第14話 汚い回
随分と不愛想なアルトの背中で、オレはちょこんと居心地悪そうに体を預けていた。風がオレの髪を揺らし、金糸の如く靡いている。
気まずい。ものっすごく気まずい。恥ずかしくて顔から火が出そうである。
昨夜、オレは何故かまたアルトに夜這われてしまった。そして不覚にも、流されてしまったオレは、うっかりコトに了承してしまった。
そこまでは良い。一発ヤるも二発ヤるもそう変わらん。どうせ忘れる約束だ。
ただ、オレは……。オレってやつは。
……何とアルトの性豪ぶりに耐えきれず、挿入前に失神するという失態を犯してしまっていた!
さっき確かめてみたが、昨夜は何か突っ込まれた様子は無い。失神したオレに対し、アルトは紳士に手を出さずにいてくれたのだ。
だというのに、オレはアルトをがっしり抱きしめて涎を垂らし目を覚ました。その後、テンパって全力ビンタをお見舞いしてしまったのである。
恐らく、自分からアルトに抱き着いて爆睡したのだ。それなのに寝起きでいきなりビンタされたら、そりゃあアルトも怒るわ。
本当、アルトに悪いことしてしまった。お預けがどれだけ萎えるかは、オレも良く知っている。隣で、静かに一人処理する虚しさよ。
「……」
「……」
無言。
現在、オレはアルトに背負われて目下高速で移動中だった。
朝のアレから、アルトが口を利いてこない。怒ってるんだろうか? と、じぃーっと顔色を窺うも目を逸らされる。
ふむ、やっぱりアルトのヤツ、機嫌悪いな。
でもさ、あれじゃねぇか。朝、目の前に全裸の男が居たら、そりゃ誰だってビビるだろう。
うん、オレは悪くない。悪くなくない?
「……」
それに、そもそもアレだろ。アルトもアルトでなんで襲ってくるんだ、あんな無茶苦茶した次の日に。普通の女ならブチ切れてその場でビンタだぞ? 少しだけ良い思いした上で、翌朝ビンタされるくらい許容しろよ。
「……」
さっきから無言が辛い。ひたすら走り続けるアルトにおぶさりながら、気の利いたジョークの1つや2つ普段なら飛ばしているのだが、今はとてもそんな雰囲気では無い。
「……はぁ」
思わず、溜息が漏れた。
────結局、きまずい無言のまま、オレはアルトにおぶられたまま目的地と言っていた街に無事到着した。
オレは街に着くと、するりと奴の背中から飛び降りる。アルトは、相変わらずオレの顔を見ない。
……さっきから全然目を合わせてくれない。まだ怒ってるのかな? きょ、今日はそれとなく気を使ってオレから誘ったほうがいいのか? いや、それはおかしいだろ落ち着け。オレとアルトはただのパーティメンバーだぞ、そもそもなんで自分からヤられにいかなきゃいかんのだオレが。
というか四人娘に、オレから誘ったとバレた時点でこの世に原子一つ残すことも出来ない。せめて炭素一粒くらいはこの世に生きた証を残したいものだ。
……ふと、アルトと目があった。そろそろ、何か話しかけてくるのだろうか?
そう、期待込めて奴を見るも、すぐにアルトはオレから目をそらす。さ、流石に傷つくなこれは。
ひょっとしてアルトは、オレが頷いたことで恋仲になったとでも思ったのだろうか?
それで朝イチ拒絶されて不機嫌モードなのかもしれない。それはまずい誤解だぞ、いや確かにオレは頷いたけどアレは完全に場に流されただけであって!
というか「良いか?」に省略されてたのって、恋仲とかそういう話だったのか? ソレをうっかりokしちゃったから、昨日の時点でアルトの中でオレが恋人になってたりして。
……昨日の体験がフラッシュバックしてくる。まるで、硝子細工を扱うような手つきでオレを抱き、優しく包み込む様にオレを刺激した。
「……っ」
あれ? なんかこう急にムラってしてきた。落ち着け、なんでオレが発情する側になってる! というかアルトを発情対象にするって相当ヤバイだろ! 男相手に発情ってまるで女の子じゃないか!! あ、そういや女の子だったわ。
……昨日の、奴の指の感触が、ゾクリとオレの体躯の起伏に、生々しく想起された。
こ、これは不味い。なんでこんな急にエロモードになってるんだオレ! うお、ちょっと濡れて来とる。あれか? これが発情期って奴なのか?
必死で自身の肉欲と戦っているウチに、オレ達は無事に宿に着いた。無事に、というのはなんとか今オレが発情していることをアルトに悟られずに済んだ、という意味である。バレたら奴に何をされるかわからない。
呼吸を落ち着ける。だ、大丈夫だ。この街の道すがら、そういうお店を幾つか見かけたのでコッソリ抜け出して……と、思ったが金がないんだった。畜生。
あ、こりゃやばい。オレからアルトを襲ったなんて事になればシャレにならない。
「もういい。爺さん、二人部屋の鍵をくれ、支払いはコイツがする」
宿を借りる交渉に何故かもたついていたアルトを無視して、オレは一人先に部屋へ行く。
「アルト、お前は少し外せ。悪いが夜まで、一人にして欲しい。絶対に、扉を開けるんじゃねぇぞ」
「フィオ。……分かった」
そして、アルトが絶対入ってこないように念押し。一応、全力で扉をロック。
……よし、ムラムラするし一発抜くか。
オレはささっと服や下着を脱ぎ散らかし、自家発電の態勢に入った。とりあえず、満足するまで続けよう。アルトとのアレはおかずに出来ない。気まずくなること請合だ。よし、まずは大魔王パルメちゃんで一発抜くか。
「お、おほー……」
小声を漏らし、オレはひと時の平和な自家発電を楽しむ。女性の体になって最初は戸惑ったものだが、何だかんだ生きるということは性と共にある。自然と、こういうのは習得していくものだ。慣れた指使いで自分を慰めながら、一息つく。
さて、そろそろ激しくイきますかねぇ……
「フィオォォォォッ!! 出て来てくれ、急病人だぁぁぁ!!」
……えぇー。
急病人と言われたからには回復術士として駆けつけねばなるまい。ただ、股間はビショビショである。このまま下着を履く訳にはいかない。ぐぬぬ、ノーパンでいくか。迷っていて手遅れになったらシャレにならん。
仕方ない。ノーパン魔導師、出撃する。
ドアを開けると、受付の爺さんが倒れていた。アルトの奴はバカみたいな魔力で回復呪文をかけてるが意味がなさそう。外傷ではないようだ。
因みにアルトの回復魔術は、出力だけならオレより上である。アルトがそこらのパーティで回復術師専門でやっても普通に食っていけるだろう。つまり、アルトにオレの役割も若干食われている。ぐぬぬ。
つまりまぁ、アルトの回復魔法であっても無意味ということは、オレの魔法も無意味という事だ。
原因を調べんとな。
「フィオっ!! ご老人が会話中、いきなりっ!」
「落ち着けアルト、そのまま胸をドンドン押してろ。いきなりぶっ倒れたんだな、よし」
サーチ。老人の体の中を魔法で検索する。お、やっぱり心臓だな。
「ちょっと心臓の血管綺麗にしたら治るわ、心配すんな」
「本当か」
「おう、不整脈も起こしてるから電撃欲しい。軽くだぞ? この心臓めがけて、弱い電撃を出してくれ」
「分かった」
ズドン。アルトが割といい感じの電撃を出してくれた。これなら丁度よかろう。心臓の動きが再開するまでに、ささっと心臓も治しておくか。
「ヒール、ヒール。こんなもんかね」
「フィオ、これでいいのか?」
「おう、バッチリ。あともう少し胸を押しといてくれ。意識もどるまで」
「あ、ああ」
コレでこの爺さんは助かるだろう。うむ、爺さんの体に生命力的なアレが戻ってきている。よしよし。
「じゃ、オレは部屋に戻る。もう呼ばないでくれ」
「お、おい? 爺さんまだ気を失ってるぞ」
「すぐ戻ってくるよ、心配すんな。この爺さんの身体は完璧に治したから、100歳までだって生きられる」
オレはそう言い捨て、奴の手を振り払い部屋に戻る。そう、オレにはまだやることが残っているのだ。つまり、さっさとオナ○ー再開したい。
「アルト。すまんが、放っといてくれ。今はお前の顔、見たくないんだ」
「……っ!」
ホント、アルトの顔見たら昨日のアレとか色々思い出しちまう。今はパルメちゃんの気分なんだ。許せアルト。
立ち尽くすアルトを捨て置きオレは部屋に戻る。そして再び、オレは自分を慰め始めた。
おほー……。パルメちゃぁぁん……。
【アルト視点】
────どれほど、時間が経っただろうか。
「ぐ、ぐっ……ケホッ」
「ご老人! 気が付かれましたか」
俺の前で気を失い倒れた老人が、咳き込み息を吹き返した。流石は、フィオだ。
「ぐ、何じゃ。ああ、ワシは気を失ってしもうていたかの?」
「ええ、ご無事の様で何よりです」
「ほっほっほ。ご無事、のう。ワシはもうさほど長くないで、今日ポックリでも良かったんじゃがな」
「そんな、事は」
このご老人は、なかなか重い病気だったようだ。フィオの言い口からも、いつ死んでもおかしくなかったように思える。
「いんや、ワシの心臓はもうボロボロらしくての。だからこそ、いつでも逝けるよう、毎日毎日を楽しんで生きとる。今日、絶対明日に後悔しないように。明日は、絶対明後日に後悔しないように。だからこそ、ワシはいつでも死ねるんじゃよ」
「は、はぁ」
……だがもう、その病気は完治したと伝えてあげるべきだろうか?
「さて、若いの。すまんが、何の話だったかの?」
「あ、ええと」
そうだ、俺はフィオに謝らなくちゃいけなくて────
「顔も見たくない、かぁ……」
思いっきり、拒絶されてしまったのだ。
「──若いの。何か、言われたようじゃな?」
「……えぇ」
恐らく、もう関係修復は不可能だ。後は少しでも、彼女の気持ちが楽になるよう、出来ることをやるしか無い。
「それで、お前さんは何をどうするんじゃ?」
「俺は……。彼女に、誠意を見せます。彼女に死ねと言われたら死にます。彼女にどんな無茶を命じられてもこの身の全てを賭けてやり遂げます、そして彼女に許しを……」
「……違う。やり直し。ちゃんと考えんか、この馬鹿もん」
「へ?」
ところが、目の前の老人は眉をへの字に曲げて渋い顔だ。俺の取れるべき道は、他にあるのだろうか?
「お前さん、頭を下げたか?」
「────いえ、まだです」
「地面に頭をつけて、彼女に拝み倒したかの?」
「────それは」
「最初は、それじゃ。いきなり重たいこと言われても迷惑なだけじゃろうに。ワシの見たところ、彼女はさほど怒っちゃおらんよ」
「そ、そんな訳は!」
フィオが、怒っていない? そんな訳は無い。現に、彼女は一言も口を利いてくれなくなった。ついさっきだって、明確に拒絶された。
「それは、お前さんが決めることじゃない。彼女が怒ってるかどうかは、彼女が決めることじゃろ」
「……」
「頭を下げて拝み倒す。これで、男女の事なら何とかなるもんじゃ。当然、男から頭を下げるんじゃぞ?」
……この老人の言う通りかもしれない。そうだ、俺はあろうことか、今の今まで彼女に謝っちゃいない──っ!!
「ありがとうございますっ! 俺、今からフィオにっ!」
「待ちんしゃい。一つ、教えといちゃる」
老人はそこで、ニタッと悪戯っぽく笑って。
「──この街はの、アッパーっちゅう薬の原産地での。常に催淫作用のある気体が、この街には溢れとる」
……はい?
「この街に住んどる連中はの、ワシみたいに枯れとるか機能が無いかどっちかじゃ。男同士で泊まっても、間違いが起こる街。それがここ、アッパーガーデンっちゅう村よ」
「つまり?」
「お主が間違いを犯すのも、無理がなかったと言い訳してきんしゃい」
成る程。妙に、朝からムラムラとすると思った。
……この老人は、この街付近で間違いが起きたと思ってるんだろう。だが俺がしでかしたのは前の街、残念なことにその言い訳は出来ない。
それでも、この老人は俺のために色々と助言をくれているのだ。お礼は言わないとな。
「ありがとうございます。俺、今からフィオのところに行ってきます」
「行ってきんしゃい。フィオっちゅうのか、ええ名前の娘じゃの。最後に、老婆心じゃが一つ教えといちゃる。お前さんの、心の奥底から出てきた、一番素直な言葉を彼女に伝えなさい。それできっと上手くいく」
「……本当に、何もかも、お世話になりました」
俺は老人に背を向け、一人フィオの居る部屋の前に立つ。
────ごくり。
入ってくるな。顔を見たくない。
フィオの拒絶の言葉が頭に反芻される。怖い。この部屋の戸を叩くのが、とても怖い。フィオに拒絶されてしまう事が、どうしようもなく恐ろしい。
「……ぉー」
部屋の中からは、フィオの声がする。フィオは、この部屋にいる。
だったら、俺はいかなければっ……。このまま彼女と疎遠になるのは嫌だ。オレは、フィオに許してほしい。許されたなら、仲良くなりたい。そして……っ!!
はっきりと伝えるんだ。オレの、何も飾らない、一番素直な気持ちを。
俺は覚悟を決める。扉の前に手を置き、戸を叩こうとしたその時。
「あっあぁん!!」
……変な、声が聞こえてきた。
俺は高速で戸を離れる。まさか、まさか。
「のう、若いの。お前さんのお連れさんも若いらしいの」
「こ、これはそう言うことですよね!? ど、どどどどどうすれば! これは、この状況で俺はどうすれば!?」
この街の催淫作用にフィオもやられてしまっていたのか!! こ、この状況は流石に想定外だ!
「落ち着きなさい、若いの。少し頭を回せば分かるじゃろう、今扉を開けては絶対にいかん。それだけじゃよ。そして、お前さんのやることはさっきと何も変わらん」
そんな俺に語り掛けてくれた、老人の言葉は正確だった。
「はっ……。そうでした、確かに俺のする事は変わらない。ご老人、落ち着きました。ありがとうございます」
「良い良い」
老人は、そう言って微笑んだ。そして、意味ありげに廊下の壁の、床近くを指差す。
そこには、小さな穴が空いていた。
「若いの、お主のやることは変わらない。だのう?」
「はい? それは、どう言う……はっ!?」
普段は察しの悪い俺だったが、この時ばかりは老人の言わんとすることがすぐに理解できた。
俺のする事。それは頭を下げて、拝み倒す事だ。
「ふぁああん!!」
「……ゴクッ」
俺は、壁に空いた穴の高さまで頭を下げ。
俺は、乱れるフィオを暫くの間、こっそり拝ませて頂くのだった。
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