最終話 線路の先には

 ウィリアムが退院してから数日が過ぎた。

 まだ彼は杖を突いているが左足の感覚は日々元に戻りつつある。

 このままいけばそう遠からず健常だった頃の状態に復調できるだろう。


 入院中にうぐいす隊の隊長、やしろ景一郎けいいちろうが見舞いにきた。

 彼が火倶楽幕府初代将軍嘉神かがみ征崇まさたかである事が相変わらずの秘密である。


「いや~色々聞かせてもらったよ。ほんとにさ、何てお礼を言ったらいいやら。まあオジさん今は単なる下っ端役人だからオジさんに感謝されても微妙だろうけどさ」


 あはは、と暢気にゆるーく笑っている隊長。

 その後の顛末に付いては彼を通してある程度聞く事ができた。


 あの浮上した塔の基部に付いては幕府により厳重に周辺の立ち入りが制限され、時間を掛けて土を盛り埋め立てていくことに決まったという。

 おそらく途方も無い時間と労力がかかるであろうが、それでも少しずつでも進めていくしかない。

 そのまま放置するにはあまりに危険な超古代の遺跡である。


 ……パープルはあの夜から姿を消したままだ。


 彼の店『エンジェル・ハイロゥ』ではかねてよりこういう事態になった時のために代理のオーナーが決めてあったらしく今は店はその代理の者が回しているそうだ。


 騒乱のあの日には多くの死者が出たというが、その中にパープルらしき亡骸があったという話も聞こえてこない。


 あの豪快で濃い男を思い出すウィリアム。

 彼が命を落としたとはどうしても考えられないのだが……。


 ────────────────────────


 世は全てことも無し、とは中々に行かないものではあるが……それでも今日も皆生きていかなくてはいけない。

 ウィリアムらが再び火倶楽を……北の大陸を去る日が近付いてきていた。

 彼の杖がいらなくなったタイミングで帰路に着くことになっている。


「トウガもすまなかったな。いきなり呼び出してしまって」


 ウィリアムの言葉に答えたのは当の緒仁原トウガではなくパルテリース。


「だいじょぶだよ、先生! どうせトーガの道場は誰もいないから!」

「お? なんだ? 泣くぞ? いいのか? いい歳したでっけーオッサンが泣くぞ? いいんだな?」


 目を剥いているトウガは既に涙目だ。

 そう、彼は自分の編み出した流派『天鎧流てんがいりゅう』の道場を開いたのだが、入門者はパラパラとやってきては都度挫折して辞めていき結局今は1人の門弟もいない状態である。


「だから言ったでしょ。あんな事できるのトウガだけだって」


 優陽も呆れ気味に言う。


「ちきしょー! 皆筋肉が足りねえんだよ!! もっと筋肉付けろって!!」


 天を仰いで嘆く髭面のでっかいオッサン。


「いやぁ流石兄さんだぜ。あのとてつもねえ迫力があった大将をぶっ飛ばしてきちまうとはなあ」


 感心する事頻りな陣八。

 彼は全身包帯とギプスまみれであり松葉杖を突いている。


「いいけどさ。オメーさっさと病院戻りなさいよ。ていうかここで死ぬのだけはやめろよな。後始末めんどくせーから」


 エトワールの冷たい一言。

 ウィリアムと違って陣八は本当はまだ退院の許可が下りていない状態なのだ。


「ここも賑やかになったもんじゃ」


 感慨深げに言う幻柳斎翁。

 大勢が犇いているので広めの事務所も今日は随分と狭く感じる。


「今日は寿司を取りましたでの。皆好きなだけ食うてくれい」


 老人の言葉に皆がわっと盛り上がる。


「いいんですかね。好きに食えとかいうと優陽ソイツウニとイクラを集中して狙うんですけど」


 1人半眼のエトワールであった。


 その日は陽が昇るまで黒羽探偵事務所の明かりが消える事はなかった。


 皆でひたすらに食べて飲んで笑って歌った。


 近所からは文句一つ聞こえてこない。

 ここは煌神町裏通り。

 ここは夜の町だからだ。


 ────────────────────────


 ガタンゴトン、ガタンゴトン…………。


「…………?」


 心地よい揺れと何かのリズムに意識が少しずつ覚醒していく。


「ん、朝か……」

「もう正午過ぎですよ」


 返事は聞きなれたメイドのものだ。


「そうか。夕べは少し羽目を外して飲んでしまったな……」


 どうやらカルラに膝枕させていたらしい。

 目覚めたウィリアムは寝ぼけ眼で周囲を見回すと……。


「ここどこだ!!!!?????」


 飛び出さん程に眼球を見開いて叫んだ。


「おかしな事を聞きますね。ここが汽車の車内以外のどこに見えると?」

「そうじゃなくて!! っていうかやっぱり汽車なのか!! 何で私が汽車に乗ってるの!!??」


 当然今日にも明日にもウィリアムに汽車に乗る予定などない。

 数日後には東の大陸に戻る船に乗るはずなのに。


 見ればカルラはいつものメイド服の上にコートを着込んだ旅装姿である。


「思ったのですが……」


 動揺で半ばパニックになっているウィリアムを尻目にいつもの落ち着いた調子のメイド。


「今回の最大の功労者とも言えるこの有能で可愛らしいメイドさんに見合ったご褒美がないな、と」

「???????」


 さっぱり意味が飲み込めず意識の全てを?で埋めるウィリアム。


「残念ながら大陸の東側にはこれといったカレーを出すお店は見つけられませんでした。しかし西州は洋風文化を織り交ぜた独特の風土であるとの事、まだ希望はあると考えます」

「……まさか……まさか……」


 顔色を失っていっているのが自分でもわかるウィリアム。


「これから2人で探しに行きましょう」

「やっぱりだ!! 拉致られた!!!」


 悲鳴を上げるウィリアムにメイドはムッとする。


「何をトンチンカンな事を言っているのですか。有能で可愛らしいメイドさんと2人で美味しいカレーのお店を探す旅ですよ。世の男性諸氏であれば大金を積んででも行きたい旅のはずです。貴方は幸運な人物なのですよ? 御主人様ウィリアム

「それはそうかもしれないが……」


 困り果てて肩を落とすウィリアム。

 見れば自分もしっかり旅装姿だ。

 感触でなんとなく下着まで新品に着替えさせられているのがわかる。

 オマケに髭までしっかり当たっている。

 ……恐るべし有能で可愛らしいメイドさん。


「いきなりこんな事をしたら皆を心配させてしまうだろう」

「心配には及びません。きちんと書置きを残してきてあります」


 当然です、とばかりにいつもの調子で言うカルラにウィリアムが少し安心する。


「そうか……それならよかった」


 ふぅ、と安堵の吐息が漏れる。


「これから私は御主人様ウィリアムと2人で旅に出ます。貴女たちはとっとと事務所に帰っていなさい、と」

「よくなかった……ッッ!!!!」


 何故そんな挑発的な文面にするのか。

 怒り狂って火を吐きそうになりながら追ってくるエトワールの姿が脳裏に思い浮かぶウィリアム。


「問題ありません。中央大陸行きの船に私たちに似せた2人組を私たちの名前で乗船させてあります。追っ手はお間抜けにも中央大陸へ向かうでしょう」

「追っ手が掛かる事を前提にしてらっしゃる!!?? しかも偽装工作の念の入り方が酷い!!!!」


 突っ込み疲れて息切れしてきたウィリアムだ。

 そんな彼の眉間にカルラが人差し指をトン、と当てた。


「……?」

「旅を楽しみましょう、御主人様。難しい顔は一旦置いておいて」


 メイドは優しく微笑んでいる。

 そうか……彼女は彼女なりにここ暫くの自分の様子を見て思う所があったらしい。


 ウィリアムの耳の奥にいつかのキリコの言葉が蘇る。


『貴方は死に近い場所にいる』


 その言葉が今も毒蛇のように自分の首に巻き付いているのを感じる。


 だがそれを……否定する。

 自分はまだ死ぬ気はない。

 いつかはその日は来るだろう。

 しかし自ら望んでそれを引き寄せるような事などしない。


 ……そうだ。自分は旅人だ。

 そしてゼクウは言っていた。

 自分は未来を信じる者であると。


「そうだな。どうせ行くのならこの大陸で一番の店を見つけないとな」

「ようやく調子が出てきましたね。それでいいのです」


 メイドがうんうん、と満足そうに肯く。


「尚、誰かが追いついてきた場合の対応は貴方にお任せしますね」

「ああ、やっぱりそれは私なんだ! きっと折檻もあるぞ! 困ったな、あはは!!」


 車内にヤケクソ気味の笑い声が虚しく響き渡る。


 ……汽笛が鳴る。


 汽車は快調にレールの上を進んでいく。


 その先は未だ見ぬ未知の土地である。

 困難もあるだろう。障害もあるだろう。

 だが、その先にはきっとそれを越えた発見と喜びがあると彼は信じている。


 旅路は続く。

 その長い道のりを彼は仲間と手を携えて進んでいくだろう。



 ……ちょっとばかりその仲間を今は撒いてしまっているのだが。



 ─── 完 ───




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妖(あやかし)の国の死を唄うもの(セイレーン) ~人と妖怪が仲良く暮らす世界を目指して妨害勢力やら妖怪王の残党やら滅びの魔女やらと戦う話~ 八葉 @hachiyou1995

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