第44話 依存?
【アルト視点】
「おい、アルト。お前、今度はフィオに何やった?」
「む。バーディ、どうかしたのか」
「どうかしてるだろ。何だコレ」
朝一番、気持ちよく眠っていた俺は粗暴な男の声でたたき起こされた。
まだ早いのにバーディが訪ねてきたらしい。どうしたのだろう。
「フィオは、いつも通りに見えるが」
「これがいつも通りって、目玉腐ってんのか? つか、お前にかかったらフィオすらこうなるのか。正直戦慄してるわ」
バーディは頭痛を堪えるように、ベッドに寝そべる俺を見下ろしていた。
えっと、昨夜は何があったんだっけ。
たしか王都に戻った俺はまず、コボルト戦の後始末をルートと、バーディに投げしたことを詫びた。
ルートは笑って許してくれたのだが、バーディは金銭を要求してきたっけ。
その後、部屋に戻るとベッドが既に膨らんでいて……
「……んー、朝かぁ? アルト、どこ?」
「俺はここだ、フィオ。バーディが来てるから、布団から出て来るなよ」
「ん、りょーかい。まぁバーディに裸見られるなんて今更だが」
「俺が妬けるんだ」
「ふふ、そっか、アルトが妬いちゃうかー。ふ、ふふ」
「お前ら人の話聞いてる? 殴るよ? 突くよ? 神域と呼ばれた俺の槍技、受けてみる?」
そのままフィオと一晩を明かし、素晴らしい朝を迎えることができた。
バーディさえいなければもっと良い朝だったのに。フィオはまだ服すら着てないんだぞ。
人の幸せを邪魔して、何のつもりなんだ一体。
「とっとと起きて着替えろ、昼から連携の訓練だって言ったろーが! 昨日!」
「昼からだろ? まだ朝だぞ」
「アルトを起こしに行こうと四人娘が睨み合いを始めたんだよ! だから公平を期して俺が来たんだ。俺以外が起こし役なら死んでたぞお前ら」
「お、そうか。ご苦労だバーディ、そのままもう少し誤魔化しておいてくれ。オレ、アルトともう少しこうしていたい」
「良いから起きろやゲスロリ。この光景を四人の誰かに見られたらパーティ崩壊だからな?」
おお、バーディのやつ、俺達の関係をうまく誤魔化してくれていたのか。
確かに、今の姿は他の仲間には見せにくいな……。
「いやな予感がしたから、俺が強引に起こし役を買って出たんだ。まごまごしてると、誰か来るかもしれん」
「大丈夫だってー、アルトもお寝坊な日くらいあるさ」
「大丈夫な訳があるか!」
フィオは布団の中に隠れながら、甘えた声ですり寄ってきた。
……可愛いな。
「だんだん腹立ってきた。おいクズロリ、布団ひっぺがされたくなけりゃ今すぐ────」
「アルト様ー、まだでしょうか?」
噂をすれば陰。
待ちきれなくなったのだろうか、ユリィの声と共にドアがノックされた。
「おぉーう!! ユリィ嬢ちゃん、まだ開けないで欲しいかなぁ! アルトは着替えの真っ最中で全裸なんだぁ!?」
「ぜ、全裸ですか!? は、はい分かりました……アレ? だったらバーディさんは何で出て来ないんですか?」
「俺はアルトの着替えを手伝ってるんだぁ!?」
「着替えを手伝ってるんですかぁ!?」
……おお、バーディが必死の顔で誤魔化してくれている。思った以上に、真面目に協力してくれているようだ。
「ぜ、全裸のアルト様と、その着替えを手伝うバーディさん。え、え、ソレって、ソレってまさか!?」
「アルトの着替えを手伝うのは俺の日課なんだぁ!? この事は内緒にしておいてくれると助かるなぁ、ユリィ嬢ちゃん!」
「は、はひ!! え、わ、ひゃ、ごゆっくり、どうぞごゆっくり!!」
バーディの懸命な説得により、部屋の外のユリィの気配が離れていくのが分かった。ただ、嫌にカクカクとした動きで遠のいているが、何故なのだろう?
「よくやったぜバーディ。……アルト、そろそろ起きなきゃだなぁ。寂しいから、キスして」
「あぁ。目を瞑れ、フィオ」
「ぶっ殺すよ? マジでぶっ殺すよ? 良いからとっとと起きろやバカップル!」
むぅ、空気の読めない男だ。今からキスをするんだから、静かに退室しておいて欲しいもんだ。
……結局俺は、バーディに急かされるままに床を離れ、居間へと向かわされる事になった。フィオは、自室に帰って身体を清めて来るとのこと。
部屋に戻るフィオは、どこか切なそうに此方を見ていた。胸が痛い。
うーん、やはりコソコソとするのは性に合わないな。兵士達には内緒にして、パーティメンバーには俺とフィオの関係を話しておくべきだろうか。
フィオは嫌がっていたけれど、俺は皆の前で堂々とフィオを愛でたいな。
「はい、皆集まって!」
ルートが号令をかけると、仲間達が戦闘姿でアジトの庭へ現れた。
「……おー」
「だっる……」
本日は、パーティの連携訓練の初日。バーディやルートが綿密に計画を練っていたようだが、俺は忙しくてあまり関われていない。
どんな訓練になるのだろう。
「お前ら、良く集まってくれた。今日はいよいよ、連携訓練の初日だ。教導役は俺、バーディが執らせてもらう。コンビネーションは仲間の生死を分ける重要な技術だ、気合いを入れて臨んでくれ」
「なお、訓練内容は僕と協議して決めてるよ。いつものバーディの悪ふざけではないから安心して欲しい」
バーディとルートは、庭の中央に立って訓練の説明を始めた。
彼らの回りを囲うように、俺達は体育座りして話を聞いた。
「連携訓練には、基礎編と実戦編を用意している」
「基礎と、実戦?」
「ああ。まず基礎としてフォーメーションの形を固めるつもりだ。今は前衛、後衛で別れて闘ってるだけだし」
まず、陣形の見直し。
今まで俺達は、適当に前後ろに別れ戦っていただけだった。
勇者の力が強すぎてそれでもうまく行っていたが、前回は奇襲に対応できずフィオを守れなかった。
「輪形陣、魚鱗陣に雁行陣など王都軍の陣形を参考に、フォーメーションを考えるぞ」
「コレばっかは実際にやってみないとシックリ来ないからな。意見があればドンドン出してくれ。全員が動きやすい陣形を作り上げる為にもな」
なので、全員がそれぞれ何かあってもフォローできるような「布陣」をあらかじめ決めておくのだ。
そうすれば、咄嗟の状況でも対応しやすいだろう。
「2つ目の実戦編はアドリブ連携の練習だ。毎回ちゃんと陣形が組めるとは限らないから、咄嗟でも連携を取れるようにする」
「やり方は、クジで半々に別れて、フォーメーションをアドリブで組む。戦場で常にフルメンバーなんて有り得ないし」
「クジを引いた後は、別れて即座に戦闘開始、前相談はなし。奇襲された想定での訓練だからね。そして、決着がついた後にミーティングを行って反省点を洗い出す。これで訓練終了だよ」
……おお、随分と実戦的な訓練だな。
確かに効果がありそうだ。
「質問や意見のある奴は居るか?」
「フォーメーションを増やすって言ったって、その仮想敵は? でけぇやつと、対軍団では話が変わってくるぞ」
「仮想敵は今日のところ、対軍団を想定してる。強敵相手のフォーメーションも作る予定だけどね。他は何か、あるかい? ……なさそうだね。じゃ、始めようか」
こうして、バーディーとルートの主導による、勇者パーティー初の連携訓練は幕を開けた。
「ふー、良い汗かいたな」
連携訓練は、つつがなく終わった。反省会も含め、非常に充実した1日だった。
俺は今日の訓練の出来事を反芻しながら、身体の汗を流しに水場へ向かっていた。
『おっしゃ指揮役はオレだ! リンは右の樹上に陣取れ、マーミャはオレの正面な!』
『……む、了解』
訓練ではチーム分けで、フィオが敵に回ることとなった。やりにくいったらなかった。
フィオはやはり頭の回転が速い。マーミャやリンに的確に指示を飛ばし、即席チームの中では一番連携が取れていたように思う。
指揮の内容は、奇抜で独特。少し空回りした指示もあったけど、十分に彼女の描いた作戦は機能していた。
フィオは戦術書を読んだり指揮官訓練を受けていない筈なのに。俺は王都に来てから、何冊も兵法書を暗記したというのに。
これが才能の差、という奴なのか。
そんな、俺に沸いた僅かな嫉妬心は、反省会の場でチラチラと俺を見ながら『誉めて誉めてオーラ』を出していたフィオの愛嬌で全て消し飛んだけど。
その場で抱きつきそうになった。危ないからそういうの止めて欲しい。
「お疲れ、アルト」
「ルートか。すまんな、連携訓練のこと任せきって」
「良いさ。戦場では何時も、アルトに負担をかけてるからね。せめて日常くらいは、僕達を頼って欲しい」
そう言ってルートは笑い、俺の隣で服を脱ぎ始めた。彼も、今から汗を流すようだ。
「今回の訓練は、とても実のある内容だった。ありがとうルート」
「それ、バーディにも言ってあげて。彼にしては珍しく、真剣に取り組んでたから」
「だな。……なぁ、ルート。バーディは、フィオのことが好きなのだろうか?」
「それは、女性として? だったら、それはないと思う。でも、人間としてって話なら、バーディはフィオに惚れ込んでるんじゃないかな」
「……理由は?」
「彼が好意的に接してる胸の慎ましい女性は、それこそフィオだけさ。強いトラウマがあるらしいのに、それに打ち勝つほどには好きなんだろう。だからあんなに真剣に、訓練に取り組んだんでしょ」
……そうか。バーディは俺達パーティが結成して以来ずっと、馬が合ったフィオと連んでいるんだっけか。
「何だかんだ、あの二人は仲が良い。戦場でも、彼等だけは阿吽の呼吸で動いていたし。男女としても、今は意識してないだけでちょっとしたきっかけで……、なんてこともあるかもね」
「それはない」
「……なんで断言?」
何故なら俺が、そんなことは絶対に許さんからだ。
「奴にこの間、水商売の店に連れて行かれ散々に愚痴られたよ。貧乳の女の責任を取らねばならないと」
「……クリハの件か。そう言えばそうだったね」
ばしゃり、と水の音が響く。ルートは衣を1枚も纏わぬ姿で、髪を水で濡らし目を細める。
何でこんなに色っぽいんだこの男?
「ねぇ、アルト。話は変わるけど、あの噂は本当なのかい? 王宮では既に結構広まっていたけれど」
「あの、噂? すまない、なんのこおだろうか」
「君が恋人と婚約するという話さ。アルト達は隠したがってるみたいだけど、メイドの一人に会瀬の瞬間を見られてたようだよ」
……な!?
そんな、馬鹿な。俺とフィオの関係は完璧に隠蔽しているはず!
追跡者が居ないことは何度も確かめた。なのに、何故フィオとの関係がもう王宮で広まっているだと?
ならば、誰かが漏らした以外に考えられない。俺と、フィオの関係を知る人物、そして王宮に勤める人物が────っ!!
────あの、メイド!!
「……ルート、隠していて悪かった。だが、その噂の出所が分かるか?」
「え、えっと。ゴメン、王宮のメイドさん達が普通に話してるのを聞いただけさ」
「そうか。その噂は、どれくらい広まってる?」
「……多分、まだ城全体まで広がってると思うよ。兵士達には広まってるっぽい」
あわわ。
「そうか。コレからは夜道に気を付けねばならんな……。念のために、抜刀したまま城内を移動するのも手だな」
「それにしても、意外だったね。いや、剣士同士通じるところがあったのかな? 興味本位で悪いが、話してくれないかい?」
脂汗が額に滲む俺とは裏腹に、涼しそうな顔のまま流し目で悪戯っぽく笑うルートは、華奢なその腕を布で拭きながら爆弾を落とした。
「君が、マーミャを選んだ理由をさ」
「……は?」
俺はどうやら、知らないうちにマーミャと浮気をしているらしい。
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