第7話 因縁

 約一ヵ月半前、西州某国歓楽街、バー『幽世かくりよ


 カウンター席に座ったスーツの男……斬因ざいんが背後に立つ男の対応をしている。

 カウンターに肘を置き、やや横柄に傾いている斬因。

 歓迎はしていない、という空気を発しているのだが目の前に立つ男はそれには気付いていないようだ。


「クカカカカ、聞いた通り随分羽振良くやってんじゃねえか! オレも仲間に入れてくれよ! 大戦時むかしみたいによぉ、なあ斬因!!」


 上機嫌に声を張り上げている大男の名は羅號らごう

 乱の時代には斬因と共に妖怪王ゼクウの四天王と呼ばれていた男だ。

 両者はゼクウの討たれた戦場『天霊山てんりょうざんの戦い』で共に戦場を離脱して以来、およそ半世紀ぶりの再会であった。


組織うちに入りたいなら構わんが……」


 グラスを手にジロリと剣呑な視線を送る斬因。


「昔の馴染みだからと言っていきなり入るヤツにいい地位はやれねえぞ? お前今更下っ端雑巾掛けからやれるのか?」

「あぁ? オイオイしみったれた事言うんじゃねえよ。同じ元四天王じゃねえかよ」


 不満げな羅號に対して斬因はカランと氷を鳴らしてグラスを傾ける。

 斬因には目の前の男の腹などお見通しだ。

 つい最近斬因と組織の事を知ったような顔で尋ねてきてはいるが、そんなはずはない。

 もっとずっと前からその事は把握し様子を窺ってきた筈なのだ。

 組織が起動に乗り大きくなったから姿を現したのだろう。


「いいか、羅號……ここにいる奴らは皆、オレと一緒にこの数十年血を流して組織をデカくしてきた者たちばかりよ。それをお前、顔馴染みってだけで後から来たヤツをいい椅子に座らせたんじゃオレも下のモンに示しがつかねえぜ」

「じゃあどうしろって言うんだよ」


 思ったように話が進まない不満で羅號の声のトーンが低くなった。


「知っての通り組織うちは西州の裏社会は大体傘下に収めた。次は東に行きてえが……あっちには武侠連ぶきょうれんがある。一筋縄じゃいかねえ」


 ギラリと元四天王の目が凶悪な輝きを放った。

 その暗い光を宿した瞳が羅號の姿を映している。


「東攻めの橋頭堡きょうとうほになる組織がいるんだ。それをお前が用意できるなら考えてやるぜ。隅っこのつまらん組織なんぞ持ってくるんじゃねえぞ。獲るなら火倶楽かぐらだ。火倶楽の裏社会の組織を何でもいいから1つ言う通りに動かせるようにしてこい」

「クカカカ、何だそんな事か。お安い御用だぜ! 待ってな斬因……半年、いや3ヶ月もありゃあ十分よ」


 上機嫌に笑って羅號は連れて来た3匹の舎弟を連れて店を出て行った。

 音を立てて店の戸が閉まってから斬因の近くに控えていた幹部の1人が口を開く。


「いいんですか斬因さん。あんな約束しちまって……」

「構わねえよ。どうせ当てにもしてねえ。本当にどうにかしてくるなら幹部待遇ぐらいはしてやるさ」


 斬因がそう言って鼻を鳴らしたその時、店の奥の戸が僅かに軋む音を立てて開いた。

 ヌッと黒髪に黒い服の巨漢が姿を現す。


「ちょうどよかった総長ボス。今東攻めの話をしてたんだが……」

「必要ねえ……。お前に全部任せてあるだろうが。お前の好きにやりゃあいい……」


 斬因の台詞を鬱陶しそうに遮って黒髪の男はカウンターにドンと身体をぶつけるようにして止まった。

 バーテンダーが酒瓶を渡すとそれを持って再び店の奥へ消えていく。


「どうも、総長はあまりご興味がおありじゃねえようで」


 総長と呼ばれた男が姿を消してから口を開いた幹部を斬因がジロリと睨み付けた。


「滅多な事を言うもんじゃねえぞ。東の制覇はオレたち『王牙会おうがかい』の悲願だ。総長にそれがわからねえはずがねえだろうが。オレに任せると言ってるんだ。オレがそれだけ信頼されてるってことよ」

「これは失礼しました。斬因副総長様」


 そう言って幹部は深く頭を下げるのだった。


 ────────────────────────


 ……そして現在。

 言い残していった通りに羅號たちは翌日の夜に再び鬼哭会きこくかいの組事務所に姿を現した。


「クカカカ、大人しく組を明け渡す気になったか? 抵抗するなら別に構わんぞ。お前らの数が減るだけで結果は何も変わらねえ」


 羅號が獰猛な笑みを浮かべて組員たちをめつける。

 しかし、昨日とは違い今日は組長も余裕の表情だ。


「フン、お前らは知らんだろうが、この辺を仕切ってんのはうちじゃねえんだよ。この辺の本当のボスはな……黒羽だ。黒羽の方々が仕切ってんだよ煌神町こうがみちょうは」


 その言葉に羅號の薄笑いが消えた。


だと……?」

「ああそうよ! 黒羽の一族の縄張りシマなんだよここは!! お伺いを立ててきたが、直々に制裁ヤキ入れて下さるそうだぜ!! この先の倉庫街でお待ちだ!! ビビッてねえなら行ってきな!!」


 その瞬間、みし……と何かが軋む音が聞こえた。

 組員たちが全員顔色を変え、羅號の舎弟たちすら顔を引き攣らせている。

 そこに立つ巨漢のシルエットが一回り大きくなったような気がした。


「面白ぇじゃねえかよ……!! 黒羽の連中には大戦で散々煮え湯を飲まされてきたがこんな所でリベンジの機会があるとはなぁ!! こいつが一石二鳥ってやつか!! クカカカカカ!!!!」


 まるで空気がびりびりと震えるかのような羅號の威圧感にその場にいた全員の背筋が凍る。

 組長も椅子の肘置きに必死に掴まりながら暴風のような圧に耐えていた。


(ヒィィ……!! これ、本当に大丈夫なんだろうな……パープルよお!!!)


 そう、これは全て紫薔薇パープルローズが組長に授けた作戦……はかりごとであった。


『いい? 連中をね、黒羽のご隠居のところにぶつけなさい。私の言う通りにすれば必ず両者は戦いになるわ』


 パープルの台詞を思い出しながら組長はハァハァと荒い息を吐きつつ羅號たちが出ていって開け放たれたままになっているドアを見るのだった。


 ────────────────────────


 ……その30分ほど前。


 黒羽探偵事務所に一本の電話が入った。

 それを受けた幻柳斎は暫く相手の話を聞いていたのだが……。


「そうか。わかった……すまんがいつもの通りお前たちで対処しておいておくれ」


 そう言ってため息をついて電話を切る老人。


「また何かありましたか?」

「ええ、まあたまにある事なんじゃが。大戦の時の事を持ち出してきて『復讐してやる』だの『裏切りもの』だのとワシらに因縁付けてくる輩がおるんですじゃ。今回もそういう奴らがどこぞで待ち構えておるんでケジメを付けにこいだなんだと連絡が入ったとか」


 ウィリアムの問いに肩を竦める幻柳斎。


「向こうの言い分に理があるなら話を聞く用意もありますが、そういった輩は大体が暴れることそのものや金が目的で……。やりきれんですのう」


 苦笑する老人に複雑な表情をするウィリアムだった。


「まあうちの者どもはそういう不心得者に遅れは取りませんぞ。御気になさらんようにお願いしますわい」


 老人はそう言ってウィリアムらを安心させたのだが……。

 この夜に限っては、その彼の読みは大きく外れる事となる。


 電話から一時間半が過ぎた頃、黒羽の者が1人事務所に傷だらけで飛び込んできた。


「……申し訳ありません!! 翁……相手が恐ろしく手練てだれで我ら歯が立たず……!」

「ワシの読みが甘かったか。すまなかった……すぐ向かうぞ」


 老人が喋り終わる前には既にウィリアムたちも立ち上がっている。

 今回ばかりは老人からの遠慮の言葉も無い。

 

 ……事態は切迫していた。


 ────────────────────────


 夜の倉庫街にウィリアムらが駆けつける。


 そこは酷い有様だった。

 無数の黒羽衆たちが血だらけで地に転がされている。


 その中心には巨大な鉄骨を担いだスーツの巨漢がいた。


「クカカカカカカカ!!! 温い!! 温いぞ黒羽ぁ!!! 裏でコソコソやらなきゃ所詮はこんなもんなんだよ……お前らなんてなぁ!!!」


(!! ……あの男は……)


 ウィリアムの脳裏に蘇る記憶。

 あの……山間での激闘。

 金色に塗られた派手な鎧は着ておらず、あの肥満で膨れ上がっていた身体とは違い随分贅肉は落ちたようだが……。


 そして羅號もウィリアムに気付いていた。


「テメェの顔は……見覚えがあるぜ……」


 そう言って巨漢はわき腹のあたりを押さえる。


「そうか異人! テメェも黒羽だったのかよ!! クカカカカ!! 今日はなんてぇ日だよ!! あん時にテメェに付けられたこのハラの傷の恨みを晴らしてやれる時がくるとはよおぉぉぉ!!!」


 咆哮して憎悪の赤黒いオーラを噴き上げる羅號。


(!! ……あの男は……)


 そして駆けつけてきた優陽も羅號に気付いた。

 彼女の脳裏に蘇る記憶。


 夜空に綺麗にライトアップされた桜の木。


 ……あの春先の……お花見の……。

 ついつい美味しくて5本くらい買って食ってしまったソーセージの……。


(ソーセージ焼きの露店のおじさん……!!)


 思い切り間違っているのだが、口に出していないので誰1人その間違いを指摘できないのだった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る