第33話 成長

「……ウチのバーディが、大変な無礼を」

「ん? バーディさんって、あの槍使いか?」


 バーディがメルをやっつけたあと。


 強い奴に興味津々なミクアルの住人たちが、こぞってバーディに喧嘩を売りにいった。


 メルは暫くその場で蹲った後、涙目になって起き上がり。歯ぎしりしてバーディを睨んだ後、『お姉ちゃ~ん!』と叫び、どこかへ駆け出してしまった。


 メルがかわいそうだし、あの態度はないなと、他の村人に謝ろうとしたのだが……。


「ああ、良いの良いの。喧嘩売って負けたならメルが悪い」

「負ける喧嘩は売っちゃダメ、負けた奴が何されても文句言えん」

「それがミクアルの里の掟さ」


 謝ろうとした言葉の先から、大きく笑い飛ばされてしまった。


「むしろ、メルにはいい刺激になったんじゃないか」

「負けたくない相手に負けるってのは、すごく悔しいからな。修行に身が入るってもんだ」 


 どうやらこの場に、メルを心配している村人は一人もいないようだった。


 フィオの話によると、確かこの里の住人は皆家族なんじゃなかったっけ。少し、薄情すぎないだろうか? それとも、形だけの家族なのだろうか。


 僕はメルの走り去った方向を見ながら、ため息を吐いた。


「メルの事が心配かい、お客人」

「え、あ、ええと、あなたは」

「改めて、俺はラントだ。フィオのパーティメンバーなんだってね、よろしく頼むよ」


 そんな僕に話しかけてくる、ミクアルの里の青年がいた。


 この人は確か、さっきメルに黒歴史を暴露されていた人だ。


「この里の常識は、外での非常識。この里で負けたヤツを心配するのは、何よりの侮辱だから気を付けてね。一応言っておくとメルも、心配されたいなんて思ってないからね」

「……にしても、マナーが悪いような」

「アレくらい、ここじゃ普通さ。この里だと、負け犬はとことん煽られるからねぇ。もっと修行しろと、はっぱをかける意味も込めて」


 ラント青年はそういうと、「オレもよくボロクソに言われるよ」と苦笑いをして頭を掻いた。


「随分と、意地の悪い村なんですね」

「ああ、その通り。それでこの里が嫌になって、外へ出て行く連中も少なくはない」

「だったら止めましょうよ、そんな風習」

「この村が普通の村なら、止めてもいいのだと思うけどね」


 敗者をトコトン虐める村。そういう文化だとしても、僕はあんまり良い気がしなかった。


 だけど、ラント青年は真面目な顔をしたまま、


「負けて煽られてイヤになるような奴は、とっとと山を下りた方が良いんだ。……オレ達は命がけで、魔族と戦うために武を磨く集団」

「……」

「煽られたくらいじゃ諦めない『負けず嫌い』じゃないと、強くなれないんだ」


 そう言って、バーディと戦うミクアルの戦士をぼんやりと眺めた。


「ウチの修行、キッツいんだよね。もう、まともな精神してたら逃げ出したくなるような」

「……そう、聞き及んでいます。ミクアルの里は、この世で最も厳しい修行場だと」

「冗談抜きで、本当にキツくてさ。死ぬほど強い意志を持ってないと、投げ出したくなるんだよ。だから村の連中は、応援の意味を込めて『煽る』んだ」


 ラント青年の話を聞いて、僕は少し肝を冷やした。


 彼の言葉が事実なら、ミクアルの里の住人は魔族と戦うため、そこまでしないとこなせないような修行をこなしてきていることになる。


「本番の魔族との戦いで、仲間に死なれちゃ困るからな」


 ……ミクアルの里は、ただの隠れ里。魔族が現れると義勇軍のように出撃し、敵を倒して去っていく『戦闘のボランティア』集団だ。


 彼らはその使命の為に、どれだけのモノを投げ出してきたというんだ?


「さて、俺もバーディとやらに挑んでくるかな。フィオが来たら、久しぶりと言っておいてくれ。俺が気を失ってたり死にかけてたりしたら、ロクに話せないだろうし」

「は、はい」


 ラント青年話を終えると、楽し気に腕まくりしてバーディに向かっていった。


 土地が変われば、住人は変わる。人が変われば、文化が変わる。


 見知らぬ土地では、自分の価値観が必ずしも正しいとは限らない。ましてや閉鎖的なミクアルの里なら尚更だ。


「さーて、もう一発。と、流石にもう屁が出ねぇな。ふんぬぅぅぅぅ・・・。ふぅ、なんとか出たぜ。」


 ラントがバーディの前に立つころには、集まっていたミクアル住人の殆どが地に伏していた。


 バーディは律義に、彼らに尻を向け放屁して回っている。……バーディは、こういう『空気』を読むことには長けた男だ。もしかしたら、ある程度分かったうえでやっていたのかもしれない。


 ……おそらくこの里の空気は、僕に合わない。絶対にココにだけは、住みたくない。


 でも。こんなにも、自分の成長にどん欲な人達だからこそ、常に強くあり続け、太古の昔から人族を守り続けられたのだろう。


 だから僕は、彼等が常識外れであろうと『尊敬』することにした。例えこの里の住人が、どんなにエキセントリックだったとしても。彼らが今まで成し遂げてきた、魔族を退け続けた功績が色あせることはない。


 むしろ、そこまでやらないと……『強さ』を維持できなかったのだろう。


「ラント、っつったかな。コイツで最後か。持ってくれよオレの下部直腸括約筋、残存する腸管ガスを全てひりだしてやれ。ふぬぅぅぅぅぅ!!」


 数撃の撃ちあいの末、ラントが吹っ飛ばされて大地に身を投げた。


 これで、道端に立っているのはバーディだけになった。野次馬たちは、悔しそうに、それでいてどこか嬉しそうに、皆地面に寝そべり空を見上げている。


 この、なんとも逞しい男達が、僕達人類を滅亡から守り続けてきた、ミクアルの戦士たち。




「ふぬぅぅぅぅぅぅ!! もう少し……。────あっ」

「ぐわぁあああ!!?」


 バーディの尻から聞こえて来た汚い音は、聞かなかったことにして。ラント青年が地に伏す事により、この馬鹿騒ぎは幕引きとなった。


 この怪我人の山はどうしたものだろうか。……そろそろフィオも目を覚ましてそうだし、僕が彼女を呼びに行こうかな。

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