第2話 職業選択の自由
「まずは近くの村に寄ろう」
街道を西に歩きながらも、俺は最初の目的地を示した。
「村に、ですか?」
「ああ、そこで君の服と靴を調達する」
そう告げると、彼女は土塗れになっている自身の服へ目を向けた。
「ああ、汚れていますものね」
「違う。その恰好じゃ狙ってくれと言っているようなものだからだ」
否定すると、彼女は首を傾げる。
「街の外にある脅威は魔物だけじゃない。野盗の類も脅威になるんだ」
今の彼女は『貴族令嬢』にしか見えない。
自身は元貴族令嬢と言うも、事情を知らぬ者からすれば「何だか汚いけど貴族令嬢っぽくね?」と思うわけだ。
となると、よろしくない輩に見つかれば真っ先に狙われる。
「俺といる間は大丈夫かもしれないが、リスクを減らすためにも着替えるべきだ」
着替えずに街へ辿り着いたとしても、次の脅威が彼女を待ち受けるだろう。
街の中にいる詐欺師やら、別ジャンルのよからぬ者達に狙われかねない。
「君は悪意ある人間を見抜ける自身があるか? 美味しい話があると聞かされてついて行ったら、行き着いた先は人身売買組織の拠点――なんてこともある」
世間知らずな元お嬢様は、知らぬうちに外国の変態に売られてしまいましたとさ。
なんてね。
「わ、分かりました。き、着替えは重要ですわね」
そういったことを説明すると、彼女は少々怯えた表情を見せながら頷いた。
少々驚かせすぎてしまったかな。
しかし、彼女の反応を見ていると、貴族と平民ってやつはどの国でも生きる世界が違うんだなと改めて痛感した。
「……私からも質問してよろしくて?」
「うん、何でも聞きなよ」
俺は大きく頷いた。
「貴方、お歳は?」
「今年で二十五になるね」
「どこの国の出身ですの? トーワ王国民なのですか?」
「いいや、もっと北だ」
うん、なかなかグイグイ来るね。テンポの良い会話だ。
距離感を窺いすぎて会話が無いよりずっと良い。
「冒険者と言っておりましたが、具体的にどんな生活を送っておりますの?」
「その質問に答える前に、君は冒険者についてどれだけ知っているんだ?」
質問に質問で返すと、彼女は少々悩んでから口を開く。
「騎士団の下請けをすることもあれば、各地を流浪しながら魔物を討伐して稼ぐ……?」
首を傾げながら言った彼女の言葉に対し、俺は「大体は正解」と返した。
「冒険者と一言に言っても、騎士団と協力したり、各地の魔物を倒すだけじゃない。他にも色々とあるんだよ」
冒険者がメインに据える稼ぎは確かに魔物退治であるが、他にも稼ぐ方法はいくつかある。
一つは冒険者組合が地元住民から受けた仕事を受注すること。
これは何でも屋な側面が強い。
冒険者という名の存在なのに、地元住民の依頼を受けている理由は遥か昔まで遡る。
その昔、ちょっとした問題に悩む住民が騎士団に助けを求めるが、騎士団は手が一杯で住民の依頼を請け負うことができなかった。
代わりに冒険者組合が少しでも稼ぐ手段を得ようと、騎士団の代わりに問題解決を請け負ったのが始まりだ。
一部の冒険者組合が地元住民の依頼を受けたと風の噂で流れ始めると、他の組合事務所も「これだ!」とばかりに同じこと始めたってわけ。
「そういうわけで、冒険者の中には冒険しないヤツもいるってことだね」
下手に外を徘徊するよりも、地元住民からの仕事を請け負っていた方が儲かると考えるやつもいる。
正直、だったら『便利屋』でも開業すれば? と思ってしまうがね。
「次に遺物を探すやつらだ」
遺物って知ってるか? と問うと、彼女は頷きを返した。
「誰が作ったのか。どうやって作られたのか。全く不明の代物ですわよね?」
「そうそう。よく遺物遺跡と呼ばれる場所で見つかる物だね」
遺物遺跡って呼ばれる場所は、これまた謎の多い場所である。
詳しく語ってもいいが、今話せば彼女が混乱しそうだ。
遺跡についは機会があれば教えてあげよう。
「遺物ってやつは謎に包まれているが、中には人類が使える物も発見されるんだ」
たとえば、現在主流となっている魔導具『冷蔵箱』なんてもんがいい例だ。
冷蔵箱は魔石の力が続く限り冷気を出し続ける箱なのだが、これは過去に発見された遺物が元となって開発された。
こういった魔導具の元になりそうな物は国に高く売れる。
後の大ヒット商品に繋がる可能性が高いし、国も便利な魔導具を作りだせれば経済的にもガッポガポになるわけだからな。
「ただ、一番有名なのは魔剣だよね」
魔剣ってやつは特殊な能力を持った剣だ。名の如くね。
遺物と言えば魔剣ってくらい有名だし、何よりその存在がカッコいい。
遺跡を巡ってオンリーワンで自分専用の魔剣を見つける。そして、見つけた魔剣を振るって英雄を目指す――なんてのは、世界に生きる全男共のロマンなんじゃないだろうか?
「ああ、前に学園の男子達が騒いでいたことがありましたわね。オークションに魔剣が登録されたから、親に買ってもらうって」
「ロマンもクソもない……」
ロマンを知らぬ成金共め。
「とにかく、冒険者ってのは色々だ。魔物退治で生きるやつもいれば、遺物を求めて世界各地を歩き回るやつもいる」
他にも別大陸に渡って、本当の意味で冒険するってやつもいる。
「簡単に言えば自由なんだよ。自由に生きる連中ってことさ」
法に触れなければ自由。組合のルールに背かなければ自由。
行くも戻るも自分次第、生きるも死ぬも自分次第ってね。
「その代わり、身分としては最底辺に近い。誰でもなれるから」
生きてんのか死んでんのかも分からん連中さえいるからな。
そんな奴らが国から喜ばれるわけもない。
ただ、有名になれば別だ。
英雄級の働きをしたとか、それこそ国宝級の遺物を見つけたとか。
そういったやつは国からスカウトされるなり、報酬を与えられて貴族になることが多い。
「貴方は? 貴方はどんな冒険者?」
「俺か? 俺はとある遺物を探して旅してるんだ」
「とある遺物?」
「そう。所持者の願いを叶えてくれる遺物」
それは『蒼の聖杯』と呼ばれる遺物だ。
「それって伝説の遺物ではなくて?」
「そうだよ」
シエルが言った通り、蒼の聖杯は伝説の遺物とも呼ばれている。
「……御伽噺に登場する架空の存在とも言われておりますが? 本当に実在しますの?」
「実在するさ。英雄ポアンの旅路って英雄譚を読んだことない?」
俺は確信を持って頷きつつ、蒼の聖杯が登場する有名な英雄譚のタイトルを口にした。
だが、彼女は「タイトルだけは知っています」と首を振った。
「とにかく、蒼の聖杯の情報を求めながら大陸を旅しているんだよ」
「ふぅん……。見つけたらどうしますの?」
「そりゃ、願いを叶えてもらうのさ」
当たり前の言葉を返すと、シエルの顔には「そういうことを聞いているんじゃない」という表情が浮かんだ。
「願いの内容を聞いていますの。お金のため? それとも別の何かがありまして?」
まぁ、気になるのは当然だよな。
なんたって、探している物が「願いを叶えてくれる物」なんだから。
「まぁ、色々さ」
ただ、俺は質問の答えを濁した。
そして、これ以上追求されないよう話を進める。
「何かを求めて旅するってのも楽しいよ。旅の途中で立ち寄った場所で有名な料理を食べたり、なんてことも楽しいよね」
名産品を楽しむ、想像もしなかった綺麗な景色を見る、面白いヤツに出会う。
旅を楽しむ理由はいくらでもあるもんだ。
それこそ、偶然にも遺物を見つけて一攫千金なんてこともあり得る。
「どう? 冒険者も面白そうだろう?」
「いえ、そもそも私は戦えませんし。武器など握ったことはありませんから」
冒険者には必須な自衛手段を持っていない、と彼女は首を振った。
「魔法は? 貴族は使える者が多いだろう?」
「水魔法なら使えますわ」
「おいおい、冒険者にとっちゃ最高のギフトじゃないか!」
魔法を発動するには魔石という触媒が必要だが、彼女は魔石さえあればいつどこでも水を生み出すことができる。
外の世界を生きる冒険者にとって水は一番大事な荷物だが、大量の水を水筒に入れて持ち運ぶのは少々辛い。
そのため、冒険者達が旅立つ際は必ず水場を事前に確認してから行く。
しかし、彼女はそれが不要になるってことだ。ポケットに魔石さえ詰めておけばね。
「……魔石を持っていません。購入するお金もありませんわ」
「だろうね」
水魔法で生んだ水が飲めていれば、俺が差し出した水筒をガブガブ飲まなかっただろうよ。
「それはともかく、選択肢が更に広がったね。水魔法の使い手となれば職業の幅も広がるよ」
よかったじゃないか、と俺は彼女に笑みを浮かべた。
「……そうですか。貴族であった時は魔法の才能なんてオマケ程度にしか見られませんでしたから」
とは言いつつも、彼女の顔には笑みが浮かぶ。
「おっと、村が見えてきたぞ」
お喋りしているとあっという間だな。
俺は街道の先に見えた村を指差した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます