第3話 黒羽探偵事務所
ウィリアムと妖怪『
普段別々の大陸に暮らす者同士直接会う機会はほとんどないのだが、それでも年に1通は必ず手紙のやり取りがある。
歳も種族も異なるが互いに敬意を払う友人同士である。
彼らが元々暮らしていた山里は今はもう存在しない。
もう何十年も前に都市部に移住したのだ。
華やかなメインストリートからは1本入った裏町にその雑居ビルがある。
『黒羽探偵事務所』
2階部分にややくたびれた看板が揚がっていた。
「……
「ははは、まあ何でも屋ですわい。今のワシの
老人に促されて建物に入るウィリアムたち。
事務所は老人の謙遜とは裏腹に小奇麗に片付いていた。
事務机が6つ……向かい合う形で配置されたものが3列。
衝立に隔てられて応接机と両側にソファ。
奥には老人のものらしき書斎机が事務所全景を見渡せる感じに配置してある。
「今は皆出払っておりますでな。常駐しておるのはワシだけです。普段ここはワシと手伝いの3,4人で切り盛りしております。上の3階もワシが借りておりまして居住スペースですわい。御二方のお部屋もご用意させておりますでどうぞ何泊でもごゆるりとされてくだされ」
老人の言葉にウィリアムたちが2人で感謝を伝える。
「お二人ともお座り下され。
そう言って幻柳斎老人は冷蔵庫から
この3者の中で最年少のウィリアムですら既に100年以上の時を生きているわけだが、そこはこの老人
「
「ワシは新しいものは一通り試しますぞ。ほれ、
見れば事務所の一角に物々しい蒸気受信機を付けた画面のある大きな箱が鎮座している。
「お、すっげーですね。
「本当だ。うーむ、帰ったらうちでも買おうか」
感心してテレビをまじまじと眺めるウィリアムたち。
「ははは、映っとらんとこを眺めてもしょうがないですぞ」
笑った幻柳斎がテレビに近付きパチンとレバー式のスイッチを入れる。
すると画面にノイズが走りそれが徐々に何かの形になっていった。
『……私はね。別に妖怪たちが嫌いだと言っているわけではない。ただ問題を起こした者は妖怪であれ人であれ等しく罰せられるし、何故そのような事になったのかという原因の究明が必要だと言っておるのだ』
白黒画面に映し出されたのは圧のある顔付きの初老の男だった。
演説するかのように画面に向かって語りかけている。
「ああ……よりにもよって飲み物が不味くなる顔が」
苦笑する幻柳斎老人。
「……彼は?」
「火倶楽の筆頭家老の
やれやれ、と言った感じで嘆息する老人。
「今ようやく妖怪たちへの過剰な締め付けも緩んできた頃合なんじゃが、豊善はその流れを逆行させるような主張をひたすら繰り返しておりましてな。その論拠が最近増えておる妖怪の起こす事件なんじゃが……」
そこで言葉を切った幻柳斎はウィリアムの顔を正面から見据える。
「先生、さきほどのダイダラボッチの件は先生でしょう? 何かお気付きの点はございましたかな」
「ああ、それなんだが……」
ウィリアムは巨人が昏倒する直前に助けを求めていた話をする。
話を聞いた幻柳斎は目を閉じて何事かを考え込んでいる様子だ。
「そうでしたか……」
「黒羽で彼の擁護を?」
ウィリアムが問うと老人は複雑そうな表情を見せた。
「こちらでも調べてみて白であるようなら援助はするつもりですが表立っては難しいですな。豊善は黒羽も蛇蝎の如く嫌っておりますで、軽々に首を突っ込みますと大喜びで一味だと言い張って攻撃の矛先を向けてくるでしょう。まあ、かの御仁からすればワシらなんぞは、妖怪の分際で幕閣並の待遇を得ている一番許せん連中という事になるでしょうからな」
それに、と老人はわずかに表情を寂しげに陰らせる。
「妖怪は妖怪で大戦時に幕府に付いたワシらを未だに裏切り者呼ばわりする者もおります。良かれと思って関わっても逆に話を拗れさせてしまうかもしれん。難しいところですわい」
「そうでしたか」
話を聞いたウィリアムもやるせない表情だ。
「はは、まあ湿った話はこれまでにしましょう。先生方はどうぞ些事には煩わされずに新しい火倶楽を存分にお楽しみ頂きたいですな」
「あ、そうだ。ご老人……」
そこで何かを思い出したウィリアムが幻柳斎に話を切り出した。
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「ええっ!? 来てない!?」
素っ頓狂な声を上げてウィリアムが思わず前のめりになった。
「いやあ……まさかそんな事になっておったとは。いらしておりませんですわい。このジジイの耳にも一切情報は来ておりませなんだ」
困惑した様子の幻柳斎。
話はウィリアムの
行き先は滞在先である予定のこの黒羽の事務所であった。
しかし、老人の言うところには彼女が姿を見せていないという。
つまりもう一週間行方不明だという事だ。
「1人で大丈夫だと言うから……」
頭を抱えたウィリアム。
「何ぞ危ない目に遭ってなければいいんじゃがのう」
「まあ彼女を危ない目に遭わせられる者はそうはいないはずだが……」
困り眉の顔を付き合わせる2人。
「どっちかってーと危ない目に遭わせる側のヤツですからね」
1人すまし顔でそう言うとエトワールがコーラを一口飲んだ。
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黒髪で裾の広がったセミロング。瞳の大きな愛嬌のある顔だちの女性だ。
身長は160台半ば、スタイルの良い体型をしている。
ウィリアムらと同じく
性格は人懐っこくてガサツでズボラ。ただたまに妙に外面のいい時もある。
昔は生真面目だったのだが、その頃の面影は既にどこにもない。
天才肌であり割となんでも高いレベルでこなせるのだが、とにかくやる気を出すまでに手間と時間がかかる。
病没した双子の兄、
その後、兄である
……そんな彼女は今。
「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!! どこよここ! まったくわかんねー!!」
酔っ払っていた。
昼下がりの公園のベンチに座って足を組んでふんぞり返っている優陽。
フードの付いたパーカーにデニムのズボンにスニーカーというカジュアルな格好で、傍らには旅行カバンと可愛い猫のマスコットが付いた大太刀を収めた布袋。
……そして手にはカップ酒。
「ぜーんぜん何もかも変わっちゃってんじゃん! そりゃそーか!! 私の知ってるこの辺って一面の焼け野原だったし!! あひゃひゃひゃひゃ!!」
1人で喋って大笑いしている優陽。
何もかも変わっちゃってるのは言ってる本人も同じな所が何とも洒落が利いている。
そんな彼女を近隣住民は遠巻きにしながらひそひそと囁きあうのだった。
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