第37話 鼓動?

「昨日は盛り上がったぜ、ジェニファーちゃんもサービス満点でさ! フィオも来れば良かったのによ!」

「そりゃ惜しいことをしたな。昨夜はちょっと用があってな」 

「お前、最近ソレばっかだな。バイトでも始めたか?」

「そんなとこだよ」



 フィオがバーディと話す態度は、普段のソレと何も変わらなかった。バーディが、異変に気付いている様子はない。


 ────だが、俺には分かる。フィオの心中は、嵐のように荒れ狂っていることが。


 勇者の勘と言うのだろうか。今世の俺は何となく、そういう直感が鋭かった。


 ここの対処を誤れば、おそらく取り返しのつかない事になる。



「あー、フィ、フィオ? これはだな」

「何だ? アルト」



 ああ、その仕草はいつもの彼女だ。


 フィオは蒼い瞳を細め、ニヤニヤとこちらへ振り返った。


「どうしたよ?」


 ……いつも通りの笑顔、の筈なのに。彼女から湧きだす底冷えする威圧感はなんだ。


 出会って以来、ここまでフィオを怖いと感じたことはない。何なら魔王より怖いかもしれない。


 いや、馬鹿な事を考えている場合ではない。早く謝らないと。


「だっはははは!!! アルトがめっちゃ焦ってる!! やべ、面白ぇ、あはははは!!!」

「あ、いや、これは」

「大丈夫だってアルト君、俺もフィオも言い触らしたりしねぇよ? ケケケ、お前の払う『袖の下』次第だけどな」


 黙ってろバーディ。もう、1番知られたら不味い女性ヒトに知られているんだよ。


「なぁバーディ、そんなに面白かったなら教えてくれよ。昨夜のアルトはどんな感じだったんだ?」

「ああ、もうマジで面白かったぞ。コイツさ、俺が寝落ちしたあとこっそりジェニファーちゃんの胸に顔を埋めててさ。なんだ性欲あるじゃんと半眼で見てたら、埋めていた巨乳に手を合わせて拝みだしたんだよ! ブハハハ!」

「アッハハハ! 何だソレ!」



 ……Oh、ジーザス。見られてしまっていたのか、アレ。


 くそ、ちゃんと意識がないか確認しておくべきだった。


「……そいつは、面白い、な!」

「だろ!? あのアルト様が鼻の下伸ばして、ジェニファーちゃんのおっぱい凝視してたんだぜ。四人が見たら何て言うか!!」

「おも、おも、しろ……ははは」


 やがて遂に、フィオの表情が崩れてきた。


 彼女の笑い声が乾いてきて、だんだんと唇が曲がってくる。


 マズい、マズい。


「本当、ウケるだろオイ? ガハハハ……。ん、あれ、どうかしたかフィオ?」

「ハハハ……ハハ、ハハ」


 フィオの声が、徐々に萎んでいくと。その場で俯いて、とうとう笑顔が消えた。


 ぺたぺた。口元を噛みしめながら、自らの慎ましい胸を触るフィオ。


 違う、聞いてくれ、誤解なんだ。


 何とか言葉を発しようとしたが、俺の口は魚のようにパクパクと開くだけ。


 混乱するあまり、言葉が何一つ出て来ない。頭が真っ白で、次の句が継げない。


 ────ヤバい、ヤバい、ヤバい。


「ハ、ハ、ハ……」

「……フィオ、どうしたお前、なんか様子が───」


 落ち着け、考えるな、行動しろ。言葉が出て来ないなら、態度で示せば良い。動け、動け俺の身体! 


 俺は即座に、フィオの前に正座をし。


 そのまま地面にぶつかる勢いで、顔を路上擦りつけた。


「は、は、ふ。……ふぇぇぇぇん、バカァァァァ!!」

「え、ちょ、フィオ!? 何で泣き出して、て、えええ!?」

「本当に、申し訳ありませんでしたァ!!」


 あたふたと、右往左往するバーディ。


 足先まできっちり左右対称性シンメトリーを形成し、土下座する俺。


 大声を上げ立ち尽くし、子供のようにわんわんと泣き出すフィオ。



 人気のない朝の大通りに、地獄絵図が顕現した。
















「拝むなよ……、拝むなよ、馬鹿じゃないのかお前。そんなに不満だったか? あんなに好き勝手してた癖に、ずっと内心で物足りないなーとか思ってたのか? 言えよ、だったらそう言えよ、そんな当てつけみたいなことしないでさ」

「誤解だ。違うんだ。俺が愛しているのはフィオだけさ。ジェニファーには、その、相談に乗って貰っただけで」

「お前は相談する度に乳に顔を埋めるのか?」

「その、アレは、ハグで、挨拶みたいなモノで、その」

「うっさいバカ。良いよ、分かってるよ、誰だってデカい方が良いもんな。オレだってそうだもん。だよな、それが正直な気持ちだもんな」

「本当に違うんだ。俺が好きなのは、お前で、フィオだけで、その。ゆ、許してくれ、この通りだ」


 平身低頭。


 眼を見開いて硬直しているバーディを無視し、俺はフィオに頭を下げ続けた。


 たしかに、俺は馬鹿か。酒が入っていたとは言え、昨日の俺は何をやっているんだ。


 なぜ乳を拝んだのか理解できない。フィオの言うとおり、馬鹿じゃないか。


「言えよ、本当は嫌なんだろオレと付き合うの。ヤった責任取ってるだけなんだろ? 良いよ、そんな気持ちで付き合わなくても」

「聞いてくれ、俺が愛しているのはお前だけなんだ。どうか、幾らでも謝るから、俺を捨てないでくれ」 

「ふん、どーだか。どうせ、オレのことを体の良い性処理道具とでも思ってるんだろ。デートの度にさ、それはそれは嬉しそうに好き放題しやがってさ」

「うう、申し開きもない。だが、信じてくれフィオ、本当にお前だけが────」

「無理、しなくて、良いんだって、オレ、分かってたし、どうせ、そんな、オチだって、その、その」


 フィオはいつしか、大粒の涙を溢し始めその場にへたり込んでしまった。これは、イカン。


 彼女がここまで、感情を露わにしたところを見たことがない。……平静を取り繕えないくらい、追い詰めてしまったのだ。


「……っ」


 胸が、軋む。心が、痛い。


 どうして俺は、フィオをこんなに悲しませているんだ? 俺はフィオに、こんな顔をさせたかったのか? 


 違うだろ。フィオが一番可愛いのは、笑顔の時に決まっている─────



「聞いてくれ、フィオ。お前の心配が杞憂であることが分かる、俺の真の想いを。心の底の、素直な俺の気持ちを。だから、どうか、少しだけ時間をくれ」

「何だよ、もうほっといてくれよ。お前さ、そもそも本当に付き合ってるのってオレ一人だけなのか? 他にも女をとっかえひっかえ───」


 俺は目を潤ませているフィオの正面に立ち上がり。


 そのまま、ゆっくりと両手を広げた。


「歌います」

「……は? 何だ、いきなり」

「フィオの碧い瞳は、ライトブルーに輝く母なる大海原をも見劣らせる、まさに美の象徴だ」


 もはや俺に出来ることは、これしかない。


 俺は甲冑をガシャンと脱ぎ捨て身軽になったあと、トントンとつま先でリズムを取り、甲冑を叩いて音楽を奏で始めた。


 そう、俺に出来ることとは、


「えっ、えっ?」

「フィオの金色に靡く髪は、月明かりを思わせる、その切なさと太陽のようなフィオの笑顔を想起する────まさに明の象徴だ」



 ────愛を唄う。これしかない。



 ……フィオに、伝えるんだ。俺の、本心を、思いの丈を、この誰にも負ける気がしない全力の愛を!


 全て包み隠さず、ここで曝け出してやる! 











 フィオを称える賛頌歌

 作詞・作曲 アルト


 フィオの碧い瞳は

 ライトブルーに輝く

 母なる大海原をも見劣らせる

 まさに美の象徴だ


 フィオの金色に靡く髪は

 月明かりを思わせるその切なさと

 太陽のようなフィオの笑顔を想起する

 まさに明の象徴だ


 フィオの慎ましい胸は

 本質的な奥ゆかしさが表出し

 連なる山脈、遠く及ばず

 まさに優の象徴だ


 ああ、俺は知っている

 フィオの幼さに隠れたその美貌を

 フィオの人を勇気づける明るさを

 フィオの溌剌さに潜むその優しさを


 ああ、俺は耐えられない

 フィオと会えぬ寂寥に

 フィオの哀しいその顔に

 フィオの居ない世界など

 俺には考えられないのだ


 ~間奏~


 フィオの華奢なその腕は

 多くの命をすくい上げてきた

 降臨した女神の成す奇跡

 まさに癒の象徴だ


 フィオの柔らかなその足は

 今まで踏みしめてきた戦場を────





「もうやめろォ!!?」

「もがもが」

「分かった! 分かったから謎ポエムを公道で垂れ流すな! この大馬鹿野郎!!」


 俺がノリノリに歌い始めること、数分。


 サビも終わり2番のAメロに入ったあたりで、フィオに口を塞がれてしまった。


 2番の歌詞も、自信があったのだが。


「何? 何なのその歌!? いつ作ったの、馬鹿じゃねぇの!?」

「フィオを称える賛頌歌だ。お前に俺との愛を信じてもらう為、即興で作り上げた愛の鼓動ビートだ」

「いや何で、今歌を作ったんだよ! そして何で、それを今歌うという選択肢が出て来るんだよ!」


 フィオは顔を真っ赤にして怒っていた。どうやら、俺渾身の愛曲ラブソングは彼女の心に響かなかったようだ。


 やはり、付け焼刃のメロディでは愛を取り戻せないということか。もう少し、俺に音楽の才能があれば……っ!


「違うからな! その顔は勘違いしてる顔だ、別にお前の歌のセンスの話じゃ無いからな!? お前の謎行動に対してオレは文句言ってるからな?」

「なあ、フィオ、アルト。そろそろ状況を説明してくれ。話に付いていけないのだが」

「うるせぇバーディ、引っ込んでろ。これは、オレとアルトの問題でな────」

「え。いや、だからお前ら、まさか付き合ってんの?」


 凄く今更な質問を、バーディが飛ばしてくる。


 ……まぁ、こんなにバーディの目の前で騒いだらバレるわな。


「……あ、えっと。そのだな。あは、あはははは」

「フィオ、諦めよう。あの歌を聞かれてしまっては、誤魔化すのは無理だろう」

「いやあの歌は、意味不明すぎて全然誤魔化せるポイントなんだが。むしろ、あー、しまった。オレのあの反応は言い訳出来んよなぁ」

「否定しないのか? マジ? マジかよお前ら」

「えっーとだな、ナ、ナハハハハ!」



 笑って誤魔化そうとしているフィオ、複雑な顔で俺達を交互に見つめるバーディ、そして両手を広げたまま棒立ちしている俺。


 王都の街道は、朝っぱらから混沌としていた。










「まぁ、何だ。つまり……」

「え、ええええええ!?」


 その後俺とフィオは、バーディに付き合うに至った経緯を説明した。


 フィオが恥を掻かぬよう、暗殺者クリハの件は伏せて、フィオに告白した日は俺が暴走したことにしたけれど。


「そういう訳で、そのアレだ。二度とアルトをそう言う店に誘うななよ」

「わ、わかっ、た」


 バーディは目を丸く唖然と、プリプリ怒っているフィオを見つめていた。


 よほど衝撃的だったのか、口数も少なかった。


「それとアルト、今日の件はすっごく傷付いたからな!」

「す、すまなかった」

「後でちゃんとご機嫌とれ、オレの! 分かったな!!」

「もちろんだ」


 その後、俺は落ち着いたフィオにしっかり謝罪し、デートに誘うことができた。


 ……次こそは、フィオに楽しんでもらえるようなデートを企画しなければ。


「あ、それとバーディ。お前も協力しろ」

「え、何に?」

「アルトと付き合ってるの、バレないようにしてくれ。何が起こるか、想像つくだろ」

「……おお、もう」


 そしてバーディも、俺達の関係隠蔽に協力してくれることとなった。


 俺がフィオに手を出したことがバレると、城中の兵士の恨みを買うことになる。


 フィオは、それを危惧してくれているのだろう。


「……」


 俺達の関係を知る、一人の協力者を得て。俺はフィオとの関係を、なんとか維持することが出来たのだった。


 これ以上やらかしたら今度こそ愛想を尽かされるかもしれない。もっとフィオを大事にしよう。


 そう、心で決意した。

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