第21話 アイドル!
【アルト視点】
……俺は今、悪夢のような光景を目撃してしまっている。これは夢か、幻か。
フィオ・ミクアル。
勇者パーティの仲間であり、愛すべき俺の恋人である彼女が。
────親しげな様子で、爽やかな兵士の青年と二人で歓談している。街の片隅の、小さな喫茶店で。
「……っ!?」
目の前の光景が信じられない。その男は気安くフィオの髪を撫で、フィオはフィオで触られたことを気にも留めずケラケラしている。その髪を、誰の許可を得て触っているのか。
フィオはやがて、彼の肩をトントンと叩いて立ち上がり、笑顔で別れを告げた。男は名残惜しそうに敬礼している。その顔からは、フィオに対する何らかの感情を感じた。憧れ、だろうか。懸想、だろうか。
……さて。一体誰だ、あの男は。
「と、いう事だバーディ。お前はフィオのことはなんでも知っているだろう? 教えてくれ」
「面倒くせぇ奴が面倒くせぇ話を持ってきたなオイ」
俺はその光景を見てすぐさま、真相を究明すべくバーディの部屋を訪ねた。
乱雑に武器や防具が散らかるこの部屋を訪ねる奴は少ない。ここなら、バーディと二人きりで話せる。
「フィオが見知らぬ男と歓談してるなんて、これは一大事ではないか」
「そうかぁ。……そうかぁ?」
俺にはフィオに直接問いただしにいく度胸は、なかった。
……フィオに問い質しても、恐らくはぐらかされるだろうし。口の上手さで、フィオには勝てないからな。
「十中八九、知り合いの兵士に声かけられて駄弁っただけだと思うが。アイツ、男友達は多いからな」
「だが、兵士側は下心がありそうだったぞ。こう、目線がイヤらしかった」
「というか何でそんなことを気にするんだ、アルトが。フィオが男捕まえたって良いだろ別に。それともお前、フィオ狙いなの?」
「ああ。凄く気になるから、教えて欲しい」
「だよな、だったらなんでフィオのことなんか知りたがるんだ?」
「……いや、だから俺はフィオが気になるから知りたいと言っている」
「分かった分かった、フィオにもプライバシーが有るから興味本位で……。ん? 今なんて言った?」
……真面目に相談したいのに、バーディと会話がなかなか噛み合わない。
何というか雑に、適当に対応されている感じがする。フィオはバーディの親友のようなものと思っていたが、興味ないのだろうか。
「スマン、アルトよ。お前は、フィオが気になるの?」
「ああ、気になっている」
「確かに、やつの行動はいつも奇想天外だ。警戒しないと、何をしでかすか分からない。そういう意味だよな?」
「いや。フィオに女性として、好意を持っている」
「HAHAHA! いや、ちょっと待て、ええええ?」
バーディは珍獣を見るような、困惑に富んだ目で俺を凝視した。
「いや、確かに本命を一人決めろといったけどさ……。よりによってソコかよお前」
「よりによって、とはどういう意味だ」
「いや……。ああ、もういいや」
バーディは頭痛をこらえるような仕草をした。
さっきからなんなのだ、この態度。
「その、聞くぞ。フィオのどこが好きだ?」
「……。えっと、その。顔?」
「天下の大英雄アルト様が、ずいぶんとゲスいことを言うじゃねぇか。フィオに影響されたか」
「いや、気付けば好きになってたからな。だから、いきなりそんなことを言われても分からなかった」
「オイオイ、オイオイ。これ、マジな奴? 罰ゲームのドッキリとかじゃなくて?」
「俺は、仲間に嘘は吐かん」
俺がフィオを好きになることが、そんなにおかしいだろうか。彼女は普段はアレだが、実は優しく快活で、とても魅力ある娘だと今は思える。俺は胸を張って、フィオが好きだと宣言しよう。
……可愛いフィオの頼みだし、彼女と付き合っていることは内緒にしているが。出来るならば、みんなの前で公言して堂々とイチャつきたい気持ちもある。
それに、バーディと例の約束も有る。それとなく、フィオを説得していかないとな。
「……お前さ、ただでさえ妬まれまくってるってのに。ここからフィオまで掻っ攫ったら、城中の兵士敵に回すぞ? その覚悟はあるか?」
ところが、当のバーディは渋い顔をしていた。彼との約束を守っている形なのに、何が不満なのだろう。
「……と言うか、城の兵士がフィオと何か関係あるのか?」
「大有りだよバカヤロー」
バーディは両手を上げ、やれやれと肩をすくめた。俺に呆れているのがよくわかる。
何か俺に問題があるなら、教えてほしいものだが。
「そうだな、最初から説明してやるか。俺達がどうして高額な報酬で雇われていると思う? その資金源はどこだ? 全て王様か?」
「……む、国王では無いのか?」
「違うよ、それだけじゃない」
それは、バーディの言うとおりかもしれない。俺は資金のやり取りや交渉事は確かに苦手だ。この辺はバーディやフィオ、ルートに任せっきりだ。
「俺達勇者パーティはな、主に三つの支持母体がある。一つ目は民衆。彼等は魔族をやっつけてる俺達に好意的だ。寄付金や武器を提供してくれたり、宿を借してくれたり色々協力してもらってんだぞ」
「なるほど」
「そして、民衆からの1番人気はお前さんだアルト。なんてったってウチのパーティの中心だからな」
「……いや、まだ俺には力が足りない。中心などと、過大評価だ」
「そんなことねぇんだがなぁ……。まぁいい、次の支持母体の話だ。王族貴族、コイツらが主な俺達の資金源。民衆の寄付金も有り難いが、コイツらの出す額は桁が違う。その代わり、隙あらば婚姻関係を結ぼうと令嬢を押し付けてきたり……俺たちを政治利用しようするから、あまり頼りたくない相手だな」
「そういえば俺も令嬢を紹介されたな。だが、殆どの娘は俯いてばかりで、心の底では嫌そうに見えた。出来れば、ああいったことはやめて欲しいな」
「いや、あの娘らが俯いてたのは四人からプレッシャーが……。いや、もういいや。最後の支持母体は、この国の軍部だよ。そして、ここでの人気は民衆とは大きく異なり、お前さんが1番嫌われている。何でか分かるか?」
「……俺が、弱いからか?」
「アホ、しょっちゅう手柄を持っていかれるからだよ。俺たちの活躍が広まれば広まるほど、軍部は何をしてるんだと後ろ指をさされる。ヤツらだって必死で戦ってるのに、可哀そうなことだろう」
「むぅ……」
「しかも軍部の大半が男性だ。日常的に女に囲まれてる俺達が妬ましくて仕方ないんだろ。特にお前」
「何故、特に俺なのだ?」
「うん、死ね。んで逆に、軍人から人気があるのはウチの五人娘だな。女日照りの軍部では、訓練とかでアイツらに会えるのが貴重な娯楽らしい。顔だけは良いからな、うちの連中」
「なるほど」
と言うことは、フィオも兵士から人気があるということか。そういえば、あの男も兵士だった。
……正直に言って、フィオが人気なのは意外だった。彼女と一晩共にするまで、フィオから女性としての魅力を感じたことがなかった。
フィオとの会話は、まるで同性と話すようなのだ。だがその気安さも、大きな魅力になっているのだろう。
現に今、俺は彼女のすべてに惚れ込んでしまっている。
「という事はまさか、フィオにもファンがいるのか」
「……ん?」
正直、俺はバーディの話を聞いて少し焦った。
フィオの魅力に気付いているのは、俺だけだと思っていたからだ。まさか他にもフィオ狙いの男がいるとは。
……不安になってきたぞ。フィオが浮気をしているとは思わないが、彼女は押しにとても弱い。
強引に迫られれば、場に流されて受け入れかねない。そんな事、絶対に許すわけにはいかない。
彼女の人気がどれほどかは分からないが、男の影が有るなら早々に介入して……。
「というか、軍ではフィオがぶっちぎりで1番人気だぞ? 8割くらい、フィオ派じゃねぇかな」
「……え?」
フィオが、他の四人を抜いて1番人気? 全体の八割!?
……何を言っているのだバーディは。そんな訳がないだろう。
だってあの、フィオだぞ?
「そんなに怪訝な顔をしてやるなよ。まぁ、気持ちは分かるがな……。ほらアイツ、見てくれは可愛いだろ? んでもって、アイツは戦闘が起こる度に何してた?」
「……俺達と共に最前線で闘っていた」
「それじゃ半分だな、50点。アイツはいつも、魔王軍との闘いの終わった後も、真っすぐ兵舎に行って重傷な兵士を夜通し治療してやがるのさ」
バーディの話を聞いて、俺は衝撃を受けていた。
……知らなかった。フィオがそんなに献身的な事をするとは思っていなかった。
「前さ、俺の飲み仲間が負傷したって聞いて、病院に見舞いに行ったんだよ。そしたらさ、フィオの奴が深夜だってのにせっせと働いててさ。オレじゃなきゃ助けられない奴がいる、なんて格好つけたことを言って。毎回、フィオだけで千人近く救ってるそうだぞ」
「……」
「あとさ、戦闘前に兵舎とかに行くと、大概フィオがいて兵士達と笑い合ってるんだ。“大丈夫だよ、そうビビるな。どんな状況だろうと、命さえ有れば助けてやる。ここにオレが居るから安心しろ。”なんつって」
「フィオは、そんなこと一言も……」
「そう言う奴なんだよ、アイツ。寝る間も惜しんで自分達を癒やしてくれるフィオが、兵士達に好かれない訳がない。彼等にとってフィオはお姫様、戦場に咲く花、地獄に現れた女神だ。お前さんが殺したいくらいモテモテな現状でも、背後から刺されてない一番の理由は“フィオを毒牙に掛けてないから”、これに尽きる」
ちょっと待て。そこまで妄信的に慕われているのか、フィオは!?
「なんとフィオのファンクラブまで組織されてるらいい。聞くところによると鉄の戒律があるらしく、1人で抜け駆けしようものなら地獄を見るんだとさ」
「なんだそれは、物騒な」
「さっき一人、金玉つぶされた奴がいたと聞いた。なんでも、フィオと2人で喫茶店で飯食ったんだとよ」
……。
「……ふむ。ではもし、俺がフィオに手を出したらどうなる?」
「奴らを甘く見るな。相手がお前であろうと、殺す気で襲い掛かってくるぞ。……まぁ、捕まれば即座にミンチに加工されるだろうな」
……。
「まぁ、そう言うことだ。そもそもフィオは攻略難易度も超高いぞ? 大人しく他の四人から選んでおけ、それが一番無難だから」
「……そうか。すまん、失礼する」
「あいよ。じっくり悩め、少年」
そうか、フィオはそんなに大人気な兵士達のアイドルだったのか。
ふむ、俺って奴は、フィオに何をしでかしたっけ?
恐喝、強姦、覗き、買春etc……。
「……」
……今後は、俺もフィオと付き合っていることを隠していこう。それに、多人数相手の戦闘訓練も増やしておくか。
誰だって、ミンチになりたく無いものだしな。
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