第36話 吹雪?

【アルト視点】


「大事な話があるんだ。アルト、俺に時間をくれねぇか」


 それは、フィオ達が帰って来て早々のことだった。


 快活剛胆を体現している天下無双の槍使い、俺の頼れる仲間のバーディが、俺に相談に乗ってくれと頼んできた。


 ひどく、思いつめた表情で。


「それは、急ぎなのか」

「出来れば、今日中に話をしておきたい」

「……分かった。今夜は、開けておこう」


 普段のバーディからは信じられないほど、真剣な表情だ。


 この男は普段こそおちゃらけているが、仲間の為ならかなり熱くなる性質を持っている。


 真剣な悩みなら、ぜひ力になってやりたい。


「……」


 本音を言えば今夜はフィオに会って、前のデートの時に強引に迫ってしまった件を謝りたかったが。


 ……まだ怒ってるだろうか。愛想をつかされたりしてないだろうか。もし嫌われてたらどうしよう。


「……おい、アルト。聞いてるのか?」

「え、あ。すまない、上の空だった、何の話だったか?」


 む、いかん。フィオのことを考えていると、ついついぼーっとしてしまう。


 自重だ、自重。


「はぁ、今夜の話だよ。ゼア・グロッセ・ブラスタ。俺達が集まる店の名前だ、夕刻8時に予約を入れとく。出来れば誰にも見られず、来てほしい」

「ああ、分かった。場所は?」

「このチラシをもっておけ。地図も載ってる、迷うなよ。じゃあ、今夜」

「ああ」


 バーディは俺に地図を渡した後、暗い表情で鍛錬場に向かっていった。兵士達と訓練の予定だが、あの様で指導など出来るのだろうか。


 こつん、と何も無いところでバーディがよろめく。


 重症だ。あの男が、あんなに覇気がない姿を晒したことはなかった。これは、気を引き締めて夜の相談に臨まなければならない。


 ヤツの渡してきた紙切れに書かれた地図を頭に入れながら。俺もバーディと別れ兵士との訓練に向かうのだった。












「うぅ……アルト、ヤった女から責任取らずに済む方法を教えてくれぇ……」

「帰って良いか?」


 夕刻8時。約束の時間。


 約束の店が妙にピンクな通りにあり、かつ女の子が並んでいたので嫌な予感はしていたのだが。


 まさか、呼び出されたのがキャバクラだとは思わなかった。入店するとと、セクシーな衣装を着た娘が、楽し気に話しかけてきてくれた。


 ……香水の匂いがキツイ。ああ、何でこんな事に。


「何だよぅアルト! お前まで俺を見捨てるって言うのかよ!」

「見捨てない理由があるか。誰を押し倒したのか知らないが、ヤった事には責任をきっちりとだな……」

「覚えてないんだよ! 酒に酔い潰れて前後不覚になってだな、気付いたらお互い全裸で寝てたんだぞ、そんなんで責任なんかとれるかよ!!」

「……いや、取れよ。明らかヤってるじゃないか」


 ああ。フィオとのデートを先延ばしにして、俺はここで何をやってるのだろうか。というか覇気がなかった原因は、好みじゃ無い女性をヤった後悔なのか。コイツぶっ殺してやろうか。


「酒だってそんなに飲んでなかったはずなのに! 旅の疲れなのか? 異様に酒が回るのが早くてだな、うぅぅ」

「なら、今回の任務中の話なのか」

「そうだよ、畜生。なんで俺が貧乳の責任なんぞ……!」


 ……待て。


 今回の旅に同行した、女性だと? しかも貧乳で、バーディと、仲が良かった女性って……? 


「オイコラ貴様ぁ! 誰に手を出したか言え! 言え、早く!」

「オア!? や、止めろ頸が閉まってる、は、放せアルトォォォ!!」

「言えバーディ。貴様、誰に手を出した!!」

「クリハだよ!! あのメイドの!!」


 ……そういえば、今回の旅にはあのメイドも同行していたのだったか。なんだ、そっちなら何も問題ないな。


「なんだ、なら初めからそうと言え」

「ゲホ、ゲホ。何だっつぅんだよアルト───あ、そっか。お前さんフィオ狙いだっつってたな」

「まぁ、そういう事だ」

「はぁ、まだ諦めてなかったのかお前。無理無理、アイツが男に靡くとか想像も出来ん」

「……そうか」


 もう、俺と恋仲なんだがな。まぁ、今はそれを語るまい。


「ヘーイ、バーディサン。ズイブン元気、ナイネー?」

「来てくれたかジェニファー!! 傷付いた俺を、君の胸で慰めてくれぇー!!」

「HAHAHA! バーディサンは甘えん坊サンネー!」


 宴もたけなわになると、俺達の席に彫りが深い爆乳の美女が現れた。彼女はバーディの隣に座り、肩を寄せて耳元で何かを囁いている。


 ……ジェニファーさんが来てから、一瞬でバーディの顔が明るくなったな。これ、俺がここに居る意味あるか?


 ああ、俺は一体何をやってるんだろう。


 俺もフィオに会いたい。そして癒されたい。


「ソコの、格好いいオニーサンも、ズイブンションボリネー?」

「……ああ。自分が存在する意味に、悩んでいるんだ」

「オーゥ、ソレは誰シモ一度はマヨウ事でショー。ケレド、誰にも必要とサレナイ人間はイマセーン。元気、出してクダサーイ」


 ジェニファーさんはそう言って、よしよしと俺を慰めて食てた。


 ありがとう、その通りだけどそうじゃない。


「何だよアルト、俺からジェニファーまで奪うのか!? お前はもうモッテモテなんだから我慢しろ畜生め!」

「いや、その。なんだ、俺が今悩んでいる原因はお前なんだが」

「うるっせー! いつも一人だけいい思いしやがって」

「面倒くさいな、この男」


 つまるところバーディは、自分のヤやらした事の責任を取りたくないと、愚痴りたかっただけらしい。


 彼は大きなボトルワインを頼むと、ジャニファーと共にグラスを開け、騒ぎ出した。


「喧嘩は、良くないデース。ジェニファーは、皆のジェニファー。リピートアフタミー?」

「ジェニファーは皆のジェニファー……。うおお! ジェニファーちゃーん!」

「HAHAHA! お触りは、NOデスよ?」


 ……俺はジャニファーの乾杯の音頭に合わせ。


 死んだ目で、ゆっくりグラスを掲げたのだった。







 バーディはその後もずっと、ジェニファーさんに愚痴り続けた。最低な愚痴なのに、ジェニファーはうんうんと頷いて優しく慰め続けた。プロってすごい。


 程よくワインを飲み続けた後、やがてバーディはジャニファーの膝枕で寝息を立て始めた。


 ……結構な額になるぞ、お会計。まさか俺も払うのか? ……ああ、やってられない。



「アルトサン、難しい顔、シテマスネー。何か、悩みがあるナラ、聞きマスヨー」

「ジェニファー……」


 悩みと言うか、疲れというか。フィオに会いに行きたいというか。


 そうだ。どうせ金をとられてしまうなら、少しフィオのことを相談してみるか。


 バーディも、酔いつぶれて聞いていなさそうだ。


「その、ジェニファーさん。実は最近、恋人を怒らせてしまいまして。どう謝ろうかと悩んでいます」

「ンー? ハハァ、アナタにはキュートなガールフレンドが居るのですネー。オーライ、オーライ」


 俺の悩みを聞くと、ジェニファーは歯を光らせて笑った。


「謝るヨリ、喜ばせマショー。サプライズでデートに誘っテ、グッと彼女を胸に抱イテ、情熱的に謝リ、愛を囁イテベッドに誘う。これで、万事オッケーよ!」

「いや……、彼女はベッドがあまり好きじゃないんだ。というか怒らせた原因は、調子に乗って迫りすぎたからなんだ」

「オーゥ、シット! それはダメネー。無理矢理は、良くナイ。ソンなんじゃ、百年の恋も冷メチャウヨー」


 強引に誘った事を離すと、ジェニファーさんは顔をしかめて首を振った。


 やはり、デートの時の一件はよくなかったな。


「なら俺は、どうしたら誠意を示せるだろう?」

「まず信用を取り戻しマショー。紳士的に、お姫様を扱うヨーニ、彼女を大事にシテアゲマショー。次からベッドに誘う時も、紳士的にアプローチして、優シク誘うと良いデース」


 ジェニファーの話に、俺はフンフンと頷いてメモをとる。やはり、本職の女性は頼りになるな。


 勇者パーティに、恋愛関係で相談できる人はいない。今のうちに、いろいろと聞いてみよう。


「ありがとう、ジェニファーさん」

「ドウイタシマシテー」

「他にも聞いておきたいことがあるのだが……」

「何デモ聞いて下サーイ。その代わり……?」

「ああ、好きなものを頼んでくれ」


 そう言うと彼女は、メニューから高価そうなワインを注文した。


 何というかジェニファーは、凄くパワフルだな。笑顔がまぶしい。


 彼女はこの笑顔で、疲れた冒険者を癒しているのだろう。きっと、大変だろうな。


 ……そう言えばフィオは、どんな顔で笑うのだろうか。


 俺は少し照れながら、ニシシと口元を曲げ、甘えたように身体を寄せてくるフィオの笑顔を想像した。


 どうやら俺はもう、相当フィオに頭を焼かれてしまっているらしい。


 隣に居るのがフィオなら、どれだけ今日は幸せだったか。


「ヘイ、ホールドミー!」


 恋人に想いを馳せていると。ジェニファーは豊満なバストを広げ、腕を開いた。


「え、えっと、その」

「彼女に、謝ル元気、分けてアゲマース。ハグミー、ドーユゥアンダスタン?」

「えっと、その。俺には、恋人が居て……」

「ノンノン、ハグは、挨拶。カモン、腕を開きっパナシはシンドイデース」

「え、ああ」


 ふむ、挨拶ならば仕方ない。彼女に急かされるまま、俺は体を預けジェニファーに胸いっぱい抱き締められた。


 その豊満な弾力はまさに宇宙的な神秘を秘めた超新星爆発であり、俺が今まで体験したことの無い理想郷アルカディアへと誘う扉であった。


 顔にピッタリと吸い付いて、形を変えズブズブと肉の中に埋もれていく感触。母体の中のような温もりと、男の下半身をくすぐる刺激が混ざり合い、弾け飛んだ。


 まさに、ビックバン。


 ……そうか。これが、巨乳か。これが、女性の胸か! 



「────っ、ぷはっ!!」

「オーウ、少し元気出た顔になったネー。アルトサン、グッドラック! 私は、応援シテマスヨー」


 凄まじい、体験だった。俺は、目の前で微笑むジェニファーと、その胸を。


「ありがとうございます」

「ワッツ?」


 取り敢えず、両手を合わせ無言で拝んでおいた。












 その後。



 結局、俺はジェニファーさんに一晩中フィオの相談を続けた。


 帰り際に会計額を見て目玉が飛びでたが、良い経験だったと思う。


 正直なところ水商売の人に、あまり良い印象はなかったけれど。


 毎日毎日、疲れた人間の心を癒すのは簡単なことではない。彼女達は俺達と同じように、目の前に居る人を救っている。だからこそ、商売が成り立つのだ。


 俺は店を後にしたあと、彼女らに確かな敬意を覚えた。



「ふぃー、財布がスッカラカンだぜ。アルトが夜通し嬢に付き合わせるなんて意外だったな。背負って帰って貰おうと思って、お前を呼んだんだが」

「2度とそんな目的で俺を呼ぶな。まぁ、良い社会勉強になったから今回は良しとするが」

「プックク、まさかアルトがキャバにハマるとはな。次から声かけるようにするぜ」

「いや、結構。良い経験になったが、1度で十分だ。もう行くことは無いだろう」

「照れるなって、ボンヤリとだが一応見てたんだぜ? お前がジェニファーちゃんに……」

「なぁバーディ、何を見てたんだって?」



 バーディと並び。アジトへと戻る道すがら。


 俺が聞きたくて堪らなかった、愛しい少女の声がした。


「うお、フィオか。珍しいな、こんな朝っぱらから」

「まぁ、ちょっと野暮用でな。それよりお前ら、珍しい組み合わせだな。何処に行ってたんだ?」

「昨日誘っただろうが、ゼア・グロッセ・ブラスタだよ。ジェニファーちゃんに、久々に会いに行ったんだ。相変わらず、すんごい爆乳だったぜ!」


 振り返ると、そこには白魔導服を着た少女─────フィオが立っていた。


 フィオはにこにこと、不自然なくらい明るい口調で俺達に話しかけてきた。


「珍しいな、アルトも行ったのか。ゼア・グロッセ・ブラスタ」

「ああ、結構楽しんでたみたいだぜ。ジェニファーちゃんと一晩中イチャイチャしてやがった、他の四人娘には見せられねぇ姿だったな」

「ふぅん」


 そうか、昨日の飲み会にはフィオも誘われていたのか。どうして、彼女は来なかったんだろう?


 ああ、そうか。そういえば確か、俺がフィオにそういう店に行かないでくれと、懇願したんだったよな。


 なるほど。ソレで、昨日フィオは、バーディの誘いを断ったのか。


「ふぅーん」


 チラリと、目が合う。愛しい、恋人と。





 無邪気な笑顔で人懐っこくバーディに微笑む、金髪を揺らす純白の少女。


 その彼女の瞳だけは、ブリザードが吹き荒れる荒野の如く、冷徹で無感情な眼だった。

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