサスと約束をしていた方だったのですか?」

「いいや。何か、おまえが会社で働いていた時に、話す機会があったんだけど、気に食わない事があって、軽い気持ちで殺すって思っていたらしい。どうも、周空ちからとダチだったらしくてな。無料で、依頼できたんだと。まったく。迷惑な話だよな」

「そうですか。それは。今の私は覚えていないので、何とも言えないのですが、私がとても失礼な態度を取っていたのかもしれません。謝罪して、話を聞きたいのですが、可能でしょうか?」

「おまえ。自分を身勝手に身軽に殺そうとしてたやつと話したいか?顔を合わせたいか?」

「ええ」

「そうか。だが、警察には会えないと言われている。他の奴にも色々と罪を犯していたらしい。おまえは、大勢の内の一人だったってわけだ。そんな命を何とも思ってない愉快犯に会ったって無駄だ。ただちょっと気に食わなかったから殺そうとしました~って、笑いながら言われるのがオチだ。会うな、会うな。気分が悪くなるだけだ」

「そうですか………社長はまだ呪いは解けていないのですね」


 日埜恵ひのえはまだヘルメットで顔が見えていなかった。


「ああ。今回の件と、俺の記憶喪失は関係なかったらしい。このヘルメットもな」

「そうですか。では、私の会社に関する記憶の喪失も、他に要因があるというわけですか?」

「俺が蘇生する際に、何か、へまを犯した可能性もある。だから、早く俺は俺の記憶を取り戻して、おまえを完全に蘇生し直す。だから。よ。おまえ。このまま俺の記憶を取り戻す旅に同行してくれないか?」


 ぱちくり。

 善嗣よしじは、やおら目を瞬かせた。


「いえ、そもそも私を蘇生する代償が、社長の旅の同行でしたよね。今更お願いしなくても、私は社長についていきますよ」

「いや。それは。そうなんだけれどもよ。いや。よくよく考えると、最悪じゃね。俺って。無償で蘇生しろよってな。な?」

「いえ、それは、別に、最悪ではないのではありませんか?何事にも対価は必要ですし」

「それは。そうなんだけれどもよ」


 どうにも歯切れの悪い日埜恵ひのえに、善嗣よしじは眉をひそめた。


「社長。私に何か隠し事があるのですか?」

「え?いや。ないけど。ただ。突然。俺ってひどくねって思っただけで。こんなひどい俺だけど旅に同行してくださいって、お願いしたくなっただけだけど」

「社長はひどくないですよ。私の事を案じて下さっています。ありがとうございます。私、何の役にも立たないかもしれませんが、社長の記憶を取り戻せるように、微力ながらお助けしたいと思っています」

「え。あ。うん」

「感動じゃあ!」


 扉にへばりついて聞き耳を立てていたのだろう。

 呂々爺ろろやが扉を開けて突入してきた。

 ずんずんずんずん。

 勢いを殺さずに、善嗣よしじ日埜恵ひのえの元へと向かい、急停止しては傍らに立ち、胸を、胸に垂れる長いあごひげを大きく叩いては、大船に乗ったつもりでいろと言った。


 あれデジャブ。

 善嗣よしじは思った。


「わしも一緒に旅をするので安心しろ。今回の事件をすぐに解決できたように、おまえたちの異変もすぐに解決してみせるわい!」

「今回は本当に助かった。ありがとうございます」

「あ。ありがとうございます」


 本物の呂々爺ろろやと初対面である善嗣よしじ日埜恵ひのえに倣って、起き上がり頭を下げようとしたが、呂々爺ろろやにそのままでいいと言われたので、身体を横にしたまま、礼の言葉を述べたのであった。


「うむうむ。まだ疲れておるだろう。ゆっくり休むがよい。日埜恵ひのえかなでが店を手伝ってくれと言っておったぞ」

「へ~い。じゃあ、善嗣よしじ。ゆっくり休めよ」

「え?でも、社長もお休みになった方がいいのではないですか?暗殺者と戦ったのでしょう?」

「いやいや。戦ったのは、呂々爺ろろやが開発した風船の魔法道具だから。俺はなーんにもしてないから」

「そう、ですか」

「そうそう。じゃ。またな。メシの時間に来るから」

「はい。わかりました。呂々爺ろろやさん。失礼します」

「うむ。ではまたのう」


 ひらひら。

 手を振った日埜恵ひのえ呂々爺ろろやは部屋から出て行ったのであった。











「言わんかったのか?」

「言わねえよ。ペガサスが殺されたなんて。あいつ。すんげえ、ペガサスと一緒に旅をする事を楽しみにしてたんだぞ。知ったら、絶望して自殺する可能性もある」

「だが、いつかは」

「ああ。わかってるよ」

「………物騒な事は考えるでないぞ」

「………わかってるよ」











かなでさん。お世話になりました」

「ああ。またおいで」

「はい」


 一週間後。

 時々、日埜恵ひのえ善嗣よしじは、かなでの手伝いをしつつ過ごしていたが、善嗣よしじの体調が完全に回復したので、『花音かのん』店から出る事になったのだ。


かなで、本当にありがとうな」

「ちゃんと善嗣よしじを見ているんだよ。今は子どもなんだからね」

「ああ」

「あんたも。無理はしないように」

「ああ。また来るわ。今度は記憶を取り戻した状態でな」

「ああ。楽しみにしている。呂々爺ろろや。しっかり二人を支えるんだよ」

「合点承知の助じゃ。かなでも無理はするなよ」

「誰に言ってんだい?」

「ふふ。じゃあ、またの」

「ああ。三人とも、気を付けて行くんだよ」

「「「はい」」」

「行ってらっしゃい」

「「「行ってきます」」」




 かなでは、サイドカーに乗っている日埜恵ひのえ善嗣よしじ、大きな風船に乗っている呂々爺ろろやの姿が見えなくなるまで見送ってのち、『花音かのん』店に入ったのであった。











(2024.6.14)



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