自衛組




「悪の帝王じゃなかった」


 『花音かのん』店内にて。

 宣言通り、開店を迎えた昼にやって来た呂々爺ろろやは、バーカウンターのカウンターチェアに座って、注文したサボテンジュースを一気に飲み干すと、しょんもり、そう言った。


「怖がってんのか怖がってないのかよくわからないやつだね」

「怖い。途轍もなく怖いが。逮捕せねば。わしは自衛組の一人じゃ。悪の帝王を牢獄にぶち込む」

「何度も言ってるがね。悪の帝王は何百年も昔に死んでるだろ」

「ふん。わしも何度も言っとるがの。あやつに死という概念は。ない。死んだと見せかけて休息を取って、甦って、死んだと見せかけての繰り返しじゃ」

「それが本当なら、そんなすごいやつをあんたが逮捕できるわけないじゃないか」

「できるできないの問題ではない。逮捕するか否かの問題じゃ」

「はいはい。で。今回は悪の帝王の仕業じゃなかったんだろ」

「うむ。今回は悪の帝王の仕業ではなく、」


 一旦口を閉じた呂々爺ろろやは、きょろきょろきょろきょろと店内を見回した。

 かなで呂々爺ろろや以外、誰も居なかった。


「凄腕魔法使いはどこじゃ?」

「連れの傍に居るよ。まだ十にも満たない少年でね。長旅でよっぽど疲れたんだろ。ぐっすり眠っちまって起きないんだよ。病じゃないかって心配してね」

「そうか。子連れの凄腕魔法使いか」

「いや。別にその客の子どもじゃないよ」

「ほう。つまり、弟子か」

「さあね。呪いをかけられて記憶をほとんど失くしてるらしいから。少年との関係性もよくわかってないんだってさ」

「凄腕魔法使いは身元不明者でもあったか。よしよし。では、わしがそれも解決して進ぜるので、会わせてくれ」

「じゃあ、連れて来るから、待ってな」

「うむ。任せた。あと、もう一杯、サボテンジュースをおくれ」

「サボテンジュースはもう売り切れだ。野草ジュースならあるよ」

「うむ。ではそれを頼む」

「はいよ」


 店の周囲に生えているいくつもの種類の野草を絞ったばかりのジュースを出して、かなでは地下へと下りて行った。

 呂々爺ろろやはジュースを手に取ると、一気に飲み干して、にっこり満面の笑みを浮かべたのであった。


「うむ。この何とも言えない甘苦しょっぱさが癖になるのう」











(2024.6.11)


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