第13話 綺麗な回
【アルト視点】
今朝の目覚めは、強烈な張り手だった。眼を白黒させたフィオが、朝一番に涙目で俺の頬を張り飛ばした。
彼女は怒っていた。強引に行為を迫り、体を弄んだ俺を睨み、渾身のビンタを放った。
……言い訳のしようがない。昨日の俺が、どうかしていた。何をどう考えてたら、再びフィオを襲うという結論になるんだ?
フィオは昨日、確かに頷いた。だが、それは心から行為を了承していたわけではない。
あんなに乱暴に、無茶苦茶にした相手だぞ。フィオは昨夜、俺に怯えていたのだ。恐ろしく凶暴な男に、非力なフィオが強引に迫られたなら、恐怖に負けて頷くに決まっている。内心ではどれだけイヤだったとしてもだ。
俺は性犯罪者だ。……取り返しがつかぬ傷を、フィオに負わせてしまった罪人だ。
「……」
朝からずっとフィオが無言だ。正直、怖い。
朝、思いっきり頬を張り倒されて以来、一言も口を利いてくれなくなった。ただし、朝からじぃっと睨まれ続けている。
「……」
なのに、何も話し掛けてこない。これは無言の抗議、という奴なのだろうか。
……フィオの視線が、痛い。俺は彼女に、どう謝ったものだろう。
いや、何も言えるわけがない。彼女にとって俺は、残虐な強姦魔で、恐怖の対象に他ならないのだから。
「……はぁ」
ひょいひょいと、立ち並ぶ木々を躱し森を駆け行く俺の背中には、軽く小さな少女が振り落とされぬようにしがみついていた。昨晩、裸のまま俺に抱き着いて離れなかったように。
溜息が漏れる。もう、取り返しがつくはずがない。
記憶が、蘇る。か細く、折れてしまいそうな
フィオは、確かに女だった。2日かけて、俺は彼女の身体の至る所までを知った。知ってしまった。
彼女から承諾を強引に奪い、彼女の初めてを心ゆくまで味わった。頬を赤らめ、全身を汗で濡らしたフィオの到達を、恐らく初めて見た男は俺だろう。
フィオへの罪悪感が、冷たい汗となり首筋を滴る。俺の背で、無言のまま髪を揺らす少女は俺の背負うべき十字架と同義なのだ。
だというのに。俺は未だに、心の片隅で、なんとか昨日の行為の続きが出来ないものかと必死で画策していた。最低過ぎるだろう、俺って男は。
忘れられないのだ。あの、鮮烈すぎる記憶が。背後にいる、童顔の女の凄まじいエロスが。
昨晩、フィオは行為の途中で失神してしまった。男に教えてもらった手管が凄まじ過ぎたのか、コトを遂げる前に彼女は寝入ってしまったのだ。
……流石に、意識のない女性には何もできなかった。
「……」
オレはフィオを背負ったまま、何の会話もなく走り続け、夕暮れ時に閑散とした鉱山のふもとの街に辿り着いた。なんとか、目標としていた街に日が沈みきる前に着くことが出来た。これ以上昏くなると、方向感が狂うのであまり移動したくないのだ。
砂埃の舞う、寂れた街へと俺達は入る。その、宿へ向かう道すがら、フィオは俺の背を降りて無言でついてきた。二人きり、並んで歩く赤焼けの道。
────隣に、目が行く。
昨夜、俺の腕の中であられない姿を見せつけていた女が、澄ました顔して、堂々と街道を闊歩している。俺は、何故かその光景に見とれてしまい、振り向いたフィオと目が合った。
ぶかぶかとして、ほとんど肌を見せぬ、野暮ったい白魔道服を着たまま怪訝な目を俺に向けている彼女は、今の俺にとって酷く性的だった。
いかん。このままでは、今夜も彼女に手を出してしまいそうだ。今の俺は、性に目覚めたばかりの猿のようじゃないか。自重だ、自重。
俺は耐えきれず彼女から目を逸らす。彼女の服の、その中身が、頭の中で浮かんでは消える。
昨夜は、結局最後までできなかった。今日、なんとか隙を見て処理しないと。もう、絶対に彼女を傷つけるわけには行かない。
俺は、固くそう決心した。
唯一見つけたこの町の宿泊施設に、俺達は足を運ぶ。受付嬢なんてものはおらず、老齢の男が一人受付で眠るように座っているだけだ。
そしてこの街の宿は、安かった。旅人はめったに立ち寄らないらしく、古ぼけた小さなねぐらの様な薄汚い宿があるだけなのだ。料理なども出ないし、寝床も堅いが、部屋はいつも余っているらしくかなり安値だ。
……これなら相部屋を借りずとも、個室でも支払いは何とかなる。フィオの為にも、個室を用意してやるべきか。
いや、でも。この先の街で宿代が跳ねあがっている可能性はないか? ここで個室なんて贅沢をして、明日は宿がないなんて事態になれば、目も当てられない。
いや、馬鹿か。安いんだから、個室を借りてやれば良いだろう。今、俺は何を考えた? また相部屋を借りて、何かが起こる事を心の片隅で期待してはいなかったか!?
「……どうかしたか? 早く、部屋借りろよアルト」
「ああ。す、すまん」
少々、頭が硬直してしまったようだ。いかんいかん。
「もういい。爺さん、二人部屋の鍵をくれ、支払いはコイツがする」
「お、おいフィオ?」
フィオは、そう言って無言で受付の老人から、鍵をひったくった。毎度、と老人の嗄れた声が聞こえるか否かで足早に、フィオは鍵の番号と同じ扉へと入っていってしまう。
「アルト、お前は少し外せ。悪いが夜まで、一人にして欲しい。絶対に、扉を開けるんじゃねぇぞ」
「フィオ。……分かった」
俺がボケッとしていたせいで、フィオは相部屋を勝手に借りてしまった。俺の顔を一瞥すらせず、彼女は俺の傍らを去って行った。
俺は、何も言えない。俺が彼女にしでかしたことは、きっとどうしようもなく重い。
……ガシリ、と胸に重い感触が加わる。
見ると受付の老人が、俺の胸を拳でドンと叩いていた。
「若いの。悩んどるようじゃの」
「……ご老人」
「おなごから部屋から締め出された若者よ、よければワシの出す茶の席に付き合わんかの? この街にわざわざ泊まるやつなんてなかなかおらん。お前さんみたいに道すがらの、ひと晩限りの旅人が殆どよ。そういう奴らの話を聞くのが、ワシの数少ない老後の趣味でな」
「はぁ」
「すまんのじゃが、老い先短い爺のわがまま、聞き届けてくれんか?」
「……俺で、宜しいのでしたら」
「ホッホッホ」
カタン。老人は杖を振り、イスがすぅっと俺の前に滑ってきた。机の上にコトンと置かれた木のマグカップに、茶渋の浮いた、臭みのあるお茶がコポコポと注がれる。
あまり、美味しそうに見えないな。
「かけなさい、若いの。ワシのわがままに付き合ってくれて、ありがとうの」
「いえ。……何も、俺にすることはないので」
「いや、有るじゃろう? ワシには、そう見えたがの」
キラリ、と皺の寄った目から光彩が動めく。おや、俺は何かすべき事があっただろうか?
いや、そうだ。この人の言うとおりだった。
「はいあります、ありました。馬鹿な俺には、どうすればいいのか、わからなかっただけでした」
「カカカッ! じゃろう?」
可笑しそうに、眉をピクリと上げて老人は呟く。
「彼女、随分と怒らせてしもうたようじゃの」
「俺は、自分の欲望に負けました。いえ、自分の意志だったのかもしれません。彼女を、傷つけました」
「そんなことだろうと思ったわい。お前さん、この村に来るのは始めてかい?」
「え? は、はい。そうです」
「ナルホドの、なーんも知らんかったんだの。この街には何故、宿がここしか無いかとか考えなんだかい?」
老人は、少しからかうように笑う。そう言われてみれば、確かにおかしい。ここは王都への通り道の街だぞ? 当然、旅人だって多いだろう。
だったらなぜ、宿泊施設がこんなに少ないんだ?
老人は自らの茶を飲み干した後、空いたマグカップを机に置く。そして、ニヤリと唇を歪め、
「この街はの……」
────答えを告げようとした、その時だった。
クラリ。
老人が、笑みを浮かべた笑顔のまま、全身の筋力を失った。椅子からずるりと滑り落ち、皺の寄った目がぐるりと上転し、横向きに倒れ込む。
その口からは、飲んだばかりの茶が滴り落ちていた。
「────え!? ご、ご老人! 気を確かに、私が分かりますか!?」
俺は間髪入れずその老人を抱きかかえ、その顔を注視する。
事起こりから僅か、数秒間。既に老人の息は、止まっていた────。
「フィオォォォォッ!! 出て来てくれ、急病人だぁぁぁ!!」
俺は声の限り、がなり声を上げた。即座に、老人の胸を体重をかけ断続的に圧迫し続ける。前世の薄れた知識だが、確かこういう感じだったはず。
今、何が起こったというのだろうか。俺は今、何をすべきなんだろうか。
分からない。勇者だと言うのに、このままでは目の前の老人一人助けられない!
戻れ、戻ってこい! 心臓マッサージを続け、もう一分は経っている。老人の息は戻らない。一応、習得しておいた回復魔法をかけてみるも、まったく効果が無い。
目の前の老人の血色は、ドンドンとわるくなっていく。これは、死の兆候だ。
────フィオ、早く来てくれ。
「あーもう!! なんだって言うんだよアルトッ!!」
扉の開く音と共に、頼りになる俺の仲間、フィオの声が聞こえた。ボサボサとした白魔道服を着た彼女が、扉を開け姿を見せる。
何も出来ない無能な俺を、何度も酷い目に遭わせた憎い俺を、目の前の老人一人助けられない俺を。助けてくれるべく、彼女は場を把握し、すぐに俺の隣に駆け寄ってきた。
彼女の目は、既に
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