ペガサス




 一目惚れだった。

 母であるペガサスから生まれた、ほやほやの赤ん坊ペガサスに。

 この仔ペガサスが大きくなって仕事ができるようになる時は、ちょうど私が定年退職を迎える年であるなあ。

 ふと、そう気づいた時に、私の人生は彩り豊かなものとなった。


 そうだ、定年退職後にこのペガサスと一緒に旅をしよう。

 初めてかもしれない、こんなに興奮した目標を持ったのは。


 今まではただ、会社と家と生活に必要な店を行き来するだけの灰色の人生。

 会社の、しいては社会で役に立っていればいいと己を鼓舞しながら生きて来たが、どうしてか味気なかった。が。


 あの漆黒の仔ペガサスに出会った時から、私の人生は一変したのだ。

 定年退職したら生きている意味はないと絶望の淵に立っていた自分が嘘のようだ。

 早く、定年退職したい。

 否、早く定年退職なんぞしたら、旅行資金がまるで足りない。

 満六十五歳まで働いて、節約をして、定年退職後の旅行で一気に放出する。


 ああ、なんて素晴らしいんだ人生。

 こつこつとお金を貯めて、いそいそと足繁く仔ペガサスの元に通って、将来一緒に旅をしてくれないかと誘い続けて、ようやく、色よい返事をもらえて、さらに仕事に邁進して、締めるところは締めて、資金集めに励んで、病気になっては元もないと健康面にも気を付けて。




 そうして。

 人生初かもしれない薔薇色の夢が実現しかかった矢先の、花束爆発事件である。






(これもまた人生が一変した出来事、か)


 誰に贈る予定のものかは知らないが、百本はあるのではないかと思われる赤薔薇の花束を日埜恵ひのえから手渡された善嗣よしじは、鼻の呼吸を諦めながら、サイドカーに乗り続けたのであった。











(2024.4.23)



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しののめの影の息吹 藤泉都理 @fujitori

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