第54話 天命?

 寒い。少女は、そう呟いた。


 人気のない真っ暗な街路で、金髪童顔の白魔道士は、目にうっすら涙を浮かべ虚空へと手を伸ばした。


 その手は空を掴むのみで、やがて彼女は悔しそうに唇を噛んだ。



 空には眩く輝く、巨大な流星が浮かんでいる。既に王都の民は、こぞって国を捨て逃げだしている。


 残っているのは、頼る伝手も移住する財力もない貧しい民のみ。


 彼等の胸中や、如何か。失意の中、最期の時を家族と共に過ごしているのか。自棄になり、好き放題に暴れまわっているのか。


 いや、それとも。流星の巫女の奇跡を、今なお信じ続けているのだろうか。










【フィオ視点】

 ────オレは部屋に書置きを残し、静かな街中をトボトボ歩いていた。


 流星に超火力の魔法を放ったあと、アルトは気を失ってしまった。だが流星はまだ、夜空に燦々と輝いている。


 アルトの迎撃は、失敗した。


 希望を断たれ、頼みのアルトは泡吹いていて、みんな大慌てだ。だからかオレがどさくさに紛れ、アジトを抜け出したことに気付けなかった。


 静まりきった街道をポツンと歩きながら、オレはワインを瓶ごと豪快に煽った。酸っぱい喉越しが、鼻につんと付く。


 何かデカい祝い事があった時にとっておいた、秘蔵の一本だ。まさか自分への、死への手向けになろうとは。芳醇な味わいが、今はただただ虚しい。



 ────今夜オレは、流星の秘術を使おうと思う。


 それを、誰にも知られたくなかった。



 どうせ逝くなら、一人が良い。仲間に囲まれて、湿っぽい空気の中で死ぬのは嫌だ。


 恥ずかしいのではない、意地を張っているのでもない。ただ自分の死に顔を、アルトに見せたくないのだ。


 きっとオレは情けなく号泣しながら、絶望と後悔に溺れ死ぬだろう。その姿を、アイツには見て欲しくない。きっと一生、重荷にしてしまう。


 王国の近郊には、水源となっているデカい川がある。オレは、川上の橋を目指して歩いていた。


 秘術を行使したら、そのまま川へ身を投げよう。そうすればきっとオレの亡骸は獣や魚の餌となり、露と消えるだろう。


 ……それでいい。きっとそれが一番、人を傷つけない死に方だ。勇者フィオは、一人行方不明となって。流星は、魔族領へと軌道を変えて。


 アルトは、国を救って、幸せに誰かと……。




「……良い、それで良いって決めただろ。ビビるな、オレ」



 オレが死んだ後に起こることを想像し、鬱屈で声が震えた。


 だが、オレは止まるわけにはいかない。今から逃げても、流星魔法の範囲内からは逃れられない。


 秘術を使おうと使うまいと、オレの死は避けられない。だったらアルトを、この国を救ってやるさ。


 最初から、この結末は決まっていたのだ。流星魔法がそう簡単に破れるのなら、初代の巫女様は命を投げ捨てていない。


 ここまでがきっと、この世界の神様の筋書き通り。



「……」



 ……理不尽だよな。どうしてオレだけ、こんな目に遭うんだ?


  一人で死ぬのは嫌だし、皆を道連れにしても誰も文句を言わないんじゃないか? いや、オレにはその権利があるんじゃないか? 



「────何てな」 



 一瞬、馬鹿な考えが頭をよぎったけど。一人だけ死ぬのは嫌だけど、それ以上にアルトが死ぬのがもっと嫌だ。


 だからオレはたった一人、橋を目指し歩いている。


 ……死はもう既に1度経験した筈なのに、オレはまだ怯えているのか。なんとまぁ、情けない。


 自己嫌悪、嫉妬、倒錯、孤独、寂寥、そして絶望。様々な負の感情が溢れ出て、涙となってオレの頬を濡らす。そんな自分が、嫌になる。


「ああ。この世界でも結局、オレは早死にする運命なんだな」

「だな。本当に、お前って運が無いよな」



 ポロ、と涙が頬を伝った時に。ちょんとオレの肩を叩く奴が居た。それは見慣れた髭面で、悪人顔の男。



「……バーディ」

「よぉフィオ、聞いてくれよ。俺の護衛対象がさ、こんな時間にフラフラ散歩に出かけてな。一人でピーピー泣き出すもんだから、仕方なく声かけてやったんだ」

「ほっとけ」


 良いだろうが、泣くくらい。


「なぁフィオ、歩こうぜ。どこ目指してんのか知らんけど」

「……お前についてきてほしくない」

「馬鹿言うな、俺ぁ護衛だぞ。ここに魔族や暗殺者が現れないって保証はねぇ。悪いが付いて行かせてもらう」

「……はーいはい。好きにしろよもう」


 ……確かに『秘術を使う前に魔族に殺されました』じゃ死んでも死に切れん。


 それによく考えたら、こいつはバーディだ。何を見られても良いか。


 一生の十字架になるように、醜く泣き叫びながら死んでやろう。


 1人で死ぬってのも寂しかったし、逆に丁度良いや。


「なぁ、フィオ。聞いていいか?」

「何だ?」

「お前ひょっとして、最初から死ぬつもりじゃなかったか?」


 そんな意地の悪いことを考えていると、バーディはオレの隣を歩きながら、そんなことを言い出した。


「何を意味の分からないことを。だったら、王様の言葉にすぐ頷いてたぜ」

「そしたらよ、アルトが必死で引き留めただろうな。下手したら、お前を気絶させてまで秘術を使わせなかっただろう。アルトの立場は随分悪くなっただろうな」

「……」

「アルトのことは、お前が一番よくわかってるだろ。アイツが仲間を、ましてや恋人を犠牲にして生き残るなんざ無理だ。無理やりにでもお前を引き留め、自分が流星を何とかしようとしたはずさ。だからお前は、敢えて死にたくないと言い張った」


 バーディは真剣な顔で、オレを見つめた。


「むしろお前が死にたくないとアピールしない限り、『流星の秘術』を使うタイミングは出来なかった。だからこそ命乞いをした、違うか? ……まぁ、アルトが何とかしてくれることに期待もしていたんだろうけど。で、アルトが失敗した時点で、お前は予定通り秘術を使う為にアジトを抜け出した」

「お前って、心読める魔法とか使えたっけ?」

「俺がお前と何年親友やってると思ってんだよ。バレバレだ、バーカ」


 ……実は、コイツの言う通りだ。


 実際あの時にはオレは、万一の時は流星の秘術を使う覚悟は出来ていた。ただ、あそこでオレを庇うように割って入ったアルトの顔を見て気が付いた。


 ああコイツ、何があってもオレに秘術を使わせないつもりだって。


「……お前と会ってから、もう二年経つんだっけか? 長いようで短い付き合いだったなバーディ」

「違うぞ」

「え、違ったっけ」


 バーディとは勇者パーティ結成以来の付き合いだ。もう二年間、ずっと親友をやってきた。


 ……という記憶だったが、バーディは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「このバカロリは、何でいつまでたっても気付かないんだ? アルトのことを鈍感鈍感と揶揄してたけど、お前も相当に鈍感だからな?」


 ……何を言いだすんだバーディは。


 このオレがアルトばりに鈍感だなんて、そんな馬鹿なことが……


「俺は、最初から気付いてたぞ。女に生まれ変わっちゃいるが、行動や言葉遣い、仕草に至るまで前世のまんまだからなお前」

「……前、世?」

「おうとも。お前、生まれ変わる前の記憶あるだろ?」


 え、なぜそれを。


 オレは生まれてこの方一度も、前の人生を匂わすような発言をしたことなんて────。




「何年、お前と親友やってると思ってるんだ? たった二年じゃねぇだろ、オレ達の関係はよ」

「……オイ、まさか。お前、バーディ、お前!」


 言われてみて、ハっと気付がついた。そういえばコイツとは、初めて会った時から十年来の相棒のように馬が合ったのだ。そう、まるで、


「親友、なのか?」

「気付くのおせーよ、ハーレム野郎」


 コイツの仕草、性格、言葉遣い。何で気が付かなかったのか、コイツは前世でずっと一緒だった、オレの幼馴染にしてたった一人の親友だった男だ。


「あ、お前、何で、なんで言わなかった?」

「言わずとも気付いてくれると信じてたのによぉ、友達甲斐のない奴め」

「あ、すまん。いや、いや気付けるかぁ! お前オッサンになってんじゃん!」

「お前こそロリになってるじゃん、それでも俺は気付いたけどな。女の癖に、会って間もない四人娘に言いよって、即座に振られるあの玉砕の早さはお前以外ありえない」

「……ぐっ、そういやそんなこともあったか」


 そういや勇者パーティ結成の日に四人娘に告白して、速攻フラれたんだっけ。きっとあの時点で、皆アルトにベタ惚れだったんだろう。


「なぁ。行こうぜ親友。どこ目指してんのかしらんけど」

「……ああ、行こうか親友。お前には一度死に顔を見られてんだ、オレの死体の処理も任せられる」

「はは、それは勘弁して欲しいがな」

「おい、聞かせろよ。あのあと、オレが死んで家族はどうなったのか。お前は、あの後どう生きたのか」

「おう、いいぞ。やっとこの話ができるのか、二年たっても気づかれないとは思わなんだ」

「悪かったよ」


 オレよりずっと歳を食ってこの世界に転生していた、無二の親友と並んでオレは歩いた。


 前世のように、ベラベラとくだらないことで笑い合いながら、王都の外、デートスポットにもなっている架橋の上の、オレの最期の場所へと。


 夜空にはいくつもの流星が飛び交い、そして空で燃え尽きて消えていく。オレもまた、ゆっくりと命を燃やすべく親友と共に夜の王都を進む。


 オレは今宵、流星の巫女としてその使命を果たすんだ。その死の間際、かけがえのない親友と再会できたことを、いや再会出来ていたことを神様に感謝して。


 ────オレは空に浮かぶ流星を、ボンヤリと見上げた。
















 一方、ミクアルの里近辺。


「さっきのは、一体?」

「おそらく、魔法だの。今代の魔王とやらは、攻撃魔法に秀でているようじゃ」

「……そうか。念の為、あなたに声をかけておいて正解だったようだ」


 突然、爆音と共に蒸発したミクアルの里。


 その地を目指して駆ける、二人の男達。


「捕まっとれ、人族。少し急ぐぞ」

「……感謝するよバルトリフ。姿を眩ましている身だというのに、力を貸してくれて」

「何を水臭い。貴様から受けた恩、どう返せば良いか悩んでいた所だ。我がこうして、前へと進めるようになったのはお前のお陰よ」


 ニカリと、ルートを背に乗せた魔族が笑った。


「……魔王軍と闘うのも、久し振りである。かつて戦場で最強と呼ばれたこの魔公バルトリフ、悪鬼となりて暴威を振るおうぞ」


 そう言うとバルトリフは、ルートを背負って加速した。


 魔族側の切り札ジョーカー、魔王は既に戦場へと君臨している。


 そして人族側の切り札ジョーカー、バルトリフ。彼がルートと共にミクアルに到着するまで、あと半日────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る