第23話 悪意の生んだ底なしの食欲

 極星製薬の地下実験施設に潜入したウィリアムとエトワール。

 しかしそこには思わぬ強敵が待ち受けていた。

 ……本物の新巻鮭である。


「『爆裂エクスプロージョン』!!!!」


 ドガガガガガガガッッッッ!!!!!!!!


 エトワールの生み出した魔力による無数の小爆発が巨大な魚を取り巻いた。


「うぉっ……があああああッッッ!!!!」


 叫ぶ新巻鮭。

 爆炎に包まれ周囲に何やらいい匂いが漂い始める。


「しかし……保存が利く!!!」


 焼け焦げた部位を次々に元通りに復元していく新巻鮭。

 でもいい匂いはそのままだ。


「やっぱダメですセンセ。コイツ想像以上にやべーかもしれないですよ」

「ああ、そうだな。奴のあの不死身の仕組みを解明しない限りはどんな攻撃も徒労に終わりそうだ」


 常人を遥かに越える体力を誇る魔人のウィリアムもわずかに息が上がってきている。


 既にここまでに相当の攻撃を受け続けている新巻鮭。

 切り刻まれ燃やされ吹き飛ばされ……。

 だがそれも全て瞬時に再生して復活してくる。


 本命の標的ではない相手に徐々に消耗していくという状況に焦りが出始めるウィリアムであった。


 ────────────────────────


 その男は静かに室内に足を踏み入れた。

 火倶楽かぐら幕府三代将軍嘉神かがみ宗継むねつぐ

 現在の征威大将軍、この北の大陸の支配者である。

 穏やかな風貌の紳士。

 だがその表情は今憂いに満ちていた。


「正直、芭琉観ばるかん和尚より話を聞いて幻柳斎げんりゅうさい殿に事の次第を聞いた時は大袈裟に言うておるのだろうと思っておったのだが……」

「上様……」


 絶望に顔色を失っている宍戸ししど豊善ほうぜん


「豊善、私はそなたを父のように慕ってきた。だが、此度のそなたのこの所業はいかなる申し開きもできぬぞ」


 穏やかに、静かに……しかしきっぱりと言い放つ将軍宗継。

 豊善は黙ったまま俯く。


「だが……この罪、そなただけに背負わせはせぬ」

「……!」


 弾かれたように顔を上げる豊善に寂しげに笑いかける宗継。


「そなたの心のキズを、心の闇を理解してやれなかったのは私の罪でもある。そなたは裁きを受けるのだ。私は将軍の位を退きそなたの償いに手を貸そう」

「上様……ッ。おおぉぉぉ……」


 泣き崩れる豊善。

 その肩に手を置く宗継。


 幻柳斎はいつの間にかその場から姿を消していた。


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 何度目かの飛翔突撃シャケミサイルを回避し体勢を立て直すウィリアム。

 そうしながらも彼は必死に脳細胞を活性化させる。


 奴は……妖怪ではないという。

 では何なのだ?


 思えばその答えは初めから掲示されていたではないか。

 奴は何度も言っていた。

 自分は新巻鮭だと。


 ……それなら。


「新巻鮭」


 その名を呼ぶと新巻鮭の動きが止まった。


「お前は……どんな風に食べられたいんだ?」

「…………ッ」


 僅かな沈黙の時間を経て……。

 新巻鮭の目からポロッと大粒の涙が零れた。


「そのまま切り身でもごはんが進むぞ……。茶漬けだっていい。焼いたって……鍋だって……何だって美味い……なんだって……!!」


 声を震わせて言う新巻鮭。

 ウィリアムが静かに肯く。


「そうか。わかった」


 すると、新巻鮭は斜めに傾いて天井を見上げるような姿勢を取る。


「ああ、やっと……オレも……食卓に上れるのか」


 そして、鮭が倒れる。

 二人が見下ろしたその視線の先にあるのは新巻鮭。

 80cm前後の比較的大型の鮭だ。

 もうそれは動かない。

 ただの……新巻鮭だった。


「……これ、食べるんです?」


 問うエトワールを見るウィリアム。


「いや、食べないけど。……なんか怖いし」


 そして二人は施設深部を目指しその場を立ち去った。


「……いや、食べんのかーい!!!!!」


 誰もいなくなった廊下で起き上がった鮭が叫んだ。


 ────────────────────────


 ウィリアムたちは遂に地下研究所の最深部へと到達した。

 そこは広大な開けた空間になっていた。

 様々な装置が並ぶ空間を大勢の研究員たちが右往左往している。


「どうすればいいんだ!? 放棄か!? 残っていればいいのか!!?」

「連絡が付かん!! くそっ!!」


 どうやら上部からの指令が止まった状態らしい。

 ウィリアムたちがずかずかと踏み込んで闊歩していても止める者もいなければ誰何の声もない。

 2人が部外者だという事はわかってはいても、不安げに遠巻きにするだけだ。


 フロアの中央には大きな四角い窪みがあった。

 そこに巨大な土の武者像のようなものが納められている。

 像は全身を使って何かを抱き留めるような姿勢をしており、その四肢の内にあるものは……。


「なんだ、これは……」


 思わず言葉を失うウィリアム。

 それはあまりにも醜悪な姿をしていた。

 巨大な臓器とでも言うべきか……青紫色の脈打つ肉の袋。

 その表面には乱杭歯の並んだ口があり、体表には無数の触手が生えていて蠢いている。


「なんじゃァ、お前たちは……悪食あくじきにそんな近付くんじゃない」


 声がして2人がそちらを見ると白衣姿の腰の曲がった老人がいる。

 鼻が大きく真っ白な濃い髭の老人だ。

 分厚い眼鏡を掛けていて髪も髭もボサボサである。


「ここしばらくエサの供給が止まって気が立っておるからなァ。あんまり近付けば妖怪でなくても食われちまうかもしれんぞォ」

「コイツは妖怪を食うのか……?」


 顔をしかめてウィリアムが問うと老研究者が訝し気に眼鏡の位置を直す。


「なんじゃア? 部外者か? ああ、そういえばなんか視察がどうのと言っておったか」


 どうやら今日の芭琉観和尚の視察の件を半端に聞きかじっていて勝手に勘違いしてくれたようだ。


「そうじゃ。こいつは悪食。オレが何年も何年も妖怪を餌にして面倒見てようやくここまででっかくしたんじゃア。食欲と嗅覚が凄いんじゃぞォ? 妖怪なら数百m先の小さな奴でも嗅ぎ付けて触手を伸ばして捕まえて食っちまうんじゃァ」


 ひぇっひぇっひぇっ、と掠れた高い声で笑う老研究者。

 ウィリアムは先ほどの新巻鮭の言葉を思い出していた。

 ……妖怪ならこんな自由に施設内を出歩けないと。

 それはこの悪食に食われてしまうからという意味だったのだろう。


 ……柳生キリコの見たものはこれか。

 ウィリアムが陰鬱な気分になる。

 こんなものを生み出すとは、人はどれだけ罪深い存在なのだろうかと。


「……センセ!」


 僅かな時間だが考え込んでいてしまった為か、エトワールの緊迫した声でようやく我に返ったウィリアム。

 自分のすぐ足元の……四角い穴の縁まで這ってきていたに気付かなかった。


「……おゥあ?」


 突如飛び出してきた触手に老研究者が絡め捕られる。

 咄嗟の事でウィリアムたちも何もできなかった。

 そのまま老研究者は悪食の巨大な口の中に消えていく。


 してきた事の報いであると……そう一言で切って捨てるにはあまりにも凄惨な最期だった。


 ウィリアムたちにも触手が伸びてきたが2人はそれを斬撃と魔術でそれぞれ撃退する。


 老人を一飲みにした悪食はぶもっぶもっ!と唸り声?を上げながら激しく揺れ始める。

 まるで今し方飲み下したものを「これではない」と怒っているようにも見える。


 震え、揺れて暴れる悪食にそれを押さえ込む巨大な土人形の表面にヒビが広がっていく。


「持ちませんね。自由になりますよ、アイツ」


 エトワールが冷静に言う。


「そうだな。哀れではあるが外へ出すわけにはいかないな。ここで決着けりを付けよう」


 見れば先ほど切断した触手はそのままだ。

 超再生力のようなものは持ち合わせていないらしい。

 ならば2人の全力の火力であれば倒しきれるはず……。


「……助太刀しよう」

「むっ? 誰だ」


 低い声が聞こえてウィリアムたちは振り返った。

 全身を筋肉の鎧で覆ったマスクマンが大股でこちらに近付いてくる。


「わしは四角いマットの上の賢者、マスク・ザ・バーバリアン!!」


 ビシッ!とファイティングポーズを取るバーバリアン。


「よし、引き上げよう。この事件は終わった。我々は手を引こう」


 真顔で言うウィリアムであった。


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