第52話 落星

※作者注、残虐表現あります。苦手な方は【フィオ視点】読み飛ばしてください。

【魔族視点】


 魔族に、ロルバックという者がいた。


「魔王様、どうかお願いがございます」

「なぁに?」


 彼は竜を宿した魔族であった。


 肩からは翼を生やし、鱗に覆われた筋骨隆々の肉体は剣戟をも防ぐという。


 ロルバックは魔王が少年に殺されてしまうまでずっと、魔王軍の切り込み隊長として働き続けていた。


 魔王が少年に乗っ取られた後も、忠実な僕として働き続けた。。


 それは、彼の種族が『実力主義』でかつ『全体主義』いう動物的な性質を持つからである。


 自分より強い者には従う。そして全体のためならば、命を投げ出すこともいとわない。


 そんな性質を持つ龍族の長ロルバックは、人族の少年に頭を下げ続けていた。


「どうか、魔王様もご出陣を」

「やだ、面倒くさい」


 好戦的な魔族は皆ミクアルを落とすべく出撃していった。


 だがロルバックはグッとこらえ、魔王となった少年に必死で懇願し続けた。


 この少年はやる気はないが、魔王軍の誰より強い。


 彼が参戦ししてくれれば、魔王軍の勝利は揺るがない。例え勇者達が出てこようとも、この少年なら一人で返り討ちにできるだろう。彼は、そう信じていた。


 ただし魔王となったこの少年は、傍若無人に好き勝手に振る舞い、ロクに戦いに参加しようとしなかった。


 それを咎め、食ってかかった魔族はボロ雑巾になるまでいたぶられ、魔王の玩具として扱われた。


 この少年は人族でありながら、弱者をいたぶり快楽を得るという魔族の性質を持ち合わせていた。生まれついての勝利者で、生まれついての人格破綻者。


「このロルバックに出来ることなら、何でも致しましょう。玩具が欲しいのであれば、俺を存分にいたぶっても構わない。どうか、魔王様のご助力を」

「ふぅん」


 ロルバックは、自分たち魔族のため、魔王軍のため、一人頭を下げた。


 本来は蔑んでしかるべき人族の子供に、手を地面について頼み込んだ。


「……つまんないんだよなぁ。覚悟した人間をいたぶってもさぁ。あ、そうだロルバック、君には妻がいたよね?」


 そのロルバックを見た魔王は、加虐的な目でニンマリ笑った。どうやら彼の嗜虐心に火が付いたようだ。


「ソレ、ちょっと僕に貸してよ。何でもするって言ったよね?」


 ロルバックの顔が、ここで初めて動揺を見せた。







「うーん、やっぱ魔族の女にはあんまり興奮しないなぁ。僕、人間だしね」


 ロルバックは、黙って見守った。彼の妻が、人族の少年の玩具となり痛めつけられるその様子を。


 ロルバックの妻は、気丈にも受け入れた。自分が魔王の玩具となることで、彼が戦意を高められるのなら耐えてみせると。魔族全体の為を想い、自己を差し出したのだ。


 それを聞いた少年は、それはそれは楽しそうに彼女の腕を引きちぎった。龍族である彼女の強靭な体を、まるでスルメを裂くかのごとくバラバラに裂いていく。


 辺りには蒼い血の海が広がり、彼の妻は目を虚ろにしながらも、悲鳴すら上げず懸命に、唇を噛み耐えていた。


「ま、魔王様。これ以上やると、妻は蘇生すらできなく……」


やがて妻の生命力はどんどん弱っていく。 ロルバックは呻くように、魔王に嘆願した。


 このままだと妻は失血で死ぬだろう、だからどうかそろそろご容赦を、と。


「それが?」


 ……だが。魔王と呼ばれる少年に、そのような些細なことは関係ない。青ざめたロルバックの顔をニヤニヤ眺めながら、痙攣する彼の妻を地面に落とし、その顔面を踏みつぶしてしまった。ぐしゃりと血飛沫が舞い、呆然としたロルバックの頬を濡らす。


「ねぇ、僕もうコイツに飽きちゃった。そういえばロルバック……」


 機嫌良さげに笑う少年は、彼にあどけなくおねだりする。


「君、息子がいたよね?」



 








 やがて、日が暮れた。


 ロルバックの目の前には、次期頭領として大事に育てた我が子の、その千切り取られた四肢で乱雑に組み上げられたオブジェ。


 顔を踏み潰され物言わぬ骸となった、ともに生涯を誓い合った妻。


 それを楽しそうに眺めながら、魔王は血塗れになって遊んでいた。


「ちち、うえ」


 彼の息子の口から、細い声がこぼれる。それは怨嗟か、懇願か。ロルバックの心境は、如何なるものか。


「なぁロルバック。この血まみれで苦しんでいるかわいそうな子供をさ、殺してあげなよ」

「……魔王様。ど、どうか」

「そしたらさ。僕も出陣するのを、考えてあげてもいいかな?」

「……あ」


 妻は既に死んでいる。ここで拒否をすれば、きっと魔王は闘いには出向かないだろう。それでは何のために妻が死んだのかわからない。


 だが、息子は、我が子は既に自らの半身と言える。自分を継いで一族を纏め上げる、未来への希望なのだ。


「……息子よ、すまん。愛していたぞ」


 ロルバックは、その半生をかけ育て上げた我が子を。血の涙を流し、震える手でグサリと串刺しにした。





「あーあ、本当にやっちゃった」

「……」

「いいねぇ、その顔。んー、僕も高ぶってきちゃったかな」

「……」

「抜け殻みたいだね、いいねぇいいねぇ。ああ、疼いてきちゃった」


 少年は、無垢な笑顔で立ち上がり、大きく一度伸びをする。


「強者は他者を虐げてこそ、生を実感するのさロルバック。ああ、いい気分だ。盛り上がってしまった。これじゃ戦場に行かなきゃ収まんないよ。よかったね、君の奥さんと息子さんの死は無駄じゃなかったよ」

「……。闘って、くださるので?」

「うん、良いよ、戦ったげる。ああ、ミクアルの人達が苛めがいのある連中だといいなぁ。このモヤモヤした欲望を受け止めてくれるような、そんな反応を見たいなぁ。ああ────」


 頬を染めて、ワクワクと何かに期待する少年。魔王は立ち上がり、そして歩き出す。


「楽しみだなぁ」


 それは魔族にとっての闘いの転機となり、人族にとって最悪の顕現となる。


 ミクアルの里へと向けて、魔王が、出陣した────












【フィオ視点】


 さて。


 現在、我が故郷ミクアルの里に魔王軍が攻めてきていて。流星魔法が発動し、王都を直撃せんとしている。


 そんな時、ミクアルの里の(次期)村長で流星の秘術の継承者たるオレは。


「やっぱりユリィの作るブラウニーは美味ぇなぁ」


 自分の部屋でまったりしているのだった。


 オレの部屋には十重二十重に防御結界が敷き詰められ、誰も出入り出来ないようになっている。そして三日分の食料が部屋の中に運び込まれ、アルトが流星を何とかするまで自室謹慎することになった。


 ……何というか、暇です。ユリィが作り置きしていたお菓子をボソボソと食べています。


 自分がゴネたせいでこうなった罪悪感というか、みんなが修羅場ってる時に自分だけ何もやってない焦燥感というか、様々なアレで針のむしろです。


 でも手伝おうにも、攻撃魔法は専門外で役に立てないんだよなぁ。資料を入手できるツテもない。精々、修行から帰って来たアルトが怪我してたら癒してあげられる程度。


 やべぇ。勇者パーティの無能担当とか言われかねんぞオレ。


 まぁ、万一。万一アルトでもどうにもできなさそうなら……。ほっといても流星魔法で死ぬ状況で命を惜しむ意味はないし、秘術使うっていう大事な役割もあるけど。どうせ死んじゃうならアルトだけでも生き残って欲しい感情はある。アルトはオレ以外にも恋人いるし、その人と睦まじく生きていくだろう。


 ……うわぁ、そう考えるとすっごいヤダな。アルト、マジで何とかしてくれよ?




 その日は、アルトが修行に出かけたまま結局帰ってこず。四人娘も忙しそうに走り回っていて、バーディは部屋の外で一日中見張りをしてくれていた。


 そして夜になると、部屋に仕掛けていた防御結界が発動した。オレは即座に飛び起きて、戦闘態勢を取る。


 その後、部屋の外が俄然と騒がしくなり、金属音が響いた。念のため数分の間構えていたが、やがて音は鳴りやんだ。


「……バーディ、どうなってる?」

「起きてたのかフィオ。案の定、裏の連中が襲ってきやがったのよ。だがもう鎮圧しといたぜ」

「そっか、ありがとな。……本当にスマン」

「何だ、らしくねぇな。いつもなら『うるせぇんだよ、音もなく始末しろ』とか文句垂れる癖に」


 戦闘直後であろうバーディは、いつものノリで冗談を飛ばした。


「オレは恩知らずじゃないんでな、義理と人情に生きる清廉潔白なフィオちゃんなんだ」

「性欲と金銭欲に生きるゲスロリがなんだって?」

「……はは。もう寝るよバーディ、おやすみ」

「ああ。あんま、気にすんなよフィオ」


 バーディはオレを、気遣ってくれているようだ。いやアルトや四人だって、一日中オレの為に頑張ってくれた。


 ルートなんか非戦闘員なのに、たった一人でミクアルへ行ってくれた。


 みんな本当に良い奴だ。死ぬのが怖くて、部屋に篭ってるオレは何なんだろう。


 結局その日は、よく眠れなかった。






 次の日。昼前にアルトは帰ってきた。


 部屋の窓から見下ろすと、外の庭で何やかんやと皆が騒いでいた。何やら庭に、四人娘とアルトが複雑な魔法陣を描いている。


 オレはあまり攻撃魔法に詳しくはないが、一応は魔法使いだ。難解なその魔法陣の、その意味の端くれは理解できる。


 相反する属性の魔力をかち合わせ暴走を引き起こし、爆発に指向性を持たせ、ソレを歯車のような回路で威力を増幅させる。


 ……正気の沙汰ではない、あんな複雑な魔法をオレが起動したら、間違いなく制御しきれず周辺を更地にするだろう。


 例えるなら、目と耳を塞いだ状態で平均台の上を全力疾走しつつ、片手で針に糸を通しながら、もう一方の手でジャグリングし、同時に口で長々と暗記した漢文を諳んじるようなものだ。


 そんな馬鹿げた作業、アルトとはいえ本当に出来るのか。まぁ出来るんだろうけど。


 有り得ない難易度の術式を眺めていたら、更にレイが悪ふざけとしか言えないような魔力のブースト機構を外付けし始めた。それにユリィが乗っかって、別の回路で魔法陣を補強していく。


 アルトはソレを満足そうに頷きながら、魔法陣の中心にドサリと腰を下ろし瞑想を始めた。集中力と魔力を高める心算だろう。何せ、あんな術式、少し失敗しただけで王都丸ごと吹っ飛ぶからな。


 ……何でレイはニヤニヤしながら、そんな超危険な回路を弄り倒せるのだろう。そもそも、本気であんな核兵器染みた魔法陣をウチの庭で行使するのか。


 攻撃魔法オタクの考えることはよく分からん。その日は、いつ魔法陣が暴発するか恐ろしくて寝られなかった。






 そして、三日目。昼間だというのに、空には巨大な光が燦々と煌めいているのが見えた。


 あれが、タイムリミットの権現。遂に流星が、王都の目前へと迫ってきてしまった。


 庭を見下ろすと、魔法陣は更に難解になっていた。その術式はオレの理解を超えており、場所が足りなかったのか庭から魔法陣がはみ出して公道にまで広がっていた。


 何だあれ。仮に成功しても、余波だけでこのアジトごと吹っ飛ぶだろ。


 レイとユリィは、その魔法陣の外にやり遂げた顔でぶっ倒れていた。リンとマーミャは、そんな二人を介抱している。


 そしてアルトは一人、庭に座り、空を見上げていた。昨日からアルトの位置が変わっていない、恐らく一日中瞑想していたのだろう。


 奴から、凄まじい魔力を感じる。人間の蓄えられる魔力のその限界を、二回り位超えている気がする。


 凄まじいな。あんな馬鹿魔力を制御できるのか。あの複雑難解な魔法陣に、正確無比に流せるのか。




 やがてアルトが、ゆっくりと立ち上がった。奴の周りに、見ているだけで気が遠くなる魔力の渦が立ち込める。


 そして、詠唱が始まった。













「……ヒヤヒヤするなぁ、本当に。所々、魔法陣が焦げ付いてるじゃねーか」


 その様子を窓から眺めているだけで、冷や汗が止まらなかった。アルトは人知を越えた膨大な魔力を、クモの糸のように正確に魔法陣に張り巡らせている。


 オレでは真似できん。魔力制御には自信があるつもりだが、アルトは本当に格が違う。


 所々魔法陣がショートしかけてはいるが、今のところちゃんと制御は出来ている。アジトの庭全体にに凄まじい魔力が濁流の如く這いまわり、庭の草木がボロボロに舞い上がっている。


 うちの庭をいつも手入れしてくれているメイドさんが見たら発狂しそうな状況だ。


 そして、最後の回路となるアルトを中心とした魔法陣に差し掛かり、アルトが光に飲まれ、



「天元は我の定めに従わん……星砕きスターブレイク!!」



 詠唱と共に、一筋の極光が流星を包み込んだ。人知を超えた、現代の魔術師に出せる最大火力であろうその大魔法は、この庭のみならず王国全体を眩く照らしあげた。


 特筆すべきは、発動した魔法が完璧に制御されているということだ。太古の勇者が失敗したときのように、反動で山が消し飛んだりする不細工な術式ではない。


 指向性を持った魔力の奔流は一筋の光となって、流星と相対した。


 地上より空へ飛ぶ流れ星。アルトの放ったその魔法は、例えるならばそんな大魔法。流星に流星をぶつけたのだ、アイツは。



 そして、その結果。







「────あ」



 その大魔法は、迫りくる流星の外殻の、その僅かな体積が削り取って蒸発した。


 ほんの少し流星は小さくなったが、勢いはそのままにアルトの放った魔法を貫いて、空に妖しく君臨している。




 ────失敗。




 庭を窓から見下ろすと、アルトはドサリと気を失う所だった。無理もない、あんな馬鹿げた魔法を制御したら、誰だってそうなる。


 これが流星魔法。かつて、数多の人族の国を滅ぼした、魔族の究極技法。


 結局、アルトの大魔法は、三百年前の勇者達の迎撃記録の再現となっただけだった。

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