重力




「おまえ。案外いいやつなんだな」

「暗殺者に似つかわしくない褒め言葉だな」


 地下から一階に上がり、『花音かのん』店から出た周空ちからはしかし、店の前で歩みを止める事なく歩き続けた。

 呂々爺ろろやの姿形を解く事なく、迷いなく、歩き続けた。

 そうして足を止めたのが、人間が創り出したものが何もない草原のみが見渡せる場所であった。

 立ち止まった周空ちからは振り返ると、日埜恵ひのえと相対した。


「ああそうだな。おまえへの称賛はやっぱり撤回する。人をここまで歩かせやがってこのやろう。足が棒になっちまったじゃねえかばかやろう」

「わざわざ素直に歩いてオレの後についてこずとも、オレが立ち止まった場所まで、箒で飛ぶか、瞬間移動するか、サイドカーに乗って来ればよかっただろう」

「………ふん。口数の多い男だ。さぞかしおモテになるのでしょうな」

「オマエこそ、口数の多い男だ。しかし今は、口よりも、手を動かせ」

「いや。まだ口を動かさせてもらう」

「何だ?」

善嗣よしじの花束を爆発させたのは、おまえか?」

「ああ。爆発させたのは確かにオレだが、すり替えた花束を用意したのは、オレじゃない。依頼主だ。ゆえに、オマエの記憶喪失の原因は、依頼主に聞かねばわからぬだろうな。ただし、オレが依頼主が誰かを明かす事はない。オレがオマエに負けたとしてもな」

「いや。別に構わないさ。俺って、すんごい魔法使いだったみたいだからさ。ちょちょいのちょいでおまえを倒して、ちょちょいのちょいでおまえの頭の中を覗いて、終わらせるからさ」

「そうだな。おまえはすごい魔法使いだ。その言を実行できるほどにな」

「えっへん」

「いや。違うな。すごい魔法使いだった。な。なんせ。部下の花束が爆発物とすり替えられている事に気付く事もなく、部下を爆発から守る事もできず、部下の蘇生を完ぺきにこなせなかった。オレが動く前に、すでに呪われていたのか。もしくは、デキソコナイに成り果てたか」


 侮蔑を多分に孕んだ物言いだった。

 けれどそれは、周空ちからが言っていなかったらの話である。

 周空ちからは感情を一切合切排した物言いで、淡々とそう言った。

 色もなく、形もなく、温度もなく。

 ただ、相対する者からそれらを奪い取るような、果てない重力だけが、そこにはあった。











(2024.6.13)



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