第42話 新技!

 それは本当に、衝動的な行動だった。


「アルト、コボルトたちは撤退を始めているよ。追撃をかけるかい?」

「……必要ないだろう、リスクと釣り合わない。市民の安全確保を優先しよう」


 王都の北に現れたという、コボルトの群れ。こいつらの撃退に、あまり時間はかからなかった。


 コボルトリーダーは確かに動きが早かったけど、バーディが足止めしてくれたので一撃で斬り伏せた。


 リーダーを失ったコボルトたちは、我先にと逃げ出し始めた。そんなコボルトの残党を、丁寧に葬り去っていた時。


 

 ────フィオが傷つきそうな、そんな気がした。



「すまないバーディ、用事が出来た!!」

「ちょ、アルト? どこ行くんだお前!」


 もうこの周辺は安全だ。俺がいなくても、何とかなるだろう。


 それより今、彼女の下に駆けつけないと取り返しがつかない事になる。


 ……そんな、気がした。


「すまない、戦後処理も任せる!」

「……え、ちょっと!? まさかアルトお前、マジで戦線離脱するの? じゃあ俺も書類仕事やるの!? 俺もうボインな店を予約────」

「任せた!!」

「ちくしょおぉ!!」


 いつも書類仕事をサボっているバーディなら、仕事を押し付けても罪悪感はない。


 俺は一心不乱に、勇者の勘に従ってフィオの気配がする方へ駆け出した。


 この方向は……フィオの故郷、王国不干渉のミクアル自治区域だったか。 


 こういう勘は、今世では絶対に外れないのだ。きっと今、フィオが困っているに違いない。ならば、俺が駆けつけない理由はない。


 風を切り、空を翔け。俺は一筋の矢の如く、彼女の元へと疾走して。


 数十里は駆けただろうか。辿り着いた先にフィオは居た。


 そして血にまみれ、涙でくしゃくしゃになっていたフィオを、俺は優しく抱きしめた。












 その後、フィオを困らせていたオークを斬り倒し。


 笑顔になってくれたフィオを背に抱いて、俺とミクアルの戦士達は里へと帰還した。


 フィオの故郷の人々が出迎えてくれた先に居たのは、息絶え絶えとなった巨漢だった。


 眼が窪み、顔色も悪いこの老人は、フィオの父親らしい。


 彼の命脈は尽きようとしており、フィオであっても助けられないそうだ。そんな彼の最期の望みは、家族みんなとの大宴会だった。


 俺もその宴会に、席を用意して貰った。愛するフィオの父親であるし、世のため人のために、自ら好んで戦い続けているこの里の住人と交流してみたかったのだ。


「俺はラント。フィオの幼馴染で……幼馴染だ!!」

「はあ」

「フィオをかけて俺と勝負しろ!」


 葬式が始まると、俺はいきなりフィオの幼馴染を名乗る男に勝負を挑まれた。


 周りの雰囲気から余興の一種だと察したた俺は、空気を読んでいい感じの闘いを演じて見せた。


 いつまでも空気を読めない俺ではないのだ。


「まさか……こんなはずはー!!?」

「……くくっ」

「いいぞラントー!! もっとやれー!」


 ラントは中々に盛り上げ上手であった。


 脚で勢いよく地ならしをした直後に、石が顔面に直撃して悶絶したり。俺の斬撃を服だけ切れるよう躱し、パンツ一丁で戦ったりと、素晴らしい面白芸を見せてくれた。


 こういう余興でドッカンドッカン笑いを取れるのは凄いな。彼はきっと、里の盛り上げ奉行的な男なんだろう。


 即座に切り倒さなくてよかった。羞恥心をかなぐり捨て身体を張って、式を盛り上げようとするその心意気には脱帽だ。


「ねぇ。君はアルト君、って言うんだよね」


 俺の斬擊の受け身をとった後、次はすっぽりと頭が地面にハマり、パンツ姿で頭を抜こうともがいているラントを感心しながら眺めていたその最中。


 フィオがフィーユ姉と呼んでいた、フィオによく似た女性が話しかけてきた。


「初めまして。アルトと呼んでください」

「ええ初めまして、私はフィーユでいいわよ。……ふふ、結構聞いてるから。フィオに色々ヤったみたいじゃない」

「……う、その」

「良いの良いの。それくらいされないとあの娘、男に転がらなかっただろうし」


 フィオの姉であろうその女性は、悪戯っぽく愉快そうに笑った。


「隠せてるつもりかしらね、フィオったら凄く幸せそうに貴方のことを話すの。だから、あなたを信用してあげる。裏切ったら、この里の全員敵に回すから覚悟しなさいね?」

「無論、彼女が泣いたなら俺の寝首を刎ねに来ても構いません。俺は絶対にフィオに全てを捧げる覚悟です」

「……あらら。あの娘の彼氏にしては真面目ねぇ。ま、不真面目よりは良いか」


 フィーユは不思議そうな顔で笑うと、俺の手を取った。


「さて、村長がお呼びよ、アルト君。フィオの父親だから、気合入れて話してきなさい」

「……分かりました、フィーユさん」

「因みに、私の旦那様でもあるから。面倒なことを言ってきたら呼んでね、私が叱ったげる」 

「それは、助かります。では行ってきます」

「うん、うん」


 ああ、ついに来たか。フィオの父親との面談の時間が。俺とフィオが付き合っている以上、呼び出される覚悟はしていた。


 それにしてもフィーユさんは、村長の奥さんなのか。まだかなり若そうだったが……。


 うん? いや、フィーユさんってフィオのお姉さんじゃなかったっけ。


 ……あれ? 






「貴様が、フィオの恋人だの?」


 目の前に居る、今にも命尽きようとしている大男。俺の考えが正しければ、実の娘に手を出した男でもある。


 フィオの姉に手を出してるってことはつまり、そういうことなのだろう。それとも、フィーユさんは連れ子なのか? いやまて、どっちにしろ娘に手を出してるじゃないか。


 ひょっとしてフィオも狙われているのじゃないか? 


「初めまして、村長殿。フィオは渡しません」

「お前がソレを言うのか。つまり、フィオをくださいじゃなく、既に奪っておると、そう言うのか。カカカ、それもよし!」


 何やら妙な納得をしている老人から、俺は警戒を解かない。


 フィーユさんとどういう関係なのか、しっかり聞くまでは油断できない。


「そう警戒するな、少年。反対などせんよ、あのフィオの顔を見たらの。それに貴様、なかなか強いらしいじゃないか。腕比べしたかった」

「……俺はまだまだ未熟者。勉強の為、俺も貴殿と手合わせがしたかった……です」  

「ほほー! 成る程、その若さ、その強さで増長せず向上心を持つか。ああ、今代の勇者で最強と聞いたが、納得だの」


 老人は納得したように、俺を見ながら微笑んだ。そして少しだけ、寂しそうな顔で話を続けた。


「フィオはの、案外に視野が狭い。小局を見て最適解を出すことに長けるが、目先の人間を助けようと大局を見失いがちなのだ。だから、アルト少年よ。俺の娘を、フィオを、どうかよろしく頼む」


 その男は、微かにだが、はっきりと頭を下げた。フィオを貰い受ける立場の俺より先に、頭を下げさせてしまった。


 その老人の言葉は、紛れもなく純粋で、真摯だった。大事な娘を他の男へ預ける、父親の目だった。


「……村長ボス、殿」

義父ちち、で良い」


 ……また、俺は間違えてしまったようだ。先程まで、俺はどうしてこの偉大な老人を疑っていたのだろう。嫉妬心に駆られ、なんと情けない思考に陥っていたのか。


 自分の浅慮を、痛烈に恥じる。


「どうか、お任せください、義父上。あなたの御遺思は、このアルトが確かに承りました。例えどんな危機に陥っても、俺が彼女の障害を一太刀に叩き切って見せましょう」

「うむ、うむ。君の言葉は虚が無く、実に気持ちが良いな。お前に任せたぞ、アルトとやら───」


 この時、確かに。俺とこの老人は、心の奥底で堅く繫がった。フィオを大事に思う、その心意気で互いに共鳴しあったのだ。


 そして、



「ところでの、フィオの●●●の具合はどうだったかの?」



 即時にその繋がりは断ち切れた。



「……ご老人?」

「まぁ、良いから照れずに付き合え。なかなか子宝に恵まれんかったでな、こういった話をしたことが無かったのだ。うむ、娘の下世話な話というモノをしてみたいのよ」

「いえ。その、申し訳ないのですが遠慮します」


 躊躇無く娘の●●●の具合を聞いてくる、この男。やはり、実の娘の●●●に興味がある変態なのだろうか。


「そう、良い子ぶるでないアルト。男同士、絶対に秘密は漏らさんよ。それに、ホラ。なんならフィーユの具合と好きな事と、色々教えてやるぞ?」

「結構です! そ、それはフィーユさんに悪いのではないかと」

「構わん構わん。アイツ、人に見られるのが好きな女でな、たまに、外でヤるとそれはそれは昂ぶってだなぁ」

「……そ、そんな風にはとても」

「いや。アイツはな、何だかんだでかなり好き者よ。普段は飄々としておる癖に、ベッドの上では変貌して、そりゃあ何とも激しくて、のう」

「ご、ごくり」


 待て。俺は、何の話をしているのだ。


「そ、その辺りで話を終えませんか村長殿」

「何じゃ、内心では興味津々の癖に。貴様、死にゆく老いぼれの我が儘に付き合うことすら出来ん、性根の冷たい男なのか?」

「え、いや、その」

「ほれほれ、言ってみ? フィオの奴も、何だかんだベッドに乗ると変貌して大暴れするんじゃろ? どんな抱き方しとるんじゃ?」

「い、いえ。フィオは、彼女はその、凄くおとなしいですよ?」


 ぐ、しまった、迫られてつい喋ってしまった。フィオの性格を考えたら、こういった事を吹聴されるのは嫌だって分かりきってるのに。


 ところが、そんな俺の焦燥は、次の老人の一言で消し飛んでしまう。


「何ぃ? ……ふむ、つまりまだ遠慮されとるんだな、お前。心の底から信頼されとらんのじゃ無いか?」

「────なっ!?」


 俺が、フィオに信用されてない? そ、そんな。俺は心の底からフィオを愛しているし、フィオに対してやましい事は何もしてな────



 この間はデート開幕に、ベッド直行して嗜められ。ジェニファーさんの件で、とても哀しい思いをさせ。挙句、お詫びのデートは仕事ですっぽかす。



 ────そう言えば今の俺って、フィオに何時捨てられてもおかしくなかったっけか。






「ど、どどどうしましょう村長殿。俺は、このままだと愛想を尽かされるかも……!?」

「カカカ、面白いのぅ」


 もしフィオが、俺に対して元々大きな不信感を感じていて。その上で、俺があんなに色々とやらかしているのだとしたら。


 今のこの状況はもう破局秒読みでは無いか。不味い、不味いぞ。


「安心しろ、アルト少年。俺はお前が気に入った。それとなく、俺からお前を推しておいてやろう」

「ほ、本当ですか」

「その代わり、何だ。貴様とフィオの近況を聞いておかねばならん、さて、キリキリ話せ。的確にアドバイスしてやるから」

「は、はい!」


 そんな風に諭されてしまっては仕方がない。


 俺は、このやむを得ぬ事情により、村長殿へフィオとの情事をつまびらかに説明する運びになったのだった。


 話す事、数分。あの村の若者から伝授された伝説の大技“大車輪”に関しては、流石の村長も唸りを上げ、感嘆してくれた。大車輪を現代にまで、正しい型で継承している男は少ないらしい。


 だが、同時にそれくらいしか俺の“奥義”が無いと知るや、彼の顔は一転して渋くなった。


 如何に強力な体位であろうと、何度も繰り返してしまえば徐々にその力は失われていくのだ。だから常に、男は新しい刺激を求めて●●●の研鑽をせねばならないらしい。


「仕方ない男じゃの。よし、フィーユのような小柄な女を抱くときの秘奥を、1つ口伝してやろうじゃないか」


 そういって、フィオの父たる目の前の老人は、俺にとある必殺技を伝授してくれた。ミクアルの里に伝わる由緒正しい型の一つだそうだ。


 この奥義はある程度修行していないと大怪我をしてしまうそうだが、俺の肉体なら耐えうるだろうと太鼓判を貰った。


「つまりだな……、───するじゃろ?」

「そ、そんなことが可能なのですか」

「無論。お主ほどの性豪なら、俺のこの奥義を授けても惜しくは無い」



 その老人の熱い信頼のこもった言葉に、思わず俺は涙を流して頭を垂れる。この老人の信頼に応える為にも、次のデートでフィオの気持ちを取り戻し、授かった新たな力を以てフィオを快楽の海に叩き落すことを決意したのだった。


 そんな、周りを気にせず夢中に語り合う、助平男二人の最低な猥談は。その話題の張本人たるフィオが此方に近付こうと立ち上がり、同じく話題の張本人たるフィーユの手によって留められ、奇跡的に事無きを得ていたコトを二人は知らない。









 そして、その夜。偉大な老人は逝去する。


 彼は家族に見守られる中、満足そうな笑顔をもってその生涯に幕を下ろした。葬式で流された涙の数が、その人間の人望を示すというならば、この男はどれだけ慕われていたのだろうか。


 そんな大英雄が俺に残した、その最期の言葉は。


「●●●を舐めるとき、キチンと股を開かせて羞恥心を煽るのだぞ、アルト少年」




 俺の隣で号泣してるフィオにはとても話せない、卑猥で最悪な遺言だった。

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