第15話 王都前にて

「もうすぐ日暮れだぜアルト」

「……そうだな。大丈夫だ、ここまで来られたならもう迷わん。王都は目の前だ」


 冷たい紅空が、うっすら陰る。オレはアルトの背に身を預け、無人の草原を駆けていた。


 アッパーガーデンを出てから、早二日。オレ達はついに、皆との合流地点である王都へと到着しようとしていた。


 無言で疾走する勇者の上でオレは、思い出していた。奴と二人で過ごした、この四日間を。奴との距離が劇的に変化した、この逃走劇を。


 ────オレは結局のところ、アルトに対してどんな感情を持っているのだろうか。奴の誘いに頷いたあの夜、オレは確かにアルトの腕の中で眠ることを許容した。


 朝、思わず奴を張り倒してしまったのが、オレの本音だったのだろうか。


 夜、奴の下で嬌声を上げている姿が、オレの本性だったのだろうか。


 オレ自身の心が分からない。


 結局、昨日からオレは何もヤツと話せていない。このまま王都に着いてしまったら、もうアルトと二人きりで話し合う機会なんてなくなる。


 そんなことは、分かっているのに。


 ……ヤツと話すのが、気まずかった。まともに顔を合わせられない。


 何が気まずいってそりゃあ、目が合ったのだ。




 ────アッパーガーデンの宿部屋で、オ〇ニー中に。 




 一人で盛り上がってる最中に、なんか視線を感じて。


 ボロい宿の壁にあいた穴から、キラリと何かが光って。



「……」



 アルトの奴、ノゾキをするようなキャラだとは思ってなかったんだけどなぁ。いや、あの村には催淫作用のある気体が充満していたというのが原因だとは思うけど。


 ……だからって人の自慰行為ノゾくか畜生。金払え、マジで。


 まぁ、途中から声を普通に漏らしまくってたオレも悪いけど。あんあん卑猥な声出してたな。いや、でもだからと言ってさぁ。


 アルトと二人きりになって分かった。コイツ、朴念仁だとか勝手に思い込んでたけど、いや実際そうなんだろうけど、普通にエロいわ。


 一昨日の夜の、オレを存分に翻弄した指捌きは一朝一夕に身に着くもんじゃない。明らかに百戦錬磨の手管だった。


 つまりこいつ、こっそり隠れてそういう行為をバッチリ経験していやがったのだ。


 まさかとは思うが、ハーレム組の四人を順番に毎日お愉しみしてらっしゃるとか。だったら殺すけど。絶対殺すけど。



 ────ふと、風がやんだ。いや、風がやんだのではない、アルトが立ち止まったのか。


 まだ、オレ達は王都の門をくぐっていない。


 ヤツは、アルトは、躊躇いがちにオレを下ろして向き合った。


 ここで、何か話すべきことが有るということだろう。


「おい、フィオ。もうすぐ王都に着く。いや、着いてしまう」

「そうかい」

「すまん。少し、改めて、お前と話がしたい」

「……あいよ。まぁ、ソレは必要だよな」


 そうだ。オレは色々と、聞いておかねばならない。アルトは、オレをどう認識しているのか。恋人と思われているのか? はたまた、ヤれそうだったから迫っただけの、都合のいいメスとして扱われているのか。


「……、フィオ。本当にすまなかった」


 だが、そんなオレの疑惑は露と消えた。振り向くや否や、アルトはその場で綺麗な土下座をしたのだ。 


「……何に対する謝罪だよ」

「お前に強引に迫ったこと、お前を無理やりに襲ったこと、部屋の秘め事を覗き見たこと、そして」

「そして?」

「それらで、お前を深く傷つけた事だ。許してくれ、この通りだ。オレが間違っていた」


 どうやらアルトは、オレを無理やり襲ったと認識しているらしい。


 一応、オレの中では二回とも和姦のつもりだったんだがなぁ。まぁヤってる途中からは完全にレイプだったけど。


「……一つだけ、正直に答えてほしい事がある。アルト、聞いていいか?」

「なんでも答えよう」


 オレは腹を決める。何故、あの日、コイツはあんなことをしたのか。何故、勇者アルトともあろう人間が、オレなんぞに自分から手を出してきたのか。それが分からないと、この話の決着はつかない。


「お前、本当に何がしたかったんだ?」


 その場の勢いと言うヤツなのだろうか。いやそれにしてはコイツは最初から戦意満々だった。露骨に、肩が触れ合う程の距離に座ってオレのパーソナルスペースをあっさり破ってきた。


 奴がそんな行動に至った、そのワケが知りたい。


 返ってきた奴の答えは、非常にシンプルだった。


「お前を、落としたかったんだ」

「……はぁ」


 実にわかりやすい答えだ。一昨日のアレは、つまりオレを落としに来てたのか。


「って、はぁぁぁ!? お前、正気!? と言うか、鈍感キャラどこ行った!?」

「……俺は別に鈍感ではない」


 そして、この衝撃発言である。あれ、まさかコイツ……、鈍感系じゃなくて鈍感擬態系? 


「この野郎!! この野郎、つまり今までのテメーの鈍感は演技だったのかよ!? ぶっ殺すぞ腹黒ハーレム野郎!!」

「……演技? とにかく、お前と仲良くなりたかった」

「……っ!」


 そういって奴は、頭を地面に擦りつけた。奴の言葉からは、オレに対する確かな、想いのようなものが感じられた。


 つまり、奴は本気だった。



 ───なんだよ、オレの事、愛して無いとか言ってたくせに。話がめちゃくちゃじゃねーか。


「とはいえ、最近の俺は自分でも分かるほどに暴走していた。本当、すまなかった」

「え、あ、そう、だよ。そう、お前いきなり襲ってくるか!? いや、一昨日は結局何もなかったみたいだけど」

「ああ。お前の寝顔に、見とれていた」

「……ヒェッ!?」


 気付けば、アルトの腕はオレの肩を抱いていた。オレがアルトの言葉に混乱しきっている間に、立ち上がり抱きこまれてしまったらしい。


 ど、鈍感アルトは何処に行った!! この様子だとマジで演技で鈍感の振りしてやがったなコイツ! ハーレムメンバーを四人も維持できてるのには、こんな理由があったのか畜生。 


 夕焼けが、アルトの横顔を朱く染め上げている。肩を抱かれ、吐息が触れ合うような距離で、奴の顔が迫る。ひ、ひぃぃぃぃ! 


「その、フィオ。厚かましいとは思うが、どうか水に流してこれからもオレと共に闘ってほしい。もう、二度とお前を傷つけたりしない。そして、お前を傷つけんとする奴らから、オレが絶対にお前を守り抜いて見せよう」

「お、おぉ? うん、ありがとう?」

「だから、フィオ。どうか俺と」

「え、えと……」


 ま、待て。なんだ、今のこの状況。いきなり何を言い出す気だコイツ? 


 アルトは、思いとどまるように、躊躇うように、次の句を告げない。まるで、愛の告白……待て、これって、この空気って、まさか本当に? 


 やばい、ここで流されたら四人娘に殺される。落ち着け、自分を見失うな。動揺するな、絶対に頷くな。アルトは良い奴だとは思うけど、四人も姑がいるのはきつすぎる。特に、ユリィみたいな元友人にいびられるのは勘弁してほしい。大丈夫、別にオレはアルトを好きでも何でもないんだから断るのが筋だろう、そうだよな? 


 多分、アルトの事を特別に意識した事は無いハズ。ああ、でも、一度肌を重ねてからは流石に少し意識はしちゃったりそういうのは無い事もないけど待ってココで頷いたら間違いなくパーティ崩壊して人類は魔王軍に屈することになってこのオレともあろう女が魔王軍に捕らわれくっ殺展開に!? 


 お、落ち着け。思考が逸れた、今は目の前に迫りくるこの大きな問題に対処するんだ。


 冷静に断ろう。一度や二度寝たからって彼氏面するんじゃねぇぞって言って、振ろう。それで……


 ────オレの腰骨が、アルトに抱き寄せられ僅かに踵が浮く。互いの鼻の先が、掠る。


 あわわわ、近い近い近いって! やばい、またクラクラしてきた、このままだとまた惰性で頷いちまう! 意識をしっかり持て、流されるな、ああでも、アルトは悪い奴じゃないし、でも別にオレはコイツ好きじゃないし、でも、でも! 


 オレの耳元で、アルトは、囁いた。


「フィオ、俺と……俺とちょくちょく寝てほしい」

「ぶっ殺されてぇのかテメェ!!!」


 それは最低の告白だった。いや、そもそも告白じゃなかった。自らに眠る性欲を表明しただけだ。 


「……すまない。言葉選びを間違えたようだ。俺の腕の中で眠れフィオ」

「よし、いい度胸だ。ぶっ殺す」


 この日、オレの中のアルト像が180度変わった。アルトは、無口鈍感ハーレム野郎から性豪腹黒ハーレム野郎に進化した。


「……フィオ?」

「二度とオレに話しかけるな」


 後衛職を舐めるなよ。白魔導士のオレだって、物理攻撃位くらい持っている。


 ……その日、王都の門をくぐるアルトの横顔には、大きな赤い紅葉が咲いていた。




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