第31話 巫女。

「違う、無実だ……。俺はヤってない……」


 美女と野獣の衝撃映像を見て、とっても気まずい朝食を終えた後。


 バーディはゾンビのような顔色で寝込み、クリハさんは何ごともなかったかのように黙々と荷物を馬車へと積み込んでいた。


 ……昨晩、何があったのだろうか。恐らく、ナニがあったのだろう。


「おい、ルート……」

「うん、分かってる」


 オレとルートは小声で話し合って、二人には普段通りに接しようという結論になった。


 男女の話に首を突っ込むのは野暮というものだ。クリハさんの想いを知っているオレとしては、むしろ『良かったネ』という気分である。


「いや、その、マジで。いや、マジで俺ヤってないって。だって、ほら、記憶にないもん」

「なぁクリハさん、あとどれくらい?」

「あと数時間ほどで、ミクアルの里に到着する予定ですよ」


 ブツブツと小うるさいバーディを無視して、オレは馬車からの懐かしい風景を楽しんでいた。


 久々の里帰りに、オレも浮かれていたらしい。


「お、おい見ろよケセラパサラだ。この辺にしか生息してない珍しいモンスターでな、美味いんだぞ」

「食べれるのアレ?」


 オレはいつも以上に饒舌に、『あの木は昔からあった』『この花はミクアル周辺で良く生えている』などルートに語って聞かせた。


 ルートはそんなオレの話を、うんうんと頷いて聞いてくれて。


 バーディは馬車に這いつくばりながら、一生ウンウン唸っていた。


「やっぱり、地元に帰るのは楽しい?」

「そうだな。楽しい思い出がいっぱいある里だから」

「この俺がちっぱいおっぱい女を抱いた? ははは、そんなワケ……」


 クリハさんの御者で馬車に揺られること、数時間。


 やがて整備された道が消え、青々とした木々が広がる深森が広がった。


 山は険しくなり、獣やモンスターの鳴き声が周囲で木霊している。


 つまり、ミクアルの里が近づいてきている。


「っと、ここらでは馬車置いていこうぜ。これ以上は道が細くて邪魔になる」

「了解しました、フィオ様」


 オレはクリハさんに、馬車を乗り捨てるよう提案した。


 オレは魔法で敷居を簡単な作り、その中に馬がしばらく生きていけるだけの飼葉と飲み水を用意したあと、獣に見つからないよう結界を張った。


 ここから先は道が細すぎて、馬を連れていけないのだ。


「うわ、なんだこの道」

「そこに石あるぞルート、気を付けろ」

「俺じゃない、ヤってない。アイツに胸はねぇ、正気を保て俺」


 屈まないと進めないような悪路を進むと、やがて開けた場所に出る。


 そこでは目の前に崖がそびえ立っていて、古い看板がぼつんと刺さっているのだ。


『────ミクアルの里を目指す旅人よ。里に入りたければ、まずその実力を示せ。この崖を越えられぬなら、里に入る資格ない』


 そう。驚くべき事に、ミクアルの里の入り口は断崖絶壁なのだ。昭和の漫画みたいである。


 ミクアルの里は武侠の里。それなりの身体能力がないと、出入りできないのだ。


「……フィオ? 僕、この崖を登り切れる自信はないんだけど」

「あー、安心しろよ」


 ……と思わせておいて、じつはちゃっかり抜け道がある。いちいち崖のぼりをしないと里に出入りできないとか不便すぎるだろう、常識的に考えて。


 この看板が出来た当時の人は、いちいち崖を越えてたらしい。昔の人はアホだなぁ。 


「この先に抜け道があるんだ。そこの岩と岩の間に……」

「あーなるほど、把握できたよ。ふむ、岩の中に階段と、縄梯子が設置されてるね。これ、かなり分かりづらいな……」

「……一応、めっちゃ頑張って隠蔽してる道だから、入り口教えただけで把握されちゃ困るんだが」


 ……ルートが異常と諦めるべきか、里が未熟だと悔しがるべきか。


 この男の娘は、五重くらいに隠蔽魔法を重ね掛けしている抜け道を、一瞬で見抜いてしまったらしい。


 オレも関わったんだけどな、この道の隠蔽。


「まあいいや、進むぞ」

「ええ」


 さて、崖を目前にしてオレ達一行は道を脇にそれ、岩の狭間にある小さな洞窟へと入っていた。


 この洞窟を抜けた先に、里の住人が抜け道を作っているのだ。


「あれ、この石碑は?」

「戦士の墓場だ。……ミクアルの里の、先祖代々の墓地だな」

「え? 人生の墓場? ウッソだろ、オレが貧乳の責任取らなきゃダメなの? ウッソぉ?」

「……そっか」


 ルートは墓地の前で立ち止まると、静かに一礼して拝んだ。


 ……彼なりに、ミクアルの里に敬意を表してくれているらしい。


「ん、ここ登るぞ。あの岩陰の裏に里の入り口がある」

「ありがとう、フィオ。いよいよ、ミクアルの里に入れるんだね」

「あああ……。チ〇コ抜き差ししただけで結納とか罪が重すぎる……。減刑を、減刑を」


 洞窟を歩くこと30分。やっとオレ達は洞窟の出口へと辿り着いた。


 後はこの小さな横穴を潜るだけだ。大柄なバーディでも四つん這いになれば潜れるだろう。


「よし、ついてこい」


 里に詳しいオレが先陣を切り、最初に横穴を潜り進んでいく。


 ミクアルの里は恨まれることも多いため、警備がしっかりしている。


 オレが暮らしていた頃と変わらなければ、この裏道を抜けたところに一人か二人、見張りが居るはずだ。


 その見張りが短絡的な奴なら、里の住人以外が現れた瞬間に攻撃するかもしれない。


 オレが先頭になるのが、無難だろう。


「了解だフィオ、僕達もここを潜れば、────っ、い、良いんだね?」

「ああ、押すなよ?」

「いや、待てよ? 子供さえ出来てなけりゃ、別に責任とる必要なくないか? だよな、俺はまだ未婚で突き進めるよな」 

「ほほう、なるほど。ではルート様の次に私が入りましょう。バーディ様には、最後尾の警戒をお願い致します」



 オレは後ろ手で“こっち来い”とハンドサインすると、なにやら顔が赤いルートがメイドに押し込まれていた。どうしたのだろうか。


「ルート、どした?」

「う、何でもない。フィオ、良いから早く進んでくれ」


 歯切れの悪いルートが気になりつつ、オレは横穴を進んでいった。少し離れて、ルートがモゾモゾとついてきている。


 なんでルートの奴、そんなに距離を開けて決まりが悪そうにしてるんだ?


 ────はっ!? 


「ルート貴様! パンツだな、オレのパンツ見てやがるな!?」


 ああなんてことだ、迂闊だった。



「う、悪い。でもさ、でも不可抗力だったんだ。次に僕が入らなかったとして、結局クリハか君のどちらかは後ろに男性が続くことになるし、その」

「しまった、不覚だ! このフィオ一生の不覚!」


 オレは思わず叫び、地面に突っ伏した。たまにこういうポカをやってしまう癖を、早いところ治さないと。


 嗚呼────。


「先頭をクリハさんにしたら、オレがパンツ覗けたのに────!」

「……は?」

「ぬう、合法的に四つん這いメイドさんの尻を思う様視姦する絶好のチャンスがぁ。ちくしょぉぉぉ」

「え、フィオ、ストップ。待って、悔しがって顔を地面に擦りつけるのをやめてくれ。その体勢だと、君の下着がより見えてしまう」

「あー? オレのなら好きなだけ見ろよ、金なんて取らねぇよ。クッソォ、やらかした……」

「あぁ……。良いじゃねぇか、1発ヤるくらい。クッソォ、ヤらかした……」



 オレはパンツチャンスをふいにしたことを痛く後悔しながら、しょんぼりと這って進んだ。


 ちくしょう……。クリハさん、ガード固くてなかなか覗けないんだよなぁ


「その、フィオ、ちょっとくらい隠す努力を」

「なんだルート君、オレのパンツに興味あるの? すけべー」

「や、やめてよそういうの!」


 初々しい反応を示すルートをからかいつつ、モゾモゾと横穴を抜けたのだった。


 パンツくらい好きにチラチラ見たまえ、男の娘。


 オレはどこぞのエロ勇者みたく凝視してこないなら、全裸見られたって気にならないのだ。








 そして、横穴を抜けると、辺り一面に広がる岩盤がオレ達を出迎えた。


 里を覆う岩場は、城壁の役目をはたしているのだ。この岩で四方を囲まれた、森の中の高台にある集落こそ、我が故郷「ミクアルの里」である。


 久々に里に戻ったオレは、抜け道の周囲を軽く見渡してみた。今日の見張りはどこかな? 


 ……おっと、やっぱりいた。岩盤に腰掛ける、野暮ったい服の少女。うん、懐かしい顔だ。


 パタンと手に持った本を閉じ、ジトーっとした目で此方を見ている馴染み深いその少女に、オレは大きく手を振った。


「久しぶりだなメル!! おっぱいデカくなったかー?」

「帰れド変態」


 うん、相変わらずの毒舌だ。


 見張り番として入り口に居たのは、可愛い俺の妹メルだった。不機嫌そうな釣り目で、腰までかかったポニーテールを靡かせ、彼女はオレ達に近付いてきた。


「……四人か。そこの変態アホが連れてきたってことは、お前ら敵ではじゃないんだな? 名前と性別とここに来た目的と、そこの痴女との関係性を述べてくれ。里に入っていいか審査してやる」

「え、前は審査とか無かったよな? メル、良いから村長ボス呼んできてくれよ」

「黙れカス。各自、先程の問いに答えてくれ」


 メルは、何というか相変わらずだった。胸も膨らみ女らしくなってきたのに、中身はまったく変わっていない。


 最後に見た時は確か、メルが十歳の頃だったか? そろそろ礼儀を知っても良いと思うんだがなぁ。 


「フィオ、君は彼女に何をしたんだ? 毛虫の如く嫌われているじゃないか」

「馬鹿を言え、オレとメルはラブラブだぜ。なぁ、メル?」

「おぞましいことを言うな。お前ら、とっとと名乗れ!」


 このオレへの当たりが強い少女メルは、二つ下の異母妹だ。


 オレやメルの父親である村長ボスは、妻が複数人いる絶倫オヤジなのだ。半分とは言え、ちゃんと血がつながった姉妹である。


 ……『ちゃんと姉妹』と説明したのには理由がある。


 この里では、血がつながっていない兄弟姉妹がたくさん存在するのだ。


 ミクアルの里では、里丸ごとが家族であるという文化がある。


 この村の人間は全員、オレの兄弟姉妹。 そして村長が、村全員の父親ポジションなのだ。


 だから、オレを生んだ母親に当たる人も『姉さん』と呼んでいる。村長ボスだけが特別で、後は全員兄弟姉妹なのだ。


「……えっと。僕はルート、性別は男。フィオとは……友人だ。『流星の巫女』が失踪したと聞いて、情報を聞きに来た」

「流星の巫女の話? じゃあ何故、フィオに聞かない?」

「フィオにも聞いたんだけど……」


 流星の巫女と聞いて、メルは怪訝そうな顔をした。


 いや、まぁオレが説明できればよかったんだけどね。


「オレ? 流星の巫女関連の話、ぜーんぶ忘れちまっててさ。それで────」

「何も覚えてねぇよ……。忘れたなんてチャチなもんじゃねぇ、ヤッた事実なんて存在してねぇよぉ」


 その一瞬の油断が、命取りだった。


 目で追えぬ疾さの、えぐり込むような拳の軌跡。この技は、まごう事なく前世で言うコークスクリューブロー。


 岩場に鈍い音が鳴り響き、オレは目を見開いて、腹を押さえうずくまった。


「……つまりあんたら、流星の巫女を探しに来てくれたってこと?」

「う、うん。そうだけど」

「はぁ、事情は分かった」

「流星の巫女は、現在失踪していると伺っています。急いで探してくれと、王宮に要請が……」


 腹が、やばい。冷や汗がダラダラ出てる。


 メルの奴、流石にやりすぎだろ。集中できなくて回復魔法が使えん。


「……ちなみに、何で巫女が女性と思ったの?」

「はい?」


 ちくしょう、許さんぞメル。下手に出てれば調子に乗りやがって。


 こう見えてお姉ちゃんは強いんだぞ。必殺の水魔法で、明日メルがおねしょした風に見せかけることくらい訳はないんだぞ────


「先代も、先々代も男だよ、流星の巫女。初代が女の人だったから『巫女』って名前が付いただけ。里で一番の魔法使いが、代々星を操る魔法を継承するという決まりなの」

「そ、そうだったのか。じゃあ、では今代の巫女も男性なの?」

「……いや、今代は女性だ。おいフィオ? お前さ、十歳の誕生日を覚えているか?」


 メルがオレに話しかけてきたが、まだ十分に声を出せそうにない。


 話しかけるなら、いきなり鳩尾を穿つなよ。メルは戦士職とは聞いたけど、オレより年下の女の子の出す物理攻撃力じゃないぞコレ。


 えっと、何の話だっけ? 


「あー、オレの十歳の誕生日? なんか派手なお祭りしてたっけ。妙に盛大だったな、あの歳だけ」

「ふん!!」

「痛い!!」


 メルの二発目のボディブローにより、オレの体はくの字にへし折れ、再び地面を舐めた。じんわりと目に涙が浮かんでくる。


 ……さっきから何なの!? メル、昔から毒舌だったけどこんなに暴力的じゃなかったじゃん。何? 今日は機嫌悪い日なの? マジで吐きそうなんだけど。


「なぁ、フィオ。この里でお前以上に魔力の扱いがうまい奴、居るか?」

「馬鹿言え。このオレは、人外のはびこるこのミクアルにおいても随一の回復魔術の使い手でだな!」

「おう。それが認められて、10歳の時に継承式やったよな」

「……継承式?」


 うーん。そう言えばそんなことあったような? なんかおぼろげに記憶が戻って来たような。







 ────────あ。







「さっきから、何を仰られているのでしょうか。我々としては、一刻も早く巫女様の捜索に取り掛かりたいのですが」

「クリハ。大丈夫、心配しなくてよさそうだ。そっか、なるほど。その可能性は考えてなかったな」

「ルート様? それは一体どういう……」


 うっはぁ。思い出してしまった。そーだ、そーだった。







「あー、皆すまん。今代の流星の巫女って、確かオレだったっけ」

「フィオォォォォ!! そこに正座しろ、この大馬鹿! 君は、君と言うヤツはどうしてそんな重要なことを!」


 本日2発目。男の娘の渾身の拳骨を貰い、その場で手ひどく説教される事になったのだった。


 ……ひーん、ごめんなさい。





「だってさ……。流星魔法、何年も修行して身に着けるもんじゃなくて二、三日でさっと教わっただけなんだぜ? 何年も前にサクっと習ったことを覚えてるわけねーよ」

「ちゃんと覚えとけ! さんざん村長ボスに教えられたよな? 流星の巫女の重要性について!」

「だって巫女服着て授業するんだぜあのオッサン。記憶に残すことを脳が拒否したに違いない」

「……いや、一応継承式の正装だから。村長ボスも好きで着ていた訳じゃ────」

「スゲェノリノリだったぞあの糞オヤジ」

「いやまぁ、そこは同情するけどさ」


 メルの冷たい視線が少し同情的なものに変わった。オレは適当人間で、今回みたいなポカやらかすけれど。


 村長は真面目な変人だから本人の意思通りに変な事をしでかすのだ。あんなのが何でモテてるのかよく分からない。


 ミクアルの里では、強い奴がモテる。そして村長は戦闘力と言う面ではこの里でぶっちぎりだ。


 勇者パーティと比較しても、バーディやマーミャ辺りなら互角以上に戦えるだろう。アルトとタイマンだと分が悪そうだが、搦手を使えばなんとか勝てるかもしれん。


 だからといって、ハゲで髭モジャの筋肉達磨がモテモテなこの里はおかしいが。



「……王宮に、『流星の巫女様が失踪した』と連絡があったのですが」

「あー。2週間前、オレとアルトが魔王軍から逃げてた時に2日ほど失踪してたからじゃないか? ソレを聞いた里にいる誰かさんが、オレを心配するあまり即座に王宮に連絡したんだろ」

「馬鹿馬鹿しい話だ、本当に。この二日間、無駄足じゃないか……」


 ルートはあきれ果てていた。たしかに、皆に悪い事したな。


 何かしら埋め合わせしよう。


「……ウチの馬鹿姉が悪かったな。お前ら一応、村長に会っていくか? せっかく来たんだし、今日は泊まってくだろ」

「あ、そうだね。よろしくお願いするよ」

「オレもフィーユ姉さんに顔出そうっと。まぁ、流星の巫女は見つかったし任務達成だな! めでたしめでたしだ!」

「申し訳ありませんが、フィオ様には報奨金を渡せませんので」

「何だと!?」


 そんな殺生な!? 


「……報奨金貰う気だったのか、君は。今回の依頼は、僕も褒賞金は辞退しますよ、受け取れません」

「……金。そうか慰謝料、か。それで済ませる手もあるのか。うん、結婚しないで済むなら……」



 そんなこんなで。今回の依頼は終了となり、オレは雷を落とされる覚悟を決めながら村長ボスの元へと向かうのだった。


 気が重いぜ。

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