第32話 ようこそ、ダンジョン宿へ

「お? あそこが噂の地底湖か」


 お目当ての一角マグマトカゲは仕留められなかったが、目的地である地底湖へはたどり着けた。

 噂の通り、そこは真っ赤に染まっており、遠くから見ると確かにマグマがたまっているように見えるな。あれは湖底に沈んだ魔鉱石による発光現象が原因らしいが……高温のダンジョンという条件も相まって溶岩っぽさが増しているな。


 その湖のすぐ近くには例の宿屋がある。

 天然温泉を完備しているとのことだったが、モンスターがうろついているこんな場所でよく宿屋なんてやろうと思ったな。


 そりゃあ、冒険者からすればダンジョンで温かい布団と料理が振る舞われ、おまけに温泉まであると分かったら泊まらないわけにはいかない。

 

 しかし、問題は安全面だ。

 ちょっと関心があるので聞いてみることにしよう。


 三人は体力的にまだまだ暴れられそうだったが、珍しいダンジョン宿にすっかり興味を持っていかれ、最終的には腕を引っ張られる形で俺もそこへ向かった。


 外観は至って普通の宿屋。


 近づけば宿の利用者と思われる冒険者の数も増えていくが、みんなリラックスした表情をしている。とてもここがダンジョンとは思えないくらいのんびりしていた。


「まるでここだけ地上のようだな」

「モンスターが襲って来ない理由とかってあるんでしょうか?」

「たぶん、認識を阻害する魔法がかけられている」

「えっ? 分かるのか、メルファ」


 俺が尋ねると、メルファは「自信ないけど」と付け足した。

 すると、


「お嬢ちゃんの言う通りよ。さすがはその若さでここまでたどり着いただけのことはあるわ」


 背後から聞こえてきた女性の声。

 振り返ると、そこにはエプロンをつけた中年の女性が立っていた。


「この宿全体にモンスターを対象とした認識阻害魔法がかけられているの」

「ほぉ、それは凄い」

 

 通常、認識阻害魔法といった類は国の重要な施設などで使用される。

 広範囲かつ精密さが求められる超高難度の魔法であるため、使いこなせる者はごくわずかと耳にしていたが……まさかこんなところでお目にかかれるとは夢にも思っていなかったな。


「あっ、邪魔をしてすいません」

「いえ、俺たちもこの宿が気になっていたので」

「ならよかったです……珍しい組み合わせですけど、親子――じゃないでよね?」

「もちろんです!」


 真っ先に否定したのはミレインだった。

 他のふたりはその素早さにポカンと口を半開きにさせている。

 一方、女性はその様子がおかしかったのか、クスクスと小さく笑っていた。


「それはごめんなさい。お詫びにいいお部屋を用意させてもらうわ」

「いや、しかし、それでは……」

「気にしないで。ほらほら、中に入って受付を済ませてきて」

「は、はあ」


 思わぬ形でいい部屋をゲットできたが……一体どんな部屋だろうか。

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