第57話 挽肉

「は? 何寝言ほざいてんの? 脳味噌えぐり出して糞と一緒に炊き込んでやろうか?」

「……うるさい。レイ、お前はとっくに対象外だから諦めろ。アルトはウチのだ」

「わ、わた、わたたしと! 私に、私にアルト様がぁぁ!!」

「ドサクサに紛れて抱きつこうとするな淫乱修道女!」



 ああ。オレは、帰ってきた。


 もう二度と味わえないと思っていた、仲間たちとの平穏。


 感無量である。



「……女狐。ウチのアルトから離れろ」

「おい駄シスター!! 不快な乳袋をアルトに押し付けるな、殺すぞ!」

「その、その、私は離れません!!」

「よし分かった。その脂肪の塊をゴッソリ削ぎ落としてやる、ソコになおれ」


 オレが座るテーブルの隣で、いつものように四人娘がアルトを囲み、ギャアギャアと騒いでいる。


 いつも煩わしくて仕方がなかったこの争いも、今はむしろ心地よい。この険悪な雰囲気こそ、オレ達にとって日常といえるだろう。


 こんなかけがえのない日常を再び過ごせる、その喜びを噛み締めて、オレは万感の想いで呟いた。


「……あぁ。なんて平和な光景なんだ」

「フィオ、お前の目玉腐ってるんじゃねぇか?」

「おかしいなぁ。魔王より禍々しいオーラ放ってるんだけど、あの四人」


 ううむ。ルートとバーディは風情を介さぬ奴らだな。


 このギスギス感が良いのに。





 三日前。流星はアルトに叩き切られ、オレは死なずにすんだ。


 アルトは星を斬ったあと、大喜びでオレの部屋に飛び込んできたらしい。


 だけど、そこで部屋に残したオレの遺書を見て、全員が色を失ったと言う。


 そんな状況でバーディに担がれてノコノコ戻ったもんだから、オレは凄まじく怒られた。


 ユリィに怒鳴られ、レイに踏まれ、マーミャとリンに関節を固められた。


 ……でもオレは言い訳せず、涙を流して説教を受け入れた。 


 死なずに済んだこと、コレからも皆と一緒に、アルトの隣に居られること。 


 いくら泣いても、泣き足りなかった。やがて皆の怒りも収まって罵声が止み、号泣しているオレをユリィが抱き締めてくれて、その日はそのまま寝てしまった。


 翌日、皆にからかわれたのは少し恥ずかしかった。




 その後、ルートにより魔王軍が撤退したという知らせが届いてからは、王都はお祭り騒ぎだった。


 どこに酒が隠してあったのか、民衆はそこら中で酒盛りが始めしまい。オレ達勇者一行はそこら中の宴に参加し、先々で共に勝利を祝った。


 このペースで酒が消費されると、国を捨て逃げた連中が帰ってくる頃には、一本も酒が残っていないだろう。



「アルト様、怖いですー」

「ああ!? アルトの影に隠れてんじゃねぇぞ年増駄乳デブが!」

「……殺せる。女狐が次の呼吸を終えるまでに、187通りの手段で暗殺できる」

「あはは、今宵の我が魔剣は血を欲している。無駄に肥えたシスターの血は、さぞかし美味であるだろうなぁ!」


 オレ達パーティも酒類をアジトに持ち帰り、勝利の宴を始めた。


 しかし宴のさなか、ルートが『そういえば、アルトの恋人を決める期限って今日だったよね』と呟きたのを聞いて、四人娘が大喧嘩を始めたのだ。


 酔って口が滑ったのだろう、ルートは喋った直後に『しまった』という顔で頭を掻いた。可愛い。


 さて、前までのオレならさっと部屋を出て、口を滑らせたルートを言葉責めしつつ女装を強要しただろう。


 しかし今のオレは、アルトを信じると決めた。


 アルトは決める時には決める男だと、改めて再認識したのだ。だからオレは二度とアルトを疑わない。


 そう、だから。



 ────ヤツならこの修羅場も切り抜けてくれるに違いないし、見守っておこう。



 オレの精神は既に高みに達し、浮気されていることを受け入れていたのだ。


 心が軽い。こんな気分は初めてだ。もう何も怖くない。


 むしろオレはアルトがどんな手で誤魔化すのかと、ワクワクすらしていた。


 オレを誤魔化す時はうまく乗っかってやらないとな。アイツ、少なくともレイとマーミャには手を出してるっぽいし。


 リンとユリィはどうなんだろ。とっくにヤられてんのかなぁ。二年もパーティ組んでるもんな、オレが最後でパーティ女子全制覇とか普通にあり得るよな。


 別にそれでも良いよ、惚れた方の負けなんだ。オレは黙って見ててやるから、うまくこの場を収めてくれアルト。



「ユーリーィ? はーなーれーろ? 顔を剥いでマスクにしてコレクションしてやろうか?」

「ふ、ふふふ! アルト様は私と結婚するんです! 今日こそソレを宣言してもらいます!」

「ああ? ユリィは頭でも狂ったのか? 可哀そうに、その頭叩き潰すぞ」

「……女狐、嘘は自分を傷つけるぞ。具体的には、私が顔面をズタボロにしてやる」


 おお、こわいこわい。女の争いってのは醜いねぇ。


 ま、オレには関係のないことだ。なんてったって浮気に気付いた上で、受け入れているんだ。


 この修羅場を眺めるのも、野次馬根性よ。


「……おいフィオ、良いのか?」

「あん? ああバーディ、大丈夫大丈夫」


 バーディが心配そうに、オレに耳打ちした。良いのだよ、オレは浮気に目くじらを立てたりしないのだ。


 都合が良い女かもしれないけど、アルトと恋人でいられるならそれで十分。むしろ、アルトほどの色男なら浮気して当然ってもんだ。



「ほら! はっきり言っちゃってくださいアルト様!! もう私と婚約したって!!」

「は?」

「……はぁ?」

「…………はぁぁぁぁ!!?」


 ほほう、アルトの本命はユリィだったのか。


 意外な所だが、冷静に考えるとまぁ納得だな。ユリィは何だかんだあの四人では一番おっぱいがでかいし、優しいし、愛嬌もあるし、何よりも乳もデカいし。


 アルトは真性のおっぱい野郎みたいだな。忌々しい脂肪の塊、ユリィを本命に選びやがったか。



「ななな、にゃにゃ、何だそりゃぁあ!!!」

「……嘘、嘘嘘、嘘嘘嘘嘘嘘! ね、ねぇアルト、どう言うことォォォォ!?」

「おーん……」(白目)



 とはいえ、誤魔化す暇もなく婚約を暴露されちゃったけど、どう言い繕うんだろう。


 他の三人、顔面に力が入りすぎて見たことない表情になってるぞ。



「……ユリィ」

「はい、アルト様!」



 一方でアルトは、真剣な顔でユリィと見つめ合った。


 ……ここでキスとか始めないでくれよ。流石に妬くぞ、オレも。



「……その、本当にすまない、何の話だ?」

「ええええええ!?」



 そしてアルトは、真顔でユリィの発言を全否定した。


 これは酷ぇ、ユリィは本命じゃなかったのか。


 結婚をチラつかせておいて、本妻は別に居るとか外道すぎる。


「その、すまない。本当に覚えがないんだ」

「だって、この前アルト様が、私に買ってくださったじゃないですか!! リリィの花飾り!!」

「え、ああ、そんなこともあったな。それがどうかしたのか?」

「リリィの花は、婚約者に渡す花でしょう! え、あれ、そういう意味じゃ……?」


 ……え?


 『リリィの花飾り』を貰った? それだけ? 


「……確かにリリィの花には『婚約する時に渡す』という文化の土地もある。……でもそれ、辺境のマイナーな文化。……王都では、リリィの花は単に綺麗な花に過ぎないぞ」

「何だ、くだらない。勘違いして舞い上がるとは、何て恥ずかしい女だ」

「ふぅ。良かった、ユリィが馬鹿で本当によかった」

「そ、そんにゃあぁぁ」


 へたり、とユリィがその場に崩れ落ちた。


 確かにそんな文化があるのはオレも知ってるけど、かなり遠い森の部族の文化とかじゃなかったか。


 王都でそれは無理があるぞユリィ。


「よし、これで雑魚が一人消えた……。っておい、離れろ駄ロリ。私のアルトに抱きつくな」

「……嫌。アルト、だっこ」

「おいリン。お前の体でアルトを誘惑するは無理だ、やめておけ。ついでにレイのボディでも無理だ。二人ともとっとと離れろ」

「殺すぞ脳筋剣士」


 ユリィが脱落し、残り3人のデットヒートが始まった。


 別にフラれてないのに、ユリィが脱落した扱いになっていて笑える。


 不服そうにへたり込んでいるユリィが愛くるしい、撫でてあげたい。


「……アルト。ウチ、アルトの為にあんなにシたんだよ。だからウチを選んで」

「なーに盛ってやがる根暗ロリが。意味深な言葉使いやがって、どうせ下らないことなんだろ」


 リン頬を染め、恥ずかしそうにアルトへ肩を寄せた。意味深なこと言ってるけど、本当にアルトに手を出されてるのかね?


 リンはパーティで一番幼いし、犯罪臭が凄いけど……。


 さて、アルトの反応は、と。うわぁ、めっちゃ目が泳いでる。


「……アルト?」

「おいアルト、何で顔を背けた? 何で今、リンが『シた』とか言った瞬間に目を伏せた?」

「……ふふ、アルト、思い出しちゃった? 照れてるん?」

「このクソガキ何しやがったぁぁぁぁ!?」


 おっとぉ。リンの奴、アルトに手を出されてたのか。


 アルトがリンに抱き着かれたまま、冷や汗をダラダラ流してて超ウケる。


「……リン。その、ああいうことはあまり他人にはだな」

「……アルト以外にはしないし」

「え、待ってアルト冗談だよな? リンに発情するような奴じゃないよな? それは犯罪だぞアルトォ!」

「リンに出し抜かれた、だと!? この剣術の名門貴族たる私が、リンに!?」


 一番『ない』と思われていたリンの暴露に、みんな大混乱だった。


 だがアルトは、オレの貧相ボディにも興奮する変態さんである。リンが守備範囲でも、全く不思議ではない。


「……その、ウチ恥ずかしいの我慢して、お風呂場で裸で二人きり」

「なんで私はこのクソガキを放っておいたんだ! 昔から女盗賊は淫乱って決まっていたじゃないか!」

「アルト、犯罪だ、これは性犯罪だ! 実家の権力を頼っなて懲役ににににににに!」

「待て、落ち着いてくれレイ、マーミャ! 違うんだ、俺にイヤらしい下心はなくてだな!」


 リンと風呂場で裸にで二人きりの時点で、イヤらしい下心がくて何だというのか。


 どうせ大車輪でもしてたんだろ。


「リ、リンが『死んだ兄を思い出して寂しい』って言うから、たまに一緒に風呂に入っただけで! それ以外は神に誓って何もしていない!」

「それだけじゃないし。ウチ、洗いっことかシたし……」


 ……って、それだけかい。


「お、驚かせるなよオイ。は、ははは、所詮はお子様か」

「リン。貴様、確かにお前は、その『死んだ兄』を毛嫌いしてなかったか? 実家が嫌で逃げ出したんじゃなかったか?」

「……ふふ、ウチ、嘘は吐いてない。兄が死んだのも、一人でお風呂が寂しいのも、嘘じゃない。……くくく、もう遅い。ウチとアルトは裸の関係……」


 結局、アルトとリンは一緒に風呂入っただけで、肉体関係はないらしい。


 なーんだ。


「いや。異性として見られてなかったから、一緒に風呂入ってたんじゃね?」

「女性と意識されてたら風呂とか断るだろう、アルトなら」

「!?」


 その二人の言葉に、得意げだったリンの顔が凍り付いた。


「あ、ああ。その、他の女性はまずいけど、リンなら一緒にお風呂入っても問題ないかなと……」

「アルト!?」


 それを裏付けるように、アルトは申し訳なさそうにそう言った。


 その残酷な言葉にリンは目を見開き、喀血して果てた。


「ですよねー! アルト様はリンなんかの裸を見ても何も思いませんよね!」

「アルトはそんな男じゃないもんな」

「も、もちろんだ」


 ……嘘だ。アイツ、多分イヤらしい目でリンのこと見てたぞ。


 オレとリン、体型そんなに変わんねーじゃねーか。


 ついでにチラチラ、焦りながらオレの方見てんじゃねーよ。巻き込まれるからやめろ。


「……馬鹿、な」

「駄ロリが死んだか。くく、これで貴様を倒せば私の勝利だな」

「お前はもう対象外だよレイ。私が最後まで生き残り、アルトと婚約するんだ」

「そもそも、生き残ったら勝者と言うルールなんてないと思います……」


 でもアルトが、リンに手は出していなかったようで安心した。


 リンはまだまだ子供だ。犯罪性では、オレに手を出すより遥かに重いと言えるだろう。


 精神年齢、小学生くらいだしな。


「私はホテルでアルトと裸の付き合いをした既成事実があるんだ」

「レイ、お前本当に終わってるな……」

「私はホテルで生まれたままの姿を、アルトに見られてしまった。これは責任を取って結婚してもらうしかない」

「……ウチもお風呂一緒だし、見られてるし。というかレイはアルトを騙してホテルに連れ込んだ。……それで裸を見せても、ただの痴女」

「そもそも、その件でアルトに凄く怒られたんじゃなかったか?」


 ……おや。


「アルトに相談があると言って、ホテルに連れ込んだんだっけか」

「レイ。俺はあの件に関しては、まだ怒ってるからな」

「え、えっと。でも、私の裸見れたんだし、それでおあいこって────」

「人の信頼を裏切るなと、何度言わせる? 反省はしているのかレイ」

「……ごめんなさい」


 お、おや? ホテルって、今の話って、ひょっとしてあの日のことか? 


「ユリィ、レイ何かやったの? オレ、その話知らねぇんだけど」

「レイさん、アルト様に『チン●が生えた』と嘯いてホテルに連れ込んだそうです」

「なんだそりゃ」


 え、じゃあアルトは単に、レイに騙されてホテルに連れ込まれただけ?


 ちょ、ちょっと待って。ひょっとしてオレの勘違いなのか、レイとアルトの関係。


「こうなるとやはり、残された私がアルトの相手にふさわしいと、そういうことだな」

「待ってくださいマーミャさん、それは納得できません。生き残り制で勝負を決めるのは間違っているでしょう!」

「とはいえ私には、そこそこの家柄と地位のある。アルトはこの先、権力争いで苦労することになるだろう。だけど大貴族である私と婚姻すれば、色々とサポートが出来るぞ」

「ぐぎぎ、ここぞとばかりに実家の権力を利用しやがって。駄剣士の癖に、駄剣士の癖に」

「……コイツは、馬鹿の癖に昔からちゃっかり美味しい所を持っていく」


 となると、マーミャはどうなんだ? 確か王宮で、アルトと婚約したって噂が流れたんだっけ。


「レイが、ありがたい噂を流してくれたしなァ。あの噂があれば、私とアルトが婚姻しても誰も文句を言わんだろうなァ。ありがとう、レイ」

「ぐ、ぐぎぎ、おのれ糞剣士」

「……レイ、本当に余計な事をしてくれたな……」

「そんなの、そんなの絶対認めません!!」


 レイが噂を流しただと? マーミャとアルトの? ああ、なるほど。マーミャを貶める狙いか。


 じゃあアルトとマーミャに肉体関係があるってのもウソ? 根も葉もない噂? 


「四人とも落ち着け。マーミャ、すまないが君と婚約するつもりはない」

「な、何故だアルト!」

「……噂の火消しをする時に神殿で、『金輪際マーミャと男女関係にならない』と神に誓っている。それを破ってしまえば、教会にどんな顔をされるか……」

「あ!! そう言えばアルト様、そんなこと言っていました!」

「ちょ、えええええ!? アルト、馬鹿、どうしてそんなことを!?」

「すまない、噂の火消しに必死でな。そもそも、打算で好きでもない男と婚約するなど良くないと思うぞ?」

「そん、な」

「駄剣士が死んだか」

「……無事全滅。何となく予想出来てたけど。これどうするの?」


 そうか。全て、誤解だったのか。


 アルトは浮気なんかしていなくて、ちゃんとオレだけを見てくれていたんだ。何てオレは馬鹿なんだ。


 何があってもアルトを信じるって決心したその日から、アルトを信用してなかったなんて。


 そうだよ。あんなに真面目な男が、恋人を裏切るわけがないじゃないか。


 ゴメンよアルト。お前は浮気なんてしてなくて、ずっとオレ一筋で、それで……。


 それで……。






 ……それで、この状況は不味いんじゃないか。


 さっきからアルトがチラチラと、許可を求めるようにオレを見ている。つまり、それって、バラしても良いかってこと? 


 ────この状況で!?


「お、おいフィオ。本当に大丈夫か、ここに居て」

「おやバーディ、フィオがここに居ると不味いのかい?」

「……はっ!?」


 隣に座ったバーディが、珍しく心底心配した表情をしている。


 そうか、さっきの大丈夫かってそういう意味か。オレとアルトの関係が暴露されるこの状況で、のんきに座っていても問題ないのかという意味か。


 さて、問題です。今、オレとアルトの関係が発覚するとどうなるでしょう。



 解答:ミンチよりひでぇや。










 こ、こんなところに居られるかぁ!! オレは逃げるぞ!


 せっかく拾った命を無駄にしないために、戦略的撤退だ! 


 馬鹿なのかオレは。どうして悠長に、四人の言い合いを眺めていた?


 オレ一人が抜け駆けしたことが知られたら、とんでもねぇことになる。地雷原でタップダンスする方が、まだ生存率が高い。


 いかん、早く脱出せねば。自然に、かつスピィーディーにこの部屋から抜け出るぞ。


 王都を出た後はミクアルの里に避難して、ほとぼりの冷めた頃にアルトを呼びよせよう。


 そして一生ミクアルから出ず、アルト幸せに暮らす。めでたしめでたし。よし、このプランでいこう。


 ……あばよ、四人娘。申し訳ない気持ちもあるが、オレは命が惜しいんだ。


 まだアルトとイチャイチャしたり子供を産んだりと、やり残したことが山のようにある。ここで死ぬ訳にはいかないんだ。


 よし、ここは音も気配もなく移動できるY字平行移動法を使おう。司祭に教えてもらった、女湯を覗くの為の奥義だ。


 さあ、脱出を────



「ま、待ってくれフィオ!!」


 おろ? 


「誤解なんだ! 俺はあの四人とは何でもないんだ、信じてくれ!」


 この場から逃げようと立ち上がったオレは、誰かに肩をガッツリ捕まれた。


 イヤな汗をかきながら振り返ると、アルトが焦った顔でオレに抱き着いていた。


「俺が本当に好きなのはフィオ、お前だけだ。見捨てないでくれ!」


 ……知ってる。と言うか、さっき気付いたよアルト。


 お前は浮気なんかしない、一途な男だったってな。だから、オレの肩を放してくれ。


 ヤバいってこれ。今、尋常でない悪寒が走ったから。


 四人娘の方から魔王より怖いオーラが噴き出ているからぁ!!!!





「……どういうことですかー? フィオさーん?」




 聞こえない。オレは何も聞こえない。


「……は(威圧)? はぁ(疑問)? ほほぉ(理解)」

「…………。■■■■■■■■■■■────!!!!」

「フジャケルア!! モアイ! オンドウゥルルラギッタンディスカー!!」


 オレの背後が阿鼻叫喚な気がするけど、きっと気のせいだ。


「聞いてませんよー?」

「……」


 ひたひた、と不気味な足音を立てて、四人の女が迫ってくる。もうオレは助からないらしい。ああ、窓に、窓に。


 ……短い人生だったなぁ。やり残したこと、まだまだいっぱいあるのになぁ。


 ごめんよ村長、オレもうすぐ、そっちに行くみたいだ。



「フィオさん」

「何だいユリィ。今日の君は一段と可愛いね。ただ、目にハイライトを忘れてるよ。早く付けてきなさい?」

「ねぇフィオさん……」

「何だいユリィ? 一つ忠告だけど、髪の毛を口にくわえるのは不衛生だからやめた方が良いぜ?」

「うふふ、フィオさん。────おめでとうございます」

「へ?」


 惨殺死体にされると思っていたオレに投げかけられたのは、罵倒や呪詛ではなく、まさかの祝福だった。


「え、あ……。ユ、ユリィ?」


 ニコニコと、ユリィはオレに微笑みかける、まるで、聖母の如く。


「……おめでとう」


 そして。音もなく現れたリンが、やはりオレに祝福の言葉をかけてきた。ま、まさか。許されるのか、オレは。


「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」


 何時の間にやら、である。


 気付けばオレは、4人娘に円状に囲まれながら、パチパチと拍手をされ祝福を受けていた。


 ま、まさか、祝福されるだと? 全員の目にハイライトが無いのが気になるけど、どうやらオレは許されてしまうようだ。


「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」


 いつの間にかオレの肩を掴んでいたアルトだけが、4人娘の外に弾き出された。おかしいな、こういう時に祝福するならアルトもセットじゃないの?


 オレばっかり祝福して貰って悪いなぁ。


「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」


 まぁ、祝福されてしまったものは仕方が無いな。きちんと、お礼を言わないと。パチパチと手を叩く4人娘にオレは満面の笑みを作り、そして、


「ありがっ────」








 お礼を言いかけたその瞬間、オレの意識が暗転したのだった。


 アルェー? 









「南無」

「南無南無」

「フィ……フィオォォォォォッ!?」



 完

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