成就




 左側にサイドカーがあるでしょ。

 だーかーら。

 アクセルオンの時、つまり加速時は単車側が前に出ようとして、サイドカーが重りになってしまうので左側に曲がってしまう。

 アクセルオフの時、減速時は単車側に制動力が発生し、サイドカーは慣性で前に進んでしまうとするので右側へ曲がってしまう。

 その為、通常走行時は、一定のエンジン出力でも走行するというのは難しく、常に加減速を繰り返しているもので、直線であったとしてもハンドルにて補正し続けなければならないのだ。

 逆にその特性を活かして、ターンのきっかけ作りに役立てると、余計な腕力を必要とせずにスマートな操縦ができる。




 激しいエンジン音に反して、速度が遅いな、自転車と同じ、いや、全速力で漕ぐ自転車よりは速い、かな、どうかな、どうだろう、もしかしたら遅いかもしれない、全速力で漕がない自転車よりも。

 口に出したわけではない。

 百本はあるのではないかと思われる赤薔薇の花束を口呼吸しながら抱え、どこどこまでも、続く真っ黒い舗装道路と、真っ青な空と、浮雲を見つめていた善嗣よしじは、ぼんやりと思っただけである。

 安全運転大いに結構、とも。

 ぼんやり思っただけであるのに、まさか心中でも読めるのだろうか。

 日埜恵ひのえは胡散臭い口調のまま語り始めたかと思えば、俺はサイドカー初心者なんだよねと言ったのである。


「サイドカーをどうしても運転してみたくってさあ~」

「はあ。いいですね。夢が叶って」


 私とは違って。











(2024.6.4)



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