インカム




 『花音かのん』店の地下一階の宿泊施設内の一室にて。


「なん、なのよ!あんたは!?」

善嗣よしじの社長でっす」

「だって、あんた、今。暗殺者と闘っているはずじゃ」


 女性は、恋寧ここねは混乱した。混乱を露わにした。

 周空ちからと連絡を取ったり周空ちからの状況を把握したりするインカムからは、確かに、目の前の男の声と、周空ちからの声が聞こえてくる。戦っている音がする。

 呂々爺ろろやから己の姿形に変化する自立式の魔法道具を手渡された事は知っている。

 けれども、それを使っている様子はないとの報告も確かに受けていた。

 魔法も全然使えず、守護霊の力を頼りにしているだけだとも。


「………腐っても、名を馳せる魔法使いって事ね」

「腐ってないけどね。記憶喪失になってるだけだけどね」


 そうね。

 恋寧ここねは溜息を出すと、腕を組んで日埜恵ひのえと相対した。


「あいつをどこにやったのよ?」


 客として『花音かのん』店にやってきていた恋寧ここねは、この店のどこかに隠れている周空ちからの合図を受けてから、マスクを装着し、かなで呂々爺ろろや、その他の客が睡眠香で眠ったのを確認して、バーカウンターに隠れて、周空ちから日埜恵ひのえがこの店を出て行ってのち、地下へと向かったのだ。

 自らの手で、善嗣よしじを残虐無比に殺害する為に。

 善嗣よしじが居る部屋の扉を開けた時、顔面蒼白になっていた善嗣よしじ恋寧ここねを店員と勘違いしていた。

 掃除やベッドメイクでもしに来たと思ったのだろう。

 部屋から出て行こうとする善嗣よしじの肩を掴んで動きを止めたその時だった。

 善嗣よしじが居なくなり、代わりに、日埜恵ひのえが出現したのである。


「早く教えなさいよ。私からあのこを奪ったあいつの居場所を」


 とても冷たい表情を、声音を、恋寧ここね日埜恵ひのえへと突き刺す勢いで向けたのであった。











(2024.6.13)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る