第38話 魔本

 ……あの浮気者。


 誰もいないアジトの中で、オレは一人。今のベッドでゴロゴロしながら、アルトへの愚痴をつぶやいていた。



 昨日は朝から、散々だった。朝日が昇る前の時刻、急病人が出たというから王宮に駆けつけてみれば、デブ貴族が腰を痛めただけだった。


 寝ぼけ眼をこすりながら治した後、運動しろと言い残してオレはアジトに帰ろうとした。しかし、その帰り道……。


 オレは浮気者アルトが、バーディと朝帰りする現場に遭遇してしまった。巨乳パブで大層ハッスルしたらしい。ぶっ殺してやろうか。


 思わずいろいろと、面倒臭いことを言ってしまった気がする。でも腹が立ったんだから仕方ねぇ。


 そしたらアルトはもう二度と行かないと宣言し、埋め合わせとして今日デートに誘ってくれる……予定だった。見え透いた機嫌取りだが、まぁ乗ってやろうと快諾したのだが……。


 今朝コボルトの群れが確認されたと報告があり、アルトは朝一番から遠征に行ってしまった。


 コボルトは毒ガスを吐く邪悪な魔族だ。放置しておくと、大きな被害が出てしまう。となれば人命優先、デートは延期となった。


 ただし俺はお留守番。またデブ貴族がいつ腰を痛めるか分からないから、とのこと。


 おかしいだろ、もう治したっつの。アホかこの国。


 ……まぁコボルト程度ならアルト1人で何とかなるだろう。バーディやルートもついて行ってるし、むしろ過剰戦力気味ではある。


 でも、魔族が出たなら貴族の腰痛管理よりそっちに向かうべきじゃないのか、勇者パーティって。


 四人娘もそれぞれ兵士の訓練指導に出掛けてしまって、アジトにはオレしかいない。寂しい。


 オレは指導しに行かなくていいのかって? 回復術師の訓練は別の日にやってるから良いのだ。


 今日は兵士たちの合同訓練の日だ。その訓練のケガをお城の回復術師たちが治すことになっている。


 ……これは新人回復術師にとって、貴重な実戦経験だ。オレが治療して回ったら、むしろ迷惑な顔をされてしまうのである。


 だから今日、オレはひたすら暇だった。アルトとデートするつもりだったから、予定もいれていない。まだ日も高いので、やらしい店にも行けない。


 せっかくの休日だというのに、アジトでゴロゴロしてるだけだ。


 何か、良い暇つぶしはないもんかね。


 ふとアジトの居間を見渡すと、小さな本棚があることに気が付いた。ふむ、読書。暇つぶしには悪くない。


 ぱっと見た感じ、20冊くらいはありそうだ。専門書から私小説まで、ジャンルにも富んでいる。


 今まで気に留めたこともなかったが、どんな本があるのだろう。ここの本は勇者パーティの皆が勝手に持ち寄っておいているらしいが、果たして……?


 何気なく一冊、手に取ってみる。赤いハードカバーの一冊だ。


「聖書・友誼の章」


 そう表紙には書かれており、協会の紋章がペタンと判されていた。


 どうやらこれは宗教書らしい。きっとユリィの持ち物だな。読んでも眠くなるだけになりそうだ。


 小説とか、冒険譚とかそういうのはないかな。もっと娯楽的なものが読みたいぜ。


 続いて少し汚れた、あまり硬くなさそうなカバーの本を手に取る。


「本格黒魔術論・基本は物理にあり」


 ……これは、レイの本だろう。見た感じ、黒魔術の指南書らしい。魔法を使うときにも、物理法則を理解しておくことが重要だと書かれている。


 オレは攻撃魔法は得意ではないけれど、少し興味あるな。他に良いのがなければ読むとしよう。


 隣の本は、随分と薄いな。何だろうか? 


「ひと夏の夜の淫夢・第4章:アルト×バーディ~男色勇者編~」









「ひょ?」


 ……変な声が出た。まって、何だこれは。


 ひと夏の夜の淫夢・第4章:アルト×バーディ~男色勇者編~。その本の表紙では、微妙に美化されたバーディらしき男と、顔の輪郭が狂ったアルトらしい男が全裸で抱き合っていた。


 嫌な予感がしつつも。オレは好奇心に負け、恐る恐るオレはその魔本を開く。開いてしまう。


『熱いだろ? 熱いだろ?』

『熱い……熱ぃ!!』


 すると1ページ目から、快感に満ちた表情のバーディが、アルトに跨って回転していた。


『今夜は……寝かせたくない』


 アルトは超次元な態勢で、バーディを腰に据えて不敵に笑っている。脳が理解を拒む。


 その冒涜的なイラストで宇宙的恐怖に陥ったオレは、沸き上がる胃酸を堪え、洗面所に駆けていった。








「……今アルトが帰ってきたらどうしよ。口がゲロ臭くてキス出来ないじゃねーか」 


 オレは便所に吐瀉物をぶちまけたあと、胃酸で酸っぱい口をゆすぎ、水をガブガブ飲んでいた。おなか、タプタプ。


 なんだあの恐ろしい本は。誰だ、誰の所有物だ。


 そもそもアレって売られてるのか? 誰かが自作した同人誌だよね? 誰が作ったの?


 そしてこんな危険物を、共用スペースの本棚に置くなバカ。


 ああ、腹が立つ。この本の持ち主を暴いて、説教せねば気が済まない。どっかに、作者名とか書いてないか?


 オレは『びいえるショック』から立ち直った後、真犯人を探すべく魔本を再び手に取った。








「ふぅむ……」


 取り合えず、一通り読んでみた。残念ながら、作者名などはどこにも書いていなかった。


 『ホモが嫌いな女子はいない』と誰かが言ってたし受け入れようとしたが、残念ながらオレにはBLの素養はなかった。


 なんとかイラストを直視できるまで耐性はついたが、前世が男だった影響か、ちょっと何を言ってるのか分からなかった。


 だが、読破して分かった事もある。やはりこれは、市販品ではない。


 市販の本に使われる印刷魔法では、次のページにインクが滲まないように紙が分厚くなる。


 だが、この本の紙は薄い。ページが少ないだけでなく、紙自体も薄いのだ。つまりこれは印刷されたものではなく、手書きの一品もの。


 つまりこのBL同人誌は、勇者パーティの誰かに作成された可能性がすごく高い────



 ……普通に考えて、作者は女だよな。


 四人娘で、同人活動とかしそうな奴は誰だろう。マーミャ? ユリィ? 


 レイはこういうのに興味は無さそう……いやどうなんだ? 隠れ腐女子とかありえるのか? でも、アイツ性格的に隠さなさそうな。


 リンはまだ子供だし、流石にないと思いたい。メルと同年代だし。


 ……一人ずつこっそり本を見せて、反応をうかがってみるか。そんで犯人を見つけたら、謝罪と称してムフフな要求をしてみよう。


 ユリィとかだったら最高だな。背徳感とか、あのデカいおっぱいとか。俄然やる気が……。


 ……。


 お、おお? 何だ、今の感じ。今までオレの貧相な体型など気にしたことがなかったのに、今ユリィのデケぇ乳にイラっときた。


 この脂肪袋の何が偉いんだと、そんな呪詛を抱きかけてしまった。まるで凡弱な貧乳キャラのごとく!


 マズい、このままじゃマジでハーレムヒロインになる。落ち着け、オレはアルトにどうしてもと請われて付き合ってやってるんだ。オレから好き好き光線を出すのは違うだろ。


 ────アルトはきっと、自分を好いてくれる女の子なんか辟易してるだろうし。これでオレに興味持ってくれなくなったらどうする……、って違う。


 何だ今の思考回路!? 怖!?

 

 落ち着け、オレはアルトに仕方なく付き合ってやってるってスタンスを忘れるな。オレが、アルトより上の立場。うん、オッケー。


 さて、気持ちをキッチリ整理したし。そろそろ捜査開始と行きますか、手始めは……。



 家宅捜査(不法侵入)かな。


「こそこそ……」


 とりあえず容疑者ユリィの部屋に侵入はいり、部屋を物色してみた。


 彼女の部屋はキッチリ整頓されて小綺麗だが、飲みかけのマグカップが放置されているのを見つけた。コレ、ユリィの口付け済みだろうか。……ゴクリ。


 いや、そうじゃない。オレが探すべきは、筆記用具だ。


 同人活動をしているという事は、恐らくインクと羽ペン、紙を隠しているはず。


 そういうのを探し出すのだ。


「……」


 グルリと部屋を見渡してみたが、特に怪しいモノは見当たらない。あの本の著者はユリィではないのか、隠し場所があるのか。


 流石に家探しまではする気はない。先に他の容疑者の捜査をしよう。


 そう考え、ユリィの部屋の扉を閉めようとした時。ふとベッドの下に、謎の大きな箱を発見してしまう。


 ……怪しすぎる。


 どうしようか、コレ。開けちゃっていいのか? ユリィのプライバシーを守ってやるか? 


 ────バレなきゃ大丈夫だよな。ココで逃げちゃ捜査の意味がない。よし、開けちゃおう。


「白魔導士は見た! イケナイ修道女の秘密……」


 ちょっとドキドキしながらも、こっそり箱に手を伸ばし。


 施錠もされていない箱の蓋を開け、中を見てみると……。



 フィオ は 『あぶない 下着』 を 見つけた。



 何時だったか、アルトはスルーしてたけど誕生日パーティーでユリィが身に着けてたモノだ。ドスケベな下着が修道服から浮いていてドン引きしたのを覚えている。


 こんなモノまだ持ってたのかユリィ……。


 静かに、箱を閉じて再びベットの下へ滑りこませた。見なかったことにしよう。


 よし、この部屋には怪しいモノはなかった。



「うーん、見つからねぇなぁ」



 その後、他の3人の部屋も軽く探ったものの、特に怪しいものは見当たらなかった。


 強いて言うならリンの部屋に入った瞬間、眉間に短剣が飛んできて死にかけたくらいだ。オレじゃなければ即死だった。


「ま、奴らに聞けば分かるだろ」


 仕方ない、今夜4人が帰ってきたら問い詰めよう。こんなもん読まされたことに対して文句をいわにゃ気がすまん。













「……ふむ、ふむ。バーディが受けか、なるほど。確かに奴は『受け』で光るキャラクターだな」

「妙な納得してんじゃねーよレイ。ていうかお前じゃないんだな、本当に!」

「無論だ。私はこういうのに理解があるだけで好んではいない。竿を穴に出し入れする方が好みだ」

「本当かよ……」


 4人が帰宅後、飯時にこの魔本について問い詰めたが、著者は名乗り出なかった。犯人は爆発物薄い本を自ら本棚に置いた癖に、作者とバレるのは嫌らしい。


「……気持ち悪いし、この絵。何なの?」

「リンは見ちゃいかん、教育に悪い。はぁ、誰だこんなバカなモノを……」

「え、ええ。怪しからんです。本当に、これは尊……素晴ら……怪しからんです」

「ユリィ? 君も本当に違うんだよね? 凄い鼻息荒いけど」

「いえ、その、こんな世界があったとは、知らなかったですし、その、素晴らしいです」

「せめて、言い繕ってくれユリィ」


 ……ユリィはかなり適性がある模様だ。でも、この反応は著者と言うより読者の反応だな。まだ犯人とは言い切れない。


「と言うか、何故アルトとバーディが男色として書かれているのだ?」

「さぁな。と言うかフィオ、お前こそ実は真犯人じゃないのか? こんな卑猥なモノを私らに見せて興奮してるんじゃないか?」

「レイ? 馬鹿にすんじゃねーぞ、オレのセクハラはもっと直接的にやるんだよ、こんな風に」

「あひゃ!! フィオさん、何を!」


 無言でBL本に没頭し始めたユリィに、突っ込みを兼ねて尻を撫でた。うむ、やわらかい。


「なるほど、一理あるな。疑って悪かったフィオ」

「気にするな。さりげなくユリィの尻を撫でれて役得だったよ」

「さりげなくないです!!」


 セクハラされた修道女の可愛い抗議を無視し、いよいよ本題に移る。


「で、だ。誰だと思う?」

「断定は出来んが……、推測は出来ると思うぞ」


 ユリィから魔本を没収したレイは、中身を開いて真面目な顔になった。


「見ろ、この本だとアルトが妙にサディスティックじゃないか?」

「……それが何だよ」

「こういったモノは、筆者本人の性癖が現れるだろう? つまり、この本の作者はアルトにドSで合ってほしい人物。つまりマゾッ気の強い奴だ」

「おお、なるほど!」


 凄いな、言われてみればその通りだ。


 レイのやつ、同人誌の内容から著者の性格を分析するとは恐ろしい。


「さらに、微妙にバーディが美化されている。つまり、バーディとの関係がさほど悪くない人物だ。アルトがメインなのに、脇役バーディまでわざわざ美化して書く必要はないからな」

「ふむふむ」

「バーディは巨乳とフィオには優しい。逆に私やリンへの当たりは強い。そう、この本の作者は恐らくバーディと良好な関係が築けている巨乳!」

「なんと!」

「最後に、この本に描かれたアルトの剣を見てくれ。これ、何か変と思わないか? マーミャ」

「む? ……なんだコレ、重心が無茶苦茶だ。魔石もないし、形が悪すぎる」

「そう、この剣はかなりデッサンが甘い。と言うか、武器に対する理解が甘い。つまり、この作者は後衛職の人間……」

「……はっ!! ってことは!」


 すげぇ、すげぇよレイは! 本を読んだだけで、一瞬で犯人を特定しちまった! 


「ユリィ!! 巨乳で、マゾっぽくて、後衛職の人間はお前だけだ!!」

「……え?」

「ユリィが書いた本だったのか!! 幾ら誰かに読んで欲しいとはいえ、流石にこの本を居間に置くのはどうかと思うぜ」

「あ、いや、私じゃ……」

「……気持ち悪。変態雌豚修道女」

「ち、違います!! 誤解です、冤罪です、再度調査を要求します!!」

「……ユリィ、君は比較的まともだと思っていたんだが。残念だ」

「誤解ですってばぁぁぁぁ!!」



 こうして事件は、名探偵レイの活躍で幕引きとなった。真犯人のユリィは、泣きながらBL本を抱えて私室に戻り、閉じこもってしまった。うむ、そこでしっかりと反省したまえ。


 ────その夜。アジトのユリィの部屋からは深夜まで「すん、すん」とすすり泣く声が聞こえ、深夜を過ぎてからは「フヒッ……フヒヒ……」と不気味な笑い声が響いたという。










 翌日。


「クリハさん、どうかしたか?」


 腰痛の治療で朝っぱらから王宮に来ていたオレは、猫目の可愛いメイドさんに廊下で壁ドンされていた。やだ、キュンと来る。


「一生のお願いです、フィオ様。どうか、その、うっかり、アジトの居間に置いてきてしまった私の本を、誰にも見られずに回収してきて頂きたいのです」

「……え」


 ……クリハは、話を続けた。昨夜クリハは、貴族のわがままに振り回され疲労困憊で、半分寝惚けていた。


 そしてウッカリ、自分が落としてしまったであろう本を、気付かずアジトの居間に並べて帰ってきてしまったのだとか。


 その本とは、即ちオレの想像したとおりの魔本だった。


「ク、ク、クリハさん。その、そっちの趣味、ある人なの?」

「ち、違います。その、私もそんなに興味があったわけではないのですが!」


 オレの問いに対し、ふっ、とクリハさんは俯いた。やがて彼女の目は濁り、悲哀に満ちた表情となって話を続けた。


「私なりに、受け入れて、消化していこうと。そう、決意したんです」

「駄目だ、クリハさん。そんなモノ消化しちゃダメだ」


 ミクアルの里の残した爪痕は、未だ彼女に色濃く残っているようだった。今度、もっとしっかりメンタルケアしておこう。


 ……あ。後で、ユリィにも謝っておかないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る