後日談 まさかの温泉回

「お前ら全裸になるぞ!」


 それは遠征任務の帰り道。


 雑草で湿った大地を、心地よい山風が吹き抜ける中。


「フィオお前……」

「脳みその中、ソレしかないのか」

「全裸……」


 遠征を終えた勇者パーティ一行が、山道をショートカットして王都に戻る最中。


 思いもかけず見つけた「ソレ」に、オレのテンションは大きく上がっていた。









「温泉かぁ」

「天然モノですね」


 オレ達が見つけたのは、火山都市の河口付近に出来た天然温泉だった。


 ユリィを背負って走っていたバーディが突如「アッツゥイ!!」と飛び上がり、温泉が湧いていることに気が付いたのだ。


 


「毒は無いかユリィ」

「大丈夫っぽいです。んーっと、硫黄系ですが人体に有害なレベルではありません」


 その温泉は川と温泉の合流部にあり、自然に円形に形作られていた。


「温度は?」

「水魔法で調整すれば、いい感じになりそうです」

「いいじゃんいいじゃん!」


 その温泉は河口に流入しているおかげで、パーティ全員で入れる大きさだった。


 独特の鼻をつく硫黄の香りが、温泉街のような風情を漂わせていた。


「よっしゃ全員で入ろうぜ!」

「ふざけんな、男に肌を見せてたまるか。アルト以外」

「そうですねぇ、いくら皆さんとはいえ殿方に裸は見せれません。アルト様以外」

「その通り、フィオの肌を見せてたまるか。俺以外に」


 オレは温泉が結構好きである。


 でっかいお風呂にテンションが上がらないヤツはいないのだ。


 だもんで全員で混浴しようと提案してみたのだが、却下されてしまった。


「じゃあレイ。僕たちは食事の準備をしているから、その間に土魔法で仕切りを作ってくれないか」

「仕切り?」

「温泉を仕切るんだよ。男女で別れて入るなら問題はないだろう」

「ま、それが無難だな」


 結局オレ達は、ルートの提案で別れて入浴することになった。


 ルートの恥じらい顔が見えなくて少し残念だが、仕方ない。


「わかった、作ってやるよ」

「ありがとう、レイ」

「じゃあオレは水魔法で温度調整しとくわ」

「じゃあお願いするよ、フィオ」

「……ならば俺はその辺の木を切り、桶と手すりを用意しよう」

「器用だねアルト」


 こうして勇者パーティは総力を挙げて、臨時温泉の建築に取り掛かった。


 大まかな温泉の形はレイが土魔法で整え、オレが人数分の入浴衣と温度調整を担当した。


 アルトは木材を使って、器用に湯浴み道具を人数分作り上げた。


「何でアイツ魔法剣抜いてるんだ?」

「丸太を桶や椅子の形に斬るとき使ってたぞ」

「何でもできるなアイツ」


 みんなはしゃぐオレを生ぬるい眼で見ていたが、ノリノリで温泉建築に付き合ってくれたのを見るに、きっと内心で皆テンションが上がっていたのだろう。


 夕方になる頃には土と石で良い感じの温泉が形作られ、大工と化したアルトがベンチだの手すりだのを楽し気に設置し、バーディはサボって寝ていた。


 まるで銭湯のようなクオリティに仕上がった天然温泉を見て、オレはとても満足だった。






「さて」


 夕食はルートが野菜鍋を用意してくれた。


 リンマーミャが狩った野兎とユリィが焚いた火で、バーベキューも行った。


「美味しかったですね」

「ごちそうさまユリィ、ルート」

「お粗末様でした」


 楽しい食事を終えた後は、いよいよ待ちに待った温泉タイムだ。


 オレは手ぬぐい代わりに用意していた布を手に、銭湯準備を整えた。


「バーディ、わかってるな」

「おう」


 温泉に入る流れになった後。


 オレはアルトにバレないよう、さりげなくバーディに目配せを行った。


 ヤツは俺の視線の意味を理解し、小さく頷いた。


「そこの木陰で落ち合おう」

「わかった」


 そう、オレは確かに温泉が好きだが、それはただ入浴するのが好きなだけではない。


 オレとバーディの真の目的、それは……。






「覗くぞバーディ」

「お前はそう言うよな、そりゃ」

「そう褒めるな」


 覗きである。


「アルトの様子はどうだ」

「かなり警戒してるな。フィオを覗かれたくないらしい」

「クソ、愛が仇になったか」


 オレはアルトから距離を取って、バーディと作戦を議論した。


 ウチのパーティは美少女ぞろいである。


 不愛想なレイ、ほんわかユリィ、ジト目リン、脳筋マーミャ。


 ぶっちゃけ全員ストライクゾーンだ、できればそのあられもない姿を見たい。


「そもそもお前は、普通に入ればいいんじゃね?」

「アイツら着替える時とか、露骨に隠すんだよ。オレの視線がいやらしいって」

「実際いやらしいから仕方ねぇ」


 風俗通いをするオレは、女性陣からの警戒度は高めだ。


 ヤツらはオレの事を、エロガキだと思っているらしい。


 そのせいで温泉に入っても、無警戒に裸体を拝める可能性が低いのだ。


「アルトにバレたら絶対怒られるからな……。最悪、分から・・・される」

「そうか、なら俺に任せろ。名案がある」

「ほう、聞こう」

「お前がアルトを誑かして気を引いてる隙に、俺が覗くってのはどうだ」

「は? オレが覗けないんだが? お前がアルトを男湯に連れ込んでる隙にオレが覗くプランはどうだ」

「は?」


 相棒のバーディは頭が悪く、ヤツの提案ではオレが桃源郷を満喫できなかった。


 実に使えない男だ。アルトを見習ってほしい。


「ようし分かった。じゃあお前がアルトの気を引いてくれたら、その代わり俺が責任もってアルトを男湯に連行する」

「む」

「等価交換だ。人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。何かを得るためにはそれと同等の代価が必要になる」

「確かに」


 結局、オレ達はお互いが提案した作戦をそれぞれ実行することになった。


 これぞギブアンドテイク。人は人同士で支えあって生きていく。オレとバーディは運命共同体なのだ。


「アルトが男湯に入ったらフィオは介入できないからな。先に気を引く役目を頼むぞ」

「任せておけ。アルトを誑かすことにかけて、オレの右に出る者はいない」

「だろうな」


 オレはバーディと腕を酌み交わすと、底意地の悪い笑みを浮かべあった。


 くくく、バーディも悪いやつよのう。


「よし、温泉覗き作戦」

「決行だ!」


 





「おいどうしたフィオ、速攻帰って来て」

「ふゃー」


 そんなこんなで、オレが先んじてアルトを誑かすべく話しかけに行ったのだが。


「えへ、えへへへへ」

「……フィオ?」

「アルトが、こっそり、今夜一緒に過ごそうってさ。ふふ、ひひひ」

「逆に誑かされとる!」


 オレがニヤニヤしながらアルトの近くに行ったら、耳元で夜の逢瀬を囁かれたのである。


 確かに、欲を言うならアルトと二人きりで温泉を楽しみたかったのだ。


 でも皆の手前だし我慢して何も言わなかったのだが……。それを何となく察してくれたらしい。


「覗きとかぁ、やっぱり良くないよな。やめようぜバーディ。アルトにバレて機嫌損ねるのはマズいし」

「使えねぇ。コイツ、本当に使えねぇ」

「オレは正気に戻った。覗きよくない。ふひひひひ」

「むしろ今が正気じゃねぇんだけどな」


 ついでに少しだけイチャイチャもした。


 遠征中はみんなの目があるから、イチャイチャしづらいんだよな。


 というかイチャついた時の、4人娘の目がヤヴァイ。養豚場の豚を見る目をしている。


「じゃあオレは普通に女湯に入ってくるわ。お前は一人でマスかいて寝てろ」

「ちぇっ、アルトが見張ってるなら覗きは無理か。しょうがねぇ」

「残念だったな諦めろ。悪いけどアルト以外に肌を見せるわけにはいかねぇんでな」

「誰がお前なんぞ見るかボケ」


 こうして正気を取り戻したオレは、聖人フィオとして晴れやかな気持ちで女湯へと向かった。


 もうオレは仲間に欲情したりしない。覗き見なんてもってのほか。


 低俗な心は捨て去り、清らかな心で仲間と向き合おうじゃないか。


「おーす、邪魔するぞ」


 こうしてオレは魔導服を脱ぎ去ってすっぽんぽんとなり、手ぬぐい1枚で女湯へと乗り込んだ!








「まだか……アルトはまだか……」

「おいもっと詰めろ」

「……」

「ぎぎぎぎぎ、何か私の覗き穴だけ小さくないですかぁ?」


 なんと女湯では、男湯側の壁に4人娘バカが張り付き、小さな穴を覗き込んでいた。


「あ? フィオも来やがったか、残念だがお前の分の穴はねぇぞ」

「アルトの裸……アルトの裸……」

「フィオはいつも見てるからいいだろ! お前は普通に湯につかっとけ」

「悪いですねフィオさん、この覗き穴4人用なんですよ」


 ……酷い光景である。


 もしオレとバーディが当初の予定通り作戦を決行しても、こんな見苦しい光景しか見れなかったのか。


 もっと、温泉でリラックスしたキャッキャウフフな光景を期待していたんだが。


「穴開けていいのか、逆に向こうからも覗かれるだろ」

「ふっ、アルト様の目をかいくぐってお覗き出来る人がいるはずありません」

「逆に言うとアルトの勘は鋭いんだから、お前らの覗きもバレるぞ」

「気配探知は対策済だ。向こうからは、私たちが温泉につかっているようにしか感じないはずだ」

「流石レイさん」

「……悪い事をするときだけは有能」


 美少女たちが身を隠さず、堂々と肌を晒してくれているのは嬉しいのだが……。


 少なくともこれは、オレが見たかった光景ではない。


「オレがチクることは考えないのか」

「はっ、逆に私たち全員で『フィオが覗こうとしていた』と口裏を合わせたら勝てる」

「本当にゴミだなコイツら」

「ふっふっふ、フィオさんはそこで愛しのアルト様が覗かれる姿をただ見ているがいいです」

「……」


 成程、これは結構腹が立つ。


 アルトの肌を見ていいのはオレだけである。


 このような姑息な手段で、盗み見られたら腹立たしい。


「おーいアルト。オレのピンチだ、女湯の方を見てくれ」

「どうした何があった!!」

「ひゃあああ!!?」


 という訳で、アルトを召喚してみた。


 俺がアルト召喚呪文をつぶやいた直後、女湯の仕切り上にアルトの生首がニュっと生えてきた。


「あ、アルトォ!! お、お前、こっちは女湯だぞ!」

「すまん、フィオが窮地だと聞こえてな」

「すまんアルト、見ての通りだ。このアホどもが男湯を覗こうとしててな」

「フィオ貴様ァー!! チクったな!」

「ち、違うんですアルト様これは」


 アルトはこういう男だ。


 たとえ女湯でも、呼べば容赦なく入り込んでくる。


「……むう? 何故、皆が男湯を覗くんだ?」

「これはその、あれだ! ちょっとした悪戯というやつだ」

「……ごめんなさい」

「そうか、悪戯か。出来ればそういうのはやめてくれ」

「は、はいぃ」


 アルトに決定的瞬間を見られた4人組は、しどろもどろだった。


 くく、いい気味だ。


「それでフィオ、何がピンチだったんだ?」

「そりゃあお前が覗かれそうになったことだアルト。オレ以外に肌を見せたくなかったんだ」

「成程、その気持ちは理解できる。フィオを盗み見られたくないのは、俺も同じだからな」

「アルト……」


 4人娘に見せつけるように、オレはアルトとイチャイチャし始めた。


 ふっふっふ、これぞ完全勝利。4人の雑魚どもの死んだ魚のような目が心地よい。


 アルトはオレのだからな! 


「事情は分かった、ではそろそろ俺は降りよう。いつまでも女湯を覗くわけにはいかない」

「おう。風呂上ってからも、少し話そうぜ」

「わかった。楽しみだ」

「「「……」」」


 オレは4人に向けて嘲る様な笑みを向けた後、フィオスマイルを作ってアルトに手を振った。


 4人には悪いが、オレにも譲れない部分があるのである。


 ……というかやっぱり覗きって良くないな。オレも反省しよう。



「いやアルト。もう少しそのままこっちを見ててくれないか?」

「何?」


 オレは自らの行いを反省していると、唐突に怖い顔をしたレイに右腕を掴まれた。


 ん?


「アルトはまじめな男だから、まさか女湯に飛び込んできたりはしないよな?」

「え? あ、ああ。流石に女湯に押し入るつもりはないが」

「じゃあちょーっと、そのまま様子を見守ってくれ」

「え、何? レイお前、何すんの?」

「みんな集合。ごにょごにょごにょ」

「「成程」」


 オレに聞こえないよう小声で、4人は内緒話を始めた。


 え、何これ怖い。ひょっとしてやり過ぎた?


「いつもフィオには世話になっているからな。たまにはマッサージでもしてやろう」

「え?」

「アルト様はそこで見ててくださいねー」


 レイはとってもいやらしい顔で、4人にガッツリ拘束されたオレの前で手をワキワキしている。


 ……唐突に、貞操の危機だと理解した。


「オイィ!! お前ら何するつもりだ!」

「だから感謝のマッサージを」

「ちょ、アルト助けて! オレ今からとんでもない事される予感!」

「え、えっ?」


 レイ、こいつ……さてはえっちな事をするつもりだな!!?


 よりによってアルトの前で! 


「フィ、フィオに何をするつもりだ……?」

「それは見てのお楽しみ。大丈夫、ただのマッサージさ」


 力いっぱいもがいてみたが、脱出できそうにない。


 レイのヤラしい手が、俺の腹部に少しづつにじり寄ってくる。


「アルト様見てますかーw今からフィオさんがとんでもないことになりまーす」

「やめろー!」

「お、俺はどうしたらいいんだ?」

「……いえーい、アルト見てるー?」


 コイツらまじだ。


 真剣にやべーことをするつもりだ。


 このままだとお嫁に行けなくなってしまう。


「じゃあ行きまーす!」

「ヤメロー!!」

「……ねえ」


 そんな感じでノリノリに、じゃれあっていたら。


 男湯の方から、ひどく冷たい声が聞こえてきた。


「少し悪ノリが過ぎるよ、不愉快だ」

「ご、ごめんルート」

「せっかくの温泉なんだ。騒ぐなとは言わないけど、少しは節度を持ってくれないか」

「わ、悪かった」


 勇者パーティの裏番長、ルートさんの真剣ギレだった。


 普段おとなしい人が真剣ギレしたら、物凄く怖い。


「アルトもそろそろ降りなよ」

「あ、ああ」

「バーディ、君はドサクサで覗こうとしない」

「だってそこに穴があるから……」


 こうして温泉騒動は、屈指の常識人ルートさんのお説教で幕引きとなった。


 ……確かにテンションが上がり過ぎていて、変なノリになっていたな。


「ちょっとやり過ぎましたね」

「悪ノリも、ラインは超えないようにしないとなぁ」

「……ルートは怒らせたら怖い」

「正直、ちょっと身を任せてみようか迷ってた」

「最後の方、抵抗弱くなってたよなフィオ」


 落ち着きを取り戻したオレ達は、この後のほほんと湯浴みを楽しんだ。


 お肌がしっとりすべすべになった気がした。

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