第17話 オジさんはいつでも真面目
その敷地内の修練場で激しい打ち合いの音が響いている。
板張りの床に練習用の槍を手にして仁王立ちしている剃髪の男。
三番隊隊長
その周囲には息も絶え絶えな三番隊士たちが3人立つ事もできずに膝を屈している。
いずれもが陣八より年上でありそれぞれの流派での皆伝レベルの猛者たちばかりだ。
その3人が同時に打ちかかってこの結果。
陣八の強さがどれだけ図抜けているかの証である。
「三人がかりでそれたぁ情けねえぞ!!」
声を荒げて槍の石突でドンと床を打つ陣八。
「押忍! 申し訳ありません!」
隊士の1人が荒い息の中でようやくそれだけを発言した。
「……葛城」
「!! 副長!!」
いつの間にか道場の入り口に副長の
「厳しくすればいいというものではない。調節は上手くやれ」
「押忍!!」
ガバッと頭を下げてからふと陣八は思った。
(イヤ、あんたがそれ言いますかね……)
入隊当初の響による地獄の
少なくともあれに比べれば自分の鍛錬など数段マシな部類であろう、と。
まあそれがあるので今日の自分の強さがある。
感謝もしてはいるのだが……。
しかしそれでも思い出すたびに食欲が減衰する。
それほど過酷な修練であった。
「何か悩み事でもあるのか?」
「は? あ、いや……その……なんもねえっす」
響の眼鏡の奥の冷ややかな瞳を見ているとまるで心中を全て見透かされてしまうような気分がして陣八はばつが悪そうに目線を逸らした。
「そうか。何かあるのなら力になるぞ。私に話しにくい事であれば隊長に話せ」
そう言って響は静かに去っていく。
その後姿に陣八は深く頭を下げた。
(申し訳ねえっす、副長。……でもこればっかはいくらあんたでも話せねえ。男と男の約束っすから)
頭を下げながら陣八はぎゅっと目を閉じるのだった。
────────────────────────
うぐいす隊屯所、隊長室。
「葛城の様子が何やらおかしいですね」
隊務の報告を終えてから隊長に湯気の立つ湯飲みを出しながら響が言った。
「ま~彼にも色々あるんでしょうよ。年頃のオトコノコだからね」
相変わらずのとぼけた返答をして
「どうも先日黒羽の事務所に赴いてからのような気がします」
「ああ、なんか勝負を挑んで負けた相手がいるらしいね。腕っぷしの勝負であの陣八をねぇ……市井にもとんでもないのがいたもんだわ」
席を立ち窓辺に立つうぐいす隊長。
彼は煙草を咥えると窓を開けてマッチで火を着ける。
「いいんじゃない? 隊の中に閉じこもってるだけってより外に交流持った方がさ。彼もあれこれ考えるきっかけになるでしょ」
「……そうですね。あちらの御老人とは隊長も仲良くしておられるようですし」
うぐっ、と喉に何かをつっかえさせた様に呻く隊長。
「いやぁ……そんな事はない……デスヨ?」
「そうですか。たまに夜にお会いしているようなので仲はよろしいのかと思っていました」
ふーっと隊長が窓の外に向けて吐いた紫煙が青い空へと昇っていく。
「バレてたのかぁ……」
やれやれ、という感じで後頭部を掻く社。
「あの爺さんとは、オジさんが
そう言うとうぐいす隊長は煙草を灰皿で消して窓を閉めた。
「ここだけの話だけどさ……」
彼は振り返る。
「オジさんは人と妖怪は仲良くしてくべきだと思ってんだよね。別に博愛主義者の善人ですって言うつもりはないんだが……」
「………………………………」
響は黙って社隊長の言葉を聞いている。
「実際問題今この瞬間にだってどっかで人の子も生まれてるし妖怪に化ける奴も出てる。この先もずっとそうだよ。どっちかを根絶やしにするんでもなきゃ、同じ北の大陸の住人としてほどほどに関係良好にやってった方がいいに決まってるじゃん?」
腕を組んだ隊長は壁に背を預けた。
「そもそもがさ、
「お話には概ね同意しますが……」
響が静かに言う。
「立場上、あまり相応しい発言ではないですね」
「そうだね。こんな話が
困ったもんだ、と大げさに肩をすくめる隊長。
「ですので、更に締め付けを強めるべきだとお考えの御方もおられるようです」
「それはダメだね。悪手だよ。力で押さえつければ押さえつけただけいつか相応の反発が来る。難しかろうと、道のりが遠かろうと……手を携えていくしかないんだよ」
不意にフッと響が噴き出した。
「え? 何? どしたん?」
「いいえ、今日の隊長は珍しく饒舌だなと思いまして。それも真面目な話を」
季節外れの雪など降らなければよいですが、と言い残して南雲副長は退出していった。
「……オジさんはいつでも真面目ですよ~」
残された隊長の力ない呟きが彼以外誰もいなくなった部屋に虚しく響いたのだった。
────────────────────────
西州某国、歓楽街。
「どこへ行ってた!!? 10日近くもよぉ!!!」
足元には砕けた酒瓶の破片が散っていた。
その斬因の怒りの視線にいるのはカウンター席に座って傲然と足を組んでいる黒衣の大男……
「ククク、どうした? 随分と興奮気味だな、
「……っ」
その牙嵐の言葉に斬因が僅かに鎮静化する。
と同時に鮫の男の胸中に沸いた別の感情は困惑であった。
(副総長……だと?)
牙嵐が自分をそんな風に読んだ事は一度もなかった。
気にかけてもいないから言葉にも出てこないのだろうと思っていた。
おかしいのは発言だけではない。
戻ってからの牙嵐は明らかに出ていく前とは様子が違っていた。
あの全てを投げたような厭世観のようなものが感じられない。
(オレの
一瞬そう考えて握り拳に力が入る斬因であったが、すぐに考えを改める。
(いやダメだ。今ここでコイツを消せばその末路から大勢が『やはり牙嵐はゼクウではなかった』と判断する。そうなればある程度の離脱者が出し士気にも影響するだろう。これから東を攻めようって時にそれはまずい)
「とにかくよ。アンタはうちの
声のトーンを落として苦言を呈する斬因。
「なるほどな。ならオレの側に置く兵隊を選ぶとするぜ。そうだな……二十もいれば十分か。
「……ッ!!」
何を勝手な……とそう声を荒げかけて斬因が踏みとどまる。
牙嵐は
現に事情を知らない周囲の手下たちは無責任に誰が選抜されるのかを噂しあっている。
ここで自分がこの提案を否定するのはおかしい。
こうして、牙嵐によって構成員から20匹の精鋭妖怪が親衛隊に選ばれた。
以後牙嵐はどこに行くにもこの20匹を従えて行動するようになる。
そしてまるでお墨付きを得たかのように牙嵐はアジトを長期に渡って留守にする事が増えていった。
(チッ、まあいい……どのみちヤツには置物以上の役割は期待していなかったんだ。こっちの邪魔さえしなきゃあ好きにさせてやるさ)
実際に様子が変わった牙嵐が組織に対してした事と言えば20匹の構成員を親衛隊に指名して連れて歩いているという事だけでありその他運営に一切の口出しはしてこない。
しかし斬因にとってはそこがまた不気味でもあった。
……覚醒した牙嵐、いやかつての妖怪王ゼクウが何を企んで行動しているのか。
それを世界が知るのはもっと後になってからの事である。
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