第56話 親友

 バーディが前世の親友だった。


 なぜオレは気付かなかったのだろう。言われてみれば、確かにそうとしか思えない。


 前世のコイツは空気を読むのが上手かったが、その反面デリカシーもない奴だった。一度死んでも、ソレは治らなかったらしい。


 バーディは歩きながら、前世でオレが死んだ後のことを簡単に話してくれた。ヒキニートだったオレなんかの死でも、両親は凄く悲しんでいたらしい。ゴメンよ父さん、母さん。


 よほど寂しかったのか、両親はオレが死んで数年経って、孤児を養子に引き取ったのだとか。


 一方バーディは、オレが死んでからサラリーマンになったらしい。そして十年ほど経った頃には、コイツにも可愛い恋人が出来たのだと言う。


 だが婚約まで済ませ幸せの絶頂というタイミングで、集団ストーカーに3人がかりで襲われ、結婚式の前日に刺し殺されたと無念そうに語った。


 今世でも、子供の頃に故郷の村の貧乳ちゃんにストーカーされていたんだっけ?


 ストーカーを惹き付ける、厄介な星の下にでも生まれているのだろうか。


 これでバーディがストーカーを怖がる理由がわかった。コイツの実力ならストーカー程度、簡単にとっ捕まえられる筈だ。


 未だに、前世の苦手意識トラウマが消えないのだろう。


「……着いた、ココだ」

「ふーん、橋の上ね」


 色々と前世の話を聞いているうちに、とうとうオレ達は到着してしまった。。


 オレの命が終わる、最期の場所へ。


「ああ、流星が近い」

「だな、フィオ。もうすぐ終わりだ」


 夜空に輝く流星を見上げ、バーディと短く言葉を交わした。


 ────ゾクリ。


 その直後、急に身体がガクガクと震えだし、止まらなくなった。


 押さえつけていた恐怖が沸き上がり、凍り付くような孤独感に包まれ、ドサリと地べたに崩れ落ちた。


「……会いたい」

「どうした?」

「嫌だ、やっぱり、アルトに会いたい」


 堪えようとしたが、ダメだった。


 オレの口からは、どうしようもなく情けない泣き言が漏れていた。


 部屋を抜け出す時の、オレのあの覚悟はどこへ行ったのだろう。望んだ最期の場所に着いて、いざ秘術を使おうかという段階で、オレは情けなくビビっていた。


「なぁ、なんでここにアルトはいないんだ?」

「そりゃあ、お前が黙って抜けてきたからだろ」

「だよな、何やってるんだオレは。死ぬ時くらい、人目を気にせず思いっきり甘えても良かったのに。アイツに甘える最後のチャンスだったかもしれないのに」

「泣くな泣くな、自業自得だ、親友。お前さんは前世から、自分を蔑ろにする悪癖がある。その結果がコレだよ」


 バーディは呆れ顔で、オレを嘲った。死ぬ間際くらい優しくしろや、このブサイクが。


「なぁ、バーディ。今から戻れば、少しくらいアルトに抱きつく時間あるかなぁ?」

「うーん? 見た感じ、流星が落ちるまで10分くらいじゃね。俺がお前を背負ってダッシュしても厳しいかな」 

「……だよな。もう、間に合わんよな」


 無論、本気でバーディに背負って走ってもらうつもりはない。言ってみただけだ。


 死ぬ間際に、そんな見苦しい真似をする気はない。


「そうだな、じゃあそろそろ始めるかぁ」

「お、いよいよやるのか」


 そもそも、オレにもう時間は残されてない。秘術は、流星の進路を変えるだけだ。


 激突する直前に流星を操っても間に合わない。やるなら、そろそろ発動せんといかん。


 空を見上げ、いつか村長ボスに習った通り、オレは両手と片足を上げて魔力を集中させた。


「……グリコ?」

「ちげーよ。グリコのポーズに見えるけど、ちゃんとした秘術の型だから。魔術的にも意味があるし」

「なんかソレ、色々諦めて匙を投げてるようにしか見えねー。超ウケる」

「ぶっ飛ばすぞ」


 バーディは最期まで、小馬鹿にしたような態度でオレを見送るつもりか。まぁ、ガン泣きされるよりマシだが。


 前世でオレが死ぬ時はコイツ、ガン泣きだったからなぁ。思い出すと超ウケる。 


「なあフィオ、聞いていいか?」

「何だよ、あんま時間ねーんだ。手短に頼むぞ」

「おう、二つだけだ。お前、この世界に生まれ変わって良かったか?」


 そう言うとバーディは、魔力を高めているオレの髪を、くしゃくしゃと撫でた。


 瞑想の邪魔だ、地味に痛ぇし。何するんだこの野郎。


「また随分と妙なことを聞くなぁ。そうだな、初めて恋人が出来たってのは楽しかったかな。最期の、ほんの一瞬だけだけど」

「そっか。じゃあ、もうちょっと生きられるなら何したい?」

「……そりゃあ、色々。ヤメろよ、残酷なこと聞くなよ。未練が湧いてくるじゃねぇか」

「罰だよ。こっそりアジトを抜け出して、一人で寂しく死んじまおうなんて考えた罰。こりゃ裏切りだぞ?」

「う、それはまぁ」

「お前を助けるために散々に手を尽くしたってのに、別れの挨拶もなしに消えるって馬鹿にしてんのか」

「でも死に顔を見られたくなくて、それで」

「お前は昔から、追い詰められると視野が狭くなるな。もうちょっとアルトを信じてやれよ。言ったじゃねぇか、流星魔法は俺に任せろって」


 バーディは半笑いで、オレの髪を撫でるのを止めない。集中できねぇ、邪魔すんな本当に。


「……でも、失敗したじゃん」

「してねぇぞ」


 オレはその言葉に、えっ、とバーディを見上げた。


「アルトが気絶したのは少し計算外だったけど、すぐ意識戻ったみたいだし。今のところ、かなり上手くいってる」

「……は?」


 上手くいってる、てそんなわけあるか。


 あんな大魔法を放っても、空には未だ流星が輝いてる時点でもう終わってるだろ。


「フィオ。お前さては昼に撃ったあの魔法が本命と勘違いしてるな?」

「え? だって、あんな大魔法使ったらアルトの魔力もカラになるし、もう2発目を撃つ余力なんてない筈だ。違うのか!?」

「お前、王様の話聞いてた? 流星を砕いたら、星の破片が国中に降り注ぐことになるだろ? そしたら、どれだけ被害が出るか分からん」

「じゃ、じゃあ何のために」

「あの魔法は勢いを殺して、流星に切れ込みを入れるただの下準備だよ」

「き、切れ込み? 下準備?」

「そう。ほら、流星を見ろよ。真ん中に1本、うっすら線が入ってるだろ。フィオ、あの線の意味は分かるか?」


 バーディにそう言われ、空に浮かぶ流星を見つめた。


 本当だ。よくよくみれば1本、流星のど真ん中に小さな線が走っている。バーディの言う切れ込みとは、アレのことなのだろう。


「……待て。まさか、アルト、あの馬鹿!」

「ホントあいつの考えることってスケールが違うよな。流星を砕いたら破片が降り注ぐ。だったら────」


 呆れたようにバーディが笑ったその時。突如湧き上がった凄まじい剣気が、王都の風を揺らした。


 それはアジトの方向から吹き出ている、オレにとって慣れ親しんだ、安心感のあるアルトの剣気。それに加え、マーミャやリンの気も乗っている。アルトに気を譲渡したのだろう。


 そういえばアルトの奴、山に修行に行くとか言ってたけど。


 まさか、まさか、その修行でこの「技」を習得したのか? 


「おっ。アルトの奴、いよいよ始める気だな」

「……っ」


 バーディの言葉が終わると同時に、何かが星に向かって地上から飛び出した。


 小さすぎて見えないその矮小な存在は、凄まじい剣気をまとい、一直線に空を駆け上がっていく。


「ははは、アルトはすげぇよ。アイツに任せておけば何とかしてくれる、アイツならやってくれる。今までも、ずっとそうだっただろ?」

「アル、ト」

「だからよ、今回も信じようぜ。俺達の頼れるリーダーを。お前が大好きだっていう恋人を」



 ────オレは夢を見ているのだろうか。


 相手は星だぞ。自分の何十何百何千万倍の質量を持った、落ちるだけで国を滅ぼす流星だぞ。


 アルトの奴は、そんな相対することすら馬鹿らしい巨大な存在を相手に、正面から突っ込んで。


 ……そして。


 一筋の光を纏った剣戟が、夜空ごと流星を真っ二つに引き裂いたのだった。


「斬り、やがった」

「本当にアイツ、人類なのかね」


 なんて、馬鹿らしい。夜空に君臨していた流星は、地上から飛び出した小さな一人の人間によって綺麗に両断されてしまったのだ。


 流星は二つに分かれ、軌道が変わる。両断された星の断片は、左右へと進行方向を分ち、王都からズレていく。


 その非現実的な光景に呆然としていると、やがて流星は王都の東西へと別れ激突し、轟音と地響を鳴らし、大きなクレーターを形成した。


 だが。その被害は、ギリギリ王都の城壁の外に留まっている。街中に、被害は一切及んでいない。


 王都の東西に大きな大きな穴が開いたものの、そのクレーターが国を巻き込むことはなかった。


 流星魔法メテオは古来よりいくつもの国を滅ぼし、初代流星の巫女様がその身を捧げて秘術を使うまで、決して破れなかった伝説の大魔法。


 だというのにアルトはたった一日修行しただけで、流星を真っ二つに斬りやがったのだ。


「おうおう、やっぱりアイツはやる時はやる男だぜ。さぁて、満足したか家出娘」

「……は、ははは。何だよコレ。まるでバカみたいじゃねぇか、オレ」

「何だ、やっと気付いたのか自己陶酔野郎。良いからとっとと帰るぞ、俺達のアジトへ。こんな日はいくら酒を飲んでも飲み足りん、宴の準備だ」


 ぽかん、と雲一つない満面の夜空を眺めているオレの腹を掴み上げ、米俵でも担ぐようにバーディは自分の肩に乗せた。


 ゴツゴツとした肩が腹を圧迫し、オレは思わず小さな呻き声を上げる。


「ぐぇ、いきなり何しやがる」

「よぉし帰るぞ。今頃、アルトの奴は大喜びでお前の部屋に報告に行ってる筈だ。だと言うのに、部屋にお前さんがいないともなれば、目の色変えて大騒ぎするだろ」

「それと、このオレの体勢に何の関係がある。え、マジで? このまま運ぶ気?」

「さぁ、しっかり掴んでろよ親友」

「待て、ならせめて背負ってくれ、こんな不安定な体勢……おわあああぁ!?」


 そして。


 大笑いしながら、女を抱えた男は疾走する。生き延びた喜びで所々で歓声が沸き上がり、陽気な笑い声が木霊する夜のメインストリートを、彼らの帰るべき場所を目指して一直線に。







 かくして。王都に迫る流星は両断され、迫り来る魔王軍は壊滅し、王国に平和が訪れた。


 長きにわたる魔族と人族の戦争は、これにて終結。


 そして勇者達はその功績を称えられ、永く語り継がれることとなるのだった。

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