第53話 司祭!

【ミクアルの里】


「食らいやがれっての!!」


 魔族の悲鳴が、里に木霊する。


 狼によく似た四足歩行の魔族が、牙を剥いて黒髪の少女へと跳躍し、直後に音速のアッパーカットを叩き込まれていた。


 衝撃で、ふわりと彼女の腰布がめくれ、慎ましい下着が覗き見える。


 その瞬間を見逃さず、聖職者は地に伏してダバダバした。


「うーん流石は村長の娘。眼福眼福」

「見てるんじゃないわよ!」


 魔族をぶっ飛ばした代償にパンツを見られた少女は、司祭を怒鳴りつけた。


 しかしいかに蹴り飛ばそうと、当たる様子はない。


「はーい、次の魔族が来るよ。誰が出る?」

「私が行くー」

「よし。油断するなよ」


 その騒ぎの横で、ラント青年が手を叩き、里の子供たちに魔族の倒し方をレクチャーしていた。


 子供たちは彼が見守る中、競い合うように魔族を倒していた。


「やったー! 勝った!」

「よくできました」


 実に、微笑ましい光景だった。


「あ、また魔族が入り込んできた」

「次は俺! 俺が行く!」

「はいはい、気を付けてな」


 このように里の若手の戦士達は、嬉々として魔族を屠っていて。


 子供たちは指導役の戦士に見守られ、『初めての魔族討伐』に勤しんでいた。





 戦況は、ミクアルの里が『圧勝』していた。


 凄まじい数の魔族に、絶え間なく襲撃されているミクアルの里。


 そんな彼らは王国の予想とは逆に、気楽に魔族狩りを楽しんでいた。


 ミクアルの里は普段、遠征して魔族と闘っており、攻められることにはない。


 なので、王国側がミクアルが苦戦すると予想するのも無理はないだろう。


 だが、そこに大きな誤解があった。彼らは確かに、攻められることはない。


 その理由は、


「魔族の奴ら、高く険しい断崖絶壁に守られた、天然の要塞のミクアルを攻めるとか正気かよ」

「地の利がある闘いって楽だなぁ」

「普段もこうならいいのに」


 ミクアルの里は、非常に防御に適した地形だからである。


 ミクアルの里は、武人が俗世を逃れる目的で集まった地。


 里は広い森を抜けた先にある断崖絶壁のその上にあり、裏道を知らなければそもそも侵入すら出来ない。


 例え誰も守っていなかったとしても、襲撃が困難なのだ。


 そんな場所にミクアルの戦士たちが守りを固めれば、落とすことなど不可能に近い。


 結局、我先にと出陣していた魔王軍の大半は、道に迷い、崖から落ち、仲間割れを起こして壊滅状態になった。


 無事に里までたどり着いた僅かな魔族は、里の戦士にレクリエーションのように狩られている。


 無様、ここに極まれり。



 実はルートは、この戦況を予想していた。


 彼らの強さと、ミクアルの立地を知っていれば自ずと辿り着く話だ。


 防衛戦なので、彼らは積極的に攻撃する必要がない。


 時間を稼ぐだけで、敵はどんどん追い詰められていく。


 ルートは救援として到着した時には、もう戦いは終わっているんじゃないかとすら考えていた。


 だが、王がミクアルに救援を差し向けないと文句を言うだろうし、ルートが王都に残っていても貢献できることが少ない。


 なので彼は一人、ミクアルへの援軍を買って出たのである。


 救援と称してはいるが、彼の仕事はミクアルの里と連絡を取り、魔王軍壊滅の報告をするだけ。


 ミクアルが苦戦することはないだろうと考えていた。


 実際その通り、ミクアルは余裕綽々である。逃げ惑う魔族は、格好の実戦訓練の場。


 誰が言い出したのか、里は若手の育成モードに入っている始末。


 こんなに有利な状況の実戦なんて、今後ありえないだろうとは司祭の弁。


 かつてないほどに、楽な戦いであった。





 ────ただそれは、奴が戦場に姿を現すまでの話。











「君達は、考えることが出来ないのか?」


 死屍累々の魔族達に、少年は呆れるように話し掛ける。


「敵の地元で、正面から闘う馬鹿しかいないとは。僕より何百年も長生きしてるのに、頭悪いって救いようがないね」


 所詮は頭が足りぬ、力だけが取り柄の魔族たち。知恵の回る人族には、決して勝てない。


「仕方ない、少しだけ教えてあげる」


 少年は、掌を断崖絶壁へとかざした。


「敵に地の利があるなら、地形を変えれば良いだけだろう」


 ────魔王が他の魔族に遅れて戦場に到着する事、二日。この日、戦況が大きく動いた。


 突如として、ミクアルの里を守っていた巨大な岸壁が、何の前触れもなく蒸発した。









「────嘘?」

「お、オイオイ」



 ソレはまさに、青天の霹靂。


 いきなり自分達の背後にあった「ミクアルの里」の崖が、透明なハンマーで殴られたようにくだけ散ったのだ。


 たまたま、メルを達は魔王軍と戦うため、崖下へと降りていた。だから、里の蒸発には巻き込まれなかった。


 しかし里で休んでいるだろう、自分の兄弟姉妹達は恐らくもう────


 いや、それよりも先に、目の前の大岩だ。


「し、司祭?」


 メルは里が蒸発した直後、誰かに吹き飛ばされていた。咄嗟に受け身をとって上手く着地し、自分を吹き飛ばした下手人を確かめようと振り向いたその先には。


 地面に大岩が突き刺さり、その下には赤く濡れた修道服の切れ端と、トマトが弾けたような赤い液体が飛び散っている。


 メルを見守っていた司祭は、里の崩壊と同時に彼女の頭上に落ちてきた大岩に気付き、庇って身代わりに潰れたのだ。


「……マジかよ。司祭、潰れちまったのか? いや、そもそも里が綺麗さっぱりなくなってやがる。何が起きた?」

「ラ、ラント兄」


 へたり、とメルはその場に座り込む。ラントに指導されていた子供達も、不安げに辺りを見渡していた。


 しわじわと、岩の下から流れる血が赤い水溜まりを作り。メルはそのおぞましさに、罪悪感に、恐怖に思わず目を塞いでしまう。


 いくら、変態の司祭とは言えど。自分を庇って死んでしまったことを受け止めきれるほど、メルの精神は成熟していないのだ。


「馬鹿、戦闘中に目をつぶる奴があるか!」


 そんなメルの愚行を見て、ラントは慌てて叫んだ。当然だ、此処にはまだ狼型の魔族がうじゃうじゃ居る。


 目を塞いでしまったメルには気付けない。背後から、また魔族が襲ってきていることを。


 ラントが庇う暇もなくメルの足が、あえなくその魔獣の爪に吹き飛ばされた。


「チッ、消えろっ!!」


 直後ラントがメルのフォローに入り、その魔族は吹き飛ばされた。しかし、メルは魔族の爪で足を潰されてしまった。


 足を失ったと言うことはつまり、自力で動くことが出来なくなったと言うこと。


「い、痛い、私っ足が!?」

「取り乱すな! 誰でも良いからメルの足を縛ってやれ。撤退して、里の他の回復術者を────」


 辺りを見渡し、他にもう魔族がいなくなったことを確認しながらラントは指示を飛ばした。


 この場で最年長で指揮を執るべきは、ラントになのだ。


「────へぇ、だったら僕が治してあげようか?」


 子供達やメルの命を背負う立場となったこの状況で、ラントの下した判断は『そして生き残った仲間と合流』だった。


 冷静で、無難で、理にかなった判断だろう。ラントは想定外の状況でも、即座にリーダーを買って出て指示を飛ばした。


 これはファインプレーであると言える。


 何が悪かったのかと問われれば、それは運だ。魔王が、生き残っているミクアル兵のうち最初にラント達のもとへ出向いてしまった間の悪さだ。


 ラントは決して間違った判断や行動をした訳ではない。ただ正しい行動をとったとしても、最良の結果を得るとは限らない。


 混乱する子供達を纏めようと必死なラントの前に現れたのは、あどけない表情をした少年。


 彼等にとっては、守るべき無辜の民にしか見えない。


「……子供? 男の子?」

「どうして、こんな所に子供が? 君、こっちに来なさい。ここは危ない」

「うん、分かったお兄さん」


 少年はそう言うと、スタスタとこちらに歩いてきた。


 その周囲に、魔族の姿はない。


「実は僕、回復魔術を扱えるんだ。その娘、治してあげようか?」

「え、あ、そうなんだ。ありが────」


 何故、ここに小さな子供が居るのか。何故、この子は回復魔術を使えるのか。


 ラントは怪しんだが、メルはその少年を信じ、彼が近付くのを眺めていた。


 少年の出現するタイミングといい、場所といい、不可解な点が多すぎる。


 だがラントは幼い少年を疑うことが出来ず、少年を囮とした奇襲を警戒していた。


 ゆっくりと、回復魔術を使うと称したその少年の掌が、メルに向けられ。回復魔術とは明らかに違う、どす黒い魔力の渦が顕現する。


 その子供の皮を被った魔王の狂気に、気付いたのはこの場で一人だけだった────


「危ない、メル殿!!」


 再び、メルは誰かに突き飛ばされた。そして少年が掌から放ったその回復魔術を、間一髪、血塗れた修道服の男が代わりに受けとめた。


「……ぐ、やはり貴様、敵か────っ!!」


 神に仕える身なればこそ、真の邪悪を感じ取る。


 敬虔な信仰者であった司祭は、この場でただ一人、その少年に宿る残忍性を感じ取っていたのだ。


 だが、その代償は大きかった。なんと魔王の魔法が直撃した司祭は苦しそうに呻き、断末魔の声を上げて爆発四散してしまったのだ。南無三!! 


「……えっ?」

「し、司祭ィィイ!!」

「何てこった!! また司祭が死んじまった!!」

「あんまりだ!!」


 突然、目の前で人が爆死する。その衝撃的な光景に、メルは混乱した。


 そして思わずメルは、さっき頭上に落ちてきた大岩を二度見した。


「……えっ?」

「あーあ、残念。きっと、おねぇちゃんが爆発した方が、イイ反応してくれただろうに」


 少年が、つまらなそうにそう言うと。


 次の瞬間、彼から善良そうな雰囲気は霧散し、獰猛な笑みを浮かべ呟いた。


「良いなぁ。ヒトの女の子。殺して剥製にして飾りたいなぁ。操り人形にして、玩具にしたいなぁ」

「……ヒッ、なんだお前!?」

「メル、離れろ!! ソイツはやばい奴だ! 見た目に惑わされるな!」

「っふふ、もう魔族を虐めるのも飽き飽きでね。……決めた、おねぇちゃんは生きてていいよ。それ以外にめぼしそうな人肉は……、うん、より取り見取りにいるね。どれが良いかな?」


 年下の子供にしか見えない、異質な存在。その声を聞き、メルは気付いた。


 この少年はメルに向けて話しかけているようで、話しかけていない。この少年は、相手から返事を求めていない。


 この少年の言葉は、全て自身の欲望が口から零れただけの、独り言なのだ。


「そこの男は、要らないかな。弱そう、面白くなさそう」

「っ!! 逃げてラント兄!」


 少年は腕を軽く振りあげた。詠唱も、魔法陣も何も使っていない。


 それだけで、大地はえぐれ地が裂けた。ラントが立っていた所に、大きなクレーターができる。


 これは、魔法ではない。術式も何もない。ただ呆れた量の魔力を、無造作に放出しただけ。


 それだけで、この少年は人を殺し得るのだ。


「っと、何だよソレ!」

「良かった、無事だったのねラント兄!」


 間一髪。ラントは魔王の放ったノーモーションの衝撃を、戦闘勘だけで回避していた。


 更にラントは大地を蹴って、もう少年に肉薄している。


 実はこの男、フィオがいなければ村長の跡取りの最有力候補であった。その実力は、村の若手の中では頭一つ抜き出ている。


 ラントはただ、面白いだけではないのだ。


「お、今のを躱すのか。弱そうだけど、弱くはないんだな」


 その洗練された動きに、魔王もご満悦。少しは骨がありそうだと、嬉しそうに笑った。


「ラント殿、メル殿。遅くなった、私もここに」

「おお、やっと来てくれたか司祭。メルの足を見てやってくれ、重傷みたいなんだ」

「うむ、任されよ」


 そして、運のよいことに司祭も合流してくれた。メルが自分の足で動けるようになれば、ラントもメルを庇う必要がなくなる。


「……えっ?」

「もう安心召されよ、メル殿。エクス・ヒール!!」


 吹き飛ばされたメルの足は司祭の魔法により、綺麗に傷一つなくなった。


 一方、治療の時間を稼ぐため、ラントは果敢に魔王へ切りかかった。


「ん、さっき……? いやまぁ、いいか」

「子供だって容赦しねぇ! よくもメルをやってくれたな!!」


 司祭を見て首をかしげる魔王の隙を突き、亜音速の踏み込みでラントは彼の首へ斬りかかった。


 魔王とはいえ、人なのだ。彼が命ある人間である限り、首が飛べばむなしく死ぬ。


 里で将来を期待されていたラントの剣は、かなりの業物だった。その切れ味は、鋼をも両断すると言われる。


「ああ、言い忘れたけど」


 だというのに、彼の剣は魔王の首の前でピタリと止まった。首を斬りつけられた魔王は、ラントに目を合わせ嘲笑った。


「僕にはね、生まれつき物理攻撃が効かないらしいんだ」


 直後、ラントは魔王に殴られ吹っ飛ばされた。魔王の首を斬りつけたその剣はボロボロと刃こぼれしている一方、魔王には傷一つついていない。ハッタリの類ではないようだ。


「ああ、勿論だけど僕の攻撃は当たるよ」

「────信じられん、お前さんは本当に人か?」


 その理不尽ともいえる能力に司祭は冷や汗を流し、メルは唖然とした。


 一切の物理攻撃が効かないのであれば、彼と『魔法』で勝負しないといけないということだ。


 ……魔力を放出するだけで里を崩壊させた、異常な魔力量を持つこの少年と。


「人間だよ? ま、普通じゃないのは認めるけどね。さて、次はアンタだご老人」


 この状況に絶望していると、少年は半笑いのまま司祭に向けて拳を構えた。


「老いぼれを虐めても楽しくない、良心が痛んで仕方がない。だからここで、殺すとするよ」


 彼の周囲の空間が蜃気楼のように揺らぎ、おぞましいまでの魔力が噴き出てきた。


 相対するだけで吐きそうな、緊張感。


「分かった、来るが良い。これでもミクアルに身を置いて数十年、既に私も一人の戦士。そうやすやすと────」


 司祭が魔王に対し杖を構えたその瞬間。


 少年は軽く拳を握り締め、次の瞬間に司祭がしめやかに爆発四散した。南無三!! 


「嘘だろ、あの司祭がこんなにあっさり!!」 

「そんな……」

「……本当に死んだんだよね?」


 魔王は爆発四散した司祭を満足そうに眺めた後、ミクアルの子供達に向かい合った。


 皆、幼い少年少女達だ。彼等にはどうすればいいか、どう動くべきか分からなかった。


 彼らはラントに見守られながら、闘いの研修に来ていただけなのだから。


「これで大人はいなくなったかな。さて、次は君達の選別だ。慈悲を求め、僕に気に入られるようなアピールをしたまえ」


 残された子供達に待ち受ける運命は、死か、魔王の玩具か。厳しく理不尽なこの世界には、理不尽が溢れている。


 ……しかし、メルはそんな魔王より、爆発四散した司祭を凝視していた。今度こそ何が起こっているのか確認すべく、少年の話を聞き流しながら司祭の死体を見守った。


 ピクン。司祭の肉片が、小さく動いた。


「……ヒッ!?」

「ん? ああ、君はもう気に入ったから生かしてあげるよ。そこで情けなくへたり込んでいると良いさ」


 ちがう、そうじゃない。メルは魔王の後ろでにょきにょきと集合し、人の形を形成していくおぞましい司祭を見て怯えているのだ。


 司祭、あんたこそ人間なのか? 少年が楽しそうに子供を選別している最中、アルファベットのYの字のポーズを取りながら司祭の身体が形成された。


 なんと冒涜的な光景だろう。


 だが、司祭の行動はそれで終わらない。Yの字のポーズのまま足を動かさず、滑るように魔王の背後へ回り込んでいく。


 音も気配もない、完璧な無音移動。流石の魔王も、司祭に気が付いている様子はない。


 魔王にも、確実に殺したという油断があったのだろう。司祭はとうとう、魔王に気づかれないまま背後を取ることに成功した、


 ……メルはゴクリ、と唾を飲んだ。少年を仕留めるには、これ以上ない好機。


 この機を逃せば、逆転の手筈はない。何とかして司祭を援護できないだろうか。


 そもそも、司祭はどうやって少年を攻撃するつもりだ?


 彼は物理攻撃は無効だと言っていた、それを信じるなら魔法による攻撃だろう。


 とはいえ、詠唱したら間違いなく気付かれるだろう。そもそも、何か魔力を行使したらすぐ気付かれる可能性が高い。


 つまり司祭が選ぶのは、反応しきれないほど出の速い魔法弾!! 


 そこまで考えたあと、メルは行動に移した。


 彼女は攻撃魔法こそ使えないが、肉体強化魔法などは習得している。それを発動し、メルに注意を向かせれば援護になるはずだ。


「我が肉体よ、風を纏いて鋼と化せ!!」

「ん?」


 メルは肉体強化魔法を、なるべく派手に魔力を発散して発動した。釣られて、魔王はメルの方へ振り向いた。


 千載一遇の、好機。


 司祭は、何時の間にやら両手で白い布を持ち、魔王の上から被さるように構えていた。そうか、司祭は魔法弾ではなく窒息を狙うのか。


 わざわざ魔法を発動する危険を冒さず、布で気道を塞ぎ呼吸できなくする算段か。




 ……あの、布。なんか見覚えがあるような? 


「ねぇおねぇちゃん、何のつもりソレ。僕と戦う気?」

「だったら何よ」

「うーん、せっかく生かしてあげるって言ったのに。馬鹿なの? 死ぬの?」

「小馬鹿にされて生かされるなんて、まっぴら御免。私の命は私のものよ、このクソガキ」

「贅沢だね、命より大切なモノなんてないだろ? 僕に歯向かって、君が得るものは何だい? ちっぽけなプライドか? 勘違いした高揚感か?」


 魔王は、完全に挑発に乗った。さぁ、これで気は引いたぞ。


 ロリコン司祭め、とっとと決めろ、その手の布で────っ!! 


 ……ん? 司祭の手に持ってる布。よく、よくよく見たら、もしかしてそれ、嘘だろ? 


 構えた手を片方だけ下ろし、恐る恐る腰に手を当てた。


 無い。それって、さっきまで履いていた、私の────


「君が命を捨てる代償に、得るものは─────」

「私のパンツじゃねーか!!」

「ファッ!?」


 いつの間に私のパンツを盗りやがった、あの変態!!


「ぱ、パンツ得るの? むしろ今まで履いてなかったの?」

「さっきまで履いてたのに!!」

「えぇ……?」


 そして、その隙を逃す司祭ではない。


 彼はズボリとメルのパンツを、魔王の顔におっかぶせた。


 直後、メルと魔王の声にならない絶叫が戦場に響く。


「……」

「……」


 魔王は振り向き、司祭と目を合わせた。顔面に少女の下着を纏ったまま。


 司祭は気安く魔王の肩に手を置いて、グッと親指を立てた。


 ビキっと、魔王の血管が破ける音がした、



 一応言っておくと、司祭の行動にはちゃんと狙いがあった。


 司祭は自らの攻撃魔法ではどう不意を突いても魔王を倒せないと悟り、全力で挑発したのだ。


 そしてその身と命を以て、里の子供達が逃げる時間を稼ぐつもりだった。


 メルのパンツを盗んだのは、死にゆく行きがけの駄賃である。


「あのさぁ」

「ひょ?」


 やがて司祭の狙い通り、魔王の口元が苛立たしげにピクリと歪んだ。彼の全身に、青筋が立っている。


「死んでくれ」


 憐れ、司祭はそのまま断末魔を上げて艶やかに爆発四散した。南無三!! 

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