挑戦




 『花音かのん』店の地下一階の宿泊施設内の一室にて。


 呂々爺ろろやではないと、日埜恵ひのえから指摘された呂々爺ろろやは、一瞬の間を置いてのち、一切合切の感情を消し去った表情、態度を以て、日埜恵ひのえと相対した。


 まるでブラックホールのようだった。

 飲み込まれたが最後、絶対に抜け出す事はできない黒い穴。

 よしんば抜け出せたとしても、刹那にして引きずり込まれ、絶望に陥れられる。


「どうしてオレが偽物だとわかったか。などと、愚問を呈するつもりはない」

「おっ。ひとまず退散するか?」

「いいや。真っ向勝負を挑む」

「へええ。暗殺者なのに真っ向から勝負を挑むのか?」

「この業界でも名高いオマエと闘ってみたい。闘って、勝って、依頼を完遂する」


 呂々爺ろろやの姿形をした者は、ちらと、善嗣よしじを一瞥しては、日埜恵ひのえに視線を戻した。


「オレの名前は、周空ちから。記憶がほとんどなくなって、風が通りまくっているのだろう。風邪を引かぬように協力してやる」

「親切痛み入るわ」

「外に出ろ。ソイツは置いていけ。邪魔だ」

呂々爺ろろやかなで、客たちはどうした?」

「殺しはしていない。依頼された人間しか殺さない。オマエは唯一無二の例外だ」

「まあ、光栄だこと。そんじゃ、善嗣よしじ。行ってくるわ」


 ひらり。

 日埜恵ひのえは手を振って、周空ちからの後について行った。

 善嗣よしじ日埜恵ひのえに何か言葉をかけようとしたが、頭に何の言葉も思い浮かず、叶わなかった。

 社長と、呼びかける事すら、叶わなかったのだ。











(2024.6.13)



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