第35話 帰路
【ルート視点】
王宮のメイドと旅先で一夜の過ちを犯した、その直後だというのに。
勇者パーティの頼れる槍使いバーディは、今度は筋骨隆々のおじさんと暑い夜を過ごしていた。
僕は少々、バーディという男を誤解していたらしい。まさかここまで、性に飢えた男だったとは。ちょっと風俗を制限しただけで、ここまでヤらかすとは思わなかった。
……というかバーディは、そっちの趣味もあったんだな。
僕は昔から、同性に狙われやすい容姿だと言われていた。フィオは男の娘だとかなんとか、よくわからない事を言っていた。
以前から冗談交じりに女装させられていたが、彼とは本気で距離を取った方が良いのかもしれない。
無論、性癖に罪があるわけではない。彼との接し方はそのままに、寝床の距離だけを取るのだ。それがきっと、お互いの為になるだろう。
「……きゅぅ」
村長の部屋の扉を閉め、物思いにふけっていると。
メイドのクリハさんが泡を吹いて、卒倒してしまっていた。
無理もない。彼女とバーディは最近、関係を持ったところだ。竿の根も乾かぬうちに他の男に手を出す節操なしだとは思わなかったのだろう。
クリハさんも可哀そうに。
その後僕はメイドを背負って自分の部屋に戻った。そして精霊たちに、今後どうしたらいいか相談した。
バーディをどうしたらいいか。メイドをどう慰めればいいか。
精霊曰く、クリハさんはバーディにこれ以上近寄らせない方が良いらしい。大惨事になるそうだ。
「おうい客人、そろそろ飯にせんか」
「あ、はい」
小一時間、クリハを寝かせ精霊と会議していたら、村長が僕らを呼びに来た。
どうやら食事を作ってくれていたらしい。
「ガハハ!! ナイスジョークだったろ?」
「ふざけんな!! ふざけんな!! 自分で自分の頸を捻じ斬りかけたわ糞爺!!」
食卓に行くと、激高したバーディと、ニヨニヨと笑う村長、顔を背けて笑っているメルがいた。
「くくく、私はやられたらやり返す。倍返しだし」
「お前、また俺にボコボコにされたいの? 買うよ? 喧嘩なら買うよ?」
「すまんな、旅の戦士。可愛い娘の頼みとあっては、断れなんだ。勿論、何もしとりゃせんよ」
「当たり前だ糞爺! アンタも随分と楽しそうだったけどな!!」
朝っぱらから、バーディと村長はイチャイチャぎゃあぎゃあ騒いでいた。痴話喧嘩だろうか。
「おい、ルート。そのジト目を止めろ、朝のアレは誤解だからな」
「……心配はいらないよ。僕は、偏見とかないから。大丈夫、君はそのままの君で良いんだ」
「違うっつってんだろこのカマホモ野郎!」
宥めるように語り掛けたが、バーディは興奮したままだった。
まだ熱が冷めやらぬのかもしれない。
「ホモだなんて誤解だ。その、すまないけど僕にそっちの趣味はない。期待されても困る」
「期待してねぇよ畜生!!」
「ガハハハハ!!」
すまない、バーディ。君に対して、僕は友誼以上の関係を結ぶつもりはない。
こういうことはあらかじめ宣言しておいた方が、今後の人間関係もスムーズだろう。
「だからその意味深な目を止めろぉ!! ルートォォォ!!」
「くはっ……くはははははは!! ざまぁ見ろってんだ、バーカ」
「こんの糞ロリがぁ!! 真っ裸に剥いて発情させたフィオの前に転がしてやろうか!!」
「ふえっ……っ? じゃ、じゃなくてやれるもんならやってみろよ変態!」
「なんで今ちょっと期待した顔になったお前」
にしてもどうしてこう、勇者パーティには色ボケしかいないのだろう。
フィオや四人娘も酷いし、バーディは言わずもがな。まともなのは、アルトくらいだろうか。
まったく嘆かわしいものだ。
「オラ! 捕まえたぞこの糞ロリィ!! 全裸に剥いてやるから覚悟しやがれ!」
「わ、ちょ、マジ!? ふざけんな、コラ、ちょ、本気で脱がすかお前!! ウチの里でもそれはかなりの非常識……」
そんな色ボケバーディは、今度は幼女を捕まえて服を脱がそうとしていた。
……ああ、絵面が犯罪的すぎる。
「幼女はいねぇかあああああああああああ!!」
「うおおおお!! 殺気!? 何だ、今のは?」
「げっ! 私の裸を察知してきたのかこの変態!?」
流石に止めに入ろうとした、その瞬間。
僕の近くに凄まじい速度で『何か』が飛んできて、その風圧で吹っ飛ばされてしまった。
「ぐぉぉおおお!!?」
「あっ……。凄まじい勢いで突っ込んできたもんから、思わず叩き斬っちまったぜ」
「……うわグロっ。流石に死んだ?」
僕はゴロゴロと転がり、壁で頭を打ってしまった。
「あ、ルートも怪我してる」
「おいぃ! 周囲を冷静に見渡しながら私の服を脱がそうとすんな!」
「大丈夫だ安心しろクソガキ、貧乳の裸にゃ興味ねぇ。お前を脱がすのはただおもしれーからだ」
「人間の屑がこの野郎!! ふっとんだ仲間の心配しろよ!」
衝撃で脳が揺れ、意識を失う間際、僕が見た景色は。
おびただしい血で赤く染まった食卓の床に、上半身と下半身が真っ二つになって呻き声を上げ、もぞもぞと動いている修道服の男性。
縛られて半脱ぎになった幼女と、全裸でその幼女を縛る悪人面の男。
そして、面白そうにそれらを眺める初老で全裸のマッチョ。
「ただいま、戻ったぜ。おーいお前ら、何処に……。おい、な、何じゃこりゃあああ!!?」
眩暈と共に、意識を投げ出し目を閉じた瞬間。
ここに帰って来たらしいフィオの、絶叫が聴こえた。
「……はっ!? 僕は一体?」
「目覚めたか? 気分はどうだ?」
長い金髪が、僕の頬をくすぐる。暖かい枕が、僕の肩を挟んで包む。
ここは、ゆらりゆらりと揺れる馬車の上。どうやら僕は、フィオに膝枕されて眠っていたようだった。
「あ、アレ? えーっと、ここは?」
「帰りの馬車だよ。もう、オレ達は王都に向かって戻ってる途中だ」
「……そ、そのフィオ? なんでさっきからそんなに優しい顔してるのさ」
「よしよし、もう怖くないからな」
瞼を擦り、寝ぼけ眼で起き上がる。
あれ、確か僕はミクアルの里で寝泊まりしていた筈では?
「なんか変なフィオだな。えっと? 僕はいつから寝ていたんだっけ────」
「よしよし、思い出さなくていいから、もうちょっと休んでな」
そう言って目の前の女性は、聖母の如く微笑み優しく僕の頬を撫でた。
……誰だこの人? フィオがこんな母性溢れる慈愛に満ちた顔をするものか?
「あんな光景見たらそりゃ気を失うよな。常識人にミクアルの里はまだ早かったか」
「……はあ」
空を見ると、夕焼けで空一面が紅く染まっていた。
そんな空の下、馬車に揺られ、膝枕で僕を抱いたままのぞき込む、フィオ。
まるで絵画を現実に落とし込んだかのような、そんな印象的な景色だった。
「君は、フィオでいいの?」
「……大丈夫か、まだ意識がはっきりして無いのか? オレはフィオに決まってんだろ」
「僕、どれくらい寝ていた?」
「半日くらい寝てたんだぜ? ……めっちゃ魘されながら」
フィオはそう言って、心配そうに僕を覗き込んだ。
何時までも彼女の膝を借りている訳にもいかない。僕はフィオに礼を言って顔を上げ、ゆっくりと辺りを見渡す。
美味しそうな匂いのする弁当、異様にでかい簀巻き、白目を剥いたまま御者をしてくれているクリハ。ふむ、不審な点が多いな。
「馬車の荷物が増えてない、フィオ?」
「ああ、お土産貰ったんだ。それとバーディだ」
「へぇ、ミクアルの里には名産品でもあるのかい?」
「ねぇよ、観光スポットじゃねぇんだから。お土産ってのは、オレの姉さんの手料理とかさ」
「成る程、通りで良い匂いがする訳だ。……それであの、でかくてモゾモゾ動いているのも手料理なのかい?」
「いやだから、あれはバーディの簀巻きだが」
「あ、そう。ならどうでもいいや」
何故彼が簀巻きにされているのかは分からないけれど、どうせまた何かやったんだろう。
「人の妹を真っ裸に剥くとか何考えてるんだあの馬鹿。さて、もうちょっと寝てろよルート。今のお前には休養が一番の薬だぜ」
「……本当に君はフィオか? 何かいつもに比べて妙に優しいというか」
「あはは。いや、悪いと思ったんだぜ? お前さ、治療中にちょっと、その……」
「どうかしたのかい」
「どうせ気付くだろうから言うけど、お前失禁しててさ。パンツ、履き替えさせてもらった」
「……な!?」
僕は慌てて、自分の着ている服を見る。……いつもの僕の服じゃない。
女物だ。フィオのやつ、気を失っているのをいいことに僕を女装させてやがった。
「む、村に男物の服とかなかったのかい!? なんでわざわざ、女物に」
「悪い、オレの私服だ。お前、里を出た後に漏らしてな……。バーディのはブカブカ過ぎるから、オレのが丁度よかったんだわ」
「ぐっ……、な、なら仕方ないけど。ってまさか僕が今履いてる下着って!」
「ああ、洗ってるから大丈夫。オレのだ」
「うぅ、今度からそういう場合は僕の荷物漁っていいよ。着替えを探すくらい、簡単に出来るだろう」
今の僕は女物の下着と、女物の服を着ている男という事か。それでさっきから、妙にフィオが気を遣ってたのか。
というか、フィオは男に自分の下着を履かれるのはいやじゃないんだろうか。
「その、自分のに着替えたいから少し向こうを向いていてくれるかい?」
「もう一つ残念なお知らせだ、ルート。お前の替えの服は止血に使ったから血塗れになっていてな、もう全滅してる」
「止血!? ぼ、僕はそんなに重傷だったのか!?」
「あ、その。お前じゃないんだが、かなりの重傷者が居てな。それで、近くにあった布がたまたまお前の服だったもんで。洗って返す、すまん」
「……分かった、理解した。成る程、それでフィオの服なんだね」
「似合ってるぞ」
「止めてくれ」
色々と諦めた僕は、そのままドカリと馬車に腰を下ろした。僕の腰に巻かれたスカートがはためいたので、反射的に手で覆い隠す。危ない危ない、見えるところだった。
スカートの裾をさっと手で直して、中が見えないように足を組み直し、僕はフィオに向かって座りなおした。これがあるから、スカートは嫌いなのだ。
「……ルート。何かお前の女の子動作、完成度高くない?」
「どっかの誰かがしょっちゅう女装を強要してくるからじゃないか?」
「いや、それにしては凄い自然だったような。ま、いいけど」
いかん、前世の癖で無意識にやっていた。これではますます女扱いされてしまう。
前世で僕は、『体は女だけど心は男』だった。だから女子としての所作を会得しているが、本当は女性と恋がしたかった。
なので今世で、男性に生まれたのはとてもうれしかった。
ここまで女顔に成長するとは思わなかったけれど、それでも身体が男性なだけで前世より全然マシだ。
「それを言ったらフィオだって、男みたいな所作じゃないか」
「それを言われちゃ言い返せねぇなぁ」
何にせよ、これで今回の任務は終わった。僕達はそのままゆっくり、時間をかけて王都へと戻って行くだけ。
白目を剥いたメイドの操る馬車に揺られ、僕達はのんびりと王都へ旅をつづけるのだった。
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