第24話 四天王強襲

 呼ばれてもいないのに駆けつけてきた、不必要なまでに頼もしいマスクマン。

 マスク・ザ・バーバリアン。

 人は彼を四角いマットの賢者と呼ぶ。


「……オメー、背中なんか刺さってますよ」


 イヤそうに言うエトワール。

 確かにバーバリアンの左の腰の背中側に刃渡り20cmほどのナイフが突き立っている。


「ああ、これか。さっき見たことの無い新人レスラーが凶器攻撃を仕掛けてきてな。凶器を使うならちゃんと『溜め』と『見せ』の間を作れと説教してやったところよ」

「可哀想に……」


 ウィリアムの可哀想にはどう考えても被害者側のバーバリアンにではなく刺した側に向けられたものであった。


「あ、センセこいつ魔人ヴァルオールだ! 覚醒してやがりますよ!」


 エトワールが若干高い声で言うと、バーバリアンも何かに気付いたようにポンと手を打った。


「おお、そうそう。ほれいつだったか、お主の復活を祈念してスクワットした事があっただろう。あの時にどうも永久の者とこしえのものとして目覚めたらしくてな」

「うーわ、ウチの知る限りでは最悪の覚醒理由だぞそれ」


 エトワールの右肩がずるっとはだける。

 そして場の空気が弛緩したその一瞬を狙い済ましたかのように……。

 不意にバーバリアンの胴に悪食の触手が巻きついた。


「……お?」


 呆気に取られたままマスクマンが巨大な口の中に消えていく。


「あ。……どーします? センセ」

「よし全力で行こう」


 俄かにやる気を出したウィリアムが剣を構える。

 エトワールもそれに合わせて魔術の行使の為の集中に入った。


 地を蹴り灰色の髪の男が一陣の風になる。

 かつてない程の全力の斬撃が悪食の巨大なボディを斜めに切り裂いた。


 その裂け目にエトワールの放った巨大な光の矢が突き刺さる。

 一瞬の静寂の後……。


 膨れ上がった悪食は爆散して木っ端微塵になったのだった。


 ────────────────────────


 西州某国歓楽街の一角、マフィア『王牙会おうがかい』アジト、バー『幽世かくりよ』。

 そろそろ日も傾きかけるかという時刻、その表の通りに一台の黒塗りの大型車が横付けされる。

 降りて来たのは副総長の斬因ざいんである。

 苛立たしげに舌打ちをした斬因は地下への石の階段を下りていく。


(いきなり呼び付けやがるとはどういう了見だ。牙嵐ヤロウめ……)


 乱暴に戸を開けて店内に入るとその場にいた手下たちが直立を姿勢を取る。

 その中でただ1人超然とカウンターに座ったままグラスを傾けている男、牙嵐。


「来たぜ。どういう了見だ?」


 部下たちの手前あまり険悪な様子は見せないようにしようとは思う斬因だが、それでもその言葉には若干の険がある。

 だが牙嵐は黙ったままだ。

 斬因の頬が怒りに引き攣る。


「……おい」

「東が欲しいんだろ?」


 いきなりそう言うと牙嵐は座っているカウンター席の座面を回して斬因の方を向いた。

 冷たく獰猛で、それでいて底知れない何かを宿した光を放つ目が斬因を映した。


「ならそろそろ獲りにいこうじゃねえか。兵隊を東に入れておきな。合図で一斉に暴れられるようにな」

「いきなり何を言ってやがる。そう簡単にいくはずねえだろうが」


 表情を歪める斬因。

 時代は百鬼夜行の頃ではないのだ。

 大軍団をぞろぞろと動かせばそれだけで幕府に目を付けられて終わりである。


 兵隊を東へ送るなら少数ずつ、様々な移動手段で、また様々な職種の者に偽装し時間を掛けて送り込まなくてはならない。


「だから今言った。そう遠くない未来にこの大陸はメチャクチャになる。その時がお前の野望を果たす千載一遇のチャンスだぞ」

「何だと? どういう事だ? お前何をしようとしてやがる。ここの所ずっと留守だったのはそれに関係した用事でか?」


 まくし立てる斬因に冷笑を浮かべている牙嵐。


「そうだな。お前には話しておいてやるか。オレが何をしようとしているのか、この世界がこれからどうなっていくのかをな」


 思わず黙る斬因。

 牙嵐の手の中のグラスに浮かぶ氷が溶けてカランと鳴った。


 ────────────────────────


 極星きょくせい製薬並びにその背後にいた筆頭家老の宍戸ししど豊善ほうぜんの悪事はウィリアムらの手によって暴かれた。

 この凄惨な陰謀は表沙汰にはならず世間には単なる一企業の実験中の事故という事になっている。


 研究施設の研究員たちはほとんどが捕えられ、極星製薬は解体されて消滅した。

 代々嘉神かがみの家の家老を務めてきた宍戸家も取り潰しとなり永蟄居ながちっきょを命じられた豊善はその後生涯屋敷から外に出ることはなかった。

 没収された宍戸家の資産は妖怪たちへの福祉のために使われる事になっている。


 三代将軍宗継むねつぐは一連の不祥事の責任を取る形で退位。

 従兄弟にあたる冬真ふゆまが火倶楽幕府第4代の征威大将軍の位に就いた。


 豊善の反対によって頓挫していた妖怪弾圧政策の緩和も始まり、また少しずつ人妖平等の世界へ世の中は動き始めている。


 慌しく日々は過ぎ去り地下施設の事件からは半月が経とうとしていた。


 ────────────────────────


 ある日の午後の事。

 非番である葛城かつらぎ陣八じんぱちはこの日も黒羽探偵事務所に遊びに来ていた。

 だが生憎とこの日は全員が出払っていて事務所の戸には「夕方までに戻ります」の札が下げられている。


「あーあ、留守ならしゃーねえ」


 ため息をついて陣八が帰ろうと振り返る。

 ……そこに3人の男が立っていた。


「………………………………」


 無言で全身を緊張させる陣八。

 只者ではないのは一目でわかる。

 灰色のスーツの大男と黒いスーツの男が2人。

 全身から荒事の雰囲気をこれでもかとさせている男たちだ。


「……ここの人たちなら、今日は留守だぜ」

「そうか」


 灰色のスーツの男はそれだけ短く口にすると踵を返す。


「待ちな」


 その後姿に陣八が声を掛ける。

 灰色のスーツの男だけが肩越しにゆっくりと振り返る。


「俺はここのモンじゃねえが知り合いでよ。そんな物騒な気配をさせて来た客を黙って帰すわけにはいかねえな……ちっと話を聞かせてもらおうかい」

「話か……」


 ニヤリと笑う灰色のスーツの男……斬因。

 その口元に並ぶ鋭く尖った牙が鈍く光った。


「いいだろう。どこか静かな場所でゆっくりとな……」


 ……そして、1時間後。

 煌神町内、廃工場敷地内。


「おらおらどうしたよ。息が上がってんぜえ……」


 傷だらけの陣八。

 その眼前にはやはり同様に傷だらけの黒スーツの男。

 もう1人の黒スーツの男は既に両者の足元に倒れ伏している。

 戦闘が始まって10分ほど。

 陣八は黒スーツの男2人を同時に相手にしてその内の1人を撃沈させていた。


 3者のやり取りを煙草を吹かしながら斬因が冷たく眺めている。


 黒スーツの男たちはいずれも斬因が最終決戦の為に選りすぐった腕利きの精鋭だ。

 それを2匹同時に相手取って互角以上に立ち回る陣八の強さは斬因の想定を大きく超えていた。


「チッ、もういい。下がってろ」


 煙草を投げ捨てると黒スーツの肩を掴んで乱暴に脇へ押しやる斬因。

 ロングコートを脱ぐと足元へ落とし陣八の前に立ちはだかる。


「ヘッ……ようやく親玉のお出ましかい」


 口元の血を手の甲で拭って不敵に笑う陣八。

 強がってはいるが強豪妖怪2匹を相手にしている陣八のパフォーマンスは明らかに落ちてきていた。


「中々いい根性をしてるな小僧。褒美に本物の四天王の強さって奴を見せてやろう。地獄にいったら土産話にするんだな」

「何!? 四天の……」


 ドゴォッッッッ!!!!!


 ローキックが陣八の腿に炸裂する。

 響いた音はまるで爆発音だ。

 無造作なその蹴りは一溜まりも無く陣八の足の骨を圧し折る。


「…………ッ!!!!!」


 痛みに歯を食いしばる陣八。

 片足が死に、その上体がグラグラと揺れる。


「あばよ、小僧」


 容赦のない追撃の拳が陣八に炸裂した。

 血を噴き、横に回転しながら吹き飛んだ陣八が地面の上を何度かバウンドして止まる。

 土煙の上がる中、うつ伏せのスキンヘッドの男はもうピクリとも動かない。


「関係者の雑魚でもこのレベルか。侮れん奴らだぜ黒羽め」


 吐き捨てるように言うと斬因は倒れている黒スーツの男の首を踏みつけた。

 骨の砕ける嫌な音が足元から聞こえてくる。


 そして斬因はもう1人の黒スーツの男が拾っていた自分のコートを受け取り袖を通す。

 夕暮れの冷たい風が吹き抜けていく中……。

 背後に倒れる1人と1匹を一瞥する事もなく2匹は立ち去っていくのだった。




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