もっるい




 『花音かのん』店内にて。


「ヘルメットを取って顔を見せておくれ」

「無理」


 カウンター席から一本足のテーブル席へと移動した呂々爺ろろやは、真向かいに座る日埜恵ひのえに神妙な顔をして言ったのだが、胡散臭い口調で断られてしまい、しょんもりしては、哀愁漂う表情を日埜恵ひのえへと向けた。


「っふ。わしみたいな自衛組の下っ端も下っ端の人間には顔を見せたくないってかい。ふふ。そうかい。凄腕魔法使いの顔を拝んでみたかったけれども。そうかいそうかい。身分制度撤廃したとて、形だけのもの。確かにここに。身分制度は存在しましたとさ」

「いや、そうじゃなくて。ヘルメットが取れないの。ほれ」


 日埜恵ひのえは両の手がヘルメットを通り抜ける様を呂々爺ろろやへ見せた。

 呂々爺ろろやは目をぱちくりさせた。


「なんと」

「そう。なんとびっくりでしょう。顔を見せられないし、自分の顔を見れないのよ。俺ってどんな顔をしてたわけ?」

「自画像を描いてそのヘルメットに貼ってはどうじゃの?」

「ナイスアイディア。と言いたいけど。自分の顔がわからない」

「おーまいごっ」

「おーまいごっ」

「三文芝居はいいからさっさと名前を聞きな。呂々爺ろろや


 バーカウンターに立ってちらほらと入って来た客の注文をこなしながら、呂々爺ろろや日埜恵ひのえの様子を見ていたかなでは呆れた視線を向けた。

 ぽん。

 呂々爺ろろやは手を打った。


「そうじゃそうじゃ。おまえの名前は何じゃ?」

「俺の名前は日埜恵ひのえと言います」

日埜恵ひのえ………とは、『もっるい』の社長の名前と一緒じゃな」

「『もっるい』?」


 呂々爺ろろやの言葉に、日埜恵ひのえは首を傾げたのであった。











(2024.6.11)



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