第50話 決心!

 ────恋人の声がする。



「フィオ、起きてくれ」



 甘い恋人の声と戸を叩く野蛮な音で、オレはゆっくりと意識を取り戻した。ううむ、眠い。


 昨夜はあまり眠れなかったし、もう少し寝ていたいのだが。


「────何だよ、今日は休みだろ?」

「すまない、召集だ。起きてくれ、王宮へ向かうぞ」

「ウゲェ……、了解」


 机に突っ伏していた頭を上げると、タラリと涎が垂れた。髪もぼさぼさ、目もクマが出来ているだろう。こんな日に限って招集とはついていない。早く身嗜みを整えんと。


 寝惚け眼を擦りながら、オレはボンヤリと視界を手元へ移し、



『どうだいアルト……、僕のルートソーセージの咥え心地は……?』

『太くて肉汁タップリで……太いッ!!』



「おえぇ……」


 寝起きから凄まじい♂絵面が目に入り、静かに吐づいた。





「王宮から、緊急招集ですか?」

「ああ、マーミャ。とうとう魔王軍に大きな動きがあったそうだ」

「……じゃあ、いよいよ最終決戦?」

「かもな」


 目を擦りながら、朝餉のスープをちゅるちゅると吸う。


 二日酔いとBLショックで頭がグワングワンするので、真剣に話し合ってる皆をオレはボーっと眺めていた。


 回復術師の欠点は、自分が思考力低下してる状態だと使い物にならないことなんだよな、今みたいに。


「メシ食ったら、すぐ行くぞ」

「分かった」


 アルトはそう言うと、黙々とメイドさんが作ってくれた食事を頬張る。むぐぐ、オレも出されたものは食わないと……だが今食べたら吐くかも。もう少し目が覚めて自分を治してから食おう。


「……フィオ? 食べないのか? 何やら顔色も悪いぞ」

「こりゃ二日酔いしてる顔だ、ほっとけ」


 そんなオレを心配そうに見つめている、ソーセージを頬張るアルトを見てほんのり頭が腐る。いかんいかん。











 朝食を食べ終わると、オレ達は馬車に乗って王宮へと向かった。


「どうぞ、謁見の間へお入りください。我らが王が、お待ちです」


 ココに来るのは、何度目だろうか。いつものように澄ました顔でのクリハさんが、オレ達を出迎えてくれる。


 そんな彼女の案内で、オレ達は貴族共のひしめく王座の間の真ん中を歩み、王の前で静かにしゃがみ込んだ。


 するとカツン、と守護兵が槍で床を叩き、王宮が静まり返った。


「よく来たな、我が勇者達よ」


 王が言葉を発したので、オレ達は深く頭を下げた。


「此度の招集は、他でもない魔王軍のことだ。先に精霊術師ルートの予言もあった通り、強大な魔術反応が確認された。何かしら強大な魔術が行使されたのは確実だろう」


 王はそう言って、唇を真一文字に結んだ。


 ……強大な魔術だと? 待て、そんなの聞いてないぞ。


 昨日オレが歌って踊って漫談してる間に一大事になってるじゃねぇか。


「更に、だ。……その魔術は流星魔法である可能性が高いらしい。そうだな、侯爵?」

「ええ、我が魔術の名門たるグレイ家の名に賭けて。その魔術が空を裂き、天を射貫いたこと。術式が100年以上前の古式魔術であったこと。そして、星に関する記述が読み取れたこと。これらを鑑みるに流星魔法に間違いありますまい」

「うむ。とならば、此度の我が頼みの想像もつくであろう」


 しかもすっごく聞き覚えのある魔法じゃねーか。


 嘘だろオイ。何で流星の巫女が生きてるのにぶっ放してきたの魔族共。アホじゃねぇの? そんなに滅びたいの? 


「……勇者フィオ。これは、決して命令ではない。私個人からの、お願いなのだ。このままでは国が亡ぶ。国民たちは皆屍を晒し、この地から人の笑顔が永遠に失われてしまう」


 厳かな表情のまま、王はオレの前へ歩き、膝をついて頭を下げた。どういうことだ? 王の頭ってそうホイホイ下げる物じゃないだろう。万が一にもオレの機嫌を損ねたくないのかね。


「断ったとて、決して恨んだり責めたりはしない。だが、私は私の守るべき民の為、貴殿に頭を下げよう。どうか、フィオ殿の秘術を以てこの国を救ってくれないか」


 いや、そこまで頼まれなくても別にやるけど……。何でそんなに仰々しく頼み込むんだ、この王様は。


 こんな時の為に習得していたんだし、流星の秘術。


 ……さぞ、ちやほやされるだろうなぁ。


 きっと報酬もたんまり貰えるし、オレの名は英雄として伝承されていくことになるだろう。


 これは旨い依頼来たなコレ。徹夜で薄い本書いてて眠い中、頑張ってこんなところまで来た甲斐があった。


 くく、アルトより有名になっちまうなコレは。


「りょ────」

「……待てフィオ、この依頼を受ける必要はない。王よ、口をはさむ無礼を許してくれ。魔族が使ったのが流星魔法であることは確かなのか?」

「王の発言中であるぞ、この無礼者!!」

「構わんよ、続けなさい。勇者アルトよ、魔法を検分したのはわが国で最も魔術の解析に優れたザスト・グレイ侯爵である。恐らく彼の言に間違いではあるまい」

「……で、あらば流星魔法は俺が何とかしましょう、フィオに秘術を使わせるまでもない。俺がカタを付けます、俺が星を砕けばそれで済む話だ」

「勇者アルトよ、すまぬ、その言を受け入れる事は出来ぬ。私は貴殿が非常に強力な使い手であることをよく理解しているよ、だが」


 オレが二つ返事でOKしようとしたその瞬間。予想外にもアルトが王に食ってかかり、オレを庇うように割って入ってきた。


 何なんだ一体。ひょっとしてオレの報酬を横取りするつもりか? そんなことしなくても、言ってくれたらお金なんて幾らでも用意するのに。


「アルトよ、貴殿が星を砕いたとて、飛び散るであろうその破片はどうする? そも、人に星が砕けるのか?」 


 王の言葉に、アルトはウッと言葉を詰まらせる。


「これは、由緒ある歴史書に残された記載であるのだが。迫りくる流星魔法に対し、三百年前の勇者が全員で力を合わせ、反動だけで山が消し飛ぶほどの魔術で流星を迎撃した記録が残っている」


 王はそう言って、静かに顔を横に振った。


「狙い通りに流星へと直撃した、勇者全員による人知を超えた大魔術は、わずかに隕石のハジを割っただけで進路すら変えられなかったという。人が、星を相手取るというのはそういうことだ」

「……ですが!」

「だが、これは千載一遇の好機でもある。勇者フィオが星を操り、魔族領へと流星をたたき込めばこの戦争は人族の勝利ぞ。もう我が民は、魔王軍の暴威に怯えることなく生活できるのだ。分かってくれ、我が勇者アルトよ」

「ぐ、でも、そんなっ……!」


 アルトがすごく辛そうな目でこっちをチラチラ見ている。何をそんなに熱くなってるの、コイツは。


「勇者アルト、貴殿の仲間思いはよく分かる。流星の秘術は、術者の命を奪う事は私もよく理解している。だから私は命令したりはしない。王として、いや一人の人間として頼むのだ。私はこの国が大好きだ。私にはこの国を守る義務がある。どうか、その命をわが臣民の為に使ってくれないか勇者フィオ」


 名声とかを気にしてるのかな? 別にオレがどういう立場になろうとアルト以外を求める気なんてないし、そもそもアルトは現時点で最強の勇者だし。


 軽く国を救ってオレはヒーローになったらお似合い……。


 ……ん? 術者の命を奪う? 


「断ってくれても、恨みはせん勇者フィオ。貴殿の、その心に任せる」

「……フィオ」


 此方をジッと、目を逸らさず見つめる国王。焦燥した顔で、オレを庇うように立つアルト。


 その時、うっすらと亡き父の声と記憶が、フラッシュバックした。






『なぁ、村長。流星の秘術ってもっと真面目に教えなくていいのかよオイ。巫女服しか記憶に残ってねぇぞ』

『本当はいかんが、この秘術には秘伝書もあるし失伝することは無かろうて。後でしっかりおさらいするようにの、フィオ』

『適当だなオイ』

『……お前にこの秘術を教える意義は、秘術の存在が流星魔法に対する牽制となるからに他ならぬ。お前の仕事はこの魔法を使うことではなく、正しい型で後世にまでこの技法を継承させることだ』

『使っちゃいけないの?』

『……術者が死ぬからの、この術。命を賭して初代の巫女様は国を救った、その志には確かに敬意を感じる。だが俺は、家族に国のため命を捨てろなんて言う気はない。フィオ、貴様の命は俺のどんな宝より重いんだ。献身欲にかられ、自己犠牲で死んだりしたら許さんぞ』

『……ふぅん』




 あ、そうだ、確かに村長の奴も言ってた言ってた。


 あの秘術使ったら死ぬじゃん、オレ。


「やめろ、フィオ。やめてくれ、頼む……」

「……ああ、勇者フィオよ。私は強制はしない。死を強制する資格なんてない。だが、だが、私は王なのだ。この国の民の為、貴殿に頭を幾らでも下げよう。靴をも舐めよう、どうか、その命を使って貰えないか」


 成る程、妙にみんな真剣な顔でオレを見てる訳だ。


「……が」


 オレの命で、たくさんの人の命が助かる。


「フィ、フィオ?」

「……すまぬ、聞こえなんだ。その、申し訳ないがもう一度言って貰えないか、フィオ殿」


 オレが死ねば、もう魔王軍の脅威に怯える事のない、平和な世界がやってくる。


 ……オレがこの話を断れば、この国の人たちは皆、隕石により死滅してしまう。


「……だが」

「その、フィオ殿? もう少し大きな声で……」


 答えは決まっている。オレがオレである為に、選ぶ答えに悩みはしない。


 自分の中から湧き出る感情が止まらないのだから仕方がない。


 ……恥ずかしいな、こういうのは。


 柄にもなく照れてしまって、つい小声で返事をしてしまった。


 案の定、王様には聞こえていない。仕方ない、ちゃんと腹から声を出して返事するか。


 オレは腹をくくって顔を上げ、王の顔をしっかり見返して、答えを返した。




「死ぬとか、絶対嫌なんだが……」


 当たり前だよなぁ? 


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