第30話 事後!?

「随分と帰りが遅かったな、お二人さん。どっこでシケ込んでやがったか?」

「帰って早々ご挨拶だな、ゲス野郎」


 老いた魔族に出会い、心の温まる体験をしたオレ達が、宿へ戻ると。


 へべれけに酔ったバーディが、オレとルートを見るなり下品な冗談を飛ばしてきやがった。


「だったらこんな時間までなにしてたんだよ? 夜遅くまで、イヤらしい~」

「……悪いが、今はゲスと話す気分じゃねぇんだ。このオレに相手をしてほしければ、もっと高尚で美しい話題を振ってこいバーディ」


 メイドさんを侍らせワインをラッパ飲みし、酒臭い息を吐くバーディは見るに耐えない。


 せっかくの、晴れやかな気分が台無しである。


「何だ? 悪いもんでも食ったのかこのフィオは」

「お前には分からないだろうな、愛の素晴らしさが。ああ、バーディもオレみたいに、もっと清廉な精神を持つべきだ」

「ダメだこりゃ。ただでさえおかしいフィオが、完全に故障してやがる」

「あー、何というかね。僕達はさっき、とても心温まる体験をしたのさ。フィオはそれに当てられてたんだよ」

「相変わらず、単純な精神構造してるなぁコイツ」


 バーディはオレを可哀そうなモノを見る目で見た。


 可哀想なのは、お前の頭の方だというのに。


「バーディ、君達こそ何をしていたんだい?」

「ん? クリハに巨乳のメイドの娘の情報を根掘り葉掘り聞いていただけだが」


 バーディはいつも通りのようだ。こんな美人と二人きりだって言うのに、何やってんだこの馬鹿。


 心なしか、クリハさんがしょげている様に見える。人間の屑がこの野郎……。


「貧乳の何が駄目なんだ? 良いじゃねぇか。女の胸の体脂肪率が高かろうが低かろうが」

「そうだけどよ、こればっかは好みの問題だからな。生理的に駄目なんだわ、貧乳は。トラウマもあるし」


 バーディはこのように、貧乳にまったく興奮しない。


 オレとしては興味を示されても困るのだが、クリハさんが不憫でならない。


「貧乳にトラウマねぇ……。どうせこっぴどく振られたとかそんなんだろ?」

「……。その程度ならよかったんだがな。まぁ、アレだ。触れられたくない過去って奴なんだ、そっとしておいてくれ」

「いやに気になる言い方するなオイ。アレだ。好きだった貧乳の女の子の前でパンツずらされてトラウマになったとか?」


 或いは好きな女の子の前で貧乳な娘にパンツでも脱がされたか。いずれにせよ、コイツ自身の粗末なモノポークビッツがコンプレックスが関わっているに違いない。



「いやさ、ストーカーされてたんだよ。村の根暗な貧乳女に」

「ストーカー? それはあれか? お前にしか見えない女の子にか?」

「ちげぇよ! 幻覚だった方が遥かにマシだよ! ……お前に分かるか、独り暮らしの筈のオレの家にいつの間にか料理が二人分並んでて、背後からお兄ちゃんと声をかけられたときの恐怖が!?」

「……うお、マジなのソレ」

「マジだよ! 子供の頃にさ、熱で死にかけてた村の娘に薬草探し出して持っていってやったことがあったんだ。そしたら、次の日からずっと視線感じてさ。どうやら惚れられ……、いや取り憑かれちまったみたいでな。ああ、思い出すだけで当時の恐怖が……」

「バーディ様は、そのような恐ろしい目に遭われていたんですか? お可哀そうに、まったく気付いておりませんでした」

「ああ、しまいには村中どこにいても視線を感じるようになってだな。恐怖とストレスで気が狂いそうだった。魔王軍の襲撃のドサクサで、ソイツとはうまく別れれたが、ヤツが恐ろしくていまだに故郷に顔を出せん。村長には世話になったし、いつかは帰りたいのだが……」

「それでお前、故郷に帰りたがらないのか。世話になったなら、その村長に手紙くらいを送ったらどうだ」

「……アイツに俺の生存が知られるわけにはいかない。もう、奴の影に怯える生活をしたくない」

「流石に王都まで追ってこれんだろ。きたとしても、兵士につまみ出されて終わりだ」

「奴を甘く見るな! 気配を隠す天才で、城門を越えて忍び込むなんて朝飯前だ! 何度こっそり忍び込まれて、料理に変なものを混ぜられたか────、いや、この話はやめよう。酒が不味くなる」

「ええ、そうしましょうバーディ様。嫌なことなど、お忘れになられば良いです」


 そう言ってクリハさんは、バーディにお酌をした。


 バーディは何故、こうも優しく愚痴を聞いて、励ましてくれるクリハさんに興味を持てないのか。


 頭の大事なところがイカれてるんじゃないか? 


「すまんなメイドちゃん。ああ、酒が美味い」

「ご安心ください、勇者様のお屋敷は我ら王宮のメイド隊が管理しております。我ら以外の人が侵入した形跡があればすぐにお知らせしますので、ご安心ください」

「頼むぜクリハ。まぁ流石のアイツも、厳重に警備されてる俺達のアジトに忍び込めんよな」


 バーディはそう呟いて、ずずい、とクリハさんの注いだ酒を飲み干した。まったく、妙なところで小心な男だ。


「うぃ~。気持ちよくなってきたぜ」

「もうお休みになりますか、バーディ様」

「そう、だ、な……」


 しこたま飲んで、限界だったのか。バーディはまもなく、顔を赤らめたまま寝息を立ててしまった。


 クリハさんはそんなバーディの肩を抱え、ベッドまで運んでいった。


 ……なんだかなぁ。自分より一回り小さい娘に酒を飲んで愚痴り、酔い潰れて運ばれるバーディを見ると情けなくなってきた。


 何でオレはこの男の友人やってるのだろう。


 至高の愛を見た直後にこんな人間の屑を拝まされるなんて、どんな拷問だ。


「バーディ様をベッドにお連れいたしました。フィオ様、ルート様も一献いかがでしょうか? 酒類に限らず、果汁飲料やアイスティー等もご用意できますが」

「……ごめんなクリハさん。あんな奴の相手をさせてしまって」

「いえ。非常に心地よい時間でしたよ。お二方がこのままお休みになられるなら、机を片付けさせていただきますが」

「……。なぁクリハさん、ちょっとオレとも酒に付き合ってくれや。さっきの体験をさ、誰かに話しちまいたくてしょうがないんだわ」

「駄目だよフィオ、あんまり言いふらすことじゃない。そっとしておいてあげなよ」


 オレは、老いた魔族の話を酒の肴にするつもりだったが、ルートはいい顔をしない。


 確かにそうなんだけどな、でもこう、喋りたくて仕方ないんだよなぁ。


「やめた方がいいかな? うーん、本当に良い話だったんだがなぁ」

「うん、やめておく方がいいよ。あの切なくも暖かい物語は、僕らだけの胸にしまっておこう」

「何でしょう、ルート様までそう仰られるような話なのですか。少し気になってきたのですが」


 クリハさんも少し興味を持ってしまったようだ。だが、ルートの言うことも至極もっとも。


 そうだよなぁ、魔族と敵対してる王国の、王宮勤めのメイドさんに潜伏する魔族の話は出来ないよなぁ。


「いや、すまんクリハさん、何でもないんだ。この気持ちを共有出来ないのは残念だが、どうか忘れてくれ」

「うん、クリハには悪いけど、あの感動は人に伝えて聞かすべきではないと思う。僕達だけで話を留めておく方が良いのさ」

「これは新手のメイド苛めでしょうか。いえ、立場は弁えていますし、詮索は致しませんが」


 そう口では納得しつつも、少し不満げな顔になったクリハさんが可愛い。


「まぁまぁ、許してくれよ。そうだクリハさん、手頃なワインを持ってきてくれ。今はなんだか一杯やりたい気分なんだ、飲もうぜルート」

「うん、いいよ。クリハも一緒に飲もうか、もう仕事モードはやめていいよ。君とも友人として酒を酌み交わしてみたかったのさ」

「……はぁ。そう仰られるなら、ご相伴にあずかりましょう。王宮からの持ち出し品で味が良いものがございますので少々お待ちくださいませ」


 すっ、と一礼するとクリハさんはどこからともなくワインボトルを取り出して、机に手早くグラスを並べた。流石、本職のメイドは動きにキレがある。


 救済された魔族の想いを肴に、オレ達は杯を交わして盛り上がった。ルートは先程の体験を思い返したらしく、静かに泣き出していた。意外とコイツ涙もろいんだな。


 だが、流石に疲れていたのだろうか、オレもルートも3人で飲み始めて間もなくウトウトと眠くなってしまい、結局1時間も経たぬうちにクリハさんに支えられ、オレはあの屑バーディ同様ベッドへ運ばれたのだった。


 おかしいな。オレ、こんなに酒に弱かったかなぁ? 











 翌日。







「……神よ」


 オレが目を覚ますと、隣でルートがすやすや寝息を立てていた。


 嗚呼、諸行無常。まさに八難辛苦、絶体絶命、百花繚乱。


 ────思い出せ。記憶の糸を辿れ、狼狽えるな、昨夜のオレは何をしていた!? 


 うん、大丈夫だよな。そう、昨夜は確か飲みすぎて、それで眠くなってきて……? よし、ルートとヤった記憶はない。大丈夫、大丈夫。


 で、でも酔い潰れていたし、前後不覚で記憶が残ってないだけかもしれない。念のため、確かめておいて方が良いよな、身体。


 オレは寝起きの頭で、考え得る最悪の事態を想定しつつ。


 覚悟を決めズボンと下着を下ろし、局部を露わにして確かめた。恥ずかしいが、事実確認は重要だ。


「う、うーん……」

「げ、ルート!?」


 しかし、オレが下着を下ろした瞬間。まさに最悪と言えるそのタイミングで、ルートが目を覚ましてしまった。


 ……寝起きでぼんやりしていたルートと、パンツをずり下ろしていたオレの目が合う。


 やがて、状況を理解したのか、ルートの顔が赤く染まっていく。


 マズイ。言い訳を早く考えねば。この状況、オレはまるで痴女じゃないか。


 ……いや、言い訳なんて必要ない。


 オレは悪いことをしていた訳じゃないんだ。正直に事情を話せばいい、それでルートはきっと納得してくれるはずだ。


 オレもテンパっていたのだろう。そんなこんなと色々頭で考えている間に、ルートから先に声をかけられてしまった。



「……おはよう、フィオ。君は僕のパンツをずらして、何をする気だったんだい?」

「お、起きたかルート。すまん、悪いがお前の処女膜見せてくれ。昨日、性欲爆発したオレがうっかりヤってないかの確認なんだ」

「僕に処女膜があってたまるか!!」


 朝っぱらから男の娘のパンツをずらしていたオレは、ルートから手痛い拳骨を落とされた。





「……そもそも。なんでフィオが男部屋で寝てるのさ?」

「知らねえよ、昨日はクリハさんが運ばれたまま爆睡した筈だし。クリハさん、お前を女と思ってるんじゃないか?」

「そんな訳ないだろう。どうせフィオが寝ぼけて入ってきたんだろ」


 ヒリヒリと痛む頭を押さえながら、オレはルートはクリハさんを探しに部屋を出た。。


 クリハさんなら昨夜の状況を理解してるはず、ルートと同じ部屋で寝ていたことの説明もしてくれるだろう。


「全く、男女が一つ屋根の下なんてパーティの風紀が乱れるぜ。……と、悪い。間違えた、オレは女の子だったか。じゃあ問題ないな」

「いや、合ってるよ。僕とフィオは男女で合ってるよ。何で僕を男に分類しようとしないんだ君は」

「まあまあ」


 ズボンをずらされて機嫌が悪いルートを宥めつつ、オレ達はもう一つの部屋の扉に手をかけた。


 ……あれ? 昨日バーディが「こっちを男部屋にする」って言ってたような。


「……なぁルート、男部屋ってこっちだったような。お前が間違えたんじゃね?」

「う、本当だね。おかしいな、僕は昨夜起きた記憶もないんだが……」


 そう言って、ルートは腑に落ちない顔をした。


 昨日、何があったのだろうか。


 どうしてオレとルートが、同衾することになったのだろうか。


 その秘密を探るべく、オレ達はめくるめく男部屋の扉を開けて。



「ぐぉ、ぐごごごごぉ」

「すぅすぅ、お兄ちゃ……」



 全裸でベッドインしている、美女と野獣を目視し。




 そっと、部屋の扉を閉めた。

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