第51話 魔王?

「やめろー!! 死にたくなーい!!」


 誰か助けて、誰か。


 王の要請を両手でバッテン作りながら断ったオレは、その場で守護兵に取り押さえられてしまった。


 そして両手を後ろに押さえ込まれ、その場でジタジタともがいていた。


「勇者フィオ。本当に申し訳ない、儂の頼みを聞いてくれないか」

「とっととオレを放せ!! 間に合わなくなっても知らんぞ!!」

「どうか、その命を王国の為……捧げてくれはしないか?」

「やーめろめろめろやめろめろ!!」

「……勇者フィオ、儂は命令はしない。どうかこの国の為────」

「これ何度断っても同じ選択肢が出てくるだヤツだ!」


 同じ話を繰り返す王へツッコミを入れたら、ガツンと守護兵から拳骨が落とされた。


 酷ぇよこの王様。『断ってくれても良いですよー』的な言い方してたのに、いざ断ったらこの始末だよ。


「良い加減にしないかフィオ殿!! 貴殿は何のために秘術を継承したのだ!」

「そんなもん、ノリと流れだよ!」

「貴殿が断ったらこの国はどうなる!!」

「他のヤツがやりゃー良いだろ、あの魔法を習得するの超簡単だぞ! 魔術の名門のアンタならすぐ会得できるくらいにな」

「なっ」

「どうだ、覚えてみるか?」


 オレの醜態に我慢できなかったのか、貴族の一人が怒鳴りつけてきた。これはチャンス、上手く押し付けてしまえ。


「その秘術はミクアルの管轄だろう! なぜ私が継承せねばならぬのだ!」

「秘術に管轄とかねーよ! そこまで言うならお前は命を捨てれるんだよなぁ!?」

「私はこの国の重鎮だぞ! 私より命が軽い人間がやるべきだ!」

「そんな態度だから! 初代の巫女様の一族は、王国を捨ててミクアルに来たんだぞ!」

「何をでたらめを!! そんな嘘八百を並べてまで命が惜しいか、この臆病者!」

「臆病で悪いか、だったらお前が臆病でないところ見せてくれよバーカ!!」


 駄目だ、話にならん。コイツも自分が可愛いんじゃねーか。 


 王様の野郎、オレが引き受ける前提で考えてやがったな。変に譲歩しまくってたのも、理解のある王として振る舞うための三味線か。


 そうだよな、オレに死ぬよう命令したら勇者パーティにそっぽ向かれる可能性高いしな。俺が自主的に引き受けましたよー、的なアレが欲しかったんだろう。


「……すまん、もう我慢の限界だ」


 その時やっと、後ろから愛しい恋人の声がして。


 ────アルトはオレを差し押さえていた守護兵を吹き飛ばし、王の首に剣が突きつけた。



「ゆ、勇者アルト、何を!? これは反逆……!」

「フィオは王の言葉に従い、秘術の使用を拒否した。ならば話はこれで終わりだ。違うか、王」


 ……うわー、ブチキレてるなアルトの奴。仮にも王様の首に剣をかけるなんて、コイツらしくもない。


「だが! 彼女が引き受けてくれないと、この国の民が!」

「そうか、大変だな」

「何を他人事のように! アルトよ、お主もこの国の戦士であり、この国の民であるのだぞ。迫りくる魔王軍を壊滅させ、我が臣民が助かる術はもはや一つのみ! ともにフィオ殿の説得を────」

「────選べ、王よ」


 周りの貴族がざわめく中、アルトは一歩前に歩む。剣の切っ先が、王の目前へ迫る。


「今、迫りくる魔王軍だけを相手取るか。俺に『魔王』を名乗らせて、二人の魔王を相手にするか」

「なっ、何を」

「このままフィオへ恫喝を続けるなら、俺は魔王となって反旗を振りかざそう」

「アルト殿! 貴殿は、この城の兵士全員を相手取って勝てるつもりか? 貴殿を失うには惜しい、ここはどうかおとなしく────」


 王が剣を突き付けられてなお、強気にアルトを説得した。


 この王様はそんな認識だったのか。オレにここまで強硬な態度をとったのも、アルトをその程度と思っていたからか。


 ……城の兵士だけで、アルトを倒せるわけがないだろうに。それに、


「……アルトがこの国を裏切るなら、ウチも従うし。魔王アルトの幹部になるし」

「わた、私だって! 司祭様ごめんなさい、修道女の立場ではありますが、やっぱり友達が大事です! フィオさんを渡しません!」

「フィオはどーでもいいが、アルトが裏切るならついてくぞ。元々、私はこの国嫌いだしな」

「お父様、すみません。貴族として恥ずべきことですが、今の王には私は従えません……っ!」


 オレ達勇者パーティは、アルトを中心に結束しているのだ。本気でアルトが裏切るなら、勇者パーティも全員裏切るだろう。


 この四人娘だけでこの城の兵全員を相手取れるくらいなのに、アルトまで敵に回して勝てるつもりなのか、この王様は。


「アルト、出口は押さえたよ。退路だっていくらでも用意してある」

「なっはっは。魔王アルト様よーい、いつでも逃げられるぜ。なんなら国王の首だけでも取っていくか?」


 さらにルートとバーディは、王座の入り口の守護兵を転がし、退路を確保していた。……あの入り口の守護兵、倒れる時に一瞬笑ってたな。アイツは飲んだことある奴だし、ワザとやられてくれたのかもしれん。


「ぶ、無礼な。お、おい総司令! 少々こいつらに痛い目を────」

「ひ、ひえええぇ」

「……」


 そんな不甲斐ない状況を見て国王は軍の総司令官に何か命令しようとした。


 ……しかし、その司令官のオッサンは涙目になって首を振っている。


 さんざん戦場で一緒に戦ったからなぁ、あの人。


 最初は『貴様らのような素人などアテにはしない! 我々の邪魔だけはしてくれるよ!』と強気だったのに、共闘を繰り返すたび『もう全部お前らだけで良いんじゃないかな』と目が死んでいった可哀そうな人だ。


 『勇者達パ―ティを敵に回すのは、無謀です』と、オッサンはハンドサインで国王にアピールしている。それを見た国王は、苦々しくアルトにこう答えた。


「わ、分かった。フィオ殿の意見を認める、認めようじゃないか。だから、剣を下ろしてくれないか我が勇者よ」

「それで良い」


 その言葉を聞いて、すっとアルトは剣を下ろした。


 まだオレは周囲を固めてもらってるし、出口を確保した二人も動く気配はないけど、空気は少し軽くなった。


 ここで王様が意地張ってたらこの国滅んでたよな。怖え、ウチのパーティ怖え。


「だが勇者アルトよ、そこまで言うからには他に手があるのだろうな!?」

「無論。この一件、俺に任せて貰おうか」

「む。……分かった、任せよう」


 おお、一件落着しちゃったぞ。


 生き残り!! ゴネ得、ゴネ得!! アルトのことだから、きっと良い考えがあるのだろう。







「御注進!!」


 こうして場が落ち着いた瞬間、バタンと王座の間の扉が開かれた。


 汗を垂らした兵が駆け込んできて、大きく声を張り上げた。


「報告でございます!」


 彼は既に息も絶え絶え、といった様子だ。なんか嫌な予感がする、せっかく生き残ったのにそれがふいになりそうな……。


「確認されていた魔王軍が全軍、戦線を捨ててミクアルの里方面へ進軍しています! 敵の本隊も進軍しており、ミクアルの里と言えど危ないかと」

「何だと?」


 ……ゲ!? 村長のいない隙をついて、ウチを落としに来やがったのかアイツら。


 いや、流星の秘術の継承者潰しか? どっちにしろなんと間が悪い。


「ぜ、全軍で魔族共がミクアルに進軍? ……なるほど。ふうむ、ふむ」


 国王は唸りを上げながら、頭を抱え込んだ。……だが、彼の口元が少しばかり吊り上がったように見えた。嫌な予感がする。


「……ミクアルの里が陥落してしまっては、辺境の民が危なかろう。アルト殿、流星魔法の対策は良いからミクアルへ救援に向かってくれないか?」

「何だと?」


 王は、アルトにミクアルを救援するよう命令を下した。


 ……アルトは流星魔法を何とか出来る、唯一の存在であるのに。


「……王よ、では流星魔法はどうするのです?」

「勇者フィオだけ王都に残り、我が配下に流星の秘術を伝授してもらいたい。家族には厚い援助を行うと約束し、志願してもらう形とする。これならばアルト殿も異論もあるまい?」

「おお、なるほど」


 思ってたよりまともな案が出てきて安心した。


 はぁ、オレが死にたくないって言ったから面倒なことになったな。でもよぉ、そりゃ死んだらアルトがオレを見てくれなくなるもん。嫌なモンは嫌だ。


 ……でも、結局のとこは他の人に代わりに死んで貰う訳だ。うう、自分が嫌になりそうだ。


「……待って、駄目だアルト」

「分かってる。王よ、その提案は断ろう、流星はやはり俺が何とかする」

「……何だと?」


 だがアルトは、何故かキッパリと王の命令を拒否した。


「なぜだ、勇者よ。何が不満なのだ?」

「フィオを一人置いて行ったら、守る人が居なくなるだろ。もう流星魔法は発動しているんだぞ? 今から志願者を募って、伝授するまでの時間があるだろうか?」

「むむ」

「おそらく、間に合わなければフィオに秘術を強要するつもりだろう? 王よ」


 そうか、秘術の継承が間に合わないかもしれないのか。言われてみればオレでも3日はかかったのに、志願してくれた魔導士がオレより少ない時間で習得できる可能性は低いか。


 もう流星魔法が発動しているとしたら、猶予は2日とちょっと。少し厳しいだろう。


「……間に合わなければ、フィオ殿にもう一度説得することもあるだろう。だが、現状それ以上の手はない筈だ。かつての記録では、勇者全員で迎撃しても効果はなかったのだぞ?」

「らしいな」

「ミクアルの救援にも人手を取られたら、上手くいく可能性などない。勇者アルトに流星魔法を任せるのは現実的ではない」


 国王はそう言うと、面倒くさそうに手を振った。


 これ以上ゴネられたくない、という表情だ。


「わざわざ全員ミクアルへ行く必要はないでしょう?」


 そんな折、ルートが突然立ち上がった。


「僕が一人で行きますよ、国王」

「勇者ルート、貴殿が一人でだと?」


 1人でミクアルの救援に行く?


 何を言い出すんだこの鬼畜攻め男の娘は。

 

「その、勇者ルートよ。貴殿が一人で援軍に向かったとて、そこまで大きく戦況が変わるとは思えないのだが」

「僕一人で十分。これまで幾たびも戦いに勝利して来た僕の予知を、お疑いか?」

「だ、だが」

「王よ。これまでルートが自信満々に示した策が外れたことはない。彼は一度ミクアルの里に行った事もあるはずだ、恐らく必勝の策があるのだろう」

「……その提案を断れば、また勇者アルトが魔王になるだとか言うのだろう。好きにしろ、はぁ」


 やがて王様は疲れた顔になり、シッシとルートを追い払うように手を振った。


「疾く、任を遂行せよ我が勇者達よ」

「了解。では王よ、良い旅路を」

「……早く行け」


 不快そうな王のその声に従い、オレは仲間に周りを固められたまま王座の間から外へ出た。


 入り口で待機していたクリハは、何とも言えないような顔でオレ達をそのまま外へ案内した。


「……なぁ、ルート。本当に一人で大丈夫なのか?」

「ああ、僕に任せてくれフィオ。今度は僕が、彼らを救う。……君こそ、よくよく気を付けて。あの手この手で誘拐して秘術を使わせようとするはずさ、あの王は」

「だろうな。フィオは暫く、アジトに籠っていてくれ。レイとユリィは、アジトの結界の強化を頼む」

「任された。私はああいう、保身にしか興味のないゲスが大嫌いなんだ。禁呪を使ってでも返り討ちにしてやるよ、クク」

「うわぁ、頼もしい」


 オレは誘拐されるかもしれないから、暫くアジトに引きこもりらしい。


 レイがやばそうな魔法陣を構築し始めている。オレに放たれるであろう誘拐部隊は、無事に帰れるのだろうか。


「にしても、アルト。君が皮肉とは意外だね、よっぽど腹に据えかねたのかな」

「……まぁな」

「皮肉? なんだそりゃ」


 さっきの場面、アルトって何か皮肉言ったっけ?


「良い旅路を、って奴か。あの王のことだ、今頃は荷物を纏めて逃げ出す準備の真っ最中だろう」

「あー、そういう意味だったのか」


 そんな意味を込めて言ってたのか。

 

「よし皆。今回の勝利条件は、ミクアルの里を守り、流星魔法を防ぎ、そしてフィオを守り抜くことだ」

「おお」

「ミクアルに関しては、ルートに一任する。レイとユリィは、アジトの結界を強化した後、流星魔法を迎撃する手伝いをして欲しい。リンとマーミャは流星魔法の資料を集めてくれ、マーミャは実家を頼って正攻法で、リンは多少後ろ暗いことをしても構わない。古今東西様々な記録を集めて欲しい。バーディはフィオの護衛を頼む。オレは、修行の為に山に籠らせてくれ」

「了解、頼んだよアルト、皆。僕はすぐにでも出発するさ」

「そっちこそ気をつけてな」


 かくして、オレ達の魔王軍との戦いが再び始まった。なお、オレは皆に守られるお姫様ポジションなのだが。


 この戦いが、最後の決戦となるだろう。敵は戦線を放棄して、ミクアルへと押し寄せてきている。魔族は流星魔法メテオで決着をつけようとしているはず。


 つまりここさえ乗り切れば、オレ達の勝利って訳だ。


「この戦い、勝つぞ!」

「「「おおー!!」」」


 俺は、待機だけど。うん、みんな頑張れー。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る