第48話 流星?

【魔族視点】

 王国より遙か彼方、魔族領の奥深く。


 薄汚ない陣地の中、魔王軍の重鎮メンバーが、如何に人族を滅ぼすかを話し合っていた。


「魔王様、この好機を逃すべきではないと存じます」

「ミクアルの長の死は、確かな様子」

「更に流星の巫女は失踪しているとの噂。今こそ、好機ではありませんか」


 会議に参加している魔族達は口々に、それぞれの種族の長である。当然、彼等はその立場に恥じぬ実力を有していた。


 そんな怪物達の不平を聞いているのは、齢は10を越えぬだろうという、眠ぼけた顔の童であった。幼さの残る顔付きの少年へ、異形の怪物は猛り詰め寄った。


「……で?」

「今こそにっくき人族を、根絶やしにしましょうぞ!」

「僕も人族なんだけど?」

「魔王様はもはや魔族でございます」

「……まぁ、それは良いけど。僕は賭けギャンブルにしても分が悪いと思うな」

「ですが……」

「まぁ、大口叩いてたあのデカオークが死んじゃって、焦る気持ちは分かるけど」


 魔族に詰め寄られた幼い少年は、傍らの魔物を意味もなく足蹴にし、嘆息した。


「でもさ、流星魔法メテオはないだろ。カウンターされたら魔族領はズタボロになるんだろ?」

「無論、リスクは承知の上。ですが今以上の好機は……」

「流星の巫女以外に、流星を操る秘術の使い手はいないのか? そもそも、巫女は本当に失踪しているの? 失踪していたとして、人類滅亡の危機に対し姿を現さないと断言出来るのか?」

「ですが、それでも。一発逆転を狙う策としては、これ以上はないかと」

「────まぁ、どうしてもやりたいなら止めないけど。君らが滅ぼうと、僕には関係ない。いざとなったら、お前らに捕らえられた憐れな子供を演じるだけ。保護された人族として、平凡に生きるとするさ」

「……お戯れを。魔王様が人族として生きていける訳がないでしょう。兎も角、止めないと言うことはご賛同頂けるのですね?」


 その魔族の説得に、魔王と呼ばれた少年はふわぁ、と欠伸で返事をする。


「好きにすれば?」

「ふむ、ご了承頂けたと。では、戦の準備をして参ります」

「戦の準備?」

「流星魔法を使う前に、秘術を継承している者のいる可能性があるミクアルを奇襲致しまする。ミクアルを落とし憂いを除いて、万全の状況で流星魔法を発動しましょう」

「あー、良いんじゃない? 今なら楽に堕とせるでしょ、ミクアル。ただ、襲撃と流星魔法の発動は同時が良いと思うよ。勇者共がミクアルに派遣されたら、お前らだけで勝てるの?」

「む……」

「流星魔法で国がもたついてる隙に、ミクアル攻め落とす方が分の良い賭けになる。自分が死ぬかもしれない時に、勇者をミクアルに派遣できるほど度胸ある男じゃないしね、今の国王」

「……了解しました。では、そのように」

「頑張ってね」


 少年は心底どうでも良さそうに、手をヒラヒラと振って出て行く魔族を追い払った。


 部屋に残ったのは、僅かな穏健派の魔族と、その長である魔王のみ。


「はぁ、本当馬鹿ばっか。そりゃ魔族が毎回負けるわけだよ」

「魔王様。今回は、我々が勝ちますよ」

「まぁ流星魔法メテオが通れば勝てるだろうけどね。本当、バッカだなぁ」


 短い黒髪を切り揃え、貴族の幼い嫡子と見紛うその風貌に、似合わぬ大きな肩幅のマントをだらしなく羽織ったその少年は、呆れたように呟いた。


「そんな分の悪い賭けをするより、この僕に本気で闘うよう説得した方がずっと効率良いのに。流星魔法メテオなんて分かり易い力に頼りたがる、それが魔族の愚かな所だな」

「魔王様。ならば何故貴方は、本気で闘ってくださらないのです?」

「だって、そりゃ理由もないしね。あーあ、こんなことなら────」


 ぐしゃり。機嫌悪そうな声をだし、少年は話し掛けてきた魔族の足を踏み潰した。悲鳴を上げる穏健な魔族を尻目に、つまらなそうに少年は嘆く。


「────魔王なんて、殺るんじゃなかったなぁ」


 ひょんな事から魔王となる事を押し付けられた少年の、怠惰で憂鬱な日々は続く。











【フィオ目線】

 結局アルトの言う「兵士達の相手をしてくれ」とは、つまりオレにトークショーを開いてくれという意味だったらしい。


 兵達の慰安として、旅芸人の舞台は定期的に開かれている。


 しかし今回、芸人の体調不良により急遽開催できなくなり、暇そうなオレが呼ばれたそうだ。


 緊急依頼ということで報酬はタンマリ貰えたが、勇者パーティの1人を見世物にするなよ。


 一応この国で最高の回復術師だよオレ? もしかして回復魔法が使える芸人と認識されていたのか? 流石に凹むぞオイ。


 とは言え、依頼されたからにはキッチリやり通すのが筋だ。何をすれば良いか分からないなりに、場を盛り上げようと色々頑張った。


 その結果、トークショーは大盛況で終わることができた。


 流行の歌を歌わされ、漫談させられ、一日中見世物にされたけれど。厳しい戦いに身を置く兵士連中が喜んでくれたなら、オレの羞恥心という犠牲も報われるだろう。


「ふぃー……。疲っれたぁ~」


 そんなこんなで1日喋り通したオレは、幕舎に戻った後、グデーとソファに倒れ込んだ。


「フィオ、素晴らしいステージだった」

「うるせー。なんで依頼の内容を正確に伝えないんだお前は。こんな大人数を前に歌わされるなんて聞いてないぞ」

「む、すまん」


 無責任な謝罪をしながらポリポリと頬を掻く、想い人アルト。こいつ、どうしてくれよう。


「もう良い、とっととご褒美くれ」

「ご褒美?」

「……早くしろよ」


 ……ここまで身体を張ったんだ。相応に貰うモノは貰いたい。目をつぶり、奴を待つ。


「────あぁ。分かった、分かった」


 アルトはそのまま唇を重ねてくれた。今、この瞬間だけは、アルトはオレの恋人だ。 


 その唇の感触を確かめながら、そのまま微妙にオレのイヤラシい部分へ動くアルトの右腕を、少し切ない気持ちで見送った。


 本音を言えば、キスだけが良かったな。別に触りたいならそれで良いが。


 ただ、ココは壁の薄い幕舎テントだ。人の耳もあるし、本番は出来ないぞ。 


 そう注意しようとしたが、流石にその辺の良識はあるらしく、アルトは服を脱がそうとはしてこなかった。


「……ん」

「声、出すな。力抜いてろ?」


 それでも奴の右手は、存分にヤンチャで。前から疑問だったのだが、人に見せつける趣味でもあるのだろうか、アルトは。何かと羞恥を煽るプレイが多い気がする、股開かせたり空飛んだり。


 アルトが好きなら付き合うけども。






 夜。会場には人っ子一人いなくなり、アルトは満足したのか、くたくたになったオレを解放した。


 そしてオレはアルトと二人並び、アジトへのんびり帰っている。1日喋り通しだったので話をする気が起きず、帰り道は静かなものだった。


 もうすぐ、アジトに着く。アジトへ戻ると、オレとアルトの時間は終わり。散々今日は一緒に居てくれた、だからきっと今夜は、別の女の部屋に行く日。


 今までもオレの部屋に来ない日は、別の女性ヒトの部屋に行っていたのだろう。それが誰かは分からないし、知りたくもないけど。



「お、空見ろよフィオ」



 ふと。アルトは呟くように、オレの隣から静かに語りかけてきた。


「何だ?」

「流れ星だ」


 その言葉につられてアルトと同じ様に空を見上げる。そこには一筋の光の線が、夜空に余韻を残してうっすらと消えていた。


「また、流れたな」

「ああ、オレも見えたよ」


 頭上に輝く流れ星は、一筋縄だけで終わらなかった。次から次へと、星が燦めいていく。


 流星群、と言うのだろうか。この世界にも、そういうのがあるらしい。


 幾つもの流星が夜空に現れては消え、現れては消えた。


「綺麗だな、フィオ」

「そうだな」


 流れ星は、地球の大気層に突っ込んできたデブリがその正体だったっけか。僅かな期間だけ輝き、その代償として燃え尽きる、宇宙に漂う塵芥。


 でも、その燃え尽きる僅かな時間だけ、夜空のどの星よりも目立ち、輝く。


「オレ、流れ星、結構好きだわ」

「ほほう、フィオは案外ロマンチストだな」

「まぁな」


 アルトが見てくれている時だけ。オレは、アルトの恋人で居られる。


 夜空に輝く星々より、ずっと小粒で、ずっと脆い流れ星は。


 誰かが見てるその時だけ、主役になれる。


 それは、まるで────


「そうか。オレは、最初からそういう立ち位置だったな」

「……いきなりどうした?」

「こっちの話だ」


 物語の主役は、アルト。


 そして、オレは沢山居るヒロインの一人。


 元々、オレに女性らしさなんてなかった。男みたいな自意識で、好き放題やっていた路傍の石。


 そんな塵芥みたいな奴が、ちょっと地球アルトに近付き過ぎて、舞い上がって眩く光っている。


 ────流星の巫女、か。言い得て妙だな、オレを指す言葉としては。


「……まだ、元気がない理由を話してくれないのか。フィオ」

「────ん、すまん」

「分かった。待とう」


 言える訳がない。きっと、言ってしまえば、オレは恋人じゃかくなってしまう。


 今のままで良い。騙されていたとしても、やがて燃え尽きてしまうとしても、アルトの隣にいたいから。


 アルトの1番でなくても良い。オレが隣に居る時だけ、1番に見てくれればそれで良い。


 所詮、オレは、


 ────サブヒロイン、なんだから。

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