第22話 でぇと!
【アルト視点】
……気のせいだろうか。
王都に帰って来てから、パーティの皆の様子がおかしく感じる。何というか、前よりピリピリしている気がするのだ。
特に、フィオ以外の女性陣の空気が良くない。彼女らには以前から小さな口論はあったのだが、最近ますます顕著になってきている。何というか、険悪さが増した、という感じだろうか。
「この地味盗賊、何故ついてきているのだ。私が、今日アルトと買い物に行く予定なのだが」
「……レイ。ウチの目を騙くらかせると思うたか? ……その妙な薬を置いていけ」
「健康に問題が有るモノじゃ無い。お前みたいな乳臭いガキには理解できない薬もあるんだよ」
「……理解しているから置いて行けと言ってる」
「は。なんだ、ガキの癖にそう言うことには興味津々か。この淫乱」
「……鏡を見て言うと良い。ド淫乱」
買い出しに出掛けると、なぜか仲間同士で口喧嘩が勃発。
「アルトは忙しいのだぞ! 私と剣を振っている最中に、何の用事だユリィ!」
「そろそろ疲れたのでは無いかと、差し入れを。アルト様、お菓子を心を込めて作りましたので、ここで休憩にしませんか?」
「邪魔だ! 剣の道というのは、甘味片手に休みながら成せる道では無いのだぞ! とっとと下げろ!」
「アルト様は既にお強いです。少なくとも、休みもせず剣を振り続けているどこかの人より」
「……それは誰のことを指している」
「うふふ」
剣の鍛錬をしている傍らで、睨み合いが勃発。
「これでは良くないと思うんだ。フィオ、俺は仲間同士で諍いはなるべく避けたいと思っている。だから、彼女らが喧嘩を始めたら、お前に仲裁に入ってもらいたい」
「死ねってか? そんなにオレを精肉加工したいのかお前は?」
最近の仲間同士の険悪さを悩んだ俺は、人の機微に詳しく恋人でもあるフィオに相談することにしたのだった。
今まではこう言う時は1人悩む事しか出来なかった。だが、フィオと親密になれたので今はこう言った相談も出来る。フィオの存在は、本当にありがたい。
「何とか、ならないだろうかフィオ?」
「無理……いや、恋人である事を公表すれば何とかなるんだが、そうするとオレ死んじゃうしな。やっぱ無理だな」
「そうか、フィオでも無理か」
何やら含みのある言い方をしているけれど、フィオにもどうやら無理らしい。残念だ。
「ところでさ、アルト」
「どうした? 俺の可愛いフィオ」
「その、なんだ。今から始めますって時の話題じゃねぇよなソレ」
因みに、今俺達のいる部屋はベッドが一つあるだけの、簡素な部屋だ。人目につかぬようわざわざ城下町の外周まで来て、そういう場所を借りた。俺は実に数日ぶりに、フィオとイチャイチャしている。
下着のみを身に着け、膝の上に座っている彼女の肩を抱きながら、俺はとても幸せな時間を過ごしていた。
「……ヒャッ!! お、おい」
「そうだな。すまん、タイミングが悪かった。今はキチンと、目の前のお前に集中する」
「違う、そう言うことを言いたいんじゃ……、待って、……ッ!」
そうだ、二人の時に他の女性の話題はNGだった。いかんいかん、フィオが優しいからと言って何でも甘えていると、いずれ愛想を尽かされてしまう。俺も彼女の恋人として、ふさわしい男にならないと。
「そ、その」
「さぁ、目を閉じろフィオ」
俺は、自分の相談事を打ち切って優しくフィオと唇を合わせる。王都に戻ってから、二人きりの時間をあまり作れていなかった。恋人との時間は、しっかり確保しないとな。
最近分かったことだがキスを交わすと、フィオにもスイッチが入ってくるらしい。少し顔を赤らめながら、彼女はキスの最中から既に全身の力を抜いて俺に体重を預けてきた。
「夜までに戻らないと怪しまれるからな。フィオ、そろそろ始めよう」
「……う、うん」
そして、事が始まる。
ここでしか見れない、頬を赤く染めた静かな彼女を愛おしみつつ俺はゆっくり肩に手をかけた。
【フィオ視点】
「……」
「会計だ。これで、足りるな?」
「毎度。今度は是非泊まってくだせぇ」
まだ、体が熱い。異物感があるし、ジンジンする。
オレとは対照的に随分とスッキリした顔のアルトは、手早く会計を済ませ、オレの手を優しく包みこんだ。そのまま手を引かれ、オレは熱に浮かされたようにアルトに寄り添い夕闇の街を歩いていた。
……この駄勇者め、女は普通にしんどいんだぞ、事後は。なんでデートプランの最初に本番を持ってくるのか。馬鹿じゃないの。
久しぶりの、恋人とのデート。プランをアルトに任せていたら、まさか開幕逢引き宿へ直行するとは。この勇者、本当にブレない。
「こっちだ、フィオ」
「……うん」
一応この後は食事と聞いているが、頭がぽわぽわして何も考えられない。どんな店なのだろう。
道案内をアルトに任せ、身体の火照りをなんとか誤魔化そうと集中する。これ、回復魔法で何とか出来ないのかな。うーん、解熱魔法? いや、なんかそれは違う気がする。
……さっきから殆どアルトと会話がない。オレ側に話を振る余力がなく、アルトもあまり話しかけてこない。貴重なデートが、こんなんでいいのか。
いや、アルトが相手だしこんなものか。元々寡黙な奴だし、急にベラベラと喋られても反応に困るな。ちゃんと手を握って歩いているし、及第点にしておこう。
最初から求めすぎるのもアレだしな。開幕で抱きに来た事だけ、ほんのり注意しとくか。
「なかなか時間を作れなくて済まなかったなフィオ。本当は、毎日でもこうしたいのだが」
「……いやそれは、キツイわ」
一方アルト側は毎日ヤりたい模様。こういったデートは、王都に戻ってから今日までの二週間で、大体4-5日周期くらいで誘われている。今日は4回目の王都お忍びデートだ。
オレ達は普通の恋人程度には会ってると思うんだが、アルトからしたらまだ足りないのだろうか。
因みに、このデートの追跡者はいない筈。念のため、アルトにガッツリ探知して貰っているから安心だ。見つかったらシャレにならん。ここの警戒だけは絶対に手を抜けない。何故かアルトも、妙に協力的だった。
また、アルトには「人前で絶対に誘うな!」と固く言いつけてあるので、奴がオレを誘う時はこっそり腕を引く様にしてもらっている。アルトに腕を引かれたその夜に、オレがアルトの部屋に忍び込んで密会して、デートの日時を話し合う。毎度、なかなかのスリルを味わっている。
夜の密会に向かう途中、アルトの部屋の前でユリィとニアミスしたときはビビったな。「ユリィには言いにくいのだが、色事を嗜みに行くのさ」と言って上手く誤魔化せたからよかったモノの。いやはや普段、エッチなお店に通ってて良かった。あの時の顔を赤くしたユリィは可愛かったなぁ。
「着いたぞ、フィオ」
「……うわ」
そしてアルトと並んで歩くこと10分、アルトに連れられて到着したのは小さな庶民向けの定食屋だった。デートに使う店にしてはどう考えてもショボい。いや、高い店じゃないと嫌とかそんな厚かましい事を言う気はないが、正直かなり安っぽい印象を受ける。「夕食」って、言葉通り普通に飯食いに来ただけなのか。
「ああ、誤解するなフィオ。この店は今日貸し切ってある。設備を借りただけで、ちゃんと料理の腕のいい人が来てくれる手筈だ。出張料理人と言うヤツだ」
「おお、そうなのか」
「王都近辺だと、美味い店も多いが俺達の顔も知られている。知人に見られ噂になるかもしれないからな。俺達の事、まだ隠しておきたいんだろう?」
「アルト……! 気が利くな、最高の配慮だぜ」
なんだ。この男にしては珍しく空気が読めている。完璧な配慮に感謝する反面、何股かかけられてるんじゃないか疑惑もわずかに強まった。
いや、一応アルトを信じる事にしてはいるんだが……。こいつ、腹黒なのか天然なのか未だに判断しきれないのだ。付き合う際は腹黒野郎にしか思えなかったが、最近の言動から自分を鈍感じゃないと思い込んでるド鈍感にも見えてきた。
どっちだ、分からん。
胡散臭い目をアルトに向けたままその定食屋の戸を開けると、中は思ったより綺麗な店だった。そして厨房にはスラリとした美人が厨房に立っており、すっと彼女はオレ達を一瞥し優雅に礼をする。
「おお、もう来てくれていたのか」
「お待ちしておりました、アルト様、フィオ様」
彼女はメイド服を纏い、覇気のある猫目をゆっくり細めながら歓迎してくれた。銀髪をいつもの様にサラサラと揺らし微笑む彼女に思わず見とれ────
って。
「クリハさんじゃねーか!!」
「はい、フィオ様」
噂になるからわざわざ遠出したのに、自分から顔見知り呼んできてどうするんだこの馬鹿!
「フィオ。彼女の料理の腕は王宮でも随一だと聞く。今日は、特別に奮発して休日の彼女を雇ったんだ」
「いや、いや! クリハさん、これはだな、その、アルトとは何でもなくて、その、たまたま一緒に食事する展開になったアレで……」
「ご安心を、フィオ様。お二人の関係を他言するつもりはございません。私の、メイドの矜持に賭けて」
「あ、いや、ちが……」
あふん。まぁこの人なら口は堅いと思うけど……。
「心より祝福しますよ、フィオ様。では、只今より腕によりをかけて調理させていただきますので、ごゆるりとご歓談ください」
クリハさんはそう言って、ワインをグラスに注いだ後厨房へと消えていった。テーブルにはおしゃれなマットが敷かれ小さなチーズが皿に盛り付けられており、高級店さながらの雰囲気となっている。
「彼女、早めに来てわざわざ内装も弄ってくれたのか。やっぱり彼女を呼んで正解だな」
「うう、出来れば知人にも知られたくなかったんだよなぁ」
「そうか、済まなかった。だが、俺の交友範囲で出張料理を頼める相手なんて彼女くらいしか居なかったんだ」
「そっか。お前人気ある癖に結構ボッチだもんな」
「……」
あ、しまった。地味に傷ついた顔をしてる。
「ま、まぁ乾杯と行こうぜアルト! なんだ、今日は楽しもうぜ。もう楽しんだ後だけど」
「あ、ああ。なら乾杯だフィオ」
慌てて空気を戻そうと、カチン、硝子の器を揺らしオレとアルトはワインを煽った。
ヤッた後の微妙な気怠さを癒すべく、熟達した料理の腕を持つと言うクリハさん手作りの夕食に舌鼓を打つとしよう。王宮で随一の腕と呼ばれているだけあって、前に国王主催の宴会の際に食べた彼女の料理は本当に絶品だった。
……彼女は厨房に戻る時オレとアルトを意味深に見ていた事だけが気になったけれど。
オレとアルトは向かい合い、2人きりの店内で寛ぐ。アルトは相変わらず寡黙なままだ。少し会話を振ってみるとしよう。
「なぁ、アルト。1つ聞いても良いか?」
「ああ良いぞ、フィオ。何でも答えよう」
「その、最初の夜の日な。お前、もしあの奇襲で死にかけたのが別の娘でさ。例えばユリィだったとして、ユリィと二人で逃走劇かまして、ユリィと同じ様にあの小屋で一線超えてたら、ここに座ってるのはユリィだったのか?」
デートで開幕ヤられた腹いせに、少し意地の悪い質問を投げてみる。さて、どう答えるかな?
「いや、それはないな」
「ほう。何でそう言い切れるんだ?」
「あんな事をしでかしたのに、許してくれた上恋人にまでなってくれるような女神はフィオ、お前くらいさ」
「……どうだろうな」
おお、思ったより良い返し。ただオレ以外の四人のウチ、四人全員が責任取らせる方向で恋人になってくれそうだけどな。
1度会話が始まると、ソレを皮切りに話が弾んでいく。今度はアルトの方から会話を振ってきた。
「その、すまんな。最近までお前の事を誤解していた」
「誤解?」
「あー、なんだ。お前はどうしようもない問題児で、常に迷惑をかける存在だと思っていた。自分が恥ずかしいよ」
「ん? 大体それであってるぞ。オレは、自分が楽しければそれでいい快楽主義者だからな!」
いきなり何を謝っているんだコイツ。
「……そっか。フィオはそう
「ほほう。バーディの野郎、相変わらずオレに喧嘩売ってやがるな。明日、奴の槍先を煮干しにすり替えておいてやる」
こういう事は自分で言う分には構わんが、人から言われると腹立つな。
「なぁ、フィオ。俺はさ、お前のそう
「そっか、変な奴」
珍しいな、アルトは人間の屑が好きなのか。ダメンズ好きの性別逆バージョン的な?
「だから、フィオ。お前に、ずっと一緒に居てほしい。俺の隣に居てほしい」
「はいはい、分かったよ」
「約束だからな」
そういって奴は静かに目を閉じ、オレの頬に手を当てた。オレもそれに乗っかり、目を瞑る。
二人はメイドの存在を頭から消しつつ、唇を重ね合わせて絆を深め合うのだった。
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