第23話 お兄ちゃん

 話を聞いて、まさかとは思ったが。


 隠れ家的な料理店で逢引きをしている、何ともピンクな雰囲気の男女を見て、私は確信した。


 どうやらあの二人────フィオ様とアルト様は、本当に恋仲となっていたようだ。


 王宮の最上位グランドメイドである私が、滅多に貰えない休みを使って確かめた甲斐があった。


 国で最高位の白魔導士フィオ。彼女が勇者アルトが交際関係にあるとは、なんという僥倖だろう。


 ────私はフィオ様、いやフィオ・ミクアルという女が嫌いだった。


 「死神殺し」だかなんだか知らないが、フィオ様は私からしたら単なる「男殺し」の糞ビッチだ。


 隙あらばバーディ様を色街に誘い、王宮に苦情が来るほど乱痴気騒ぎを起こす、厄介者。


 同じ女性として、唾棄すべき存在とも言える。


 思えば初めてフィオ様と会った日から、理解できなかった。彼女の、男に対する気持ちの悪い馴れ馴れしさが。


 その一見して無垢な外見で、何人の男を手玉に取ったのだろか。


 そんな女が。バーディお兄ちゃんに媚び、ケツを振り、いやらしい街へ歩いて行く姿を見た私の心境は筆舌に尽くしがたかった。


 ……あの腐れビッチめ、なんて、羨ましい! 実の妹である私を差し置いて、赤の他人であるお前がお兄ちゃんと色街に消えるなんておかしいだろう! 


 そう。


 大事な大事な私の兄。強く、頼れる私の兄。そんなお兄ちゃんを……あんな売女には渡せない。



 荒ぶる嫉妬おとめ心を抑えこみ、私は手際よく料理をこさえていく。


 ─────私は思い出していた。


 幼き日、両親が死んで、私と兄が二人きりで暮らしていた日のことを。


 当時は貧しかったが、とても幸せだった。優しい兄に愛されて、宝石のような日々を送っていた。


 今でも覚えている。私の誕生日に、私を喜ばせる為だけに山を一日中駆け回った挙句、しょんぼりとしながら小さな花を持って帰ってきたこと。


 私が高熱を出した時、よく分からない薬草を口移しで飲ませてくれたこと。ファーストキスの、苦い思い出だ。


 私が兄の布団に潜り込んだ時、何も言わず頭を撫でてくれたっけ。


 そうだ。不器用ながらも私をいつも守ってくれていた兄は、唯一無二の家族だった。




 だが。相思相愛だった私と兄は、村に襲撃に来た魔族どものせいで生き別れになってしまった。


 お兄ちゃんは、私を逃がすためにたった一人で魔族に突っ込んでいった。私に、「逃げてくれ」と言い残して。


 ……逃げないわけにはいかなかった。私は、戦闘では役立たずだ。


 私はおにいちゃんと死んでも良かったが、兄がそれを望まないなんてことはよく知っていた。


 逃げてくれと言われた。だから、遮二無二生きるために走り続けた。


 兄がいない世界など興味がないが、兄が望むなら兄の為だけに生きようと努力をした。


 そして、逃げながら私は泣いた。もう兄と会えないと思ってしまったから。




 王都まで逃げ延びた私は、乞食でもなんでも行って必死で生計を立てた。ルックスも良く、仕事の手際も良い私は、就職にさほど困らなかった。


 やがて旅亭の使用人として働いていた時に、とある貴族に気に入られ、のメイドとして買われることとなった。料理の腕やたたずまい、仕事の機敏さなどを気に入ってくれたらしい。


 貧民出身とバレたら困るので、『奉公に来た町娘のクリハ』と身分を詐称し、その貴族のメイドとなった。


 そして1年ほど働き、メイド仕事の基礎を教え込まれた後。


 私はその貴族から、王宮へいくよう告げられた。どうやら貴族は初めから、私を王に送るために教育していたのだそうだ。


 質の良いメイドを推薦すれば、王の覚えも良くなる。


『クリハよ、その、なんだ。王宮で、私に害がありそうな噂を聞いたら教えてくれないか』

『はい、分かりました。主様』


 そして何より、自らの保身のため。


 王宮では、様々なうわさが飛び交う。貴族同士の悪だくみや、蹴落とし合いの謀略などだ。


 なので王宮に自分の息がかかったメイドを送り込み、情報を仕入れられるかどうかは死活問題なのである。


『よかった。クリハならきっと、そう言ってくれると思っていた』

『お任せください』


 この貴族には恩がある。身寄りのない自分を、王宮勤めのメイドにまで推挙してくれた人だ。


 私は、貴族の頼みを喜んで了承した。


『……ふぅ。これで暗殺に怯えずに済む』


 貴族をやるというのはなかなかに大変なのだろうと同情した。



 私の人生は、トントン拍子だった。ただの農家の娘が、今や王宮住まいの侍女である。


 みんな私を羨んでいたし、妬まれもした。だが、私の心はポッカリと穴が開いたままだった。


 大好きな兄が、私が生きることを望んだ。だから兄が死んだ今も、兄の為に生きている。自分がどう出世しようと、興味はなかった。私は兄の死を無駄にしないために、最善と思われる行動をしているだけ。


 人生とは、死ぬまでの暇つぶしである。そう考えていた矢先。





 ……なんと兄が生きていて、しかも勇者として王宮に参上したのだ。


 魔族の活動が活発になり、魔王軍との戦争が始まろうとしていた時。


 宮廷の占い師が命を絶って占った結果、「体に聖痕浮かびし勇者を八名集めれば、この国は滅びることはない」という神託が下った。


 その神託を聞いた王は勇者を探し、やがて八人の勇者が特定された。


 そして私は、勇者たちの世話役を仰せつかったのだ。


 彼らを初めて出迎えた時は、我が目を疑った。死んだと思い込んでいた兄が、確かにそこに立っていたのだから。


 ────嗚呼。


 頭が真っ白となり、世界に彩りが戻ってくるのを感じる。数年ぶりに再会したバーディお兄ちゃんは、私を庇った時の傷を顔に刻み付けたまま、数百倍は格好良くなっていた。筋骨隆々百戦錬磨、槍を振るえば国内に右に出るものなし。


 兄は、まさに理想の王子様となって再び私の前に姿を現したのだ。これが、運命というモノなのだろうか。私と兄は、結ばれる定めだったのだろうか。


 ところが。


「おお、これは随分とべっぴんなメイドさんだな! だが実に残念。あんた致命的に魅力おっぱいが足りないな!」

「バーディ、このアホ! す、すまん可愛いメイドさん。実はこいつ、頭が残念で出来ているんだ」


 数年ぶりに再会したお兄ちゃんの隣には、既に女の影があった。


「ん、何だメイドさん。オレの顔に何かついてるか?」

「……いえ、バーディ様。王がお待ちです、只今ご案内いたします」


 そして、あろうことかお兄ちゃんは私に気付かなかった。数年前のお兄ちゃんなら、どんな変装をしてもすれ違い様に匂いを嗅いだだけで妹だと見分けてくれたのに。


 そうか。そんなに、そこに居る女に夢中になってしまっているのか。


 だから、お兄ちゃんは私に気付いてくれないのか。



 そこに居る、白魔導士フィオが悪いのか。






 私はすぐさま、勇者パーティのメンバーを詳しく調べた。


 勇者パーティには六名の女性が所属しているようだが、そのうち四人は勇者アルトに懸想していて、一人は自分を男と言い張っていた。


 こいつらは捨て置いて問題ないだろう。


 問題は白魔導士の女だ。このフィオ・ミクアルという女が、お兄ちゃんと常に行動を共にし、いやらしいお店にお兄ちゃんを連れまわしているらしい。彼女こそ、諸悪の根源だったのだ。


 ……お兄ちゃんが、愛していた筈のいもうとに気付いてくれない理由。それは全てこの女が原因だった。


 殺してやる……。殺してやるぞフィオ・ミクアル!


 私は虎視眈々と、勇者フィオの暗殺計画を立て始めた。勇者パーティが遠征に出かけている際の屋敷の管理を買って出て、屋敷の内部構造を把握した。


 誰からも疑われずに、あの女を始末する。優秀な私なら、それが出来る筈だ。


 私は、絶対に兄をこの手に取り戻す。


 勇者パーティ敗走の報を受け、真っ先に私は彼等の家に忍び込んだ。極限状態から、アジトへ帰宅し気を緩めたその一瞬を狙う。


 幸いにも、帰宅したのは勇者アルトとビッチフィオの二人きりだった。お兄ちゃんの姿はない。


 今なら殺れる。


 私は気配を隠し、ヤツの頸を跳ね飛ばそうと鉄糸を指に構え、部屋の外で待ち構えていると。




 偶然にも勇者アルトから、メス豚フィオへの熱い告白の場面を聞いてしまうのだった。




 どうやら、尻軽女フィオは見事に勇者アルトを口説き落としたらしい。あの女、恋人にするなら誰でもよかったのだ。


 あんなに仲良くしていたお兄ちゃんを捨てて、別の男を口説くとは。そんなに男が好きなのか。


 吐き気がするような邪悪な思考回路だ。可哀想な兄。だがこれで、お兄ちゃんはヤツの魔の手から救われる。


 きっと、目を覚ましたお兄ちゃんは私に気付いてくれる。


 きっと、子供の時の様に私を愛してくれる。




 私は、方針を転向した。勇者殺しはバレた時に兄に迷惑がかかる可能性がある。殺さなくて済むならそれに越したことは無い。



 私は、メス豚フィオの恋路を応援してやることにした。


 お兄ちゃんに食べて貰う為に鍛えた料理の腕だが、今だけは全力で腕を振るってやろう。是非、そのままくっついて好きなだけ幸せになってくれ。


 陳腐な設備で料理の仕込みに苦労したが、私は少ない魔力を大盤振る舞いし、逸品料理を精魂込めて作り上げた。


 美食家の王様であろうと大満足で腹を撫でる出来だ。流石は、私。



 ─────計画は順調だった。


 出来上がった料理を、二人の世界を邪魔せず静かに並べ、余計なものをタイミングを見て下げる。ゲストの二人が気分よく食事ができるよう、最大限に気を配る。私が、メイドとして普段からこなしてきた仕事だ。


 二人の頬はワインにより赤みを帯び始め、テーブルには甘い空気が流れ始めている。良い感じだ。そのままもっと親密になれ。この私が、後押ししているのだ。




 次に運ぶのは、いよいよメインデッシュの粗挽き肉ハンバーグ。会心の出来だ。きっと会話も弾んでくれるに違いない。


 私は静かに、今まで通り厨房から料理を運ぼうとして。




「ん、ん」





 テーブルの上、無言で抱き合う二人を視て、音を立てず厨房に引き返した。


 ……危ない所だ、もう少しで気付かれるところだった。まさかキスの真っ最中だとは。念のため気配を消していて良かった。


 盛り上がっているようで何よりだ。もう少し待ってから、さりげなく邪魔をしないように料理を運ぶとしよう。


 ────少し、羨ましいな。私もいつか、お兄ちゃんに素敵な雰囲気のお店で二人きりの食事に行ってみたい。そして、今まで頑張ってきたことを褒めて貰おう。


 さて、そろそろキスは終わっただろうか? 


 ……ちらり。物陰に隠れ、料理を出すタイミングを測るべく2人の様子をうかがう。



「フィオ、フィオ!」

「や、どこ触って、ちょっ!」



 無言で物陰に戻る。


 はだけていた。服が、ビッチの服が良い感じに半脱ぎになっていた。


 待て。私もいるぞ、料理を運んでいただろう!? 


 キスだけなら、ギリギリ理解する。だがまさか、ここでおっ始める気かあの二人は。私の事を忘れているのか、見せつけているのか。どちらにせよ、頭がおかしいだろう。どれだけ股が緩いのだあの女! 


 いや、きっと悪ふざけに違いない。キスの延長の、ちょっとしたボディタッチ。非言語的コミュニケーション。うん、それだ。


 そろそろ運ばないとせっかくの料理が冷めてしまう。私は意を決し、料理をもって厨房を出て、


「待てって! さっきもッ……! ……ッ!」

「ふっ……! ふっ……! ふっ……!」


 音を立てずバックステップで華麗に厨房へターン。


 どうして二人とも脱いでいる!? どうして此処でおっ始めてるの!? 


 おかしいでしょ。頭おかしいでしょ。


 本当にヤツのお相手がアルト良かった。あんな色狂いがお兄ちゃんとくっつくなんて、想像するだけで頭の血管が破裂する。


「ゥォォン!! ァオン!」

「ちょ、アル─────」


 やがて店内に、もの凄い嬌声が響き出す。木の床がきしみ、店が揺れ始める。


 な、何をやっているのだろうか。セッ……にしては激しすぎないか?


 私は欲望に負け、こっそり覗いてしまった。私は悪くない。こんなとこで始める奴が悪い。


 ……いや、ちょ、うわ。なにあれ凄い。あんなに軽々と人の体は持ち上がるものなのか? ビッチがいくら小柄だとはいえ、腰痛めそう。あ、自分で治せるのかあの女は。


 やがて、唐突に勇者アルトが立ち上がり、ビッチを抱き抱え妙な体勢を取った。何をする気だ? 


「フィオ、大車輪いくぞ」 


 ……大車輪? 


 いや、ちょっと待て。なんだアレ? 行為の最中にビッチがくるくる回ってるぞ。え、回るの!? 近頃のセッ……は回るのが主流なの!? なんでそれでちょっと気持ちよさそうなの!? 


 流石は勇者。女との合体方法も、色々と格が違うようだ。来るべきお兄ちゃんとの初夜の参考に……全くならない。


 ……どうしよう、この会心のハンバーグ。仕方ないし、あの謎行為が終わるまで冷めないよう、かまどの傍で保温しておくか。



 ────暫くして。



 謎行為が終わった後、素知らぬ顔でメイドが料理運びを再開し、白魔道士は我に返って大絶叫したのだった。

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