第19話 デスエキサイティング

 涙する中年女性は大野田おおのだマチ子と名乗った。

 彼女の夫である大野田おおのだ房親ふさちか氏は煌神町こうがみちょうでも1番の大型百貨店デパートを経営するオーナーであるという。


「ああ、デックスは俺もよく買い物いくっすわ。非番の時に」

「デックス?」


 ウィリアムに陣八じんぱちがええ、と頷く。


「そのデパートの名前っすよ。略称でちゃんとした名前は……ああっと、デスエキサイティングだったかな?」


(イヤな名前だなあ……)


 思ったものの口には出さないウィリアムである。


「ええ……主人が付けた名前なんです。買い物に来て頂いたお客様が死ぬほど興奮するようなお店にしたいって……」


 さめざめと泣きながら言うマチ子夫人。


(買い物客が死ぬほど興奮してるデパートっていうのもちょっとどうかと思うんだけどね……)


 口には出さないパープルである。


「……じゃあ、ご主人を死ぬほど興奮させればいいのかな?」

「どう話を聞いてたんですかオメーは」


 パアン!とまたもお盆が鳴る。


「元々主人は古い価値観の人で堅物な面がありまして、街中で手を繋いでいる男女を見かけるだけで『人前でああいうのは好ましくない』と、そのように苦言を呈することがあるような人でした」

「それはまた徹底していますな」


 古い時代から生きているウィリアムとしてはわからくもない考え方ではあるものの、時代に即しているかと言われればそれは否であろうと思った。


「それがある時期から急にパツキン! ボイン! 最高ー!! などと言い出すようになりまして……」

「もうそれ別人だろ」


 思わず突っ込んでしまうエトワール。


(まあ金髪でボインのお姉さんは最高なんだけどよ……)


 口には出せない陣八である。


「それまでは外でお酒を飲む機会があっても10時には必ず帰宅していた主人の帰りが明け方になる事も珍しくなくなって……」


 沈痛な表情で夫人は目を伏せている。

 ううむ、とウィリアムは考え込んだ。

 確かにいい年になってから遊びを覚えてはっちゃけてしまう人もいるのだろうが、浮気と決めつけるにはまだ早計な気もする。


「それで先日、主人が謎の金髪美女をくっつけて帰ってきまして……」

「え? くっつけて帰ってきちゃったの!?」


 ウィリアムの声が裏返る。

 事態が急転直下すぎる。


「それでそれで? その人どうなったの?」


 目を輝かせて身を乗り出す優陽。

 もう完全に個人的好奇心で聞いている。


「翌日日が昇ってから主人が縁側で天日干しにしておりました」

「魚の干物じゃないんだから」


 突っ込みすぎてエトワールがぐったりしてきたのでここはパープルがつっこんだ。


「じゃあその金髪の人をブッ殺せばいいのかな?」


 パァン!とお盆が鳴る。

 本日大活躍のお盆であったがとうとう耐え切れなかったらしくここで砕け散った。


「では、我々はどのようにすればいいのだろうか?」


 所長代理が何かとすぐにブッ殺そうとするのでやむなくウィリアムがそう尋ねた。


 ──────────────────────


 小野田夫人が帰宅した後、黒羽探偵事務所にて作戦会議が行われている。

 椅子だけ出してきて座って円陣を組んでいる一同。


 夫人の望みはこうである。


「主人がもし世間に後ろ指を刺されるような行為をしているのであればなんとか止めさせたいと思いまして……。それで皆さんには主人が今個人的プライベートに実際どのような方々とどのような交流を持っているのかお調べ頂ければ幸いです」


 ん~、と目を閉じた優陽は腕を組んで何やら思案顔。


「私はその金髪の人が殺人犯だと思うんだけどなぁ」

「誰も死んでねーんですよ。お前が執拗に誰かをブッ殺そうとしてるだけで」


 そこでパンパンと大きな音を出してパープルが手を叩いた。


「ハイハイ、とりあえずは必要な情報を集めましょ。私はオーナーの交友関係を洗うわ。アンタたちは職場や近所の噂話を拾ってちょうだい」


 指を差されたウィリアムと陣八。


「わかった」

「うぃっス」


 2人が慌ただしく出発する。


「なんでオメーが仕切ってんですか」


 そんなパープルにジト目でつっこむエトワールであった。


 ──────────────────────


 大野田房親氏身辺調査の為に百貨店『デスエキサイティング』にやってきたウィリアム。

 看板名に若干警戒して入店したものの店内はそのアグレッシブな店名とは裏腹に落ち着いた品のいい百貨店であった。


 ウィリアムが出掛けに渡された写真を取り出してみる。

 そこには中背で痩せたスーツ姿の中年男が映っている。

 薄く口髭を生やして髪の毛をきっちり七三に撫でつけた彼は夫人が言うようにやや神経質で堅物そうな顔立ちをしていた。


(さて、まずは誰に話を聞いてみようか)


 店内を見回してみる。

 冒険旅行家として長年世界を巡ってきたウィリアムにとって知らない人に話しかけてみる事は別段苦でもない。

 経験と勘から話しかければ色々と聞けそうな相手もなんとなくわかる。


 そうして、彼は1人の売り場案内員の女性をターゲットに定めた。


 制服姿の小柄な女性だ。

 ウィリアムが近付くと向こうから「いらっしゃいませ!」と明るく元気に声を掛けてくる。


「こんにちは。実は使っていたヤカンを壊してしまって、新しいのを探しています」

「それでしたらこちらですね!」


 金物コーナーに案内されるウィリアム。

 直前に金物コーナーの位置も、そこに今他に客の姿がない事もウィリアムは確認済みだ。

 だからヤカンを話に持ち出したのだ。

 しばらくそこで商品の案内を受けていたウィリアムだったが……。


「オーナーの大野田氏はお元気でしょうか。以前お世話になったことがありまして」


 やがてそう話を切り出したのだった。


 ──────────────────────


 聞き込みを終えたウィリアムが外で陣八と落ち合う。


「兄さん! お疲れさんです!」


 待ち合わせ場所の駅前広場にいるウィリアムに手を振って近付いてくる陣八。


「……何スかそれ?」


 そして彼は怪訝そうにウィリアムが持っている大量の手提げ紙袋を見る。


「いや……話を聞いたが結構やり手でね……」


 ヤカン以外にも大量の金物を買う羽目になったウィリアムが苦笑する。


 2人は事務所に夕食を外で取ると連絡を入れてから蕎麦屋に入った。

 陣八はこのまま帰ることになるので彼の調査報告をここでウィリアムが受け取るためである。


 結論としては陣八が大野田氏の近所で得た情報はウィリアムが先ほど店で得たものとほぼ同じ、大野田房親氏は勤勉実直であり人に後ろ指を刺されそうな噂話は一切ないという事だ。


「ただねえ、1つ気になる話を聞きまして」


 蕎麦を勢いよく啜りながら言う陣八。


「ほう?」

「なんか半年前にオーナー仕事の帰り道で暴漢に遭ったらしいんスよね。なんかそん時はたまたま通り掛かった人のお陰で大した被害にはならなかったらしいんスけど」


 半年前……夫人の言う大野田氏の様子がおかしくなり始めた時期と合致する。


「助けた人が金髪グラマーだったんだろうか?」

「あはは、そりゃいいや。そりゃ宗旨替えもしたくなるっすわ」


 ウィリアムの言葉に笑う陣八。

 無論ウィリアムも本気で言っているわけではない。


 ……だがその事件との時期の一致は偶然とするには引っかかる。


「暴漢に、か……」


 そういえばウィリアムの方でも気になることが1つあった。

 売り場案内員の娘に大野田氏の写真を見せた時だ。


 写真は白黒で大野田氏と夫人が並んで映っている。

 比較的近年のものであるという話だった。


「あははは! これはオーナーですね!」


 そう言ってころころと可愛らしく娘は笑ったのだ。


「……前の?」


 きょとんとするウィリアムに娘は「お会いになればわかりますよ」と言った。


 前の、とは先代のという意味では勿論ない。

 この店は大野田氏が興したものであり、その大野田氏も健在である事を会話の中で確認している。


 それでは娘の言う「前のオーナー」とはどういう事なのだろうか?

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