第49話 冒険?


 流星の巫女の伝説を紐解くと、悲恋の物語なのは知っているか?


 お伽話では、流星の巫女が魔族をやっつけて、めでたしめでたしで話は終わっているだろう。


 ……めでたいはずが、あるものか。流星の巫女様は、泣いておられた。


 愛する人と添い遂げられぬ不幸を嘆き、悲しんでいた。


 ゆめ、忘れるな。


 この魔法は決して万能ではない。巫女様の、悲壮な覚悟で成し得た奇跡に他ならぬ。


 後世に伝えて欲しい。あの女性ヒトの想いを。無念を。慟哭を。


 初代の巫女様の、その献身を。人族の未来のため、いやきっと、愛した人に生きて貰うため。


 その身を捧げ成し遂げた奇跡を、我らミクアルが伝承して行かねばならぬのだ。














 流星群を見た後、オレはアルトと別れてアジトに帰った。アルトと並んで帰るところを他の奴に見られたら大惨事になるからな。


 トークショーで一緒だったじゃないかと思うかもしれないが、どうやらMr.ARTがアルトだと四人娘に気づかれていないらしい。


 公的にも、別人扱いで通っているのだとか。


 意味が分からん。


「おかえり、フィオ」

「おおルートか、ただいま」


 アジトに帰った後、オレはルートに挨拶して部屋に戻った。


 ……今日はアルト、誰の部屋に行くのだろうか。いや、気にしちゃダメだ。


 オレはアルトが何処で何をしようと、ただ信じて、騙されてあげる。それがオレに出来る、唯一の心の防御法。


 アルトの一番じゃなくたっていい。オレと居てくれている間だけ、構ってくれればそれでいい。


 ああ、何だ。オレもフィーユ姉のことを笑えなくなったなぁ。



「ただいま」


 着替え終わった頃、玄関でアルトの声がした。奴も帰ってきたようだ、だがオレは出迎えに行かない。


 今までもアルトいちいち出迎えに行かなかったし、玄関には4人娘が押しかけているはずだ。アイツらと一緒に居るのは少し辛い。



 フィーユ、そう言えば言ってたな。男は気が多いものだから、贅沢を言っちゃいけないって。


 自分を大事に思ってくれるなら、他の人に目が行っても耐えてあげなさいって。


 ……辛いな、恋愛って。前世と倫理観が違うから、浮気の文句も言いづらいし。


 今世は多妻の人も割かし多いもんなぁ、貴族とかだいたいそうだし、ウチの村長もそうだし。


 郷に入りては郷に従えと言う。この世界がそういう倫理観なら、オレが我慢しないといけないのかね。


 ……よし、ワインでも飲んで寝るか。酒に逃げよう、そうしよう。バーディのならパクっても文句言われんだろ。


 バーディは伝手で安く美味いワインを大量に買い込んでいるので、わがアジトでは酒には困らないのだ。まぁ酒を飲むのはオレ、バーディ、レイくらいだけど。


 つまみも欲しいな、誰かの部屋にアテがないか聞きに行こう。確かルートの部屋にまだ焼き菓子かチーズがあったはず、ついでにルートにも女装してもらって肴にするか。


 女装したルートなら浮気じゃないし、アルトの機嫌も損ねないだろ。


 丁寧にラッピングされた旨そうなワインを握りしめ、オレはルートの部屋に向かった。


 この胸にぽっかり穴を開けた寂寥を癒せるのは、可愛い女の子か女装したルート以外にあり得ない。


 そんなこんなでオレはルートに着せる私服を見繕い、プラプラと廊下を歩いていると。



「アルト、今日は僕に時間をくれないか?」

「む、分かったルート。シャワーを浴びたら、すぐお前の部屋に向かおう」

「待ってるよ」



 廊下でたまたま、怪しい会話をする二人を目撃してしまった。シャワー……。


 ……あ、そっかぁ。今日はルートの日かぁ。




 知りたくなかったことを知ってしまったオレは、零れる涙を堪えながら、ひっそりと部屋に戻った。


 ─────どっちが攻めなのかなぁ? 









 空のワインボトルが、床に転がる。


「……ダメだぁ、頭がモヤモヤして、苛立ちが消えてくれねぇ」


 アルトは、今何をしているのだろうか。


 ルートにキスでもしているのだろうか。


「────ヤだなぁ。でも、受け入れないと」


 ルートは実際可愛いもんなぁ、オレから見てもそうだもん。ブツが生えてるのが不思議で仕方ない。


「……アルトォ」


 酩酊で眩暈がする。クラクラと精神を蝕む、ルートの顔。


 でも、この感情を抑える方法なんてない。何とかして、自分で心に折り合いを付けないと。


 せめて、何処かに吐き出してしまいたい。何かぶつけるモノが欲しい。そんな、八つ当たり的な思考に陥っているオレに、




 突如、天啓が舞い降りた。




「そうだ、あの手があるじゃないか」


 何故忘れていたのか、似たような悩みを持った人間が身近にいたことを。ルート以外にも、ちゃんと頼れる仲間が居ることを。


 修道女シスターたる彼女なら、きっとオレの相談に真摯に応じてくれる。オレのこのモヤモヤを、全て受け止めてくれる。


 この時はワイン一瓶も飲んで、少し判断力が落ちていたのかもしれない。そのままオレは思い付きの通りに、ユリィの部屋に押しかけた。


 『アレ』を、得るために。


 思い返すととんだ愚行だが、この時のオレには回りなんて見えず、ユリィの部屋へ真っ直ぐ突き進んだ。











 紙と筆はユリィが持っていた。オレは、笑顔の彼女ユリィに頼み込み、借り受けることが出来た。


 ……オレの悩みを打ち明けると、修道女は優しく明るく受け止めてくれて。


 そして喜んでと、大切な宝物である『例のブツ』を貸し出してくれたのだ。


 机の上に置かれている、ユリィから借りたモノ。


 ────「ひと夏の淫夢・男色勇者編~アルト×バーディ~」





 まさか、またこの魔本を開くことになるとは思わなかった。


 クリハはバーディの男色を受け止めるため、丹精込めてこの本を執筆したという。ならばオレも魔本を精製すれば、アルトとルートの情事を受け止められると考えたのだ。


 ……とは言え、オレは今世でロクに絵を描いたことは無い。前世の引きニート時代に培った、パソコン作画の知識が有るだけだ。この世界の筆を用いた絵なんて描いたこと無い。


 だが、だからこそ。ジックリ作業に没頭し、モヤモヤを晴らすことが出来たのだろう。


 初めての同人活動。初めての薄い本作り。


 姿勢を正し、クリハ本おてほんを参考にしながら、オレの冒険どうじんは始まる。


 その日オレは寝ることを忘れ、夜が明けるまでルート×アルトBL本の精製に勤しむ事にした。


 額には汗が滲み、指には墨がこびりつき、机には所々に墨の零れた痕跡が残る。


 そんな過酷な執筆環境の中、オレは実物アレを思い出しカリカリと静かにアルトのブツをデッサンしていく。


 どれだけの時間、没頭していただろうか。


 朝日が差し揉む時間、最後のスジを書き込んで原稿は出来上がる。とうとう、オレはやり遂げたのだった。


 目の前には、ルートの巨大なブツを頬を染め受け入れるアルトの絵。我ながら、渾身の作画だと思う。あまりの威力に吐き出しそうだ。


 最後の見開きにペン入れが終わり、作業が終了して。日が照りつける中、かすかな達成感と心地よい微睡みに誘われ、オレは机の上で意識を手放した。



















【アルト視点】

「ルート、部屋に入るぞ」

「うん。ゴメンね、夜遅く呼び出して」


 ステージが終わり、司会としての仮面を脱ぎ捨てた俺は、何処か哀しそうなフィオと共にアジトへ帰った。


 最近フィオは、寂しそうだ。父親が死んでしまったからか、はたまた他に何か悩みがあるのか。無理に問いただすのは良くないが、だからといって無視はできない。


 ゆっくりと、話してくれるのを待つしかない。



 フィオのことを気にかけつつアジトへと戻ると、俺はルートに声をかけられた。


 真剣な顔だった。バーディと違い、ルートのことだから重要な話なんだろう。






「結論から言うよ。魔王軍の動きがキナ臭い。おそらく、明日くらいから動きを見せるだろう」

「本当か」

「うん、精霊の言うことだから信頼度は高いと思う」


 俺はゴクリ、と唾を飲みこんだ。また、戦争が始まるのか。


「それと、強大な魔法の予兆かもしれない、魔力の渦も確認された。魔王軍の仕掛けと見て間違いないだろう」

「遂に魔王軍が、全面攻勢に出て来たわけか」

「その認識で良いと思う。ここまでは王様にも報告してるよ。……ここからは、内緒の話」


 ルートは声を落として、耳打ちするように俺の耳に囁いた。


「流星魔法かもしれないんだ、その魔法」

「────何だと?」

「あの魔力の渦が魔法だとしたら、明らかに空に向けて放たれている。あんな大規模で、空に打つ魔法は流星魔法メテオくらいしかない。────フィオには内緒にしておいてね」

「む、何故だ?」

「ああ、アルトは知らないのか。フィオは流星の秘術の継承者なのさ。流星の巫女フィオは流星魔法を操れて、弾き返せるんだよ」


 ……いや、説明されるまでもない。フィオの立場については、もう知っている。ミクアルの里で話は聞いていた。


「だったら尚更、話しておいた方が良くないか?」

「ただの憶測だからね。もし本当に流星魔法メテオだったとしても、発動から隕石が引き寄せられるまで3日はかかる、慌てる必要はない」

「そうか。ではわざわざ内緒にしておく理由は?」

「────それだけどね、流星魔法の術者は……」











 重要な話を教えてくれたルートにお礼を言い、俺は部屋を出た。


 ……ルートから聞かされた話は、思ったより深刻だった。流星の秘術に、そんな秘密があったとは。成る程、フィオに聞かせられない訳だ。


 流星魔法であることは考えず、その他の大魔法だと想定して動いておこう。ただでさえ弱っているフィオに、これ以上負担はかけられないからな。


 ……にしてもフィオは、何を悩んでいるのか。俺では相談相手足りえないのだろうか。









 その、翌朝。早朝、剣を振り鍛錬していた俺は、ゴミを見る目でクリハに王宮へと呼び出された。


 曰く、何か魔王軍に動きがあったらしい。ルートの予知通りに。


 俺は身支度を整え、フィオを起こしに向かった。


 流星魔法の話を彼女にしておくべきか、否か。俺にはその判断が出来なかったが、ルートの話を聞いて無性に彼女に会いたくなったのだ。


 起こしに行くことを口実に、フィオを愛でたいという下心もあったかもしれない。


 フィオの部屋をノックし、外から呼びかけてみる。気配はあるのだが、返事はない。まだ眠っているのだろう。


「開けるぞ、フィオ」


 朝から王宮へ呼び出しもかかっている、起こしてやらねばならない。


 俺は彼女の部屋に入ると、


「おーいフィオ?」


 フィオは、机の上で突っ伏していた。


 何か作業をしていたのであろうか、近づくと彼女の腕は黒く汚れ、机には本が置かれていた。


 きっと魔本の解読でもしていたのだろう。この世界の魔術書は難解で、読むだけでも精神をすり減らす。自分に必要な部分だけ解読しメモしていくのが、この世界の主な魔本の読破法なのだ。


 勉強熱心だな、彼女は。昨日のトークショーで疲れていただろうに。フィオは不真面目に見えて、意外に勤勉なのだ。


 そういえばレイの黒魔術書に興味があるって言ってたような、きっとその本を……。





『良いのか? 僕の股間の怪物が鎮まる頃には、君のケツに赤い薔薇が咲いているぞ?』

『大丈夫だルート……。俺のケツは強靭だ、安心してその男の娘キャノンを解放すると良い』





 俺はフィオの机の上の本をうっかり確認してしまい、無言で部屋の外に出た。


 ……腐ってても、フィオはフィオ。可愛い恋人だ、多少の欠点は受け止めてやろうじゃないか。俺だってフィオに劣情を抱くんだ、フィオだって邪なことを考えていても気にしない。


 フィオの股間からアレが生えてくる現象よりずっとマシだ。


「おぅいフィオ、朝だぞ」


 頭にこびりついた濃厚♂な絵を忘れようとしつつ、俺は改めて部屋の外からフィオに声を掛けたのだった。

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