第1話 実家を追放された令嬢
「元?」
「そう、元貴族令嬢ですわ」
俺の問いに対し、彼女は弱々しい笑みを浮かべて言った。
「ふぅん。事情を聞いても?」
「……まぁ、大した話ではありませんけども」
そう言いつつも、彼女は自身の境遇を語り始めた。
「私はトーワ王国ロドス侯爵家の次女――シエル・ロドスと申します。いえ、今はただのシエルですわね」
自嘲するように笑う彼女の名はシエル・ロドス。
現在の歳は十八歳。
ロドス侯爵家の次女に生まれた彼女は、幼い頃から厳しい教育を受けながら育ったようだ。
勉強はもちろんのこと、礼儀やダンスなど、模範的な淑女になるための要素を徹底的に叩き込まれる毎日だったと語る。
その結果、彼女は正しく優秀な侯爵家令嬢となった。
成績優秀、学園では女生徒を代表するリーダーとなり、生まれ持った美貌もあって男子からも人気が高い。
外見も中身も優秀だった彼女は、トーワ王国の王子と婚約を交わすまでに至った。
貴族令嬢として順風満帆な人生を送っていた、と言っていいだろう。
――ここまでは。
「ですが、数週間前……。ライバル派閥に属する貴族が殿下に別の女性を紹介しましたの」
ロドス侯爵家が属する派閥とライバル関係にある派閥が、王と王子に「別の令嬢と婚約した方が良い」と説いた。
多数のメリットを引っ提げてのチャレンジは王と王子の心を掴む。
結果、シエルは王子から婚約破棄を言い渡された。
「しかも、相手は同じ王立学園に通う伯爵家の令嬢でしたわ」
相手は格下である家の令嬢であったこともショッキングな事実だ。
これにより侯爵家が伯爵家に負けた、という構図が出来上がってしまったという。
貴族の世界から見ると、こういった状況は「美味しいネタ」になってしまうらしい。
そして、彼女が通っていた王立学園中にも噂は広がっていく。
「殿下から婚約破棄された話だけではなく、根も葉もない噂まで広まってしまって……」
曰く、シエルが伯爵家の令嬢を「いじめていた」という噂が広がり始めたそうだ。
「淑女として彼女を注意したことはありましたが、いじめだなんて……」
服装のコーディネートが催しに対して適していないから変えた方がいい。
マナーにうるさい貴族も多いから注意した方がいい――など、アドバイス的な注意だったようだが。
「噂が広まると、毎日一緒にいた学友達も離れていきましたわ」
彼女は自虐するようにフッと笑った。
しかし、彼女の転落はまだ続く。
「殿下との婚約が破断になると、お父様は怒り狂って……。私を役立たずと言い放って実家から追放しましたの」
「なんだよそれ、とんでもない親父だな」
聞いていて呆れるね。
王族が結婚相手を変えるってのはよくある話だ。
結婚一つで国の未来や国政なんかも関わってくるからな。
ただ、婚約破棄に関して悪いのはシエルじゃない。
ライバル派閥の提示した条件を超える提案をできなかった親父と、派閥に属する貴族共に責任があるんじゃないだろうか。
「実家を追い出されてしまいましたので、二年前に嫁いだ姉を頼りに西部へやって来たのですが……」
多少の金は持ち出せたものの、それ以外は着の身着のまま実家を追い出されてしまった彼女は、乗り合い馬車を使ってトーワ王国西部にいる姉の元を訪ねたようだ。
「ですが、実家を追い出された私に価値などありませんわ。姉と彼女の旦那様は助けてくれませんでした」
姉の住む貴族家を訪ねた彼女が事情を説明すると、二人はシエルを明らかに腫物扱いした。
姉は実家の父から無能扱いされた妹を蔑み、その旦那は嫁の実家と揉めたくない気が表情に出ていたという。
その結果、シエルは「早急に出て行ってくれ」と姉の家からも追い出されてしまった。
「その後、当てもなく歩きだして……。西にある隣国へ行けばどうにかなるかと思っていたのですが……」
現実はそう簡単じゃない。
街の外ってのも簡単じゃない。
ただ歩きだすだけでは、目的地に辿り着けないのだ。街から街へと移動するだけでも、相応の準備というものが必要である。
彼女のような貴族令嬢として育った人間、貴族社会という限定された囲いの中で生きてきた彼女にとっては難しい世界だ。
まるで別世界を行く、と等しい行為になるだろう。
むしろ、ここまで魔物や野盗に襲われなかっただけ運が良いと言わざるを得ない。
「歩き続けていたのですが、お腹が空いて……。気付けば貴方に助けられておりました」
「なるほど。事情は分かった」
一言で言えば、哀れな元貴族令嬢ってやつだ。
出会ったばかりの他人であるが、同情してしまうくらいクソッタレな転落だ。
しかし、準備を怠った……いや、知識不足だったことは抜きにしても、彼女の行動力は称賛に値するんじゃないだろうか?
どうにか生きようと足掻くことは、この世界を生きる上で一番大切なことだ。
「だが、逆に良かったんじゃないか? 身内を簡単に切り捨てる親と姉妹なんざ碌なもんじゃないさ」
これは自然と口から出てしまった言葉だった。
血の繋がった娘を簡単に切り捨てるなんてね。
父親は彼女のことを便利な政争の道具にしか思っていなかったと思える。
姉も姉だ。
貴族全体がそうだとは思いたくないが……。彼女の家は家族でありながらも、家族ではなかったのだろう。
「せっかく自由の身になれたんだ。これからは貴族社会のシガラミに囚われず、好き勝手に生きるのも良いと思うよ」
人生ってのは不幸の連続だ。人の数だけ不幸があって、何パターンもの試練が襲い掛かる。
ただ、だからってその場で座り込んでしまうのはよくない。じっと死を待つのもよくない。
全てを失ったからこそ、今度は別の世界で生きることにチャレンジするべきじゃないだろうか?
人生ってのは、みっともなく足掻き続けて完成するのだと俺は思う。
「自由になったとしても、私にはこれからどうしていいか分かりませんわ……」
まぁ、いきなり言われても困ってしまうよね。
これまでは狭い世界で生きてきたんだから。
「んー、そうだな……」
彼女の悩みを解決してやろうと、俺はいくつか案を出すことにした。
「ひとまず、近くの街まで連れてってあげるよ」
まずは街へ行く。
どう生きるにしても、人が住む場所に辿り着かなきゃ始まらない。
「街に着いたら職を探すってのはどうだ? 元貴族令嬢なら高い教育を受けているだろうし、冒険者組合の受付嬢とかにもなれると思うよ」
他にもその美貌と知性の高さを活かして商家の嫁さんになるのもいいだろう。
貴族生活には劣るかもしれないが、商家の嫁ならそれなりに良い生活もできる。それに相手も品の良いお嬢様を嫁にするのは望むところだろうしな。
あとはそうだな……。
最悪、美貌を武器に娼館で働くって選択肢もありか。
こっちは相応の覚悟が必要であるが、彼女ほどの美貌なら大金を稼ぐことも可能だろう。
それこそ、娼婦から良いとこの嫁入りコースって線もあるしな。
何にせよ、転落した身ではあるものの、これまで得た武器を使って足掻くしかない。
「俺が言ったことはあくまで例えだ。どう選択するかは君次第だがね」
貴族とは違って、それが『平民』の生き方ってやつだからね。
「街に辿り着くまで、しばらく考えてみたらどうだい?」
俺が「前向きに考えてみなよ」と笑いながら言ってやると、彼女は目を丸くした。
「……どうして、そこまで親切にしてくれますの?」
「そりゃ、助けモンの責任ってやつさ。あとで君が魔物に襲われて死んだーとか、野盗に連れ去られて売られてたーとか。そんなモンを聞いたら、後味悪いじゃん」
街の外ってのは、今言ったことが本当に起こる世界だ。
中途半端に助けて、後々で噂が耳に届くのは勘弁願いたい。
きっと、しばらく眠れなくなるほど後悔するだろう。
「あとは……そうだな。美人な女性が魔物に喰われちまうってのは損だ」
昔の仲間がよく言ってたセリフをマネしつつ、キリッと決め顔を浮かべてみた。
どうかな? 少しは気が紛れてくれたかな?
たぶん、今の俺は柄にもないセリフを言ったせいで顔が真っ赤だろうけどね。
「まぁ、私が美しいのは事実ですけども」
……自覚があるようで。
さすがは元優秀な貴族令嬢様だ。
「何にせよ、さっきまでよりは希望が湧いたんじゃないか?」
「そう、ですわね……」
そう告げると、彼女は少しだけ俯きながら悩むような様子を見せた。
しかし、すぐに顔を上げて――
「お世話になってもよろしいですか?」
「ああ。じゃあ、決まりだね」
俺は彼女に向かって手を差し出した。
「俺は冒険者のルークだ。よろしく」
「……シエルです。よろしくお願いしますわ」
俺達は握手を交わす。
こうして、俺達の旅は始まった。
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