第20話 執行猶予

「勇者パーティ、アルトだ。王への謁見を求める」

「少々お待ちくださいませ」


 国王の住む『宮殿』は、王都全てを一望出来る高さの丘の上に築かれていた。


 オレ達勇者パーティは国王に今回の遠征任務の報告を行うため、揃って王宮へと訪れていた。


 ……気が重いぜ。今回の任務、どう評価しても失敗だからなぁ。


「どうぞ、謁見の間へお入りください。我らが王が、お待ちです」

「ありがとう」


 扉の前でオレ達に、ペコリと頭を下げてくれたのは、黒を基調としたメイドだった。


 彼女は恭しく微笑んだまま、短くまとめられた銀髪を揺らし、ゆったりと扉を開いた。


 このメイドはクリハさん。まつげが長く猫目がクールな、オレ一押しの王宮メイドさんである。性格は冷静沈着で、周りに流されない。好きな動物は『猫』。


 クリハさんは王宮付きのメイドで、今回みたいにに王様への取次とか、王族の身の回りの世話の指揮を担当している。オレ達の屋敷の管理してくれた人でもある。


 そして異性に関しては、残念な感性の持ち主でもあった。


 クリハさんのクールビューティな雰囲気はかなり好みだったので、以前2人きりで酒の席に誘い、しこたま酔わせてベッドに誘った事がある。


 その結果、逆にオレとバーディの間には何もないのだなと念押しされる羽目になった。つまり彼女の残念な感性と言うのは、バーディが好きということなのだ。


 ……バーディあのゴミが好みって。それは流石にドン引きだわ。胸の有無で魅力の有無を測る色ボケだぞ。


 ちなみにクリハさんの胸部装甲は残念無念。年齢的に成長は見込めないので、バーディの守備範囲に入ることはないだろう。


 なので、酒を飲み交わし胸の内を明かし合ったその日から、オレはクリハさんに優しく接するようにしている。


 まったくもって、不憫な娘なのだ。


「……」


 ところで、なんでクリハさんは、今日に限ってオレとアルトをチラチラ見てるんだろう。聞いてみても良いのだろうか。









 さて、クリハさんにアポ取ってもらってから数時間後。


 国王様との謁見は、特に問題なく始まった。多くの貴族共がずらりと並ぶなか、威風堂々アルトが経過を報告し、聞き終えた表情をピクリとも変えず国王が「大儀であった」とだけ述べる。だいたいいつもこんな感じだ。


「よくもおめおめと逃げ帰ってきたな!」

「仮にも勇者だというのに情けなく敗走とは、片腹痛い」


 ……などと、変に面倒な文句を付けてくる貴族はいなかった。


 内心言いたそうにしているヤツはいたけど、この場で悪目立ちしてまで口に出す奴は現れなかった。


 まぁ、オレらは国王のお気に入りだしな。今回は確かにやられたけれど、オレ達の活躍で勝利した闘いも幾つかある。戦力としては信頼されているはずだ。


 だからこそ、今回あんまり責任追及をされずに済んでいる節もある。


 多少わがままを言っても、今までは国王さんが許してくれたし。王宮のメイドさん達と遊ぶ許可くれるとは思わなかった。


 ……まぁ、オレ達の好き勝手を忌々しく思っていそうな貴族も多いから、余り調子に乗らないように気を付けてはいる。誰だって、ぽっと出の若い奴らが偉そうにしてたら腹が立つからな。


 カン。


 王の傍で槍を持ってる守護兵が、床を叩き金属音を響かせた。これは、王様が今から話すから静かに! の合図だ。


「……アルトよ、いや我が勇者たちよ。帰り着いて早々ではあるが、貴殿らに、新たな任を与えねばならぬ」


 相変わらず無表情のまま、王はオレ達に告げる。


「その新たな任については、日を改めて下知しよう。今宵は下がってよい。次なる任に向け、英気を養っておけ」

「了解です」


 王様がなんか偉そうに意味深な事を言っているが、これはいつもの決まり文句みたいなものだ。


 勇者パーティであるオレ達も、戦いがない日は毎日食っちゃ寝しているわけにはいかない。王命という形で、適当に雑用を押し付けられている。


 兵の訓練指導であったり、外交の席への出席だったり、領土内へのお使いだったりとお仕事は多岐にわたる。その代わり、給料とは別に報酬金が貰えたりするから手は抜けない。


 ようするに、帰ってきたならまた働いてもらうぞーと言いたいだけなのだ。













「あー肩凝った。アルトお疲れさん」


 謁見の間を出た後、オレはポンとアルトの肩を叩いた。いつもあの場は息が詰まってしまう。あーいう、権力とかしがらみとかの世界は、オレの性には合わない。


「思ったよりお咎めがありませんでしたね」

「まぁ、一回の失敗を鬼の首取ったみたいに追及されまくったら、逆にぶっ飛ばしてたけどな」

「バーディ、それ反逆……」


 バーディの不穏な発言をクリハさんは特に気にせず、彼女に導かれオレ達は王宮の正門に戻った。これでやっと肩の荷が下りた、久しぶりにパーティの皆を飲みにでも誘おうかな。また、アルトの隣の席の奪い合いでギスギスする空気を、久々に堪能したい。


「みんな、今回の遠征はこれで任務終了だ。俺の力が及ばず、ふがいない結果になって申し訳なかった」


 何やら生暖かい目のクリハさんに見送られ、オレ達は宮殿の外に出た後に立ち止まった。


 いつもここで、アルトが締めに入るのだ。戦闘や任務の後、アルトが任務を総括するのが恒例行事となっている。ここら辺は本当に真面目なんだよな、コイツ。


「今回の皆の働きに、不備はなかった。俺が手早く、魔王軍の長を仕留めれていれば済んでいた任務だ。力の強いオーク相手に、正面から筋力で張り合った俺の失策だ。搦め手を用いるべきだった」

「アルトのせいじゃない。むしろ、アルトが奮闘したから最悪の事態は避けられたんだ。それにアルトは搦め手が得意な性格じゃないだろ、フィオとかレイの領分だよそこは」

「だが……」

「むしろ、責任を問われるべきは僕だろう。先導者ナビゲーターを名乗っておいて、奇襲を察知できないとは情けない。みんな、すまなかった」


 二人が頭を下げ、雰囲気が暗くなった。この二人は生真面目すぎて、いろいろと背負いすぎているのだろう。


 馬鹿だな、今回一番足を引っ張ったオレは罪悪感を感じていないのに。


 闘いは時の運なのだ。負ける時もあるさ、そりゃ。


「お前ら、謝るの止めろや。誰かのせいじゃねぇよ、今回のは」


 皆が暗い雰囲気になりかけた時にさっと割って入ったのは、バーディだった。


 奴はこう、空気を読んで整えるのが非常に上手い男だ。


 あとは女心さえ読めれば天下無双なのだが。


「誰かが謝って、それで何か変わるかよ。ハッキリ言ってやる、今回の敗因は俺達パーティの連携が悪すぎた事だ。誰か一人がフィオを庇いに行って、誰かが咄嗟にその穴埋めをして。それが出来ればこうはならなかっただろう? 違うかお前ら」


 奴にしては珍しく、真剣な口調で話していた。皆も心当たりがあるのか、少し表情が硬くなった。


 このままではへらへらしているのはオレだけになってしまう。よし、オレも真面目な顔をしよう。


 キリッ。


「アルトが強かったら、奇襲が探知できてたら、みたいな個人の技能より先にチームとしての動き方を会得する。それが、今回の教訓だろ。謝って終わらせちゃ意味がない。きちんと次に生かさねぇとな」

「おお、バーディの癖に的確なこと言いやがる」

「ちゃかすなフィオ。……お前、オークにぶん投げられた時に本来死んでたんだぞ。たまたまアルトが凄かったから、お前は今そこで立ってるんだ。それを分かってるか?」

「お、おう」


 なんだ。いつになくバーディが真面目だ。


「つまり今後、俺は決まった時間に連携の訓練を取り入れたいと思う。何か、異論ある奴はいるか?」

「それに賛成だ、バーディ。君らしからぬ、素晴らしい意見だと思うよ僕は」

「ああ。俺も異議は無い」


 ウチのトップ二人が頷いた事で、バーディの提案は本決まりになった。まぁ、ぶっちゃけソコだよな、今回の敗因。特に被ハーレム四人娘の間で連携がほとんど取れてないのが致命的だ。


「よし、決まりだ。それともう一つ、俺から提案がある。今回の敗北に個人の責任があるとすれば、それはアルト、お前の優柔不断さだよ」

「ゆ、優柔不断ですか? アルト様、即断即決に行動してたように思うのですが」

「……アルト、悪くない。適当言うなブサイク……」


 バーディがいきなりアルトを非難し始めたため、四人娘がざわざわし始める。でもユリィの言う通り、戦闘時は迷わず動く印象だけどな、アルトは。


「いや、聞こう。俺の決断は今回の件でどう問題だっただろうか。教えてくれバーディ」

「違う、そうじゃねぇ。……お前は、女関係で優柔不断だって言ってんだよ。無自覚かどっちかは知らねぇけども、そのせいで連携が取れてねぇ部分もあるんだぞ? 早く恋人作りやがれ、この女たらし」



 ……。



「女関係だと? バーディ、からかっているわけではないよな。それと今回の件に、何の関係があるんだ?」

「大いにあるんだよ糞鈍感野郎。良いか。お前、来月までに本命の娘を一人決めろ。そして、そいつに告れ」



 ……何ヲ言イダシテル、コノ馬鹿? 



「まて、バーディ。本当に意味が分からないぞ。いきなり俺にどうしろと言うのだ」

「恋人作れって言ってるんだよ。お前が誰かと恋仲になりゃ、少なくとも今より連携が楽になる筈だから」

「……バーディ、君はなんと大胆な……。それ、逆に大荒れしないかい? 見守っておいた方が良いような、でも、うーん。言われてみれば一理あるような」

「4人組、お前らにも言っとくが振られた奴はビシッと諦めろよ。こんな、こんなにも下らねぇ事でフィオが死にかけたんだ。今までは、他人の恋路だと流していたが、流石にもう黙ってられねぇ」

「……うん、それはまぁその通りだ。と言うかバーディ、実は君、今回の件についてかなり怒ってるかい?」

「まぁな」



 バーディのいつになくシリアスな顔で熱く語っている言葉を聞いて、ちらり、アルトと目が合った。何かを聞きたそうにしている。


 ……間髪入れず、全力で首を横に振っておく。


「……ああ。事情は分からないけど、それが必要だというのは分かった。約束しよう」

「頼むぜ、アルト。ふぅ、これでやっとパーティが過ごしやすくなるってもんだ」


 アルトがそう宣言したことで、ハーレム勢の空気が変わった。四人から山を揺らし世界を覆うほどの凄まじい気迫を感じる。もしこの状況で「残念! 実はオレ達付き合ってまーす!」なんて宣言した日には即座に世界が滅んでしまう。


 ……バーディめ。この男は、そんなにオレを殺したいのだろうか。何でそっとしておいてくれないのだろうか。いいじゃん。連携訓練すればそれでいいじゃん。


 こんな、こんなくだらない事で死にたくない。何かしら、生き残る手段を考えないと。


 執行猶予(1か月)付きの死刑判決。ここから何とかして、オレは無罪を勝ち取らねばならない。



 オレの、魔王軍より恐ろしい強敵との戦いが、今幕を開けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る